クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第十七話

 ゴクリ、と誰かが息を飲む音が聞こえた。ブラック・ロータスとチャリオット。両者の対戦をギャラリー達は一言も発することなく、息を殺すようにして観戦する。高まり続ける緊張に呑まれて、そうするしかなかったのかもしれない。

 

 ギャラリーの視線を一点に集める中、黒雪姫が地面を削りながら猛然とダッシュしていき、全く減速することなくメアリーに突撃した。

 開いていた両者の距離は瞬く間に零となり、互いに射程圏内へと入る。 

 

「潰しちゃえ、メアリー!」

 

 チャリオットが声高らかに、己が誇る機獣へと指示をだした。

 主の命に従って、メアリーが眼前へと迫った黒雪姫に前足を突き出す。

 見上げるような巨躯から放たれるその一撃は、息苦しくなる程の圧迫感を受ける側に与え、向けられた者は足を竦ませてしまうだろう。

 

 だがそれは、並の相手であればの話だ。

 

「遅い」

 

 平坦な声でそう呟くと、黒雪姫はすり抜けるように敵の一撃を躱す。

 傍目にはまるで、メアリーの一撃が黒雪姫の身体を通り抜けたかのように見えた。

 一切の無駄がない、最小限の動きであった為にそう見えたのだ。

 メアリーが持つ手足の数は六本、大きく回避すればすぐに次の一撃が襲い掛かってくるだろう。

 それを理解していたが為の、刹那の見切りだった。

 

「はぁッ!」

 

 素早くメアリーの懐へと潜り込んだ黒雪姫は、チャリオットに向けて一息に飛び上がった。

 光を反射して輝く漆黒の刃が、騎上に座るチャリオットに向けて一閃される。

 しかしチャリオットは特にあわてることも無く、笑みを浮かべて迫る刃を見つめた。

 

「な、に――?」

 

 困惑が入り混じった声を黒雪姫が漏らす。

 チャリオットを切り裂くはずだった、横薙ぎの一閃が空を切ったからだ。

 すかさず、チャリオットが鋭い蹴りを放つ。

 黒雪姫がそれを交差させた両腕で受け止めると、ギャリギャリと嫌な音が響く。

 

 その原因は、チャリオットの両足の先端にある車輪だった。超高速で回転するそれは、衝突した両腕の間で火花を散らす。黒雪姫は巧みに腕を動かして受け流すが、衝撃で後方へと弾き飛ばされてしまう。

 空中で無防備な体勢となったところへ、再びメアリーが襲い掛かった。

 

「くっ――!」

 

 今度こそ回避することは不可能だ。空中へと投げ出されている状態では、それこそ飛行アビリティを手に入れたシルバー・クロウでもない限りは避けられない。誰もが直撃を予想して、その直後。

 

 驚愕に目を見開いた。

 

 黒雪姫は直前で身体を捻り、迫る敵の一撃に右足を叩き付けたのだ。その衝撃で僅かに軌道をずらされたメアリーの攻撃は、またしても標敵を捉えることなく地面を砕くだけに終わった。身動きがまともに取れない空中で、見事に敵の攻撃をやり過ごす。数多の戦闘経験と高いステータスを持つ、王ならではの回避だった。

 

「また外した、ちゃんと狙いなさいよメアリー」

 

 チャリオットが不服そうにメアリーを叱る。だが、ここはむしろあの状況で避けて見せたブラック・ロータスを褒めるべきだろう。チャリオットもそれは理解してはいたものの、プライドが邪魔をしたらしい。

 敵を前にして余裕を見せるチャリオットの姿に目を鋭くしつつ、黒雪姫は先の自身の一閃が空を切った理由を考えた。

 距離を測り違えるようなミスを、黒雪姫がするはずもない。だとすれば、チャリオットの方が後ろに下がったということになる。だが、メアリーに牽引されて動いている戦車が急な後退を行うことができるのだろうか。

 一つだけ、黒雪姫には思い当たるモノがあった。

 

心意(インカーネイト)システムか……?」

 

 心意の力。強いイメージによって、システム上の事象を書き換えてしまう規格外な技だ。心意システムを使えば、巨大な車輪を瞬時に動かして車体を後退させることも不可能ではない。Lv1のバーストリンカーが心意システムを使用するなんて聞いたことがないが、加速世界の常識を幾つも覆してきたチャリオットならばむしろ使わない方が不自然だろう。

 

「さて、如何したものかな」

 

 牽引する機獣を無視して、騎乗者であるチャリオットを直接狙うのが一番有効だと黒雪姫は考えていたのだが。高い位置にいるチャリオットを攻撃するには、高く跳躍して空中に身を躍らせる必要があり、避けるなり防がれるなりされてしまうと大きな隙を作ってしまう。

 

 ライダータイプのバーストリンカーは強化外装の方に性能の多くを注ぎ込み、騎乗者自身の能力が低いことが多いのだが。突き放たれた蹴りを受け止めた時の衝撃は、決して軽いものでなかった。チャリオットのステータスは低くない。迂闊に手を出すのは危険だ。

 

「来ないなら、こっちから行かせて貰うよ!」

 

 油断なく身構えたままじっと動かない黒雪姫に痺れを切らしたのか、チャリオットが叫ぶ。

 向こうから来てくれるのなら、むしろ好都合だと迎撃の体勢を取る黒雪姫。だが、それが間違いであると数秒後に知る事になった。

 

「自慢のお菓子、たっぷりと味あわせてあげる――、七色菓激(レインボー・マカロガン)!」

 

 六本の足をしっかりと大地に固定したメアリーが、がぱっと大きく口を開く。

 空虚な洞窟の穴を思わせるその口の中から、ナニカが次々に撃ち出されていった。様々な色をしたそれは、マカロンとよばれる洋菓子と全く同じ見た目をしている。もっとも、お菓子にしては明らかに大きすぎるが。

 

「遠距離攻撃だと!?」

 

 予想外な敵の攻撃に動揺しつつも、飛んできた弾丸(マカロン)の一つ、赤い色をしたそれを弾こうと黒雪姫は右腕を振るい――大きく弾き飛ばされた。

 

「ぐぅっ――!?」

 

 右腕が触れた瞬間、マカロンが爆発したのだ。至近距離で爆風を浴びて、黒雪姫の体力ゲージが大きく削られる。十メートル近く地面をスライドしてようやく止まり、前方を見た彼女は何が起こったのかを理解した。

 メアリーの口から撃ち出されたマカロンは、地面に着弾すると同時に様々な結果を引き起こしていた。赤色は黒雪姫が受けた時と同じように爆発し、紫は見るからに毒々しい液体を地面に撒き散らし、黄色は地面の上で放電しスパークしていたのだ。

 

 色によって、様々な付与効果があるのだろうと黒雪姫は推測する。しかし、これでは弾くことはできない。

 故に次々と降り注ぐマカロンをひたすら避け、必殺技の発動時間が途切れるのを狙う事に専念したのだが。

 チャリオットの無慈悲な言葉が、黒雪姫に向けて発せられた。

 

「なかなかしぶといなぁ。でも、これは逃れられるかな?」

 

 マカロンを吐き出し続けていたメアリーが一瞬だけ口を閉じた。だが、それは必殺技の発動時間が終わったからではない。再び、先程以上に大きく開かれた口が光を放ち――。

 

 次の瞬間、豪雨とも呼ぶべきマカロンの弾幕が出現する。

 

 一瞬見えた光の正体。それは心意によって必殺技を強化した為に表れた輝きだった。

 先程までの比ではない、無数のマカロンが暴風雨となって飛来する。空を覆い隠すほどのそれは、一種の芸術にも見えた。もっとも、それは矛先を向けられたのが自分でなければの話だが。

 

 迫り来る死の弾丸。弾くことは許されず、着弾と共に付与効果が発動する為ぎりぎりで避けることもできない。許されるのは、降り注ぐ爆撃(マカロン)の中に身を置いて朽ち果てるのみ。

 

 だが――純色の七王が一人、黒の王ブラック・ロータスはその条理を覆す……!

 

「遠距離攻撃を持つのが、貴様だけだと思うな! ――奪命撃(ヴォーパル・ストライク)!!」

 

 必殺技を高らかに宣言し、ブラック・ロータスは輝く腕から燃え盛る極光を撃ち出した。目が眩むほどの激しい輝きが世界を照らし、紅い光が真っ直ぐに伸びていく。あらゆる障害物を両断して突き進む、触れるもの全てを破壊する光の刃。黒の王ブラック・ロータスが持つ心意技の一つで、近接特化型の彼女には珍しい遠距離系の必殺技だった。

 

「嘘ッ――!?」

 

 これまで余裕を崩さなかったチャリオットが、驚愕に目を見開いて声を上げた。光の刃は途中で触れた全てのマカロンをことごとく粉砕し、その先にいる己が標的へと一直線に迫っていく。必殺技を発動した直後の為に、身動きがとれないチャリオットは両断されるのを覚悟するが。

 

 それを、我が身を盾としたメアリーが救った。

 

「メアリー!?」

 

 光の刃をメアリーが食い止められた時間は極僅か。しかし、必殺技による硬直を脱して離脱するには十分な時間だった。チャリオットが無傷で地面に降り立つ。対して必殺技をまともに受けたメアリーは、身体の部位のいたる所が切断されていた。バランスを崩して地面に倒れこみ、大きな爆発を起こして炎上。そのまま動かなくなる。

 

「そんな、メアリーが……」

 

 ひどく沈んだ声でチャリオットが呟く。

 がっくりと肩を落とし、顔を伏せて小刻みに身体を震わせた。

 ショックで声もでないのか、と誰かが口にした時、

 

「よくも……よくも、やってくれやがったな! てぇめぇぇぇぇ!!」

 

 凄まじい怒号が、空気を振るわせた。キッと黒雪姫を睨み付け、転がっていた戦車の車輪を左手に、虚空から出現した直刀(ブレード)を右手に持って疾走。砂塵を巻き上げながら突撃していく。

 

「面白い、接近戦ならこちらも望むところだ!」

 

 黒雪姫は必殺技でメアリーを粉砕した後、追撃を仕掛けずに様子を窺っていた。頼みの戦車を破壊されたチャリオットがどういった手段に出るのかを見ていたのだが、見た目に反して黄色系統が得意な間接攻撃は仕掛けてこないようだ。接近戦ならば、警戒する必要もない。

 

 疾風となって接近するチャリオットを、黒雪姫は迅雷となり迎撃した。

 瞬時に距離を詰めた二人。先手を打ったのはチャリオットの方だ。眼前へと近づいたロータスに横薙ぎの一閃を振るう。放たれた矢の如く接近してからの、翳むような一撃。それをロータスは容易く弾いた。そして弾かれて体勢が崩れた隙に、右足で蹴りを放つ。全身に切断属性を持つ黒の王ブラック・ロータスは、身体そのものが武器になる。彼女の蹴りをくらえば一瞬で断ち切られるだろう。

 チャリオットは左手に持った盾でそれを防ぎ、斜めに傾かせて受け流す。まともに受ければ盾ごと両断されかねないが、受け流せば問題はない。高い技量がなければできない芸当だが、チャリオットにはそれがあった。

 

 両者は一歩も退かずに火花を散らし合う。絶え間なく甲高い金属音が響き、大気を揺らした。その舞武は全くの互角。そうギャラリー達からは見えたが、実は違う。ロータスが繰り出す斬撃が多く、チャリオットは徐々に守勢へと回り始めていた。

 

「はぁっ!」

「ぐぅぅっ、……」

 

 時間が経つにつれて、それは傍目にも明らかになっていった。一歩、また一歩とチャリオットが後退していく。その原因は、際限なく上がり続ける黒雪姫が放つ剣閃の速度にあった。一撃一撃がより速く、より重く、より鋭いものへと昇華していく剣閃。それを受け流すたびに、チャリオットの手が痺れを訴える。

 

 そもそも黒雪姫には、加速を行っていない期間。二年以上ものブランクがあった。どれほどの戦士であっても、長期に渡って戦いから遠ざかれ勘は鈍る。つまり、黒雪姫は激しい剣戟の中でかつての勘を取り戻しているのだ。

 

 このままだと、ジリ貧になる。そう判断したチャリオットが車輪を高速で逆回転させ、大きく距離を取って後退した。唐突な後退に虚を突かれた黒雪姫だったが、逃すまいとすぐさま追撃に出る。

 猛然と追い縋って来る黒雪姫に、チャリオットは左手に持った車輪を向けた。つい先程まで盾として使われていたが、実はその真逆。武器として利用することもできるのだ。

 

「調子に乗るなっ、車輪型銃撃槍(ガトリング・ホイール)!」

 

 チャリオットがけたたましく叫ぶと同時。車輪の盾が本来の役目を思い出したかのように回転し、無数の鋭い槍の穂先が弾丸となって射出されていく。槍の弾丸は激しい風切り音を轟かせて、標敵である黒雪姫へと殺到した。

 それに対し黒雪姫が取った行動は、必殺技による迎撃の一手。

 

「デス・バイ・バラージング!!」

 

 秒間百撃にも及ぶ、視認することすら難しい電光石火の蹴撃。それは無数に飛来する槍の弾丸を全て叩き落すには十分すぎた。行く手を阻むものがなくなり、さらなる加速をした黒雪姫がチャリオットを射程範囲に捉える。

 

「せやぁっっ!」

 

 黒雪姫は猛追した加速の勢いを乗せて、烈火の如き刺突を放つ。残像すら残さずに、空気すら引き裂いて、真っ直ぐに放たれた神速の剣。チャリオットはそれを車輪の盾で防ごうとして――、

 

 盾ごと胸を貫かれた。

 

「ごふっ――」

 

 咳き込むチャリオット。だが、体力ゲージはまだ残っている。なんとか反撃をしようと剣を持つ手に力を込め――全てが終わった。

 黒雪姫が空いた方の腕で横薙ぎの一閃を浴びせ、チャリオットの首を刎ねたのだ。

 今度こそ、チャリオットの体力ゲージが完全に零となる。

 

「私の勝ちだ、チャリオット。次は貴様の番だと、ブラック★ロックシューターに伝えておけ」

 

 激闘によって響いていた音が止み、静まり返ったフィールドで黒雪姫が自らの勝利を宣言する。

 加速世界でも名の知れた二人の戦いは、ブラック・ロータスの勝利で幕を下ろした。

 

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