教え子らの決意がキマり過ぎている。 作:お ん ん い い
「……ああ、よく寝た」
昨日は中々良い時間を過ごせた。最後は服が汚れたからってミスティの着せ替え人形にさせられるとは思わなかったが、おかげで下着の類を手に入れられたのは望外の幸運だった。
だが、女物の下着を着るのは抵抗がある。
水色の洒落たデザインだが、俺の自認識はまだ冴えないおっさんだ。そんなのがこんなのを着るのか、吐き気がするぞ。これなら親父のケツでも思い浮かべてる方がマシだ。どっちもクソだがな。
これからこれが毎日続くとなると……。
「考えない方が身のためだな」
さて、服は……プレゼントに貰った奴しか身体に合う奴がねえ。昨日の服は汚れたからってミスティにまとめてクリーニングに出されたんだった。幸い今日は依頼をこなすつもりも無いし、ブカブカの服で子供1人が街を出歩いたら憲兵にしょっ引かれるし、これを着るしかない。
白いヒラヒラのついたドレスもどき、何故か用意されていたヘッドドレス、リボン付きのソックス、艶のある丸みを帯びた厚底の靴。尊厳をギリギリ致命的に破壊されるだけに留めてくれているのは、辛うじて少女趣味なケバケバしい色じゃないからだ。
はあ……これを着ている今はちょっとしたお嬢様みたいに思われるかもな、ただ化粧なんてしてないし、精々勘違いした不細工みたいに映るのがオチか。
ただ、着ないという選択肢は無かった。だってこれが教え子が身銭を切って用意してくれた物だ。使わなかったら可哀想だろう。ミスティにも申し訳ない。
せめてぱっと見俺と分からない様に長い髪は一括りからお淑やかなイメージのお下げにしておこう。冒険者ってのは口が軽い。もし俺がこんな格好で出歩いたのがバレたら明日にはお嬢様呼ばわりされてもおかしくはないそんな事になったらもう引き篭もるしかない。
そうして着ているだけで気力を消耗する呪いの装備を着込んだ俺は目立って仕方ないパイルハンマーを布で包み、背負って外へ出た。
昼の街中は相変わらずの賑やかさだ。行き交う人の波を泳ぐ様に手で掻き分け、溺れない様に進んでいく。流石に途中で鬱陶しくなって、俺は裏路地を使って近道する事にした。
ただ、日がな一日薄暗い場所っていうのは往々にして治安が悪い。
「お嬢ちゃん。こんな所で何してんだぁ〜?」
「オ……おほん! 私に何か用ですか?」
噂にならないよう、他人相手には一人称も変えて裏路地のゴロツキに丁寧に応対する。
「お嬢ちゃんみてえな可愛こちゃんが一人でこんなとこに来たらなあ、大変な事になるんだぜぇ〜?」
男は酒の匂いを漂わせていた。酔っているのか言動が妙に間延びしている。
酒の匂いはあまり好きじゃない。俺の教え子たちは割と酒が好きなもんで、付きあってる内に慣れたが、それでもだ。
「たっぷり仕込んでやるからなぁ〜?」
男が手を伸ばして来たが、余りにも遅い。いくら慣れない服装とはいえ、これは余裕で避けられる。
「失礼、そういった事はどうぞ娼館で」
「うんげらば!?」
すれ違う様に男の横をすり抜け、ついでに膝裏に蹴りを叩き込んで膝を突かせておく。恨みはないが、追いかけられても面倒だからな。
そんな事もありつつ、俺は目的地──鍛冶屋へと向かうのだった。
俺は、無心で槌を振り下ろしていた。
あの凶報が街を騒がせた後、俺はあの作品を引き取るため葬儀に出向いた。だが、アレはドランの娘を名乗る少女が引き取った。
あれから三日だ。風の噂によれば、アイツはパイルハンマーを使って依頼をこなしてみせたと聞く。
……そんなのはあり得ない。アレはドランと二人三脚で完成させた武器だった。ドランが使った際のデータを元にしてアイツに適したカスタムを施していたのに。
「おい、まだあやつの事引きずっておるんか?」
「大将……俺の武器は、アイツの為に作ったんです。なのにポッと出の奴が使い熟すなんて、いくら娘でも……」
「武器なんてものは使い手が居れば居るほど良いもんじゃよ。杭打機を周囲に認めてもらいたかったんじゃろ? なら、新しい使い手が現れた事を喜べばええじゃろうに」
実際、大将の言葉は正しい。使い手を選ぶ武器に、使い手が現れる事を喜びこそすれ、悲しむなんておかしい話だ。ただ、ここに至るまでの苦労も知らず、軽々と扱われてしまった事が悔しかった。
俺の努力が否定されたとかじゃない。
『……これ、なんて武器なんだ?』
『
『新しい時代、か。惹かれるな……これ、売ってくれないか?』
大将の作る剣や槍の様な唯一無二が作りたくて、若さに任せ勢いで作った作品だった。あまりの奇抜さ故に、誰も触れなかったコレに目を付けたのがドランだった。
『とんだじゃじゃ馬だが、火力は凄まじいな。ただ、まだ火力を高められるんじゃないか? 魔法使いが魔力を圧縮して魔法の威力を高めた様な……あんな感じで』
最初は新しいというだけで飛び付いた軽い奴だと思っていた。だが、アイツは俺の作品と真摯に向き合ってくれた。
『威力は最早他の武器と比べ物にならないな。だが今度は弾け飛ぶ血肉が当たって地味に痛いんだよ』
『……そうか。なら、シールドを取り付ければ良いな』
『おお、良い案だな。とんでもなく重くなりそうだが』
アイデアを完璧な形にするのに、何度も何度も俺はドランと会話を交わした。使い手であるアイツから教えられた事も少なくはない。
俺にとって鍛治の師匠は大将で、武器を作るって事はどういう事かを教えてくれたのはドランだった。
そうして漸く今の形になった。
そうなってからは、俺が作っていた普通の剣や槍も売れる様になり、パイルハンマーの事を考える時間も少なくなっていた。そんな最中だった、ドランが死んだと聞いたのは。
俺とアイツの武器が最後まで望むままの働きをしたであろう事は、ワイルドハントを閉じ込める為に崩落させた洞窟が物語っている。その点に不満は無い。
ドランの為に育ててきた武器をあの少女が振るう事に、不満が無い訳じゃない。ただそれも時が経てば消えていく物だろう。
「ま〜ったく。気難しい鍛治師の様な事を一丁前に言いおって。本当はアレじゃろ? ドランの奴を
「……俺が怖気付いてるって、大将は言うんですか」
見栄を張る為にそれらしい言葉で取り繕っていたが、本当の所はもっと単純な話だ。
あの時、
それは間違いなく、
あの時ドランが持っていたのがただの剣であれば、洞窟の崩落に巻き込まれる事もなく、増援が来るまで耐え凌ごうとしていたかも知れない。それでも生存の目は低かったかも知れないが、生存が絶望的な手段を選ぶ事はまずなかっただろう。
「あまりに昏い目をして鉄を打っておるから、呪いの武具でも作ってるのかと思ったくらいじゃよ」
「怖いんです。あの武器が無ければ、ドランはあんな選択をしなかった。それがあの子に渡ったら、同じ事になるかも知れない」
「道具が人を殺す事はなく、人が人を殺す。あやつは自らの意思で、自らを殺しかねない選択を選んだ。それだけじゃよ。思い悩んでも仕方あるまいに」
鍛治師が作った武器で人が殺されても、法に触れる様な物を作っていない限り鍛治師が罪に問われる事はないだろう。だとしても。
「俺があの子から父親を奪ったも同然なんです」
「違う、それはお前さんの思い込みじゃ」
「──俺がドランを殺したんです!」
そう言い切った時、カランと、扉に付けた鈴が鳴った。そこには──。
「……そうか」
鍛冶屋の中には、火が弾ける音ばかりが響いていた。大将とその弟子、そして客の三者の間に不気味な沈黙が横たわっている。
(……そう、思わせてたのか。今すぐに生きていると言えば良いんだが、俺を助けてくれた奴との約束もある。どうしようもないな、コレばっかりは)
客……ある世界ではゴシックロリータと呼ばれる装いをしたドラコに、大将と弟子は目を丸くして見ていた。背中に背負った布で巻かれた物々しい代物をドンとカウンターの上に置くと、布を開きながら彼女は言った。
「これの整備、頼めるか?」
「……き、君はドランの娘、なのか?」
「ああ、そうだぞ。そうは見えないか? この格好だしな。後、こんな格好してたって事は内緒にしといてくれよ」
先程まで話していた事が脳裏から吹き飛ぶ様な光景を前に、なんとか身体を動かすので精一杯の弟子。だが、手は一向にパイルハンマーに伸びない。
「……いや、俺はもう、これを扱う訳にはいかないんだ」
「それは、この武器が親父を殺したからか?」
糾弾される覚悟だった弟子だが、実際にその言葉を聞くとなると身体が震えた。その相手が父親の面影を色濃く残した娘ともなれば尚更に。
「なんて、親父は欠片も思わねえよ、きっとな」
「……それは慰めかい?」
「俺なんかが慰めるくらいなら、娼館に連れて行った方がマシ……」
瞬間、ドラコに2人の驚愕の視線が突き刺さる。
「……親父がそう言ってたんだよ。オレには
「ワシがあの世に行ったら説教じゃの」
(居ねえんだよな、そっち行っても)
いつもの様にドランのダメ親ぶりを喧伝(風評被害)した所で、ドラコは生暖かい目で弟子を見つめる。
「分かるんだよ。親父ならそうは思わない。寧ろワイルドハントを確実に堰き止められる手段が手元にあった事を感謝してるって」
「……そんなのはどうとでも言えるさ」
「おい、娘っ子の前じゃぞ、良い加減に……」
師匠がその手を弟子に上げるその瞬間。
──パン!
乾いた音が部屋に響く。音を発したのは師匠の手のひらではなく、少女からであった。
弟子は、少し遅れて頬の痛みに気付いた。前には、カウンターに身を乗り出して手を振り抜いたドラコが居た。
「お前さんが、そんな顔しないでくれ!」
発した言葉は、怒りというよりは、呼びかける様な調子で紡がれていく。
「お前さんが毎度毎度これを整備してくれたから、親父はあの日まで生きられたんだ。こんな複雑な物が使いたい時、毎回確実に動いてくれる! それが誰のおかげかくらい、親父は分かってた筈だ……」
少女は言う。それが命を託すに値する道具だったのは、別に材料や設計が優れていただけじゃないと。それは、弟子が居たからに他ならない。
「親父は、新しい物が好きだった。ロマンを感じる物が好きだった。だからって得体の知れない道具に命を懸けられる程酔狂じゃなかった。お前さんが居たからだ」
それは、きっとこんな事が無ければドランが遺せなかった言葉だ。
「親父は思ってた。
この言葉を聞き届けた弟子の視界は、既に滲んでマトモに機能しない。師匠は、客の
「それでも、まだオレにコイツを預けられないって言うのなら、約束する」
少女は胸を張って高らかに宣言する。不敵に微笑みを浮かべながら。
「
そう言い切った彼女は改めて、カウンターに叩き付ける勢いで頭を下げ願った。
「だから、オレがコイツを握る事を許してくれ!」
「……ああ、あぁ。分かった。完璧に仕上げる」
弟子は、少女に見えないよう涙を拭いつつ、3日ぶりの帰宅を果たした我が子を預かった。これまでの旅路を労う様、これからの門出を祝う様、念入りに整備を行う為に。
そうして残された2人は、互いを見て笑う。
「……ドランの娘っ子。悪いのう、ワシがすべき事だったんじゃが」
「親父ならこう言うだろうさ。困った時はお互い様、ってな」
「全く、どこまで瓜二つなんじゃろうか。実はおぬし、ドランではないか?」
「……いや、そんな事はないぞ」
「ははっ、そんな深刻な顔をせんでも、冗談に決まっとるじゃろうが」
「そ、そうだよな。ははは」
一瞬緊迫した空気が流れつつも、2人の師匠は、弟子の成長を喜んでいた。
そして弟子は──
(そうだ。ワイルドハントなんて物ともしない様な力があったのなら、あんな事にはならなかった。今はまだ無理でも、これからもっと強くして行けば良いんだ。継続した火力……回転機構もアリだな)
──新たなる顧客の為、更なる成長を誓うのだった。
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こちら、タイトルやあらすじやタグやらで作品の内容が意図した様に伝わってないかも知れないと思い、それを確認する為のアンケートです。
もし想像出来なかったが多ければ、タイトルはともかくとして、あらすじか青タグの見直しを行いたいと思ってます。
タイトル・タグ・あらすじを見てこんな方向性の話だと想像出来ましたか?
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