教え子らの決意がキマり過ぎている。 作:お ん ん い い
ドラコ。それがこの前までドランだった俺の、今の名前だ。
響きを似せておいた方がボロが出ないと思って付けたは良いが、少し安直だった気もしないではない。
……昨日は俺の葬儀があっててんやわんやの有様だった。
今は自宅のベッドの上だ。皆俺を引き止めようとしていたが、1人になりたいと言えば渋々ながら1人で帰らせてくれた。それに教え子達にはそれぞれ今の生活がある。教え子達が自らの力で作り上げたそれにお邪魔するのは、例え一瞬でもこう、みっともない気がした。しょうもない男の意地だ。
運良く家の鍵は失くしてなかったおかげで、こうして家でゆっくり出来ている。
お隣なんてのも無い街の郊外で暮らしていたおかげで、俺に娘が居たという嘘を貫き通せたのは幸いだった。もし街中で暮らしていればこんな浅い嘘は通用しなかっただろう。
ベッドの上から、少し広く感じる部屋を見渡す。
自室に鏡はないが、自室の隅に立て掛けていたパイルハンマーの磨き上げた表面には僅かに俺の面影を残した少女が映っている。ついこの前までは冴えないおっさんの顔を映していたってのに、凄まじい代わり様だ。
これは悪夢にしては愉快過ぎるが、良い夢と言うにはタチが悪い。
だがこれが現実。他人の様にしか見えないが、これは正真正銘変質した俺の身体である。
ただ、こんな事はこれから先の事に比べれば些事と言っていい。
身寄りもない子供が1人、何をして暮らしていくか。この家に残された財を食い潰していくのでは未来がない。しかし俺はこの道数十年冒険者として生きてきた。今更別の生き方をするのも想像がつかない。
行き着く先は冒険者。この身体で動けるのなら、それが一番楽な選択だろう、やはり既に経験があるのは大きい。
となれば今日は早速冒険者になる為の手続きをしに向かうとしよう。
昔使っていた軽鎧を引っ張り出し、整備をしてから着込んだ俺はパイルハンマーを背負って家を出た。
冒険者という生き方は良く自己責任が付き物と言われるが、それは他の生き方を選んだとしても同じ事である。だが、冒険者は特に命の危機と隣り合わせであるが故に取り立ててそう言われているのだと、私は理解している。
それでも、全てを自己責任に任せるというのは無法の温床となる。それを防ぐ為に、冒険者を送り出す側が注意を払う必要もあると、私達冒険者ギルドの受付は学んでいる。
冒険者が無茶を仕出かさないか、依頼に不適切な箇所は存在しないか。後者については受付の責任でない場合も多々ある。それでも何も問題は無いと思い込んで仕事をするよりはずっと良い。
だから……あの日の事は、きっとこれから先忘れられないだろう。
ドランさんがあの日受けた依頼、その受付を行ったのが私だった。彼はいつもと同じ様子で手続きを終えた私に礼を一言述べてくれた。けど、それが最後の会話だった。
ギルドの調査員は、今回のワイルドハントが予測不可能だった事、現地でも予兆は確認されていなかった事から、不幸な事故だったと結論付けるに留めた。
それでも責任を感じずにはいられなかった。
彼は気さくな人だった。
『よお、何か困り事はねえか?』
『暗い顔してんなあ、何か呑むか?』
『まあまあ、そうかっかしなさんな。パーティ追放? 何があったか聞かせてくれよ』
あらゆる冒険者と会話を交わし、個人主義の向きも強い冒険者の間にも繋がりを齎していた。彼を失ったこの空間は、前より少し静かになってしまった様に思う。
私が、あの時何かに気付けていたのなら、彼の娘を独りにする事も無かったのか。後悔は絶えない。まさかあの人に子供が居たなんて、それは誰も知らなかった事だった。
冒険者として父が死んでしまった以上、彼女が冒険者を目指す筈もない。だから私に出来る事は平穏無事に彼女が暮らすことを祈るだけ……それだけしかないと、そう思っていたのに。
「冒険者になりたいんだ」
カウンターの向こうに立っていた少女を見た時、私は心臓が止まった様な気がした。それは周囲で唖然としていた他の冒険者も、恐らくはそう。
軽鎧に身を包み、見覚えのある得物を背負った黒髪碧眼の少女、葬儀で見た彼女で間違いない。
「……ドラコ、ちゃん?」
「ん? 何か規定に引っかかる所でもあったか?」
場の空気が凍りついている。隣に立つ若い受付の女の子が首を横に振っているが、冒険者となる条件に性別と年齢を定めた物はない。今、彼女がなりたいと言えばそれを拒絶する理由はどこにもない。
「お、おい! 嬢ちゃん、アンタドランの娘じゃねえか?」
私が悩んだその一瞬、顔を強張らせた強面の冒険者がひとり、彼女に問いかけていた。あの様子からして、彼もドランさんのお世話になっていた冒険者の1人なのかも知れない。
「おお、フレイリーじゃねえか」
「……名前、知ってるのか?」
「あ、そう! 親父から色々仕事の話は聞いてたんだよ」
「そうか……アンタの親父は、俺の事をなんて言ってた?」
「『少し跳ねっ返りだが、腕は確かで将来が楽しみな奴だ』って、言ってたよ」
「……ああ、そうか。ありがとな、嬢ちゃん」
少年っぽい笑みを浮かべながら、彼女に言って聞かせるドランさんの姿が思い浮かんでくる。冒険者である父との生活は、彼女にとってどうだったのか、慈しみすら感じられる様子で語る彼女からは、それがかけがえのない時間だった事が察せられた。
……私の心は、今にも罪悪感でへし折れそうだった。
「けど嬢ちゃん、冒険者になりたいなんてどういう訳なんだ? 親父の遺産だってあるだろう、そんな急ぐ事なんてない筈だ」
だから、私が本来聞くべきであった事を聞いてくれた事に感謝していた。今、それを聞こうとすれば、私が保たない気がしたから。
「明確な理由は、無いな。ただこうしないと落ち着かないんだ」
けれど、胸騒ぎは酷くなるばかりでやまない。
「まさか、モンスターを狩る為に?」
「……? それは、そうだろ?」
彼女は、当たり前の様にそう言った。
瞬間、周囲の人間が口いっぱいの苦汁を味わったかの様な表情になっていた。私も多分そうなっているだろう。
「な、何の為に?」
「このままお金が無くなるのを見過ごせないのと、後はまあ、少し
その言葉が、私には不穏に聞こえて仕方がなかった。金銭の問題は確かにある、そうした思考に至る事も理解出来た。けれど、後に続いた言葉の意図は何か。どう解釈しても彼女が父の仇を討とうとしている様にしか聞き取れなかった。
「……嬢ちゃん、悪い事は言わねえ。別の仕事を紹介してやる、冒険者なんてそんな気分でやるもんじゃねえんだ」
復讐、それは強い原動力を生む一方で酷く思考を鈍らせてしまう麻薬の様な物。彼女は一見すれば、快活な少女にしか見えなかったが、もしかすればその裏には煮えたぎる"何か"が潜んでいるのかも知れない、そう気付いてしまった。
尚更に、彼女は冒険者になるべきではない。なれるかどうかではなく、なるべきではない。復讐に駆られた冒険者の命は総じて短い。がむしゃらに進み、目標を成し遂げる前か、成し遂げた途端に多くが命を落としてしまう。ましてや今回、彼女の復讐の対象となるのはワイルドハントそのもの。
彼女が冒険者となる事を許可するのは、彼女の自殺に協力するのと同じだ。
「別の仕事ってどんな奴だ? お針子か? 酒場の給仕か? そんな仕事、オレの柄じゃないんだよ」
……ドランさん、貴方は娘にどんな教育をしていたんですか。
死者に恨みをぶつける事が不適切かつ無意味と分かっていても、そうしたくなる。
「オレに出来る事は、本当に多分これくらいなんだ」
頭を掻いて半笑いにそう言った彼女の背中は寂し過ぎた。若くして自分の可能性をそう言い切ってしまった彼女が。何故彼女の側には父が居ないのか、その責任はどこにあるのか、何もかもが、悔しくて恨めしい。彼女の心を代弁している様な心持ちの自分にも腹が立つ。
「だから、受付さん。オレを冒険者にしてくれ」
どうであれ、あの人は一度決めたらとても頑固だった。その娘であるのなら、きっとこの決断を簡単に変えることもない。それを支えるだけ、それが受付である私に許される限りの事だった。
私が首を縦に振ろうとしたその時。
「待って頂戴」
聞こえた女性の声色、出所に目を向ければ入り口に1人が立っていた。
今、この場において悔恨の意に駆られている者は受付の女だけではなかった。もう1人、あの日、あの男の最後を見届けた少女がここに居た。
名はミスティ。
「……貴女が、本当に冒険者になりたいのなら、私に勝ってみなさいよ」
「オレが、お前さんに?」
受付は、ミスティがやろうとしている事を理解し、止めに入る。
「ミスティさん。冒険者になる事は人々に広く許された権利です。それを阻める権利は貴女にはありません」
「分かってる、けど!」
拳を握り、そう叫んだ彼女。怒りだ、彼女は自らへの怒りの置き場を見失っていた。1人残された彼女を教え子たちは自らの娘の様に支えるつもりでいた。彼女は娘という程歳は離れていなかったが、それでも友人になって、困った事があれば手助けをしようとも考えていた。未熟な自身にそうドランがしてくれた様に。
しかし、ドラコは葬儀の翌日に冒険者となる事を選んだ。
冒険者は傷とは切り離せない生業だ。彼女が傷ついた時、ミスティの先生は何を思うのか。また、ドランの面影を残す彼女が傷つく事を許容出来ないミスティ自身がそこに居た。
「いいぞ。それで納得出来るならオレは幾らでも付き合うさ」
「……負けたら、冒険者にだけにはならないで」
「ああ、分かった。受付さん、オレと彼女の立会人になってくれないか?」
「分かりました。くれぐれも、やり過ぎることのない様にお願いしますよ」
『分かってる』そう口を揃えて2人は答える。
そして受付は、冒険者ギルドの裏手に設けられた訓練所の鍵を取った。
「致命傷は負わせない事。相手が気絶、または継戦不可と見做せる場合はもう一方の勝利とします」
受付の説明を聞きながら矩形の砂地の辺と辺の際に立ち、互いを見据える2人。ミスティは僅かに緊張が窺える硬い表情だが、ドラコの立ち姿は自然体そのものであった。それはまるで日常的にそうしていた様な、慣れた振る舞いだ。
「……よく磨いてるな」
ドラコの目は、シミ一つない刃に向けられていた。
「ええ、先生に仲間と武器の扱いは常に気を配れと言われてきたから」
「きっと親父も喜んでるよ」
「そうだと良いわね」
会話を打ち切る様に、受付の声が響く。
「では、良いですね?」
両者が頷いた数秒後──始め。決闘のゴングは鳴らされた。
(何かされる前に抑え込む!)
ミスティが選んだ戦法は速攻。大得物は小回りが利かず、戦闘速度に劣る。相手は自らのやり方を知らないと踏んで、初見殺しを仕掛けるつもりでいた。
「『水鏡』!」
まずは魔法。2人の間に無数の水球が現れ、四方八方にミスティの姿を映し出す。出方を読ませない、起こりを捉えさせない。訳の分からない内に倒す。未熟な身であっても奇襲であれば効果的な一撃を与えやすいと考えたドランと共に考え作り上げた技である。
本来であれば、このまま水の槍を生み出すという更なる初見殺しへ繋ぐ事も出来たが、彼女はドラコの実力が分からない為に加減していた。
(まあ、全力は出せねえよな)
そう分かっていたドラコは、目ではなく耳に集中し、水球の狭間を駆け抜けるミスティを捉えていた。
やがて水球に映る影が消え、足音が止む。音を頼りにドラコは振り返り、背後から迫った柄頭を腰を利かせて振り回したパイルハンマーで打ち返す。
(嘘……っ?!)
(ダメだミスティ、表情に出過ぎだ)
ミスティは剣を抜いていたが、ドラコはパイルハンマーの先端も圧縮機構も展開させていない箱型のままで構えていた。それは、奇しくもかつてミスティがドランに訓練を受けていた時と同じ姿であった。
ドラコのどこか飄々としていた目に、真剣が混じり始めた。
「『旋風』」
ドラコがそう唱えた瞬間、彼女を中心に風が渦を巻いて放たれた。それは周囲の水球を蹴散らし、攻撃を弾かれたばかりのミスティの姿を露わにした。
「行くぞ!」
(不味いっ!?)
ドラコは勢いよく踏み出そうとしたが、一歩目で躓いてしまう。今と昔の身体の感覚の差が、一手を遅らせた。同時に体勢を立て直したミスティがパイルハンマーを持たない左手側に飛び込み、その勢いのまま蹴りを浴びせる。
が、ドラコは脇腹と左手で勢いを殺して包み込む。
(やっぱり、筋肉量の差がモロに出るな)
かつてならば、そこから押さえ込みに掛かることも出来た。
だがミスティと然程変わりない少女の姿である今は、そう長く耐える事も出来ない。もう片足がドラコの胸を蹴り、ミスティは距離を取る。
仕切り直し。しかしドラコと相対するミスティの心境は穏やかではなかった。
(……何で、まだ冒険者でもないのに)
それは冒険に夢見る様な少女とは思えない。大樹の様にどっしりと重心低く構える姿には幾重もの年輪すら見える。
(先生譲りの才能、って事?)
そんなミスティの脳裏に浮かぶのは、残酷な言葉だった。胸に蟠るものが積もる。彼女に両親は居ない、独り冒険者で暮らしていた時に手を差し伸べたのが、ドランであった。
ドランは街での暮らし方を教え、戦い方も教えた。今のパーティと引き合わせたのも彼であった。ミスティにとって、彼は親同然の存在でもあったのだ。
ドラコは右手で吊り下げたパイルハンマーに、左手を添えた。
その所作はミスティが見たドランの所作にそっくりで、彼女は思わず動きを止めてしまった。それが致命的だった。
「『石壁』」
2人を隔て石の壁が聳り立つ。その裏で、ドラコはパイルハンマーを展開した。
(訓練じゃ、これを使う所も見せられず仕舞いだったな)
ドラコは構えたパイルハンマーを石壁に突き付け、引き金を引く。放たれた鉄芯が壁を穿ち、有り余るエネルギーにより弾き飛ばした石塊が反射的に防御姿勢を取ったミスティの身体を打ち付ける。
目潰しと遠距離攻撃を兼ねたそれは、ドランが牽制によく用いる手であった。
「ぐっ、まだ!」
「いいや終わりだ」
そして、決闘は幕を下ろす。
ミスティの眼前で二撃目を構えたドラコ。
勝敗は明確であった。
「──勝者、ドラコ」
受付の声が、無慈悲に響いた。