教え子らの決意がキマり過ぎている。 作:お ん ん い い
──光と音が、熱波と衝撃を連れてやって来た。
その瞬間、すでに俺の身体は背後から抱き抱えられていた。
上と下が入れ替わり地面を跳ねる音が止むまで、俺は抱かれたままだった。教え子の逞しくなった身体に抱擁されるのは、感極まるものだろう。こんな状況でもなければ──。
「大丈夫か!? バン?!」
「問題ねえ! お前みたいなガキに心配される程ヤワじゃねえんだ、こっちは!」
怒鳴る様な声色だが、バンは大体こんな調子だ。元気のある証拠でもある。だが、バンは不安を隠し切れない様子で俺を見ていた。
「……お前は、お前はどうなんだ?」
「大丈夫。バンが守ってくれたおかげで無傷だ」
「本当に、大丈夫なんだろうな?」
「何だ、そこまで不安か。ほら、どこも怪我してないぞ」
俺は服の裾を持ち上げ、パンツの襟を掴んで腹を晒す。乙女の柔肌には擦り傷も青痣もひとつとしてない。……というか俺の腹、少し肉肉しいな、子供だからか、女だからか、どっちか分からん。
「お前!? そういう事をオスの前でしてんじゃねえ!」
「あ、悪い悪い。お前さんなら良いかと思ってだな」
「はぁ?! お前、どういう意味で言ってんだ!?」
「それより、さっきは本当に助かった。ありがとうな」
今の俺は女だったな。失敬失敬。顔を赤くして目を逸らすバンに軽く謝りながら、俺を抱く腕の中から抜け出す。するとバンの背後からキサキが近付いて来た。
「──ふん!」
そして、握りしめた拳を迷いなく振り下ろした。
「ごはっ?! 何しやがんだこのアマ!?」
「良くやったわ、バカ犬」
「言ってる事とやってる事がちげえだろうが!」
「それはそれ、これはこれよ」
一対の剣を弓とした彼女は周囲に目を向けていたが、すぐに構えを解いていた辺り、周りには誰も居なかったんだろう。
飛び散った瓦礫に炎が燻る様を見て、俺は視線を我が家があった場所に向ける。随分と派手に燃えてるな。
不味いな……俺の物が燃える分にはいい。だが、あの家にはまだ大事な物が残ってる。
「……悪い、2人とも。ちょっと忘れ物をした」
「お嬢ちゃん!?」
「おい待て!」
『旋風』──そう言って風を纏い俺は燃える家へ飛び込んだ。
──油断した。
咄嗟に伸ばした手が、彼女の髪をすり抜けた事に気付いた時には、もう彼女は炎の中へ飛び込んでいた。
お嬢ちゃんの無事を確認した矢先、緊張の糸が緩んだ一瞬のことだった。察するべきだった、あの子が父親の事にあれだけ執われていたのなら、こうする事くらいは読めた筈なのに。
「アイツ何考えてるんだ!」
叫びながら彼女の後を追おうとするバンを止め、私が先に行くと目で伝える。彼女が飛び込んだ玄関は既に炎で蓋をされていて、彼女を追えば命が危うい。
まずは道を開く必要があるわね。
「『鉄針』『銀糸』」
魔法で紡いだ銀の糸を張った剣弓に、魔法で作り出した鉄の針をつがえる。
「『感知』」
そして魔法で射線上に彼女が居ない事を確認し。
「『虚空』」
その針に更に魔法を乗せる。全てを削り取り無に返す魔法を。
張り詰めた弓の手綱を離せば、その暴威が解き放たれた。
その一矢で、玄関に立ち籠める炎と煙を消し去った。
「行くわよ」
「ああ」
そう意気込んで飛び込むと、部屋の壁を吹き飛ばして、片手に大きな箱を抱えたお嬢ちゃんが現れる。
「これを頼む!」
「お前っ、と!?」
お嬢ちゃんは私達目掛けて箱を投げると、また部屋の方に戻っていく。箱を受け取ってしまったバンの奴を先に追い出し、私は彼女の後を追った。
「何をしてるの! 早く逃げなさい!」
「ああ! 今行く!」
そう言って彼女は同じ様な箱を5つ程積み上げている。彼女の身体では持てる筈もない。だから私は理由も聞かず、それを纏めて持ち上げた。
「悪い、助かった」
そう言った彼女と一緒に、私は燃え盛る家から抜け出した。
太陽よりも容赦のない光で、3人は赤く照らされていた。
バンとキサキが惜しむ様にその光景を見つめる中、ドラコは1人、箱の中身を確認していた。
その箱の中には、木で出来たおもちゃの剣や弓。練習用の槍や古びた甲冑などが入っている。その無事を確認すると、ドラコはふう、とため息を吐いた。
「良かった……」
「良かったじゃねえ! 何でお前は火事に突っ込んでんだ!」
至極真っ当な叱咤が轟く。バンは口を横一線に結び不機嫌そうな顔で彼女に近付くと、目の前でしゃがみ込んだ。
「……心配、させたか?」
「心配だぁ? 俺がそんな弱虫に見えるか?」
「見えるわよ」
「後ろの奴は黙ってろ」
居心地悪そうにするドラコを尻目に、バンは彼女の剥き出しの二の腕から手先を軽く見ていく。火傷の類が無いと分かれば、次は太腿を──。
「何やってるのスケベ犬」
「ああ? 何だよ」
「……そこは私が見るわ。アンタは休んどきなさい」
「っ、悪ぃ。冷静じゃなかった」
獣人の習性というべきか、狼の性か、長として群れや仲間の面倒を見ることについて余念が無いバンは怪我の一つも無いか必死になって探そうとしていた。このままでは裸にする勢いだった為に、キサキはそれをやんわり止めた。何をしようとしていたか気付いた彼も大人しく引き下がる。
「……お嬢ちゃん。あの箱の中身ってまさか」
「ああ、親父
それはドランが教え子との訓練の中で使ってきた物だ。
つまる所、これはドラコにとっての大事な物ではない。そうキサキは受け取っていた。だからこそ、そこに危うさを見る。
(この子は、あの人の大事な物の為に命を賭けようとした。それはただの親孝行なの? それとも──)
父親の様な存在になる。父親になる。彼女の言った言葉の本意は未だに分からないキサキだが、この行動に繋がる物を感じてしまった彼女は、安堵の表情を見せるドラコを息の詰まる様な表情で見ていた。
と、彼女は箱の一つに、白い布が少し飛び出している箱があるのを見つける。真新しい白に目を惹かれ、気付けば彼女は箱の蓋に手を掛けていた。
「待った、それは!」
ドラコの静止も虚しく、蓋は開かれる。
そこには、人形が着ていそうなモノトーンのドレスが収まっていた。ミスティからプレゼントされていた、件の服である。
「……これ、お父さんの?」
そう恐る恐る聞かれたドラコの顔は、真っ青であった。顔色を七色に変えながら、うんと悩んで出した答えは──大人しく受け入れる事であった。
「ち、違う! ミスティからプレゼントされたんだ。だからこれは……親父のじゃなくてだな。オレの、大事な物だ」
「……! そう、
「──ああ、そうだ」
開き直れば後は野となれ山となれ、首を縦に振るだけと化したドラコに、キサキは喜色を滲ませていた。彼女だけの物、父親に由来しない物があると知ったからだ。
(お嬢ちゃんの趣味は
これは、そう遠くない未来、ゴスロリ姿でパイルハンマーを振り回す少女が誕生する事が確定した瞬間であった。
(何か致命的に間違った気がするが、思い出の品は回収出来たからヨシとしよう)
そんな事などつゆ知らず。箱の中身を確認し終えたドラコは今に燃え尽きようとする我が家を見つめている。
彼女の胸に湧く、かつての思い出。しかし彼女は、それが破壊された悲しみよりも先に、教え子が危険に巻き込まれた事に考えを巡らせていた。
(誰にどんな目的で……一体こんな事を?)
彼女は、その疑問に答えを見出せずにいた。
「そろそろ騒がしくなる時間だな」
「……んだけどよ。これだけで本当に目を逸らせるのか?」
人気の無い裏路地で一般人と変わりない服装を着て歩く男は、彼方で炸裂した魔法の感触を味わっていた。その隣で女が首を傾げていた。
「勿論、これだけでは足りないだろう。だが既に種は蒔いてある」
「はぁ? もう何かやったってのか?」
「ああ、今だけのチャンスだ」
男は手慰みに金貨を弾いている。女はうんざりした顔でそれを聞いていた。
「勿体ぶらねえで早く言ってくれよ」
「今、彼女は3つの冒険者ギルドにスカウトされている」
「それで?」
「スカウトを受ける理由は大なり小なりだ。より高みを目指す、利便性を求める、環境を変える……それでもやはり根本は生活、金が要る。何よりスカウトは金を稼ぐ為の近道になる」
男は弾いた金貨を握り締める。
「でもよ、そいつは親父が死んでるんだよな? 家とか遺品とかあるんじゃねえのか? 近い内の暮らしには困らねえだろ」
「だから私は彼女から家と、そこにある家財を破壊した」
男が手を広げると、金貨はどこにもない。代わりに彼女の頭上から金貨が1枚降って来た。
「分かんねえな、どうしたらスカウトとソイツの持ち物が結びつくんだ?」
金貨を掴んだ女にしたり顔をする男。馬鹿にされていると分かっている女は、怒りを堪え次の言葉を待つ。
「この爆破で彼女に注目を集めるだけでも良いが、出来るなら混乱はもっと大きい方が良い」
「まさか……ソイツが一文無しになれば、都合が良いって事か?」
男は指を鳴らす。正鵠を射たりと。
「そう、彼女は一文無しにこそなっていないが、これで多くの財産を失うだろう。そうすれば、このスカウトを受ける理由にもなるだろう? 事実、有望な冒険者が賭博や女に金を使い果たしてスカウトを受けるなんて事もある」
「んんん? なんだ、お前はソイツにスカウトを受けさせたいのか? お前、ソイツのファンか何かなのか?」
「いやどっちでも良い。ただ私は、彼女がスカウトを受け入れる可能性を上げようとした。実際には金に困ってなくても別に良い」
「……そろそろお前殺すぞ。賢ぶりやがって殺すぞ、そろそろ何がしたいかはっきり言え殺すぞ」
「ぐっ……話は最後まで聞かない、随分と悪党らしい」
「お前もだろ」
男の腹に一撃を入れた噴火寸前の女。彼はこのまま行くと本当に殺されると思い、勿体ぶるのをやめた。
「彼女は家を失った。そしてお金の為にスカウトを受け入れざるを得ない状況に追い詰められつつある。側から見れば、この結果で得をするのは彼女をスカウトしたい人物だ。私はその人物が
「つまり?」
「噂が広まれば冒険者ギルドはまず身内を疑う事になる。自由人の集まりだが、ああ見えても公的な組織だ。市民に悪感情を向けられる前に潔白を証明しようと躍起になるだろう。その調査に手を取られている間、冒険者ギルドから私達に目は向かない。二重の陽動だ」
漸く腑に落ちた様子の女に、男は言った。
「私達は王都という竜に挑む小悪党、差し詰め鼠だ。卑怯な手段は幾らだって使おうとも、それこそ弱者から強者への礼儀だ」
「お前、
そうして鼠は動き出した。竜の財宝を狙う為に。
「……で、どうしてこうなってんだ?」
手狭な部屋にベッドが一つ。安宿らしい風景に、ドラコは実家の様な安心感を覚えていたが、相対するバンは現実を受け止めかねていた。
今、彼らは事の次第を憲兵へ報告した後であった。
「何って、お前さんとキサキが今日はどこか目立たない宿で一晩過ごすべきだって言って、オレをキサキの部屋に押し込もうとしたからだろ?」
「『だろ?』じゃねえよ! 何でそこで俺を選ぶって選択肢が出んだバカか!?」
恩師の娘に手を出すくらいなら、舌を噛むつもりのバンだが、流石にこの理不尽を前に舌を噛む様な真似はしなかった。寧ろ激怒していた。
(いやな、バン、女は女となんて分かってる。だがな、キサキはサキュバスなんだぞ? 夢を見られでもしたら不味い、夢の中の自分は着飾れても偽れはしないんだ。夢を観たキサキが夢の中では自分をおじさんだと思い込んでる精神異常者だと思ってくれるなんて都合の良い事は起きる訳ないだろ。後、あっちもベッドが一つなんだよ。まだこっちはおじさんなんだよ。だから一緒に寝るのは無い、絶対に!)
(コイツ、本気でメスの自覚ねえのか……?)
はたまた自分の事をオスと認識してすらいないのか、とすら思うバンは、やはりドラコには様々な物が欠けている事を再認識した。早く他者との繋がりを作るべきだとも。
「お前、そんなんだといつか喰われるぞ?」
「オレにそんな魅力は無えだろ。ははっ……襲われそうになったとか口が裂けても言えねえなこれ」
そうカラカラ笑うドラコに頭痛すら覚え始めたバンであったが、梃子でも動かないつもりでいる彼女にとうとう根負けし、受け入れた。だが内心は不満たらたらである。
(バカ師匠、社会教育も出来てねえのかよ。世の中には顔も身体も性別すら気にしないモンスターよりモンスターな奴だって居るってのに)
今ならば彼への恨み言を百は言えそうだとため息を吐き、ベッドに腰掛けるドラコを見下ろすように壁に背を預ける。少なくとも、バンのパーティにドラコより男への警戒心の薄い者は居なかった。雰囲気を見ればそう弱くはないと分かるものの、それでも目を離せない。
険しさを増すバンの瞳には、ドラコがいつの間にか純潔を失う光景がありありと見えていた。
(バカ師匠が生きてた頃は互いに牽制し合って誰も手を出さなかったみてえだが、コイツの場合はどうなるんだ? 予想が出来ねえ……)
懐に入ってしまった他者への気の許し方が半端ではなかった恩師、その彼によく似た娘もまた同じく。話は父から聞いていたとしても、会ってそう間もないバンに対して、まるで古くからの友人の様に接するドラコに彼は考える。
(下手すりゃ、今日知り合った他人にすらこうなんじゃねえのか?)
不安は団子になって積み重なる。何故に自分が胃を痛める様な思いをしているのか、と考える事すら今の彼には出来なかった。
そんな様子を見ていた彼女。床に届かない足をふらふらと揺らし、彼を見上げる。
「そりゃあバンだからだぞ? 親父から真面目な奴って聞いていたし、こうして会って
据わった目だ。そこに少女らしい儚さは見当たらない。苔むした巌の様に、ドンと構えている。
どうしようもなく彼女は彼を信じていた。媚び諂いでも無関心でもない、紛れもない信頼を豪速球で投げつけた。
そこに彼は、いつかの恩師の肖像を見る。
かつて共に暮らし、別れても尚、顔を合わせれば声をかけてくれた恩師に。
「……その出所の分かんねえ自信も親父譲りか?」
(おいおい分からないってなあ……、人を見る目から来る自信はあるぞ、多分)
ドラコは答えを返さず、微笑みを投げた。
バンはそっぽを向いた。わざとらしく不機嫌に。
そこに彼女は、いつかの少年の肖像を見る。
貧民街で一匹狼だった頃とは比べ物にならない程に大きく育ち、今や1人の少女にすら心を砕ける青年になっている彼に。
(ああ、随分と大きくなったもんだな、バン)
「ったく、分かってる様なツラして……ムカつくぜ」
そう言っているが、どこか明るい声色。
彼女だけでなく、どこからか
その下には、きっと隠したい程の微笑みが浮かんでいたことだろう。
タイトル・タグ・あらすじを見てこんな方向性の話だと想像出来ましたか?
-
想像出来た。
-
想像出来なかった。