「うぅ~、急がないと遅刻しちゃう!」
青く澄み渡った空。
太陽の暖かな光が降りそそぐ早朝に、一人の少女が街道を慌ただしく駆け抜ける。
黒髪で、左右に分けて結ばれた二つのショートポニーが特徴的な女の子だ。
彼女の名前は、黒衣 マト。自らが通う梅郷中学に向けて、通学しているまっただ中である。
何故、朝から全力疾走をするはめになっているのかといえば。朝起きた時、非常に重大な事件がマトを襲ったからだった。その事件とは――
もっとも――それは「むにゃ……、後五分……」というお決まりの台詞とともに自分で停止させてしまったからであり、つまり自業自得なのだった。
「マトー! おそーい!」
息を切らせながら走り続けていたマトに、甲高い叫び声が投げ掛けられた。
声が聞こえてきたのは、前方三十メートル程先にある交差点。マトが親友と呼べる友人達と待ち合わせてる集合場所からだ。そこでは、二人の少女がマトの到着を待っていた。
二人の内の一人――マトに声を投げかけた、綺麗な長いブロンドの髪を一つに纏めて前に流している非常に整った容姿を持つ可愛らしい少女。彼女の名前が出灰(いずりは)カガリ。
もう一人は、両耳の下の辺りから赤いりぼんで結んだ三つ編みと、眼鏡を掛けているのが印象深い知的な雰囲気の少女だった。名前は小鳥遊(たかなし)ヨミ。
二人共、マトが幼少の頃からずっと付き合い続けている同年代の親友であり、毎朝一緒に学校に通う程に仲が良い。
マトは二人の前に駈け寄ると、両手を合わせて遅れて来た事を謝罪した。
「ごめーん! 朝起きたら目覚まし用のプログラムが停止しちゃってて、慌てて飛び出してきたの」
「ふーん……あ、わかった! マトのことだから、きっと寝ぼけて自分で止めちゃったんでしょ」
「うぐっ、自分でもそう思うだけに否定できない……」
カガリの鋭い指摘に、マトが言葉を詰まらせる。
その指摘は悲しいことにズバリ当たっていた。
真っ先に正解を言い当てられたのは、カガリの察しの良さ、もしくはマトの普段の行いが原因だろうか。否定の言葉が見つからないあたり、恐らく後者だろう。
「二人共、口だけじゃなくて足も動かさないと。急がないと遅刻しちゃうわ」
「えー、カガリ走るの苦手だよー。マト、責任取って学校まで抱いて走ってー」
「ええー!? 無理、無理だから! だいたい抱いて学校までいくなんて恥ずかしすぎるよ!」
「マトと一緒に恥辱に濡れるのなら、カガリは別に嫌じゃないもん」
「私は嫌だよ!?」
「もう、カガリもマトも朝から元気なんだから」
じゃれあうマトとカガリを、ヨミが柔らかな笑みを浮かべて見つめる。
毎日繰り返されてきた光景だ。幼少頃から一緒だった、三人の変わらない日常の一コマである。
小学校に通っていた頃はもう一人追加して、四人で登校していたが中学では通学路が合わなかった為に今この場にはいない。
もっとも、その少女が三人にとって大切な親友であることに変わりはないが。
結局、なんとか三人はホームルームに滑り込みでぎりぎり間に合った。
既に教卓で待機していた担任の教師に、もっと余裕を持って登校しなさい――と注意されてしまったのはご愛嬌である。
「だぅー」
「何うなっているのさ。だらしがないよ、マト」
「だってー、朝から先生に注意されちゃったんだもん。それに、何時までこんなこと続けるのかと思うと気が滅入っちゃうよー」
「あー、まぁそれはわからないでもないけどね」
うなだれてテーブルに顎を乗せているマトを、小柄で背の低い小動物のような可愛らしい少女がたしなめる。
マトにとって最も長い付き合いになる三人目の親友、神足(こうたり)ユウだ。当然、カガリやヨミともユウは仲が良く、教師からは四人揃って一つのグループとして認識されている。最も、それは個性の強い厄介なグループという不名誉な認識だったが。
そんなマトとユウが寛いでいる場所は、学生食堂に隣接した校舎一階にあるラウンジだ。
広い空間に、白の丸テーブルが余裕を持って複数配置されていて、暖かな陽光が採光ガラスから差し込んでくるそのスポットは、学生達にも非常に人気が高い。
学生達の間で、一年生では使用不可という不文律まであるくらいだ。マトとユウは二年生なので問題ないが。
「あーあー、私もヨミ達と一緒にサヤちゃん先生のところでコーヒー飲んでくつろぎたかったなー」
「まぁまぁ、このラウンジもなかなか良いじゃん。お昼休みの休憩場所には持ってこいだよ」
「うー、私はあさやけ相談室の方が落ち着くー」
口を尖らせて愚痴を零すマトの姿に、やれやれといった様子でお手上げの仕草を取るユウ。
二人はいつもなら、お昼休み中はヨミやカガリと共に四人でスクールカウンセラーの納野(いりの)サヤという女性のいるあさやけ相談室に集まっている。
しかし、今日ばかりはある目的の為にラウンジへと足を運んでいた。
「おっと、どうやら来たみたいだよ。マト」
「んん~?」
ユウの言葉に、マトが顔を上げてラウンジの入り口へと視線を向けると、一年生と思わしき背の小さい非常にぽっちゃりとした男子生徒の姿が見えた。
何故一年生だとわかるのかというと、着用する学生服のリボンとネクタイの色が学年毎に決められているからだ。
入り口に立つ男子生徒のネクタイの色は、一年生用のものだった。
「えーと、確か有田春雪くんだよね?」
サヤ先生から聞いていた、男子生徒の情報を思い出しながらマトが確認を取る。
「そう、彼が昨日黒雪姫副会長と接触していた男子生徒さ」
ユウが頷いて肯定すると同時。入り口にいる男子生徒――ハルユキへと、周囲の視線が集まっていく。
その視線に含まれているのは、決して歓迎のそれではない。不文律によって立ち入りを禁じられているはずの、一年生が現れたことに対する非難や不快だった。そんな周囲の視線を受け一瞬怯んだように見えたが、彼は負けじと奥へ歩いていく。
マトはその姿を、意外に度胸がある人なんだなぁ――と感心しながら見つめた。
この攻めるような視線の中を進んでいくには、かなりの勇気が必要になる。
しかも相手は上級生、受ける重圧は並大抵のものじゃないだろう。
マトがそんなことを考えているうちに、彼――ハルユキは自身を呼び出したのであろう人物が居る最奥のテーブルへと辿り着いていた。
もっとも、同席していた二年生の女子生徒から声を掛けられて戸惑っていたが。
周囲の視線がハルユキに集まる中――それまで寡黙に読書に耽っていた、一人の黒髪の少女が動きを見せる。
「来たな、少年」
黒髪の少女の、澄んだ高い声が辺りに響く。
「彼に用が有るのは私だ。済まないが、他の者は席を外して貰えるかな」
手にしていた書物のハードカバーを閉じ、彼を呼んだのは自分だ、と告げた黒髪の少女。
彼女は梅郷中の生徒副会長にして、その美貌からスノー・ブラックとも呼ばれている人物だ。周りからは、黒雪姫という呼称で親しまれている。
腰まで伸ばしている艶やかな黒髪と、水晶のような深い黒の瞳。細い腕や足は驚くほど白く、雪と見間違えてしまいそうなほど。
一種の芸術とすらいえる、凄絶な美少女。それが梅郷中に在籍する学生達の、黒雪姫に対する評価だった。
「あまり人と会話したがらない黒雪姫さんが一年生を呼び出すだなんて、一体何の用事なのかね~。まぁ、私達は大体の予想はついてるんだけどさ」
「そうかな? 少なくともあの二人にはこれまで何の接点もなかったんだよ?」
「でも、他に思い当たるものはないじゃん? まぁなんだ、見ていればすぐわかるんだし、ここは大人しく見守るんだね」
「もう、ユウは軽いなぁ」
用事の内容次第で今後の活動が左右されるというのに、まるで気負っていないユウの様子にマトは思わず笑みを零す。
気楽そうに見えて、その実思慮深い。小柄な姿からは想像できない精神的な強さを持つ、頼りになる少女――それがマトのユウに対する評価だった。十年近く一緒に過ごしてきたマトは、そんな彼女に何度も助けられてきた。ヨミやカガリ以上の、深い信頼をマトはユウにしていた。
その頃――マトとユウが互いの意見を交換し合っている間に、騒ぎの中心となっている黒雪姫とハルユキが席につく最奥のテーブルで動きがあった。
黒雪姫はハルユキに席へ座るように促すと、自身のブレザーのポケットから一本のXSBケーブルを取り出した。
そして自らのニューロリンカーに片方のプラグを挿入すると、もう一方を席に着いたハルユキの方へと差し出してみせたのだ。
まるで、そうするのが当然であるかのように。
興味深そうに見ていた周囲の生徒達から、次々に驚愕の声が上がる。中には頬を抓って夢かどうか確かめている者までいた。プラグを差し出された本人であるハルユキですら、手を震わせて困惑しているのが伺える。
大きなざわめきがラウンジを満たすのを感じながら、まぁ驚くのは当たり前だよね。と心の中で呟いた後、マトはその発生源たるハルユキと黒雪姫を見つめた。
黒雪姫がハルユキに求めた行為――有線直結通信。
略して直結と呼ばれるそれは、最も信頼できる特別な関係の相手にのみ行われるものだ。
セキュリティの防壁が九割無効化され、ケーブルの長さによって新密度がわかるという俗説まで存在する直結は、男女が公共の場で行った場合九十九パーセントその二人は付き合っているといわれている。
全学年の憧れの的である黒雪姫がその直結を下級生の男子生徒に促したとなれば、周囲の生徒が驚愕するのは必然だったと言えるだろう。
周囲の視線がハルユキと黒雪姫に集まっている隙に、マトとユウもまた直結を行う。二人は同姓である為にカップルだと思われることもないが、周囲の要らぬ注目を受けるのは面倒である。直結に使用したケーブルは、なるべく死角になる位置に持ってくるようにした。
直結した理由は、思考発生で会話し、周りに会話の内容を聞かれないようにする為だ。
『わざわざこんな人目に付く場所で直結するって、いろいろと規格外すぎるよ。我らが副会長は』
『確かにちょっと度胸がありすぎな気はするけど、人がいない場所に呼び出して直結を迫ったらそれも怪しすぎるし、彼女なりの誠意なんだよ』
『うーん。そう考えると、まぁわからなくもないけどね』
周囲の視線を集める中、ハルユキと黒雪姫はお互いに見つめ合ったまま手を動かしている。
おそらく思考発生で会話をしているのだろう。そしてそれは、周りには聞かれたくない内容の話をしていると推測できる。そう――例えば秘蔵された世界の情報などを。
確証は無いが、可能性は非常に高い。ほぼ間違い無いだろう。
『間違いないね。これはさっそくサヤちゃんに報告しないと』
『……そうだね。はぁー、これでやっとこの誰かの観察なんていう気の進まないミッションから開放されるー』
『よかったね。でも、これから忙しくなるよ。マト』
安堵の息を吐いているマトを気遣いながらも、ユウは今後について自らの考えを整理する。
『黒雪姫さん――
『加速研究会かぁ。ブレイン・バーストのシステム面に手を出しちゃうなんて、優秀な子がいるものだねー』
『こらこらマトさーん。そこは感心するんじゃなくて怒るところだって。ルールを破ってプレイしてるんだからさ。まぁ、私達も人のこと言えないんだけどさ』
「てめぇ! ブ……有田! 何バックレてんだ、コラァ!!」
ユウとマトが思考会話に没頭していると、ラウンジの入り口の方から唐突に怒声が響いた。
アクセル・ワールドの世界観をメインに、ブラック★ロックシューターの世界観とキャラクターを融合させたものです。独自解釈も含まれますがご了承ください。