私の知らない贈り物   作:最中庵

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私の知らない贈り物

 私はクリスマスがほどほどに好きで、ある程度は嫌いだ。

 クリスマスプレゼントというものがある。サンタさんから、いい子に送られてくる、クリスマスの特別な贈り物。

 蓋を開けてみれば親が金銭的に苦労する、なんともまぁ、複雑な気持ちにさせてくれるイベントである。

 

 そして、私はそのクリスマスプレゼントと言うものをもらったことがない。サンタ()がいないだとか、家庭がその日の飢えをしのげるかという鬼気迫った貧乏でもない。強いて言うのなら、私に足りなかったものは愛嬌なのではないだろうかと思う。

 

 物心ついて来たときの初めてのクリスマス、私には妹ができた。まるでそれが私のクリスマスプレゼントだと、そのふてぶてしい赤子は言っているように見えた気がする。

 その頃の親は忙しかった。年末の繁忙期、それに出産。私に贈るプレゼントを考える暇などなかったのだろうと、今はそう納得できる。

 

 ともあれ、妹が生まれて以来親の愛情というものは妹に傾倒していった。齢ゼロ歳にして、世渡りの才能があの子にはあったのだ。甘える才能というか、そういうものがあの子には備わっていて、私にはまるでなかった。

 ある種、私も才能に恵まれていたようには思う。昔から大抵のことは一人でできてしまったし、人の顔色を伺って遠慮することも得意だった。

 

 手がかからない子だから、手をかけなかった。結果として、私は今も元気に生きている。

 

「ただいま」

 

 玄関のドアを開ける。正面の扉を開けた先、リビングルームでくつろぐ妹がいた。ソファに腰掛け、暖房が直に当たる位置でスマホをつつきながらまどろんでいる。

 今は、この妹と二人暮らしだ。私が先に上京して、就職。妹は大学進学に伴って私のうちに転がり込んできた。

 

「こんなところで寝ないでよ?」

「ぅぐ……ん、大丈夫……ガチ寝するときは、ベッド行く……」

「チキン買ってきたけど、一緒に食べる?」

「え! 食べる!」

 

 食欲の旺盛な子だ。その割には、スタイルが良い。愛嬌の良さに呼応するように、妹は美しく、そして愛らしく成長した。スタイルの良さは美しく、顔は凛としているときと気の抜けたときでまるで違う二つの顔を見せる。美しく、可愛らしい。もちろん、男性人気も高かった。

 

「そーいえば、そろそろクリスマスだね」

「プレゼントがほしいの?」

「あ、いや、そうじゃないよ。話の話題として」

「そういうことね。あなたは、今年もまた彼氏と泊まりに行くの?」

「今年はそういう感じの人もいないし、家にいるよ。おねぇは仕事?」

「今年は私も家。仕事も慣れてきたからね」

 

 色のついた話をしてくれる妹と、色のない私。対照的で、どこまで言っても私に妹の考えていることはわからないと思う。逆もまた然りだ。

 一緒に暮らせているし、相性が悪いわけではないと思う。だが、相容れないとは思う。身体を男に預けられる意味がよくわからないし、それ以前に恋仲になる必要がわからない。人の縁というのは、そこまで深く繋がらずとも、長くはなくとも、つながっていることには違いないのだ。わざわざ恋人というラベルを貼る必要性が、私にはわからなかった。

 

 □□□

 

 クリスマス当日、私は妹を探してショッピングモールを歩いていた。何やら買いたいものがあったらしく、仕事で忙しい私が車を出せる唯一の日であるクリスマスに買い出しに来ていた。

 そして、はぐれた。奔放な子だと言うのはわかっていたが、それでも到着してから二十分と立たずしていなくなるとは思ってもいなかった。こういうとき、妹を探し出すのは困難を極める。飽き性ではあるが、その分幅広い分野に興味を持ってしまうがゆえに、彼女がショッピングモールで立ち寄るだろう店を予測するのは不可能に近い。おまけに”買いたいもの”を聞きそびれている。動き回るほうが無駄だろう。

 

 諦めて、私はフードコートの一席に腰をおろした。コーヒーを用意してから連絡すると、すぐに既読がつけられる。

 

『フードコートね! 買ったらすぐに向かうから! ちょっと待ってて!』

 

 マメな妹だ、と感心する。交友関係が広いからか、メッセージの既読は人一倍早い。私のまわりでも、これだけ返信が早いのは職場の上司くらいのものだ。そちらは私用ではなく仕事のメールだが。

 じっと、なんとなく妹のアイコンを見つめた。去年のクリスマス変えた、アイコンだ。彼氏と過ごしたとき、うんとおめかしをして撮ったときのもの。顔こそ隠れてはいるが、雰囲気とスタイルでその顔の良さはわかる。自信の現れのように感じて、なんだか少し惨めになってしまう。

 

 ──妹が姿をくらましてから約一時間以上。まだフードコートに彼女は現れなかった。一時間程度ならまだ常識の範疇ではある。ウィンドウショッピングをしていれば、このくらいの時間は経とう。だが、連絡がないというのは気掛かりだった。大抵一時間を目処に、あの子は一度連絡を寄越してくる。時間がかかりそうな時のサインでもある。

 だが、その連絡がなく戻る気配もない。

 

「……何かあった、のかもね」

 

 迷子の子供の親を探しているか、友達とばったり会ったのか、ナンパに引っかかっているのか。いずれにせよ、何か面倒なトラブルに巻き込まれているのには間違いない。残っていたぬるいコーヒーを飲み干すと、おもむろに腰をあげる。行き先の検討はつかないが、地道に探し回るしかないだろう。

 フードコートを出て、店を外から眺めながら歩いていく。今日はクリスマスイブだからか、どの店にもカップルがいた。だが、組数はそこまで多くはない。ちらほらと見かける程度で、それも特に若い学生ばかりだった。

 

 (二十代とかだと、もっと都心に遊びに行くよな)

 

 だが、どの恋人を見ていてもあまりピンとこなかった。私自身がそういう関係になったことがないからかもしれない。それに、そういう関係を望んだことすらないからかもしれない。だがそれ以上に、二人でいることに対しての不自由を想像してしまった。

 恋人や夫婦の行き着く先は、比翼連理だ。お互いがお互いを支え合い、お互いに慰め合う。それが比翼連理な恋の関係。一人で生きてしまった私には、どうにもそれが鬱陶しく感じてしまう。相手のためだとか、そういうのを考えることが無駄なように感じてしまうのだ。

 人は強い。私は、それを理解している。誰かに常に寄り掛からなければ生きていけないほど弱い生き物じゃない。だから、一人でできることは一人でさせるべきだ。子供じゃないんだから。

 実際、私の妹もそうだ。最初は私が家事を主に担当していたが、あの子は強い子だ。そのうちに私に代わって家事をこなすようになっていた。今ではほとんどの家事をあの子が担当している。

 

 (そういえば、私はあの子に不自由を感じたことがないのかも)

 

 ふと、そんなことを思った。確かにてのかかる子だし、面倒な子だ。すぐにどこかに遊びに行くし、私にはあの子の考えていることは生涯わからないだろう。

 ……どうして、あの子には不自由を覚えないのだろうか。

 

 そんなことを考えているうちに、妹の姿が見えてきた。どうやらナンパに遭っているらしかった。よくも悪くもクリスマスイブ。男も女も性別問わずに盛りのつく時期だ。くだらないとは思いつつ、すぐに割って入った。

 

「あの、妹に何か用ですか」

 

 相手は長身の男だ。黒髪ではあるが、目元が卑しく曲がっている。アクセサリをよく見ると、じゃらじゃらと過剰なほどについていて健全な遊びをしているような印象は感じられなかった。私が入った時も、敵が現れたというような目つきではなく、新しく遊べる女が増えたというようないやらしい目つきだ。

 

「あれ、お姉さん、この子の姉なの。妹さんとはまた違った感じで美人だねぇ。二人ともどう、この後少し。この辺りにおすすめの──」

「イブだからって焦らない方がいいんじゃないんですか。余裕のない男は嫌われますよ。節操なくて見るに堪えない」

「……あ?」

「股間が頭にくっついてるんじゃないんですかって言ってるんですよ」

 

 男は私に手を伸ばしてきたがすぐに引っ込めた。元々悪い目つきが幸いしたのと、周りに人が多かったから助かった。分が悪いと理解したのか、すぐに男は走り去っていった。

 

「お、おねぇ……」

「ばか。あんたかわいいんだし、クリスマスイブだよ。ナンパの逃げかたくらいいい加減身につけなよ」

「だ、だってぇ……」

 

 涙目になっている妹をあやすと、左手に提げている紙袋が目に入った。中身までは見えないが、それなりに大きいもののようだ。

 

「ん、もう買いたいものは買えたの?」

「え、あ、うんっ!」

 

 元気よく返事をすると、勢いよくその荷物を背中側に隠した。もしかしたら、彼氏はいないと言っていたがそれに近しい人物がいるのかもしれない。その人に渡すものなのだとしたら、色々と辻褄があう。私に見せたくないのも単純に仲の良い男子を知られたくないのだろう。

 

「じゃ、そろそろ帰るよ」

「え、もう?」

「今日の夕飯は豪勢にする予定なの。あなたにも手伝ってもらうけど、ほら、チキンとか焼くから」

「チキン!」

 

 この前もチキンを食べたような気がするが、それでも喜んで食べるのが妹だ。大好物の一つだから当たり前なのかもしれないが。帰りがけに食材を少し買って、私たちは帰路についた。家に着いたら真っ先に妹が動き始める。テキパキと慣れた手つきで台所を整理し始めて、調理器具を取り出す。

 外を見ると、雪が降り始めていた。つけていたテレビのニュースでは、ホワイトクリスマスを喜び行き交うカップルに街頭インタビューをしている。ふと、その光景をみて妹に簡単に訊いてみる。

 

「ねぇ」

「なに?」

「あなたは、彼氏がいる時といない時、どんな気持ちなの? なんというか、彼氏がいないと、人生がつまらなかったりするの?」

 

 素朴な疑問だった。恋人のいる時の妹はイキイキとしている。だから、その逆はどうなのかと思った。もしかしたら、この質問は私との関係も聞いているのかもしれない。恋人のいないときは、主に友人か姉である私だ。つまらない、と答えられたのなら、私はそのくらいの人間なのかもしれない。

 

「んー……別に、つまらないってほどじゃないかな。彼氏がいる時の幸せ度が120で、いない時が100。そんな感じ」

「いつも100なら作る必要ないと思うけど」

 

 チキンを焼きながら、そういった。

 

「なんだろうね。私は、おねぇみたいに強くないからさ。たまに70とかくらいになる時があるの。どうしても、そういう時に特別で、好きな人がそばにいてくれると100になれるから」

 

 恋人はただの依存先、というのを友人から聞いたことがあった。心の拠り所のない人間が、最後にどうしようもなくなって求めるのが恋人。だから、男は女が弱っている時につけ込むとうまくいく。逆もまた然り。そういう話を聞いたことがある。

 案外、私の妹というのは思っているよりもずっとそういう心の拠り所を欲しているのかもしれない。家族や友人では足りないくらい、彼女の心は強くできていないのかも。

 それから談笑をしつつ、食事の用意を済ませるといくつかの大皿がダイニングテーブルに並んだ。入りきらないくらいにぎちぎちに置かれ、数日は同じ食事をすることになりそうなくらい大量だった。二人で手を合わせたら、箸を持つ。他愛のない会話だけが部屋をこだまして、少し私はお酒も嗜みながら。たまには、と妹に軽い愚痴でもいってみたりした。

 

「あんたはね、だらしがない。家事はできるし、その辺はしっかりしてる。けど恋愛がダメ。前の男とかパチンコ・酒・タバコ大好きのクソ男だったじゃん。何があったらあんなのに惚れるの」

「い、イケメンだし」

「まさか一目惚れ?」

「え!? あーいやー、その」

「いい話をしてあげる。いい? 人間っていうのは熱しやすい人は冷めやすいの。金属と同じね? 例えば私の上司なんかは、私の案をすぐに通してくれるけどその後「やっぱダメ」とか抜かすんだから。ふざけんじゃないわよってね。まぁ、そういう、安易に○を出す人はすぐに×を──」

「その話耳にタコができるくらいは聞いたよ……」

 

 一時間くらいは、そうやって食べ終わったのに二人で話していたと思う。お酒が入っていて、余計なことを考えないから楽しかった。久しぶりに大口を開けて笑っていた。「そろそろ」といって妹が出してきたケーキは、可愛らしい人形が乗せられていた。

 

「あれ、いつの間に買ったんだ」

「今日買ったの」

「あぁ、ショッピングモールの」

「それはまた別」

「……別?」

 

 妹が扉の向こうに行くと、ガサゴソと音が聞こえてきた。何かを抱えているらしい。足を駆使しながら扉を開けると、赤い包みのものを抱えていた。

 まるで、クリスマスプレゼントみたいな。

 

「なにそれ」

「プレゼント」

「誰の?」

「おねぇの」

「え?」

 

 困惑しつつも、その包みを受け取った。大きさは私の上半身にすっぽりと埋まる程度。感触から衣類なのは確かだった。

 ──初めての、クリスマスプレゼント。どうしていいのかわからなくて、妹とその包みを交互に見やる。三回ほど妹と目があったところで、「ほら、開けてみてよ」と促された。

 恐る恐る、といったらいいだろうか。それとも、興奮でおかしくなっていたのだろうか。私はわずかに震える手で、その包みを広げた。

 

「これ……」

 

 中に入っていたのは、コートとマフラー。寒い時期にはちょうどいい防寒具。それも、最近私が買い替えようかと考えていたものだった。驚いて、思わず妹の方を見る。

 

「……わかるよ、そりゃ、妹だしね」

 

 優しく、美しく、愛らしく。妹は微笑んだ。

 ──私は、人の縁が嫌いだ。恋人という関係性を軽んじているし、それに身を投じる妹のことは多分生涯わからない。お互い、ちょっとしたことがきっかけで崩れてしまう関係性に、恋人という名の縄で括り付けるのが嫌いだ。

 だが、私はこの縁が好きだ。きっと、どこまでも切れない縁。血のつながった、たった一人の妹。私は、この子に不自由を感じたことがない。多分、受け入れているからだ。この縁が、どこまでも続いてしまうことを。縄で縛るまでもなく、お互いが何かの引力で引き寄せられるように離れられないことを──心地よく感じているのだ。この、愛すべき縁を。

 

「──もう、照れくさいなぁ」

 

 私は今日、初めてのクリスマスプレゼントをもらった。

 子供みたいに、胸が温かくなってしまった。子供みたいに、感情が抑えられなくなってしまった。

 

 気づけば、妹を抱きしめて笑っていた。

 ありがとう──久しぶりに、本音からその言葉を吐き出せた。




お久しぶりです、あるいははじめまして。雪味(ゆきみ)です。
クリスマスに完成・投稿を予定していた作品ですが、間に合わずに今日投稿となりました。

とっても遅れてごめんなさい。リアルが忙しかったゆえです。

そんな私のクリスマスはどう過ごしていたのかは置いておいて……今回の作品はいかがだったでしょうか。昨年はホラーチックだったので、今回はハートフルな心温まるストーリーを目指したつもりです。

久々に全く鬱展開のない作品を書いてこっちの心が絆されてしまいました。

今後も、こんな感じの短編をたまには投稿したいですね。

もし面白い・心が温まったなど思っていただけたなら評価・感想いただけると励みになります。よろしければお願いいたします。
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