教え子らの決意がキマり過ぎている。   作:お ん ん い い

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死すれば華

 ロマンは嗜好品だ。

 1も2もなく真新しい物に飛びついては笑って泣いて、それでも楽しく過ごせた俺はそう思う。

 

 未練の無い人生だったと言えば嘘になる。まだ先の世界を見てみたかった。天寿を全うするまで、世界を満たす新たなロマンと出会いたかった。

 

 だが、悔いの無い人生だった。それだけは誰にも否定させない。今ここに居る()()()たちの生存を以て、俺の役目は終わる。

 

「先生っ! 早くこちらへ!」

 

 背後で叫ぶのは、俺の教え子の1人だ。剣技に秀でていて、俺とは比べ物にならない才能の塊。将来が楽しみだった。

 

 細く長く続く洞窟の中、夥しい程の足音が迫る。

 

 ──その名はワイルドハント。強力なモンスターに住処を追われた様々なモンスターが起こす突発的な大移動を言う。

 

 不幸にも、俺たちはこの洞窟の中でそれに遭遇した。モンスターの動向も大人しい筈だった初心者向けの洞窟だが、油断した。

 

 脇腹から滲む血が、やけに熱い。身体が冷え過ぎたな。

 

 先行く教え子たちは、まだ無傷に近い。これ以上は、俺が足手纏いになる。なら──

 

「先に行け、俺は後で追いつく!」

 

 そう言うと、一瞬躊躇いを見せながらも教え子たちは先へ向かった。それでいい、教育の賜物だ。思わず笑みが浮かぶ。

 

 出来るならもう少し面倒を見たかったが、仕方ない。

 

 足を止めて反転する。洞窟の奥、暗闇の向こうに光っていたのは無数の眼光。身体が強張ったが、それも一瞬だった。恐怖はあるが、迷いはない。どの道、ここで奴らを逃せば洞窟の近隣の村が壊滅的な被害を負う事になる。逃げられる訳もない。

 

 俺は右手に装備した巨大かつ鈍色で弦の無い弩を構える。ただ、これは杭を撃ち出すのではなく突き出す。発明者曰く杭打機(パイルハンマー)と言うそうだ。

 

 竜の鱗すら貫くパイルハンマーを片手に構え、狙いを定める。

 

 俺が右腕からパイルハンマーに魔力を注げば、呼応する様にその側面部の魔力圧縮機構が弦の如く展開する。

 

 狙うはモンスター、ではない。直上、洞窟の天井だ。あいにくパイルハンマーは多対一には滅法不向きだ。ならこうするしかない。

 

「──ファイア!」

 

 洞窟に響き渡る掛け声と共に、俺は右手を振り上げ魔力を発破する。鮮やかな火花駆け巡り、この腕の摩天楼が天へ向かう。

 

 魔法と魔力の威力は魔力の濃さと量に比例する。俺の魔力の濃度は極めて人並みだが、量はそれなりにある。圧縮し、ひと所に纏めればそれは絶大な威力を発揮する。その破壊力をこの一撃に込めた。

 

 きっとこれが俺の最期の仕事になる。

 

 耳が痛くなる程の爆音と共に杭が天井を打ち抜き、加えて周囲に亀裂を伸ばしていく。

 

「っ、先生──! 先生ぇぇっ!」

 

 自然が創り出した均衡は失われ、その一穴から崩落が始まった洞窟の中。死が近付く感覚と共に──俺は洞窟に呑まれた。

 

 

 


 

 

 

 その葬儀は、密やかに行われる筈だった。

 冒険者達の集う集会所──冒険者ギルドから程近くにある墓地には、多くの人々が集まっていた。

 

 本来、墓代も収めておらず、また高位の冒険者でもない男に葬儀が執り行われる筈などはなかった。だが、冒険者ギルドはこれまでと、そして今回のワイルドハントを未然に防いだ彼の功績を認め、葬儀を執り行う事を決めたのだ。

 

 これまでの功績とは、この墓地に集まった数多の冒険者達である。彼は自らの時間と金を惜しむ事無く、若き冒険者達の教育の為に費やしていた。

 

 ──新しい物は、常に若い者たちから生まれる。

 

 それを守り育てたいという彼の思いがそうさせたのである。半分には新しい物好きであった彼の我欲の混じった感情があったが、表に出さなければそれもただの善行。多くの者からすれば彼は善人と映った事だろう。

 

 その者らの中には大成した者も少なからずおり、彼の訃報を聞き付け、各々が大金を用意してやって来ていた。しかし、家族が居るのか居ないのか、終ぞ語らず仕舞いであった男に対しての見舞金を受け取る者が居る筈もなく、冒険者ギルドは受け取りを拒否していた。

 

「ドラン先生、何故こんなにも早く……」

「まだ、まだ教えてもらいたい事もあったのに」

 

 男女問わず、涙を流していた。中には棺に縋り付く者も。だがその棺に、遺体は無い。洞窟付近の川の下流に流れ着いた彼の武器と夥しい程の彼の血が付いた装備の一部が納められている。捜索隊は川の上流を捜索したが、遺体は見つからなかった。そこに希望を見出す者も居たが、その出血で生き長らえるのは困難だと殆どが考えていた。

 

「貴方の教えは忘れません。どうか空から見ていて下さい」

「私が……もっと強ければ、先生を……」

 

 そんな悲劇に暮れる人々に反して、空は清々しいまでの晴天であった。

 

 葬式は恙無く執り行われ、やがて棺を埋葬する段階へと入る。彼の遺品を引き取りたいという者は数多く居たが、それが争いに繋がりかねないとして、形見分けは行われない方針だった。

 

「ちょ、ちょっと良いか?」

 

 だが、ここで1人声を上げる者が居た。少女の声だ。

 

「何者だ?」

 

 参列者のうちの1人、この国の騎士団の制服を着た男が、鋭い視線を少女に向ける。その目付きの悪さは平時のものであるが、目を向けられて肩を震わせない者はそう居ない。だが、少女は平気そうな顔で人垣を割り、棺の側に歩み出た。

 

 黒い長髪を麻紐で粗雑に肩口で括り、ありふれた萌葱色のワンピースを着たごく普通の小柄な少女。

 

 だが、その少女の姿に、何か既視感を覚えた者も居た。

 

「オレに、その形見を分けて欲しいんだ」

 

 強い意志の籠った青い瞳で周囲を見回しながら、少女はそう言う。

 その言葉に一瞬、周囲の圧が高まりかけたが、各々が自制しすぐに収まった。

 

 葬儀は静粛に行われていたが、ここに来て無音の空気が流れる。気不味い沈黙が続く前に、先の男が少女に問う。

 

「どういう了見だ」

「どう……って。誰も引き取らないなら、あのまま土の中だろ? そんなの、アイツが可哀想じゃねえか」

「……確かに、あの人ならそう言ったかも知れない。だが、誰が引き取るか争いになれば、それはあの人の本意ではない」

「あ、争い? どういう事だ?」

 

 少女は、心底訳が分からないといった様子であった。その無神経な態度に僅かな苛立ちを覚える者も居たが、相手が少女である為、行動に及ぶ者も居ない。

 

「もし、彼に()()()が居たのならば、話は別だったろうがな」

「血縁者、か」

 

 思索を巡らせるような、何か食いしばるような表情を見せる少女。だが、周囲の者らは形見の持ち主が独り身だったと記憶している。あわよくば、伴侶に迎えようとしていた者も居た程だ。死ぬまで彼は知る由も無かったが。

 

 そうして決心がついたのか、少女は張り上げた声で答えを返す。

 

「……オレは、オレはドランの、お──親父の血縁者だ!」

「──なに?」

 

 男の眉がはっきり歪んだ。この様な場で、その身を騙るという事は外道の誹りを受けてもおかしくはない。現に、周りからは少女に向けられる視線がより一層強まっていた。

 

「そんな筈はない。あの人は今まで子供が居るなんて一言も……」

 

 否定の言葉を述べられても、少女は怯まない。それどころか、決意と覚悟に満ち溢れた表情をしている。そして更に少女は次なる一手を繰り出した。

 

「なら、看破の契約魔法で試してくれ。嘘じゃない筈だ」

 

 契約魔法。それは掛ける側と掛かる側の間に了承があって初めて行使が可能となる魔法形態である。一例としては両者の承認によって発動する転移魔法等が挙げられる。看破魔法とは両者が承認を交わした際に、発言者が嘘を言っているのかを聞き手が判別出来る魔法だ。

 

「……なら、私が行使する」

 

 そんな少女の言葉に呼応し手を挙げたのは、野暮ったいローブに身を包んだ眼鏡の少女だった。

 


 

「……では、始めます」

 

 少女は頷いた。これから始まる尋問めいた行為に対して、怖気付く様子など一つとして見せない彼女に胸騒ぎがしていた生前の彼の教え子の1人。名をトゥールフォという。

 

「貴女は、ドラン先生の血縁者ですか」

 

 トゥールフォの質問は端的だった。すぐに決着を着ける意志の表れでもある。

 

「ああ、オレはお……親父と血の繋がりがある」

 

 少女がそう言えば、トゥールフォは訝しげな目をしながらも、周囲に見せる様に大きく頷く。つまり、これは少女にとって真実であるという事だ。

 

 だが、証明はこれで終わりではない。

 

「では、貴女とドラン先生の間柄は?」

 

 周囲では、その答えを聞きたくないと耳を塞ぐ者も居たが、逆に興味津々な様子で身を乗り出して聞こうとする者も居た。回答次第では、葬儀中に葬儀を開く羽目になりかねないと戦々恐々のトゥールフォに、難しい表情を見せる少女。やがて口を開くが、その言葉は壮絶であった。

 

「……何というか、親父はオレと一心同体、切っても切れない、みたいな関係だ」

「そこまで……」

 

 口を突いて出たのは怨嗟か羨望か。自信満々に言ってのけなかった事が、却って少女の言葉に唯ならぬ重みを乗せていた。

 

 トゥールフォは、震えながら頷いた。

 

 血の繋がり、切っても切れない存在。そんな者はもはや家族をおいて他に無い。そうトゥールフォは考えてしまった。

 

 目の前の少女は()()()()()()()()と、決まってもいないのに先走った。

 

「な、なら! 貴女の母親は!」

()()()()()()()

 

 たった一段、踏み間違えたステップがあらぬ方向へ彼女らを向かわせる。

 

 人間、悲劇があれば眼が曇る。悲しみは黒、全てを塗り潰すのだから。

 

「嘘だろ……」

 

 トゥールフォが肩を震わせ頷く姿を見た誰かが、呟く。

 

「バカ師匠。()ひとりにして消えてんじゃねえよ……!」

 

 波紋が広がる様に、呟きが連鎖する。

 

 そう、今ここに居る事になったのは──母を亡くし、今しがた父も亡くした、哀れな少女である。

 

「どっ、どうしたんだよお前ら!? 急に泣き出すなって! おわっ!?」

 

 少女の肩目掛け、影が飛び込む。それは、目を真っ赤にしていたトゥールフォであった。

 

「ず……ずみばぜん(すいません)ゔぁだし(わたし)あばだをゔだがっでじまっで(あなたをうたがってしまって)ぇぇぇぇぇ!」

 

 その()()()の黒髪と碧眼が右往左往させるドランの娘。周囲は既に哀しみに暮れてしまっているが、彼女は置いて行かれている。こうなれば下り坂に入ったブレーキの無いトロッコも同じ。

 

 すると、彼女に向かいまたもや近付く人影があった。

 

「私からもすまない。君を疑ってしまった」

 

 片膝を突き、頭を深く下げるのはこの騒動の起点となった騎士団の制服を着た男である。謝罪を述べながらも心痛の表情を隠す様に頭を下げ続けるのは、1番悲しむべきは娘の方であるという遠回しな配慮からだ。

 

 そしてそれは、この場に居る者らの多くも同じ気持ちであった。

 

「それは当たり前だろ? その……親父はさ、な、何も言ってなかったろうしな、うん」

 

 だが、娘はここに来ても涙の一つも流してはいない。

 

 それを非情と言う者は居なかった。その涙袋と細い鼻先が()()()()()()()のを見ればこれまでに何があったか察せない筈が無かったのだ。

 

 その姿は、周囲にあまりにも健気に映る。強い子だ、流石は彼の娘だ、という風に。

 

 人垣は割れ……道は開かれた。棺までの道が。

 周囲は認めたのである。彼女こそはあの男の、娘だと。

 

 そうして彼女は得たのである。父の形見となった身の丈に迫る得物を。これは即ち、彼の遺品は彼女に引き継がれるという事と同義である。

 

「……君の名前を聞かせて欲しい」

「えっ? オレの? オレの名前は……え〜と、ドラコ! ()()()()()()()名前なんだ」

「良い名前ですね」

「は、はは、そうだろ?」

 

 そうしてはにかむ彼女を見て、周囲は決意した。彼の代わりに、彼女……ドラコを護ってみせようと。彼に返せなかった恩の、その分まで。

 

 そんな決意などつゆ知らず、少女は、天を仰ぐ。

 その表情は晴れやかでも、曇ってもいない。

 

 

 

(どうすんだ、これ)

 

 ただただ、呆然としていた。

 

 彼は死んでなどいない。

 少女は知っている。何故ならば──

 

(このまま洗いざらい吐けたら楽になれたんだろうが……)

 

 ──彼女(ドラコ)こそが、(ドラン)であるのだから。

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