クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第十三話

 無制限中立フィールド――4Lv以上のバースト・リンカーだけが立ち入ることを許される、制限時間が設定されていない対戦場。そんなブレイン・バーストプログラムの集大成ともいえる世界に、一つの巨大なタワーが存在していた。

 かつて日本最大の全高を誇った建造物、旧東京タワーだ。その頂上で、蒼炎を瞳に宿した少女――ブラック★ロックシューターは静かに地上を眺めていた。

 無制限中立フィールドはソーシャルカメラを利用して作成され、その範囲は日本全土まで続いている。一国の隅から隅まで、途方もなく広大な領域を恐ろしい精密さで再現しているのだ。三百メートルを超える高さから見渡した加速世界の景色は、まさしく絶景といってふさわしいものだろう。

 そんな素晴らしい眺めを鑑賞していたB★RSに、声を投げかける者がいた。

 

 

「あら、またいらっしゃったんですね」

 

 晴れた空を思わせる淡い水色の長髪に、白いワンピースを着て白の帽子を被った女性の姿をしたアバターだ。そして何より目を引くのが、車輪の付いたイス――車イスに座っていることだろう。

 水色の少女はゆっくりと車イスを動かしていき、B★RSの隣で止まる。その様子をチラリと一瞥して、B★RSは再び絶景へと視線を戻した。

 

「……此処の景色が気に入っているから」

「ふふ、知っています。私が覚えている限り、あなたは此処にいる間ずっとそうして眺めていますから」

「……否定はしない」

 

 柔らかな物腰で、優しい声で話しかけてくる少女――スカイ・レイカーにB★RSは素っ気無く返す。

 スカイ・レイカー。加速世界で最も空に近づいたことで知られている、Lv8のバースト・リンカーだ。旧東京タワーの頂上で隠居生活を送っている彼女と、B★RSは顔見知りだった。別に、同じレギオンに所属しているわけでもタッグ戦で組んだことがあるわけでも無い。それどころか、かつては戦ったこともあるくらいだ。

 しかし、それももう現実の時間で二年以上も前のことだった。以前、所属していたレギオン――ネガ・ネビュラスの崩壊と共にスカイ・レイカーは一線を退いている。B★RSも別に自分から戦いを仕掛ける気は無い為、旧東京タワーの頂上で再会した二人の間で物騒な争いが起きる事はなかった。

 

 その後――頂上から見られる絶景に心を奪われたB★RSは何度も足を運ぶようになり、それ以前から家を建てて住んでいた彼女とも必然的に顔を合わせることになる。その結果、自然と親しくなっていったのだ。

 

「黒さんは今でもエネミー狩りを続けているんですか?」

「続けてる。でも、前ほどじゃない。今はもうそれほどポイントに困ってないから」

「そうですか、黒さんはLv1ですものね。私はもう随分と本格的なポイント稼ぎはしていないので、減少していく一方です」

 

 遠くを見渡しながら語るスカイ・レイカーの姿は、どこか寂しげだった。おそらくは、二年前ほど前に解散してしまった彼女が所属していたレギオン―ネガ・ネビュラスを思い出しているのだろうか。儚げな彼女の姿を見て、B★RSは気づけば声を掛けていた。

 

「……その気になれば、またすぐに何処かのレギオンに所属して稼げるはず。あなたの実力なら、どのレギオンも歓迎する」

「あら、慰めてくれるのですか? ふふ、優しいのですね」

「別に、そんなのじゃない」

 

 冷ややかな声で否定するが、レイカーは柔らかい微笑みを浮かべたままだった。心の内を見透かされているような気がして、B★RSはむっとする。もっとも、それがますますレイカーを微笑ましく思わせてしまうのだが。

 

「お言葉は嬉しいのですが、私はネガ・レビュラス以外のレギオンに所属するつもりはないんです。あのレギオン――いいえ、黒の王ブラックロータス。彼女以外の下では戦う気になれません。お恥ずかしい話ですが。私は彼女を裏切ってしまった今でも、彼女と共に戦った頃が忘れられないのです」

「そう……」

 

 レイカーの切なげな言葉に、B★RSは胸の内で呟く。失敗したな、と。彼女が過去の自身の過ちを今でも悔いていることは、これまでの会話の中ですでに知り得ていたことだ。つまらない慰めは、彼女をよけいに傷つけてしまうだけなのは知っていたのに。

 

「こんな場所ですから、あまり人と話す機会もないんです。会いに来てくださるのは、私の子のアッシュとあなたの二人くらいなんですよ」

 

 心中で後悔するB★RSのことを察してか、暗くなった空気を変えるように明るい声で話すレイカー。B★RSはそんな彼女の心遣いに感謝しつつ、気恥ずかしさから否定の言葉を返した。

 

「……私はあなたに会いに来てるわけじゃない」

「ふふっ、そうでしたね。ありがとうございます」

 

 違うと言っているのに、楽しそうな声で感謝の言葉が返ってくる。レイカーに暖かな笑みで見つめられ、居心地が悪くなったB★RSは逃げるように絶景へと意識を集中させた。

 

 B★RS――マトは、彼女が自分よりも年上だろうと判断している。話し方や物腰に、サヤちゃんと話している時のような落ち着きが感じられるからだ。そして、彼女と話す自分に少し違和感を覚えていた。

 加速世界にいる間は、現実の時とは違って感情の揺れ幅が薄くなり、好戦的になってしまうようなのだ。

 普段、現実ですごしている時ならもっと明るく振舞っているはずなのに。加速世界では口数も少なく、素っ気ない態度を取ってしまっていた。

 他のバースト・リンカー達がどうなのかはわからないが、カガリやヨミも同じだと言っていたので自分達の特異性が原因なのかもしれない。感情をほとんど表さなかった、思念体の影響を受けているのだろうか。

 

 特異性といえば、B★RSはレイカーに対して不思議に思っていることがあった。

 

 B★RSは、加速世界に存在する多数のバースト・リンカー達から敵視されている。原因は言うまでもなく、その特異性だろう。加速世界における幾つもの制約を逸脱し、独自のルールで行動するB★RS達を快く思わないのは普通のことだ。

 それは同じ世界に立っているはずなのに、自分達とは違ったプレイをしているということなのだから。けれど、数少ない例外もまた存在する。それが、彼女――スカイ・レイカーだった。

 どうして、自分達を敵視しないのか。B★RSはそれが不思議に思えて仕方がなかった。

 

「……そろそろ、私は失礼する」

「あら、もうお帰りになってしまうのですか?」

 

 少し、残念そうな表情を見せるレイカー。

 彼女自身に問い掛けてみたい気もしたが、それで今ある関係が壊れてしまうかもしれない。そう考えて、実際に問いかけたことはなかった。素っ気ない態度を見せながらも、B★RSは彼女のことがそれなりに気に入っている為に。

 

「せっかくいらっしゃたのですから、宜しければ私の家でお茶にしませんか。丁度、お昼にしようと思っていたのです」

 

 離脱(リーブ)ポイントへ行こうと背を向けたB★RSに、妙案を思いついたといった明るい声でレイカーがそう告げた。一歩を踏み出そうとしていた身体が、ピタリと止まる。 

 

「う……わ、私は食べ物に釣られたりはしない」 

「そうですか、それは残念ですね。ふわふわで、とても美味しいパンがあるのですけれど……」

「ふわふわ……」

 

 その言葉に、思わずB★RSはごくりと唾を飲み込む。

 レイカーが料理上手なことは、既に何度かご馳走になったことがあり知っていた。でも、だからといって今さら帰るのをやめます、というのは恥ずかしい。

 でも、せっかく誘ってくれてるのを断るのは失礼じゃないのか。うん、きっとそうだ。そんな言い訳を心中で組み立てた後、B★RSは誘惑に抗えずに承諾してしまうのだった。

 

「わかった。そこまで誘ってくれるのに、断るのも悪いからお邪魔する」

「はい、ゆっくりしていってくださいね」

 

 クスクスと微笑むレイカーに連れられていき、B★RSは彼女の家で楽しく過ごすのでした。

 クールビューティーとは、持続させるのは大変むずかしいのである。

 

 

 

 午前中の授業が終わった昼休み。黒雪姫から告げられた事実は、ハルユキにしてみれば到底信じられない話だった。これまでに何度も黒雪姫を襲撃した、謎のバースト・リンカー。シアン・パイルの正体が、ハルユキの幼馴染であるチユリなのではないかというのだから。

 

 慌てて否定するハルユキだったが、黒雪姫も考えを変えることはなく、話は平行線のまま昼休みが終わってしまう。最終的に、ハルユキが調べてくるという方向でとりあえずの決着がなされた。

 

「あのゲームが下手で直情的な性格のチユが、難攻不落といわれているブライン・バーストプログラムを解析した凄腕のハッカー? あるわけないじゃん」

 

 何度考えてみても、ハルユキの頭の中でチユリ=シアン・パイルの図式が成り立つことはなかった。自慢じゃないが、幼馴染で長年の付き合いがあるチユリのことは梅郷中の誰よりもよく知っている。その自分が違うとしか思えないのだから、間違いはないはずだ。そう思いながらも、ハルユキにはもう一つの可能性が浮かんでいた。

 

 ――先輩がチユのことを疑っているのは、ガイドカーソルが示す延長線上に必ずいたからなんだ。それが、チユリ以外の誰かが仕組んだことだというのなら。

 

 チユリを、犯人に仕立て上げようとしている人物がいるんじゃないか。それが、ハルユキが考えるもう一つの可能性だった。そして、ハルユキの中で心当たりがある人物が一人だけ存在している。チユリが相談をしていたらしい、スクールカウンセラーのサヤ先生だ。

 

 黒雪姫先輩の話では、サヤ先生と親しくしている生徒達から探るような目で見られているらしい。加速世界に存在する七人の王の一人――ブラック・ロータスの正体が、先輩であることを知られているのかもしれない、と。

 

 ――だけど、それはあくまでも先輩の憶測に過ぎないんだ。梅郷中の生徒で先輩を知らない人なんていないし、シアン・パイルから幾度となく襲撃されていた先輩が神経質になっていただけかもしれない。

 

 サヤ先生やカガリ先輩が怪しいというのは、ガイドカーソルという確かな根拠があるチユリの一件よりも信憑性に欠けているとハルユキは感じた。荒谷達の一件だって、サヤ先生の立場を考えればやっぱりおかしくはないと思えたのだ。

 チユリがシアン・パイルだというのは勿論、サヤ先生が加速世界に通じているというのも、カガリ先輩がバースト・リンカーだというのもハルユキは懐疑的だった。

 

 だいたい、バースト・リンカーに大人はいないと言ったのは黒雪姫先輩じゃないか。仮に、カガリ先輩や他の生徒の誰かがブレイン・バーストのことを話したのだとしても、それを信じるだろうか。自分だって、この目で見なければ世界が加速する――なんて非現実的な話を信じたとは思えない。年長者であるサヤ先生ならば尚更だろう。だが、他に当てがあるわけでもなかった。

 

「とりあえず、あさやけ相談室にいってそれとなく探ってみよう。いざとなったら、チユに直結してもらえるように頼むしかないか……。でも、あいつ最近機嫌悪いからな。させてくれるかどうかわかんないけど」

 

 嘆息しながら、とぼとぼと哀愁を漂わせてハルユキは廊下を歩いていく。やはり、彼には女難の相があるようだった。




皆大好き、レイカー師匠にご登場頂きました。
B★RSの世界にはふくよかさが足りないよ!
サヤちゃん先生でさえ、スレンダーな方ですよね。
フーコさんみたいなすばらしいボディを持ったキャラを何故出さなかったのか。
スタッフの方々には、いまいち消化不良になってしまった未回収の伏線と共に意義あり!
と申し立てしなければならないと思います。たぶん。
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