教え子らの決意がキマり過ぎている。 作:お ん ん い い
噂とは、電光石火の如き早さで流布される物であると知ってはいた。いたんだが……。
「冒険者に? そうか……」
「嘘、貴女冒険者になったの?」
「なあ、もう少し考えたらどうだ?」
訓練所から戻ってみたら、冒険者ギルドの連中に色々と聞かれる羽目になった。おまけに誰も彼も浮かない顔だ。俺みたいな小娘がひとりで冒険者なんて不安に思うのは分かるが、あんたらは俺の親じゃないだろう。いつからここは孤児院になったんだ。
「……私が、負けたから」
そしてミスティはさっきからこの調子だ。肩を落として意気消沈、悔しがれてるからまだマシだが、俺の経験上、危うい所にあると見える。
「ミスティ、オレみたいなガキから言われるのも癪だろうが、お前さんはもっと強い筈だ。手加減してくれたんだろう?」
「……だとしても、冒険者にはあってはならないミスをした」
彼女は続けて言う『手の抜きどころと全力の出しどころを誤るな』と。それは、俺がかつて彼女に投げかけた言葉だった。出会ったばかりの頃は、一匹のネズミにすら全力を出す様な有様だったからな。重要視してたのは前者で、生き急ぐなってつもりで送った言葉だった。今回はミスしても致命的な事にはならない戦いだった、だから手を抜いたのは悪い事じゃない筈だ。俺はそれに助けられた訳だしな。
「でも良いじゃねえか。今はミスしても死なない、次はミスしない様にすれば──」
「今がその時だったの!」
と、何か触れてはならない所に触れてしまった様で、怒鳴られてしまった。年頃の娘ってのはどこが爆弾なのか分からねえ……。
「なら、もう一度やるか?」
「……え?」
「もう一度やって、次で勝ったらさっきのは無し。それならどうだ?」
なら、もう一回くらい付き合うのも吝かじゃない。こうして同じ目線でやり合うのも新鮮で面白いしな。
「あっ……ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃなかったの」
「そうか、ならオレは冒険者になっても良いんだな?」
「ええ、負けた私に、何かを言う権利はないわ」
「元々そうする権利があります」なんて言葉が受付から飛んで来たが、あの生真面目さんは誰が相手でも真面目だな。
ミスティに行ってくると言って、オレは受付に向かう。受付の目は、まだ訝しむ様な、不安げな瞳をしていた。おいおい、どれだけ不安なんだ。別にゴブリン退治とかに行く訳じゃないんだぞ。
「んじゃ、頼む」
「承知しました」
──そうして、オレは冒険者になった。
手には青銅のプレート。駆け出しの証だ。銅、鉄、銀、金と後に続く。
懐かしい感触、ザラついた鋳型の名残りが指先に掛かる。
と、背後が騒がしくなってきた。
「……あぁ、こりゃあ後が怖いぞ」
「あの人とか、あの人が聞いたらどうなるか」
「俺は何も見なかった事にしとくぜ。お前らも口裏合わせる準備しとけよ」
ったく、俺が冒険者になるならないでそこまで騒ぎ立てる奴が居る訳ないだろう。所詮、鉄のプレートの良くて三流の冒険者の娘だ。今更誰が注目しているのやら。したとして、教え子の耳に入るくらいだ。
大した事にはならない筈だ、そうだろ俺──。
そうして冒険者となれば、依頼をこなす必要がある。
俺は一つ依頼を受けた。ごく普通の薬草採取だ。この身体の動かし方に慣れないとな。
……ミスティの様子は不安だったが、そこまで引き摺る事でもないだろう。他人が口出すよりは、1人になっていた方が立ち直れる時もある。
森の中で走ったり、跳ねたり、パイルハンマーを振ったり、基本的な動作から魔法を絡めた動きも。案の定重心が変わったせいでパイルハンマーを軸に動く必要が生まれたが、そうした教え子の指導経験もある。そこまで苦労はしないだろう。
それより重要なのは今後の事だ。少女の身体では身に付ける物も変わってくる。鎧はベルトで長さを調整出来るが、肌着や普段着はそうもいかない。
はぁ、やるべき事は山積みか。
「で、誰がオレの後ろをつけてるんだ?」
無数に立ち並ぶ木々の中から、人影が一つ。
「……ちっ、勘は良いみてえだな」
「ん? お前さんは──」
黒い獣人、頭頂部で揺れる狼の耳に目付きの悪さが如何にも一匹狼らしい青年が居た。俺を見て舌打ちとは、随分だな。
「俺の事も親父から聞いてんのか?」
「ああ、オレの親父は
「見て来た様に言いやがって、当たってるのが気味悪りぃ」
若干引いている両腰に短刀を差した青年──バンは俺の教え子の1人だ。昔から狂犬なんて言われてたが、危なっかしいから俺の方から首を突っ込んで何とか協調性を持たせようとした。そのおかげかどうかは分からないが、口は悪いままだったが、隙あらば周りに噛みつこうとする事はなくなった。
ただ、すっかり嫌われているモンだと思っていたから、俺の葬儀に居たのはびっくりだったが。
「……冒険者になったんだってな、お前」
「ああ、そうだけど。何か気になる事でもあるのか?」
さっきから意識してかしてないのか、ガンを飛ばしながら会話を進めるバン。それ、俺がただの小娘だったらビビって泣いてるぞ。女子相手の対応なんて俺は教えてないから仕方ないかも知れんがな。
いつの間にか間合いは縮んでいた。乱雑ながら静かな足取りでこちらにバンが詰め寄って来た。俺は圧を感じて後ずさっていると背中に樹皮が当たった。なのにバンはまだ近付いてくる。
ダン。そう耳元で音がしたと思えば、バンの右手が頭の横に叩き付けられている。
「──俺のパーティに入れ」
「は?」
……聞き間違い、じゃないよな。一匹狼と呼ばれていたコイツに限ってそんな事はないだろうが。
「待て、もう一回言ってくれ」
「二度も言わせんじゃねえ。俺とパーティを組め」
夢か、これは。
『触んじゃねえ、おっさん』
『まだ懲りねえのかよ。何度も何度も!』
『断ったら面倒臭えから、教え子って奴になってやる。今だけな』
──今、俺の前ではバンが俺を見下ろしながらパーティに入れと言っている。あの、ひとりで何だって出来ると言って度々俺の手を払って来たアイツが、こうして誰かと一緒に居て、しかも誰かを誘おうとするなんて。
「バン。お前……」
「──っ!? 何で泣いてんだ!」
歳は取るもんじゃねえな、涙もろくなっちまう。
「別に、お前が、悪いわけじゃ、ないんだ」
「なら何で泣いてんだ、俺が悪いのか!?」
慌てふためくバンには悪いが、涙は勝手に出てくるんだ。仕方ないと諦めてくれ。
ようやくコイツの涙が止まった。俺は、バカ師匠の娘をパーティに誘った。独り立ちしてから組んだパーティだ。銀プレートの冒険者パーティなら、コイツを守るにも十分だと思った。だが。
「……漸くか。で、答えは?」
「ああ、気持ちは嬉しいんだが、オレはまだ1人でいい」
目の前のコイツは、断りやがった。天涯孤独の身になった癖に、コイツは誰にも頼る気が無いのか。思い通りにならないのは、バカ師匠が居た時からだったが、その時より何故か苛ついた。
「そうかよ」
「だが、嬉しかったのは本当だぞ?」
「……なら、何でだ」
コイツは、俺の
今はまたヘラヘラ笑みを浮かべちゃ居るが、コイツは独りになった事をまだ受け入れられていねえんじゃねえか。そんな気がした。でなきゃあの言葉で泣く意味が分からねえ。
「青銅のオレがバンの仲間になっても足手纏いだからな。お、今足手纏いにもなんねえ、とか思ったな?」
「察しが良いこって」
「……だとしてもだ。オレがその場に居るのは、ダメなんだよ」
「何でだ」
コイツ、あのお喋り無遠慮バカ師匠の娘か。頑固さは据え置きだが、まるで乗ってこない。
「お前さんの
それどころか、真っ直ぐに俺を見上げてそう言い切りやがった。投げやりにそう言ったんなら、詰める余地がある。だがコイツは、まるでそうすべきだと確信すら持って言っている様に思えた。
「……何で、そう言い切れるんだよ」
バカ師匠は俺に独りで居るなって言った癖に、その娘は独りで居ようとしている。教育ミスってんじゃねえかバカ師匠……もっと、もっと一緒に居てやれよ……クソったれ。
「オレが嫌なんだ。誰かの居場所に割り込むなんて。それはお前さんが努力して手に入れたモンだろ? それにタダ乗りはしたくない」
「リーダーの俺が言ってんだ。文句は言わせねえ」
「ならオレが文句を言う。仲間は大切にしろ、ちゃんと話し合え。それからだろ?」
そう説教臭く言うコイツを見る度、話す度、バカ師匠の面影と重なっていく。もう二度と見られない、取り戻せないあの日を思い出す。
バカ師匠が死んだと聞いた時、タチの悪い嘘だと思った。葬儀でも、まだどっかから何食わぬ顔で出てくるんじゃないかと思ってた。けどアイツは出て来なかった、代わりに来たのはバカ師匠の娘だった。だからコイツが冒険者になると聞いた時、また繰り返すんじゃねえかと思った。性別体格以外は酷くバカ師匠とそっくりなコイツは、バカ師匠みてえに誰かの為に死に晒すんじゃねえかって。
二度とあんなクソみたいな思いはしねえ。俺が居合わせてればなんてみっともねえ後悔はしねえ、絶対に。そう思ってんのにコイツは。
「どうした? なんか焦ってんなら話は聞くぞ?」
コイツは、他人の心配をしてやがる。
「そんな細い身体で何するんだ? モンスター狩り? 冗談だろ」
「そう見えるか? 案外、力出せるぞこれでも」
コイツには、俺の言葉は何ひとつ響いちゃいない。今も自分の腕を叩いて笑ってる。
「聞いたぞ。お前、ワイルドハントに復讐する気だってな」
冒険者ギルドに居た奴がそう言っていたのを聞いた。俺は正気を疑ったが、他にも聞いた奴らが居たと聞いて今こうして追いかけて来た。薬草採取の依頼を受けたと聞いていたら、武器を振り回して準備運動まがいの動きを始めた時点でなにか臭い。下手すりゃこのままどっかの洞窟に殴り込みに行ってもおかしくはないとすら思っている。
だが、噂なんてアテになんねえ。嘘だと言え、ただ生活費の足しにしたいだけだって言え。
「マジか……噂が広まるのは早いな。なんか中身が少し違ってるけど」
だがコイツは何食わぬ顔でそれを肯定しやがった。その青い目は微動だにもしない。身体に震えも、怯えも無い。
「お前、正気か?!」
「おおう!? 何だ急に怒鳴らないでくれよ」
「それで親父が死んだのに、お前に何が出来るんだ!」
「今は無理だろうな。けど、この
「……お前っ! クソッ!」
コイツは、壊れてる。まるで自分を、他人みたいに、それどころか物みたいに言って、復讐に使おうとしてやがる。
ガキの虚勢であればまだマシだった。だがコイツは、本気でそう思ってやがった。それは昔、独りでどうとでもなると信じ切っていたバカ師匠に会うまでの俺と一緒だった。
それを直せる奴が居るとすれば、バカ師匠以外に居ない。けどアイツは、もう死んだ。ここには居ない。
腹の底から吐き出したい叫びを、歯がへし折れそうな程食いしばって潰した。
「もういい。
木に叩き付けた掌を下げ、俺は一歩離れた。
「悪いな。折角誘って貰って」
──なあ、他に誰がコイツを直してやるんだ?
握りしめた拳に、熱が広がる。
バカ師匠がやってたみたいに、押し売ってでもその性根を叩き直す。
それには俺や、パーティの奴らだけじゃダメだ。悔しいが、他の弟子にも頼るしかねえ。
「だが、お前が薬草採取を終えてちゃんと帰られるかは見とくからな」
「……オレ、そんな子供に見えてるのか?」
「ああ、聞き分けのないガキだ」
「確かに、否定しきれないな」
そう鷹揚に言葉を受け取る姿もバカ師匠譲りだ。だから間違いなく、コイツはアイツの忘れ形見なんだろう。
あの葬儀で、俺達参列者は一切バカ師匠の形見を分けて貰っちゃいねえ。だがその代わり、何が何でも守らなくちゃならねえ形見が増えた。あの時、言葉を交わしちゃいねえが、他の奴らも同じだった筈だ。コイツに手を貸すなり、守るなりしてやらねえといけねえって。奴らに呼びかければ何か出来る筈だ。
「まあ、オレみたいな小娘が冒険者なんてやってたらヒヤヒヤするのかも知れないけどな。別に気にしないでくれ、邪魔になる様な事をする気はないからな」
「お前の考えはよぉく分かった」
誰にも手出しさせねえって言うんなら、折れるまで粘ってやる。
独りよがりで自分も顧みねえお前の性根を、叩き直すまで。バカ師匠がやったみてえにな。
俺だけじゃねえ。他にも居るんだぜ、俺みたいにどうしようも
──覚悟しとけよ。
俺の……いや俺らの