教え子らの決意がキマり過ぎている。 作:お ん ん い い
……たった一着のまともな私服、葬儀の時に着ていたチュニックが帰って来るのを待つ事数日。ようやく表に大手を振って出られる。パイルハンマーの整備は既に万全。また討伐依頼が受けられたら良いんだがな。
なんて外に出ようとドアノブに手を掛けた時。僅かながらに気配を感じた。
「……ドアの向こうに、誰か居るのか?」
二、三歩下がって、パイルハンマーを構える。のだが、流石にこんな迂闊な泥棒が居るとは思えない。
「──誰か居るなら素直に返事してくれ。でないと乱暴な事になるかも知れないぞ」
「は〜い。ここに居るわよ〜!」
と、気の抜ける女の声がする。この声は、確か……。
そう考えながら扉を蹴り開けると『ふぎゃ』と短い悲鳴が聞こえた。
「痛い〜っ!」
「お前さんは、親父が言ってた……確か、キサキ、か?」
赤くなった鼻を摩りながら立ち上がったのは、肩マントの軽鎧に紫紺の瞳の美女。サキュバスであり冒険者のキサキ、例によって俺の教え子の1人だ。
「そう! 愛の狩人、キサキとは私の事よ!」
「……ああ、悪いな。誰か分からなくて」
素気無く返せば、むっすりとして彼女は腕を組む。おかげで豊満な胸が余計に強調されている。……俺もこのまま成長したらああなるのか、それはちょっと邪魔くさいな。見てる分には良いんだろうが。
「……突然訪ねたこっちに非があるのは分かってるから別に良いけど。もう少し反応あっても良いんじゃない? ね?」
彼女は少しふざけた態度が目に付くが、人間の首を容易く千切れる剛力の持ち主だ。1対の曲剣であり弓である剣弓などという常識的な筋力で扱える訳もない武器を愛用している。
俺も惹かれて使おうとしたが、いざ弓として使おうとするとマトモに矢を飛ばせず諦めた。ロマンの道は険しいんだと悟ったさ、あの時は。
「それより、何か用があって来たんじゃないのか?」
まともに付き合うと話が長くなるので本題に切り込むが、普段なら教え子と駄弁るのも吝かではなかった。わざわざそうするのはキサキの飄々とした表情に、張り詰めたものを感じたからだ。
「そうよ、お嬢ちゃん、貴女ってお父さんと違って察しが良いのね」
指を鳴らして俺を褒める彼女だが……そんなに俺は察しが悪かったのか、というか何時の俺の話をしてるんだ。で、やっぱり何か訳アリだったな。
「お父さんが冒険者なら聞いたことあると思うけど、来ちゃったのよねえ。
「ん? スカウトが? オレに?」
耳を疑ったが、どうも冗談ではなさそうだ。
『スカウト』それはこの王都の冒険者ギルドで定期的に見られる光景だ。これは王都の独特の環境によって生まれた文化である。
まず、王都というのは非常に広大で、下手な街が数十束になっても敵わない程はある。その為、主要な施設については街の四方に配置されていた。
冒険者ギルドも街の四方、つまり東西南北とあり、冒険者はそれぞれ近場の冒険者ギルドを使っている。
俺がいつも行っている冒険者ギルドは王都7番街と6番街の間にある『西冒険者ギルド』で、ここは王都の冒険者ギルドで最も貧乏な冒険者ギルドでもある。
理由については難しくない。この冒険者ギルドは貧民街のすぐ隣にある為に、抱える冒険者にはゴロツキ紛いが多く質が低い、質が悪いと依頼達成率も下がり、他の冒険者ギルドに依頼が入っていく様になる。そうなると稼げる依頼が減り、有望な冒険者は他の冒険者ギルドへ向かう。その為、依頼の仲介料等が回らず西冒険者ギルドは貧乏だった。
だが最近は教え子らの頑張りのおかげで改善の兆しも見えていた。
それはさておき、『スカウト』というのはそうした金回りを良くする為、優秀な冒険者、或いは将来有望な冒険者を自分の冒険者ギルドを利用させようとする動きの事を指している。
だが、いくら何でもおかしい。まだ薬草採取とタイラントローチの討伐しかしていない様な冒険者がスカウトされるなんてのは。
「……寝耳に水なんだが」
「そう? 私には寧ろ遅いくらいだと思ったけど」
「いやいや、オレにどんな価値があるっていうんだ? そんな奇特な冒険者ギルドはどこなんだ?」
すると彼女は3つ指を立てた。ため息混じりに。
「
「……な、なにかの夢か?」
「
なるほど、専門家が言うなら間違いないな。
そして……東南北、か。
東は貴族街に、北は平民街に、南は商業街の中にそれぞれ冒険者ギルドを構えてるな。金に物を言わせて来そうなのは東か南な気がするな。
「それぞれ住居を無償で提供とか、望みの昇格試験を直接受けられる権利とか……どこもそれなりにやる気出してるのよね」
「分からないな。オレにそんな価値無いだろうに」
「……はぁ。これは重症ね」
俺が少女になる前にそんな事は起きてなかったぞ。なんだ、手頃な看板娘でも欲しくなったのか。少なくない教え子が他の冒険者ギルドに移ってはいるが、そこで活躍出来ているのはそれぞれの素質が花開いただけで、俺は言ってしまえば歩き方とか、物の掴み方とか、そんな初歩中の初歩を教えた程度だ。そんな男の娘だからって欲しがるとは思えないが……。
「別に、規律に忠実な良い子ちゃんばかりって訳でもなかったでしょうに」
……それは知ってるぞ。流石にそこはそれとなく矯正して来たから問題は無い筈だ。
「娘ちゃん。どこに身を置くか決めるのは自由よ。どんな選択をしても構わないし、誰にも文句なんて言わせないから安心して」
いや、俺はこのままで良いんだが──。
なんて言うのかしら。彼女、ちょ〜っと自己評価が低い気がするのよね。理由はよく分からないけど、私の事もお父さんから話されてるあたり、親子関係に問題はなさそう。そうねえ。お父さんも実は自己評価は低かったから血筋なのかも。
けどそれを差し引いたとしても、冒険者になってたった2日でタイラントローチの動きを読み切って狩れるなんて大した物だと思うわよ。だって、あれを狩れるって事は不規則に動く弓矢の動きを読める様な物だもの。
──ただ、他のは冒険者としての彼女を求めてるか怪しい所だけど。
『サキュバスなら、冒険者じゃなくて娼婦でもやってろよ』
『一晩いくら払えば相手してくれんだ?』
『パーティに入りたい? パーティの男を喰い荒らしたいだけでしょ?』
私は最初、冒険者として扱われていなかった。サキュバスという生まれだけで私がどんな存在か定められて、それが正しいものと扱われていた。
独りで冒険者の勝手も分からないまま、その日の稼ぎを得る為に生きていた時、彼女のお父さんに会った。
『あ〜……もしかしなくても、困ってるんじゃないか?』
『何、アンタも私の身体目当て?』
『……ん? ああ、確かに綺麗な身体だな』
『ふん、やっぱり』
最初は、その辺の有象無象と一緒だと思ってた。馬鹿そうな男だとも。
『特に腰から下半身の筋肉のつき方は半端じゃなく綺麗だ。俺も見本にしたいくらいには』
『……はい?』
『上半身の偏りを見るに、もしかしなくても弓使いだろう。だがこの強い下半身、きっと剣士でも活躍出来る筈だ。……そうだ、俺と一緒に他のスタイルも試してみないか?』
けど、その口説き文句にまんまとやられちゃったのが私。子供みたいに目を輝かせて、そう言ってくれたあの人から私はいくつも教わった。近接戦闘の駆け引きや、冒険者としての生き方も。
嬉々として買って来た剣弓を引けなくて心底落ち込んでた時のあの人は今でもはっきりと思い出せる。
『これは多分、ミノタウロスとか向けなんじゃないか?』
『──私、引けるけど』
『……』
格好がつかないからって私への餞別にしようとした事も。
あの人と一緒に居るだけで、周りの私を見る目が変わっていった。あの人が言うには、私の頑張りが認められたって認識みたいだったけど。
いつしか私は、1人の冒険者として認められていた。その頃には、もう独り立ちしてやって行ける様になって、あの人とも冒険者ギルドで会った時に近況を話す程度になっていた。
……なんで、良い人程早く居なくなるのかしらね。
もっと、話しておけば良かった。
だから、私は残された彼女の事を気にかけていた。
「オレはここで満足なんだがなあ」
彼女があの人の娘と見られる事は、彼女にとって良い事ばかりとは限らない。
どこで聞いたかは知らないけれど、彼女が裏路地で襲われそうになったから、治安の悪い西冒険者ギルド周りで活動させるべきじゃないと他の冒険者ギルドの冒険者は主張してる。確かに、一理はあるけれど……それは彼女の意思を無視して良い理由にはならない。
「
「……そんなの、十分過ぎる位よ」
彼女の元にはお父さんの遺骨の一欠片すら帰ってこなかった。
彼女にとってお父さんを感じられるものは、この家と、遺された武具と、そしてこの場所と人。あの重厚そうな武器なんて彼女の体格には余る物なのに、それでも無理をして使うなんて……きっと余程の執着があるから。
「オレは、あの場所で冒険者をやって行きたいだけなんだけどな……」
理不尽にお父さんを奪われて、原因になったワイルドハントに
これが誰かの
何も出来なかった私たちに許されているのは、決して彼女の邪魔をする事じゃない。私はかつてあの人がそうしてくれた様に、彼女が選んだ生き方を支えていく。
そう、決めているから。
……さっきから、キサキの目が凄く生暖かい様な、湿度を帯びている様な気がしてならない。多分気のせいだとは思うんだが、最近そんな気のせいが増えてきた気もする。
スカウトについてだが……どの道答えは決まってる。
俺はここで冒険者をやっていくだけだ。勝手知ったるなんとやらとも言うしな。
他の所には丁重に断る事にして、それでお終いだ。
その筈だが、何故か胸騒ぎがする。とんでもない事が起きそうな、そんな予感が。
いつもの様に、ドラコとキサキは西冒険者ギルドに向かった。
だが、そこはいつもと違う異様な雰囲気に包まれていた。
少し抜けた冒険者達の笑い声や、下世話な会話も聞こえてこない。
ドラコは目を鋭くさせながらも、冒険者ギルドの中へと入っていく。そこには年季の入った内装と、そこに似つかわしくない華美な服を着た男と女が2人、冒険者らしく鎧を着ている強面の男が1人。
‘(誰だ……?)
いずれも、ドラコは
そして、彼女がここに入って来た事に気付いた3者は、一斉にドラコの方へ向いた。背後の受付が、あからさまに不味いと表情で示した事に気付いたドラコだったが、時既に遅し。
(……こんな小汚い娘を気に掛けるなんて、彼は何を考えているのでしょう。ですが、彼女を連れて来たなら彼も私の事を評価してくれる筈)
1人の女は、侮蔑を含ませながらも、値踏みする様な目で。
(彼女は青き血ではありませんが、我らが侯爵令嬢様にとって恩人である方の遺子……この様なカビ臭い場所に置いておくなど、ありえない)
1人の男は、自らが正しいと疑う事もなく、狂信を含んだ様な目で。
(確かに将来有望そうだ。強い冒険者はいくら居ても良いからな)
1人の男は、威圧感のある面構えに反して、面白い物を見つけた子供の様な目で。
それぞれが思惑を含んだ視線を彼女に向けていた。
金もない、治安も良くない、人手も足りない。そんな西冒険者ギルドに彼女が残ろうとすると思う者は、この場で数人を除いて存在しなかった。
だが、彼女からすればスカウトを受けるずっと前から腹は決まっていた。
「帰ってくれ──悪いが、オレはここで冒険者を続けるつもりだ」
彼女はスカウトに来た者達が口を開く前に、そう言った。
タイトル・タグ・あらすじを見てこんな方向性の話だと想像出来ましたか?
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想像出来た。
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想像出来なかった。