クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第十四話

 憂鬱な気分で歩き続けていたハルユキは、程なくして目的の場所である、あさやけ相談室の前に到着していた。

 そのドアに手を掛けて、再度頭を悩ませる。

 これから、ハルユキが探りを入れようとしている相手はずっと年上の人だ。経験も知識も、比べ物にならないほどに。さらにはその職業柄、話術に長けているだろうことは容易に想像できた。

 そんな人物を相手に、怪しまれないようにしながら探りをかけるなんて無理に決まってる。今すぐドアから手を離し、回れ右をして帰ってしまいたい。そんな弱気な考えが、ハルユキの中で早くも膨れ上がってきていた。

 

「でも、僕がいきますって黒雪姫先輩に言っちゃったからなぁ。はぁ、どうして僕はこう後先考えずに口走っちゃうんだ」

 

 何度目かもわからない嘆息をついた後、ぐっと気を引き締めてハルユキはドアを開く。

 

「し、失礼しまーす」

 

 びくびくしながらも、教室の中へと足を踏み入れたハルユキ。そこで目に入ってきたのは予想していた通りの相手、サヤ先生――。

 

「あれ、ハルじゃない。どうしたのよ、珍しいわね。あんたいつも放課後はすぐに家へ帰るのに」

「チ、チユリ?」

 

 ではなく、幼馴染のチユリだった。現在、シアン・パイルなのではないかと黒雪姫に疑われている張本人である。ハルユキにとっても、幼馴染で親友とはいえ今は会いたくない相手だった。隠し事が苦手なハルユキにしてみれば、どんな顔で話せばいいのかわからない為に。

 誤魔化すように、ハルユキは同じ質問をチユリに返した。

 

「お、お前の方こそ! どうして此処にいるんだよ」

「どうしてって、サヤ先生に相談したい事があるからに決まってるじゃない。私だって、悩みの一つや二つあるんだからね」

 

 何故か胸を張りながら、自慢するように話すチユリ。その姿を見つめつつ、ハルユキは内心でツッコミを入れた。

 

 ――悩みなんかとは無縁な性格をしてるくせに。大体、威張って言うことじゃないだろ、それ。

 

 無論、声には出さなかったのだが。目の前の妙な部分で鋭い幼馴染は、目ざとく眉を顰めてハルユキを睨んできた。ギクリ、とハルユキの心臓が高鳴る。

 

「何よ、その顔は。何か文句でもあるわけ?」

「い、いや、何でもないです。そ、それより、サヤ先生は何処にいるんだよ。教室には見当たらないけどさ」

「サヤ先生なら、用事があるみたいで出て行ったわよ。でも、すぐに戻るって言ってたから。もうすぐ帰ってくるんじゃないの」

 

 どうやら、行き違いになってしまったらしい。肩透かしを受けたような気分になりながらも、ハルユキはほっと息を吐き出した。だが、彼の此処最近の運の無さは、今でも健在だったようだ。安堵した瞬間にガラッとドアが開き、当のサヤ本人が姿を見せたのだから。

 

 

「あら、有田君じゃない。どうしたの、何か相談したい事でもあるのかしら?」

「は、はいッ!?」

 

 気を抜いた瞬間の不意打ちに、ハルユキはビクッと身体を震わせながら返事をする。心臓に悪いにもほどがある、絶妙なタイミングだった。

 

「あ、いえ、相談事というわけではないんですけど」

 

 ドギマギしながらも、必死に考える。もともと、具体的にどんな質問をすればいいのか。皆目見当がついていなかったのだ。とりあえず、怪しまれないようにしなければいけない。しかし――ハルユキの口から出てきたのは、率直な質問だった。

 

「サヤ先生はカガリ先輩と仲が良いみたいですけど、どんなふうに知り合ったのかなぁと思って……」

 

 言いながら、ハルユキは内心で悲鳴を上げる。

 どう考えても、怪しまれるのが目に見えている内容じゃないか。もっと、別の言い方はなかったのか。早くもそんな後悔にさいなまれていたハルユキは、サヤの言葉で意識を引き戻された。

 

「あら、私とカガリちゃんの馴れ初めについて聞きたいだなんて、面白いことを言うわね。ふふっ、いいわよ。ただ、別に面白くもない話になってしまうけれど。それでも構わないのならね」

「ほ、本当ですか? ありがとうございます!」

 

 必要以上に畏まりながらお礼を言うハルユキに、サヤが微笑む。そんな二人の事を、面白くなさそうに黙って見つめていたチユリがむっとした顔で口を挟んだ。

 

「すいません、サヤ先生。そろそろ、私は帰ります」

「ああ、ごめんなさいね。私がいない間の留守番を任せることになっちゃって。また、何か相談したい事があれば何時でも来てね。歓迎するわ」

「はい、いろいろ相談に乗って頂いてありがとうございました。それじゃあ、失礼します」

 

 やけに事務的な挨拶をして、チユリはカツカツとドアに向かって歩いていった。一緒にいたハルユキの方には、一切目を向けずに。

 

 ――あれ? なんか、さっきよりもさらに機嫌が悪くなってるような……。

 

 明らかに、チユリの機嫌はさきほどよりも悪化していた。何かまずいことでも言ったかな。とハルユキは頭を悩ませるが、思い当たる原因がわからない。ただ一つわかっているのは、ハルユキが考えている最後の手段がチユリとの直結であることを考えると、機嫌を直してもらわないと非常にまずいということだった。

 

「チ、チユ……あのさ」

 

 何か言わないといけないと、ハルユキは背を向けるチユリに声を掛ける。しかし、

 

「何!?」

 

 恐ろしく低い声が返ってきて、鋭い目でギラリと睨まれた。

 

「何でもないです、はい……」

 

 あまりの迫力に、ハルユキは僅か数秒で撃沈した。

 

「あ、そう。じゃあ、さようなら」

 

 ピシャリ。と音を立ててドアが閉まり、チユリが教室から去っていった。それを縮こまって見送った後、ハルユキはチユリが何故不機嫌なのかと考える。そうして、さんざん悩んで頭を働かせて出した結論は――。

 

 ――チユのやつ、ひょっとしてタクと喧嘩でもしたのかな。

 

 などという、全くもって見当違いなものだったのだが。

 そんな二人の一連のやりとりを。あらあら、若いっていいわねぇ……。と呟きながら暖かな眼差しでサヤが見守っていたのは余談である。

 

 

 

 その後。ハルユキがサヤから聞いた話は、ブレイン・バーストとは関係のないものだった。

 サヤとカガリが知り合ったのは、もう何年も前のことらしい。当時、身体が弱く入院生活を送っていたカガリは――今の彼女を知るハルユキにしてみれば信じられないことだが――神足ユウという少女の紹介で、知り合うことになる。その頃からカウンセラーの職に就いていたサヤは彼女のカウンセリングを行い、以降ずっと良き相談相手になっているのだとか。

 ハルユキが求めていたブレイン・バーストの情報は得られなかったが、もともとそこまで期待もしていなかったので落胆は少なかった。

 

「サヤ先生は、何時頃からこの学校でカウンセラーをしているんですか?」

「そうね……私がこの学校に来たのは今から二年くらい前のことよ。でも、カウンセラーを始めたのはさっきも言ったとおり、随分前のことなの」

「へぇー、そうだったんですかぁ」

 

 適当に相づちを打ちながら、ぼーっと聴いていたハルユキ。

 しかし、次のサヤの言葉で一気に意識を呼び起こされることになった。

 

「ところで、有田君。倉島君のことで伝えておきたいことがあるの」

「え? チユリのことで、ですか?」

「ええ、彼女の親友の有田君に知っていてほしいことなの」

 

 不思議そうな表情を浮かべたハルユキに、サヤは真剣な様子で言う。そんなサヤの姿を見て、ハルユキもぐっと気を引き締めた。ごくりと息を飲み、次の言葉を待つ。

 

「今日。倉島君のニューロリンカーに、バックドアが仕掛けられているのが見つかったわ」

「バックドアだって……!?」

 

 その衝撃的な事実を聞いて、ハルユキはほとんど反射的に叫んでいた。

 

 ――バックドア。クラッカーが用いる、悪意のあるウィルスプログラムの一種だ。これをニューロリンカーに仕掛けられてしまうと、視聴覚といったプライベートな情報を盗み見られることなる。

 

 大切な幼馴染が、悪意のあるウィルスプログラムの脅威に晒されていた事実にハルユキは愕然とする。しかし、これでチユリがシアン・パイルではないことは確実となった。恐らくは、バックドアを経由しチユリの視覚を利用することでマッチングリストに名前が載ることを回避していたのだろう。

 

「カウンセリングはね、声を出して話づらい内容もあるから思考発声を利用して行ったりもするの。それで倉島君と直結をさせて貰ったのだけれど、その時に見つかったのよ」

「そういうことですか……」

 

 確かに、思考発声は悩み事の相談には役に立つだろう。口ベタな人間にとっては、言葉にするよりもよほど話やすい。最近、黒雪姫と何度も思考発声で話すことがあったハルユキにはそれがよくわかった。

 

「有田君も知っているだろうけど、ニューロリンカーには厳重なセキュリティが設定されているわ。脳とリンクするニューロリンカーがハッキングされてしまうのは、すごく危険なことだから。でも、例外もあるの」

「直結をしている状態なら、セキュリティのほとんどが無効化されてしまう……」

「そう。つまり倉島君にバックドアを仕掛けたのは、彼女にとって気の知れた友人かご家族の方ということになるの」

 

 サヤの言葉に、ハルユキは胸の鼓動が早まるのを感じた。梅郷中で、チユリと最も親しい友人はハルユキだ。ということは、サヤ先生は自分を疑っているのだろうか。そんな嫌な想像に顔色を悪くしていたハルユキへ、サヤは優しく微笑みかけた。

 

「大丈夫。そんな顔しなくても、私は有田君のことを疑ってなんていないわ」

「ど、どうしてですか?」

 

 チユリがサヤ先生とどんな話をしていたのかはわからないが、間違いなく怪しいのは自分だと思ったハルユキは困惑する。そんなハルユキに、サヤは変わらず微笑む。

 

「私はね、もう随分とこの仕事をしているの。だから、たくさんの生徒達を見てきたわ。そうして培ってきたカウンセラーとしての知識と経験が、私に教えてくれているの。有田君が、倉島君にそんなことをするはずがないってね」

 

 ――僕を信じて、サヤ先生は教えてくれたんだ。

 

「サヤ先生……、ありがとうございます」

 

 

 胸が熱くなるのを感じながら、ハルユキは感謝の言葉を送った。

 

 

 

 それからあさやけ相談室を後にしたハルユキは、帰宅した後に自室のベットの上でずっと悩んでいた。

 その内容は当然、チユリに仕掛けられていたバックドアのことだ。

 

 ――とはいっても、もうほとんど結論は出ているんだけどな。

 

 ベットの上で天井を見つめながら、ハルユキは帰宅途中に出した結論を思い返す。

 チユリにバックドアを仕掛けたのは、シアン・パイルで間違いない。そう、犯人はバーストリンカーなのだ。そう考えると、家族という線は除外できる。両親は大人だから違うし、チユリに兄弟はいないからだ。つまり、シアン・パイルはチユリの友人の誰かということになる。そして、ハルユキが知る人物の中でチユリが直結を許すような相手は一人しかいなかった。

 

「タク、本当にお前なのか……」

 

 その人物の名前は、黛拓武(まゆずみ たくむ)。現在チユリが付き合っている恋人であり、ハルユキのもう一人の親友だった――。




また長らく更新停止してしまい、申し訳ありませんでした。
次話は、シルバークロウとシアンパイルの戦闘回をダイジェストでお送りします。
そしていよいよ、B★RS勢と黒雪姫の対戦に入る予定です!
よろしければ、今後も読んでいってください。
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