ハルユキとタクム。二人の激闘は、タイムアップという形で幕を閉じようとしていた。遥か上空からの痛烈な一撃を決めて、自身と同じところまで体力ゲージを削ったハルユキがタクムに止めを刺さなかったからだ。それはポイントの少ないタクムの為に、ハルユキが譲歩した結果だった。バックドアの件をチユリに話すこと、黒雪姫や自分と共に加速世界で戦うことを条件に、ハルユキはタクムを許すことにしたのである。
地上に降りたハルユキは、つい先程まで自身が飛翔していた空を見上げて思案する。
本当にこれでよかったのか。タクムの体力ゲージを完全に削り切って、現実での襲撃の危険性を完全に絶っておくべきだたんじゃないか。そんな疑念が込み上げてきて――迷いを振り払うように頭を振った。
間違ってなんかない。タクムと戦ったのはやり直す為であり、終わらせる為ではないんだ。失われていた絆を取り戻す為の戦いだった。だから――、
――これでいいんですよね、先輩。
ハルユキは胸の内で自分に、そして憧れの先輩に向けて呟いた。その時、
「それが君の選択だというのなら、私から口を挟むような無粋な真似はしないさ」
「え――」
内心の呟きに答えるような言葉が背後から聞こえて、ハルユキは慌てて振り向く。
それは、ハルユキがここ最近よく耳にしている声だった。鈴の音のように響き渡る、澄んだ高い音色。
「黒雪姫先輩!」
「やぁ、ハルユキ君。君の戦いぶり、しかと見せて貰ったよ」
明るい笑みを見せながらそこに立っていたのは、憧れの先輩である黒雪姫だった。どうして此処に、と疑問を口にする間もなく、優雅な足取りで近づいてきた彼女はハルユキを抱きしめる。
「ちょっ、せ、先輩!?」
突然抱きしめられる形となったハルユキが、困惑して叫んだ。華奢な身体から伝わってくる柔らかな感触に、思考が纏まらない。
だ、駄目ですよ先輩ここじゃ人目に付きますからそれにタクムも見てますしああでもずっとこうしていたい――と慌てふためくハルユキの意識を引き戻したのは、銀色に輝く翼を優しく撫でる黒雪姫の感慨深げな声だった。
「飛行アビリティ。加速世界に名を連ねるバーストリンカーなら誰もが一度は思い描き、そして実現し得なかった力だ。これが君のデュエルアバター、シルバー・クロウに秘められた
「先輩……」
黒雪姫がハルユキから離れる。
「私はかつて過ちを犯し、多くの仲間を失った。レギオンマスターという責任のある立場でありながら、軽率な行動を取ってレギオンを崩壊させてしまったのだ。それ以来、私は臆病なことにずっとこの世界から逃げ続けていた……」
黒雪姫はそこで言葉を区切ると、白く細い右腕を持ち上げて滑らかに指を動かしていく。仮想ウィンドウを操作しているのだ。黒雪姫は指を高速で踊らせながら、強いまなざしでハルユキを見つめた。
「だが、それはもう終わりにしよう。立ち向かわなければ、前へ進むことはできないと君が教えてくれたのだから。今こそ、雌伏の網より出でて偽りの平穏を破る時だ!」
そう宣言すると同時に、黒雪姫の身体が強烈な光に包まれていく。思わず手を翳して目を閉じたハルユキは、光が静まった数秒後に目を開けて――黒い輝きを放つアバターを見た。
漆黒。そうとしか言い表しようがない、純色の黒だった。そして所々に点在する紫が、不思議とマッチしているように感じられる。両腕両足。四肢の全てが細長く鋭利に尖っていて、剣のように見えた。否、実際に剣になるのだろう。あの両腕、両足で振り抜かれれば、鋼鉄ですら容易く切り裂かれるに違いない。
「貴様にも謝らなければな、シアン・パイル」
「なっ、何を?」
唐突に話を振られ、二人の姿を眺めていたタクムが困惑する。卑劣な手段で追い込もうとしていた自分が謝罪するならわかるが、逆に謝られるとは思っていなかった。そんなタクムに鋭い視線を向けて、黒雪姫――黒の王ブラック・ロータスは続けた。
「貴様との名誉ある戦いを、私は何度も穢した。タイムアップを狙い、無様にも逃げつつけることで。だが、貴様がそれを望むならば私は次こそ受けて立つ。純色の七王の一人――黒の王として、全力で相手をさせて貰おう」
「――ッ!」
氷の如く冷たい闘気を見せたロータスを前に、タクムは戦慄した。同時に、自身のこれまでの行動がいかに愚かなものであったかを理解する。もし本当に戦うことになっていれば、間違いなく敗北していたのは自分の方であり――狩られる立場にあるのは相手じゃなく、自分だったのだと。
「さて、ハルユキ君。この場には丁度良く各色のレギオンメンバーが集まっている。彼らに私達の目的を宣言するには、絶好の機会だ」
「え? いいんですか、そんなことをしたら」
加速世界最大の裏切り者であり、数多のバーストリンカーから狙われる立場にある。ハルユキにそう語ったのは黒雪姫だ。だからこそ、彼女は二年以上もニューロリンカーをグローバル接続せずにいた。黒の王が健在だという事実が知られたら、他の王達は黙っていないだろう。だが――、
「言った筈だぞ、ハルユキ君。私はもう逃げるのはやめたと。奴らが私を狙って対戦を仕掛けてくるのなら、返り討ちにするだけさ。そうだな……手始めに我がレギオン、ネガ・ネビュラスを再結成するとしよう。占領区はかつてと同じ、杉並区だ!」
黒雪姫は威風堂々とした姿で、何の澱みもなくそう告げた。
「……わかりました、先輩! 僕もネガ・ネビュラスの一員として全力で戦います。タク――シアン・パイルと一緒に!」
「ちょっ!? ハル、僕はまだ青のレギオンに所属して――」
確かに共に戦うとは言ったけれど、現在所属している青のレギオンを抜けさせて貰えるかどうかはわからないのだ。慌てて抗議するタクムだったが、その声はハルユキにも黒雪姫にも届いていなかった。どうやらタクムに選択権は与えられていないらしい。
「僕の話を聞いてくれ……」
盛り上がる二人に取り残される形となったタクムの背中には、哀愁が漂っていた――。
黒雪姫――ブラック・ロータスがギャラリーの前へと姿を見せた瞬間、場は驚声と悲鳴に包まれた。恐れ戦く者、憧憬のまなざしを向ける者、各々が様々な反応を見せる中、黒の王ブラック・ロータスは凛とした高い声で力強く宣言した。
「聞け! 六王のレギオンに連なるバーストリンカー達よ、我が名はブラックロータス! 僭王の支配に抗う者だ!!」
その内容は二年前に解散したネガ・ネビュラスの再結成と、不可侵条約によってもたらされた偽りの平穏の破壊。ギャラリー達は誰一人として異を唱えることもなく、黙ってそれを聞いていた。聞くしかなかった。ブラック・ロータスの威容に飲まれ、誰も反論することができなかったのだ。タイムアップになるまで、フィールドは静寂に包まれたままだった。
その後は黒雪姫に言われて、ハルユキは観戦予約リストにブラック・ロータスとシアン・パイルを追加した。対戦の方は狙い通りに引き分けで終了。そしてフィールドから現実へと戻ったハルユキはタクムと今後について幾つか話し合い、別れた後は自宅へ向かって歩いていた。タクムと無事に仲直りすることができたハルユキだったが、その表情はどこか暗い。
「とりあえず、チユにバックドアの事を伝えないといけないよな。……はぁ、仕掛けた犯人はタクなのにこっちまで気が滅入るよ」
憂鬱そうにハルユキが呟く。そう、まだ全てが終わった訳ではなかった。最近やけに不機嫌なチユリに、ブレインバーストやバックドアの件を話すという恐るべき難題が残っていたのだ。得にバックドアのことを知ればチユは間違いなく怒り狂うだろう。最大級の大爆発が引き起こされ、その弁明に明け暮れることになるのは確実だった。
「……やめた。考えても気が沈んでばかりでしょうがないし、今日はもう早く帰って寝よう」
思考を切り替えて、早く帰ろうと歩く速さを上げた時――バシィィィィィィンという音が響き渡った。
「な、何で!?」
ガラスが罅割れたようなその音と共に、世界が青く凍結する。それはここ最近の間に、ハルユキが何度も体験している現象だった。それが意味するのは、ブレイン・バーストプログラムが起動して加速したということ。
――まさか、対戦を挑まれたのか! ニューロリンカーは接続を切っていたのに!?
対戦を申し込まれないように、ハルユキはグローバル接続を控えていた筈だった。しかし、困惑している間にも世界は変容し続けていく。
気が付けば、ハルユキは荒れ果てた大地の上に立っていた。ハルユキにとっては初めて目にするステージだ。冷たい風が吹き抜け、赤茶けた巨石が所々で存在を主張している。景色から判断するなら、荒野ステージといったところだろうか。
「……あれ、対戦するのは僕じゃない?」
ハルユキがある事に気づく。これまでの対戦と違い、自身と対戦相手のアバター名、そして体力ゲージを示す物が浮かび上がらないことに。それはつまり、ハルユキが呼ばれたのは対戦を申し込まれたからではないということを示す。
――じゃあ、僕は観戦者として呼び出されたのか!?
慌てて周囲を見渡すと、ハルユキは自分以外にも多数のギャラリーが存在しているのに気づいた。それも、見覚えのある――つい先程ハルユキとタクムの対戦を観戦していたアバター達だった。それが偶然の一致だと、ハルユキは当然思わない。彼らがここにいるということは、そして自身が観戦者だというのなら、今対戦しているのはタクムと黒雪姫のどちらかになる。ハルユキが観戦リストに登録したバーストリンカーは、ついさっき登録したこの二人しかいないのだから。
「先輩!?」
ギャラリー達が、固唾を飲んで見守っている方角へとハルユキは視線を向けた。そして憧れの先輩である黒の王ブラック・ロータスと、どこかで見たような黄色い少女が対峙している光景を目にした――。
周囲のギャラリー達の視線が集まる中、黒雪姫とチャリオットは戦闘体勢を取りつつ言葉を交わす。
「やはり仕掛けてきたか、チャリオット。貴様とは二年以上前、私がまだLv8だった頃に上で手合わせしたことがあったな」
「んー、そうだっけ?」
「とぼけるつもりか? ふん、まぁいい。忘れたというのなら、今から嫌でも思い出させてやるさ」
ハルユキとタクムの対戦が終了した後、黒雪姫はおよそ二年ぶりにニューロリンカーをグローバル接続した。それはもう逃げることはしないという決意の表れであり、戒めでもある。だが、最も大きな理由は一つの確信があったからだ。
ハルユキとタクムの対戦終了間際。黒雪姫が六王のレギオンに向けて宣戦布告した時、ほとんどのバーストリンカーが畏怖と恐怖の目で彼女を見ていた。
――ただ一人を除いて。
黒雪姫にはそれが分かった。他のギャラリー達、ハルユキやタクムは気づいていなかったが。彼女にはしっかりと感じられたのだ。例えるなら、それは正に絶対零度。凍りつくような冷たい視線で射抜いてくるチャリオットの存在が。グローバル接続すれば必ず対戦を申し込んでくると、黒雪姫はその際に確信した。
「二年ぶりの対戦。勘を取り戻す為の相手としては、申し分ないな。王に匹敵する実力を持つと目されている、三人の謎に包まれたバーストリンカー。その一人である貴様が相手ならば」
「王に匹敵する……?」
ロータスの言葉に、心底不思議そうな表情を見せるチャリオット。王と同等だなんて過大評価にすぎる。そう思ったのだろうと、周囲のギャラリー達やハルユキは判断したのだが。
「――匹敵するだなんて、冗談。私達の実力は、王よりも上に決まってるでしょ?」
唇を吊り上げ冷笑を浮かべたチャリオットは、そんなとんでもない言葉でロータスを挑発した。
「ほぅ――」
ビシリ、と音を立てて空気が凍ったようにギャラリー達は感じた。
ブラック・ロータスの全身から発せられた刃物の如き鋭い殺気が、そう錯覚させたのだ。
その殺気を真っ向から浴びたはずのチャリオットは、冷笑を崩さない。
「随分と大きく出たな、チャリオット。その言葉に嘘偽りがないか、この手で確かめさせてもらおうか」
「お好きにどうぞ? できるものなら、ね」
黒雪姫が今にも飛び掛かろうと、グッと姿勢を低く落とす。
対するチャリオットは両腕を高く広げると、これまでとは一転した優しげな声で
「さぁ――、おいでメアリー」
ぐにゃり、と空間が歪んだようにギャラリーには見えた。地面に魔方陣のような円が出現し、眩い輝きがチャリオットを中心にして周囲を包み込む。
同時に得体の知れない
大きい――いまだ光に紛れて正確な姿は見えないが、横幅は八メートル、高さは四メートル近くあるだろうか。
「――チッ!」
舌打ちし、黒雪姫が後方へと大きく飛び退く。その直後、鋭く細いナニカがすれ違うように地面に突き立った。
目を凝らしてよく見れば、それは信じ難いことに足だった。光と共に出現した、巨大な怪物の手足の一本。
光がゆっくりと消えていき、その全容が明らかになっていく。
「強化外装≪メアリー≫か、初めて目にした時にも思ったがやはり規格外の代物だな」
呆れたような口調で呟く黒雪姫の眼前で、巨大な怪物が遂にその姿を白日の下に晒しだす。
蜘蛛。それが怪物の姿を見て、第一に頭に浮かぶ言葉だろう。六本の足を持った、節足動物の姿を怪物はしていたのだから。もっとも、蜘蛛であれば存在する筈の無い、白い歯が怪物の口には並んでいたが。
怪物の身体は硬い装甲で、本来の蜘蛛のように柔らかくはない。手足もまた、幾つもの部品を組合わせたものだった。蜘蛛を模した機械獣。それが怪物の正体であり、機械獣はチャリットが騎乗する戦車を牽引している。馬車戦車型強化外装。それが
「もう覚悟は決まったのかな、そろそろ始めちゃうよ?」
余裕の笑みを見せるチャリオットがそう告げると同時に、巨獣が大地を蹴って疾駆した。
六本の足を巧みに動かし、その巨体に見合わない速さで大地を揺るがしながらブラック・ロータスに突進していく。
「――フッ、笑わせるな。貴様の方こそ、私に斬り刻まれる覚悟は決まったのだろうな――!」
足が竦んで動けなくなってしまいそうな重圧を前にして、黒雪姫は一切躊躇うことなく正面から迎撃に出る。
大気を切り裂き、旋風を巻き起こして、ブラック・ロータスが迫り来る巨獣を迎え撃った。
ブラック・ロータスとチャリオット。加速世界でも名の知れた両者の戦いが、今ここに幕を開ける――!
やっと二人の戦闘が始まりました。……始まっただけですが(爆
デッドマスターの初登場は無制限フィールドまで持ち越しでしょうか。
相変わらず、なかなか話が進まないですね。
ストレングスやゴールドソーが出てくるのは果たして何時になるのだろう(
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