ハルユキがバースト・リンカーとなってから早三ヶ月。当初危惧していたブラック★ロックシューター一味による襲撃は、黒雪姫がチャリオットを一蹴してからは一度もなかった。諦めたのか、それとも何か別の思惑があるのか、気になるところではあったけれど。相変わらずマッチングリストに出てこない為、ハルユキ達からはどうにも手出しができずにいる。
そしてもう一つ、ハルユキの親友であるタクムがこの梅郷中に転校してきた。せっかく苦労して入学した名門の進学校なのに。とハルユキは引き止めたのだが、固く決意したタクムは引かなかった。幼馴染であり彼女でもあるチユリを利用して、黒雪姫を狩ろうとした罪。それを償おうとしているのだ。
別にそんなことをしてほしいわけじゃない、ただ……前みたいな関係に戻りたいだけなんだ。そうハルユキは思っているのだが、酷く思い詰めた表情を見せながらも明るく振る舞うタクムの前に何も言えなかった。
午後十二時五分。午前中の授業が終わった、昼休みの時間。
「無制限中立フィールドか……。一体どんなところなんだろう」
黒雪姫と会う際に使用する、恒例の待ち合わせ場所になっているラウンジへと向かうハルユキがぼんやりと呟く。つい最近になって、ハルユキことシルバー・クロウはようやくLv4にあがった。そして師である黒雪姫先輩から教えられた通りに、LvUPボーナスを飛行能力の持続時間と敏捷力の強化へ振り分けていた時。ハルユキは彼女から上の世界へ行けるようになったことを告げられたのだ。
その上の世界というのが、無制限中立フィールドと呼ばれる場所らしい。言葉だけなら何度も耳にしたことはあるものの、詳細についてはまだハルユキは知らなかった。
だがそれも、今日までのことになる。無制限中立フィールドへの入場条件は、Lv4以上になることであり、ついにその条件を満たしたからだ。期待と不安が半々、という心境でハルユキラはラウンジの入り口から中へと入っていく。
「や、待っていたよ。ハルユキ君」
最奥の窓際にあるテーブルで、何時ものようにその美貌を振り撒く黒雪姫が声を上げた。無垢な輝きを持った白い花を連想させる彼女の笑顔が、ハルユキへと向けられる。三ヶ月が経った今でも、全く慣れそうもないこの幻のような光景に胸を高鳴らせつつ、ハルユキは黒雪姫と同じテーブルの席に着いた。
そして息を吸い、ぐっと表情を引き締めて挨拶を返す。
「おはようございます、先輩。き、今日も綺麗ですね」
後半はかなりしどろもどろになってしまったが、言い切った。
――言えた、この三ヶ月間ずっと言おうと思っていた台詞を。先輩に!
心の中で抱いていた密かな野望を達成して、何ともいえない幸福感に一瞬包まれたハルユキだったが、
「ん? そうか、ありがとう。ところで、この前言っていた上の世界についてだが――」
軽く流すような黒雪姫の切り返しに、あっさりと沈下した。あれぇー、とハルユキは数秒ほど首を傾け、すぐにそれはそうかと納得する。黒雪姫先輩の凄絶な美しさは、学内の生徒なら誰もが認めるほどなのだ。綺麗です、なんてありきたりな口説き文句は耳にタコができるくらいに聞きなれているに違いない。
だとすると、もっと気の利いた言葉じゃなければ先輩の心を動かすことはできないのかぁ。などとしょんぼりしつつ考えていたハルユキは、その黒雪姫先輩の言葉で意識を引き戻される。
彼女の頬が僅かに赤く染まっていることには、気づいていない。
「――ぉぃ、おい! 聞いているのか、君は!」
「はいっ!? も、勿論聞いてますっ」
「ほぅ、では私が話していた内容を復唱してみろ」
「え、えーと……。その、すいません」
「許さん」
頭を下げてハルユキは謝ったが、笑顔で額に青筋を浮かべた黒雪姫には通じなかった。
にゅっと黒雪姫の白く細い腕が近づいてきて、ハルユキのふくよかな両頬がぐむっと摘まれ、そのままぐいーっと引っ張られた。熱せられたお餅を箸で伸ばすような勢いで、頬がびよーんと横に伸びる。
「ふむ、前にも思ったが君の頬は気持ちいいくらいによく伸びるな。癖になりそうだ」
なにやら恐ろしいことを黒雪姫がいっているが、ハルユキはそれどころではなく聞こえていなかった。いや、むしろ聞かなくて正解だったのかもしれないが。
「ひ、ひゃめてくだはいいー」
涙目で訴えるハルユキの姿は、むしろ黒雪姫のサドスティックな一面を刺激しているようで逆効果になっていたのだけれど。ハルユキにはそうする以外に打つ手がない。結局、黒雪姫が我に返るまでいいように弄ばれるしかないのである。
「ヒャクム、たふへてー!」
当然、助けは来なかった。
同時刻。ハルユキがラウンジで悲鳴を上げている頃と時を同じくして、梅郷中の近くにあるファミレスに一人の赤い少女が滞在していた。燃えるような赤毛に赤色の服装を着込んだ少女は、周囲の視線を集めて非常に目立っていたが、当の本人はまるで気にした風もない。
「ったくよー、早く下校時間になんねぇかなー。こんな場所で待ち続けるなんて、暇でしょうがないっての」
忌々しげに呟いて、赤い少女は注文していたジュースをずずーっと啜った。そして不機嫌そうな空気を全身から発しつつ、仮想ウィンドウを開いてチラリと時間を確認する。表示された時間はまだ十二時過ぎといったところで、下校時刻にはほど遠い。やってらんねー、といった様子で赤い少女が天井を仰ぐ。
やっぱりどこか別の場所で適当に時間潰してから、戻ってくるかなー。などと考えているこの少女の名前は、上月 由仁子《こうづき・ゆにこ》。見た目は幼い少女だが、実は加速世界では十人もいないとされる最高Lvのバースト・リンカーにして、二代目赤の王スカーレット・レインの名で知られている有名人だった。
そんな彼女は今、ある目的の為にこのファミレスにいるのだが。その用事を果たす為には、梅郷中の生徒が下校する時間にならないと始まらないのだ。
「まぁ、正直いうと別に行きたいとこなんてないしなー……って、ん?」
手持ち無沙汰にぼーっとしていた少女の視界で、急激な変化が起こった。だがそれは彼女からしてみれば、毎日のように見慣れた光景でしかない。まるで世界が生まれ変わるようにも見えるその現象の正体。それは、バースト・リンカーなら誰でも経験したことがあるもの。一千倍もの思考加速による仮想世界の構築だ。少女が何もしていないにも関わらずそれが起こったということは、他の誰かによって引き起こされたことになる。つまり、何者かが対戦を挑んできたということ。
「対戦か……。ハッ、丁度良い。何処の誰だか知らねーが、この鬱憤の憂さ晴らしに付き合ってもらおうじゃねーか!」
にぃっと唇を歪めて、周囲と共に少女の姿もまた変化していく。数秒が経過した後。そこに立っていたのは赤い少女ではなく、おもちゃのような銃を手に持つ小柄な少女型アバターだった。共通しているのは、燃えるように鮮烈な赤色の姿をしているところだ。この可愛いらしいアバターをした少女が、加速世界でも恐れられている遠隔のスペシャリストだなんて、誰が想像できるだろうか。
加速世界のデュエルアバター――赤の王スカーレット・レイン――へと姿を変えた少女は、ガイドカーソルを表示して敵の位置を調べる。速攻で蹴散らして、このあたしに喧嘩を売ったことを後悔させてやらねぇとな。と、非常に物騒なことを考えながらカーソルの示す方向に視線を向けて、思わず瞠目することになった。
「……ンだと?」
呻くような呟きをレインが漏らす。彼女の前に姿を見せた対戦相手が、それだけ予想外なものだったからだ。おおよそ百メートル程先、ステージ属性《風化》によって酷く殺風景となった世界の中で、寂れた建物の上に悠然と立つ対戦者。漆黒のドレスに身を包み、頭や背中から生えた角と翼が悪魔を連想させ、澄んだ緑色の瞳が知性的な印象を与えてくる人物――デッドマスターがレインに冷たい目を向けていた。
デッドマスター。仮想世界において、高Lvのバーストリンカーなら誰でも知っている存在だ。その原因は、加速世界の真の戦場ともいわれている無制限中立フィールドで、今より数年程前に無限EKと呼ばれる行為が流行したことから始まる。
無限EKとは、無制限中立フィールドにだけ存在するエネミーという存在を利用して、ポイントが全損するまで殺させ続けることをいう。かつての無制限中立フィールドにおいて、無限EKは騙し討ちや仲間の粛清などで重用され頻繁に行われていたのである。そんな無秩序な状況が続いていた中、現れたのが三人のバーストリンカーだった。彼らはEKを行った者達を、次々に断罪していったのだ。4Lv以上でなければ入れない中立フィールドに、1Lvで存在している等の特異性も相まって彼らの名は瞬く間に知れ渡っていく。
その三人のバーストリンカーの一人が、今まさにレインが対戦している相手デッドマスターだった。不気味な存在感を放つ鎌形の強化外装《デッド・サイズ》を携えて、じっと佇むその姿にレインが顔を顰める。
「てめぇ、デッドマスター。あたしの聞いた話じゃ、あんたはお仲間の二人と違って通常対戦の場には姿を見せないって言われたんだけどな。どういう風の吹き回しだ?」
敵意を滲ませたレインの言葉に対し、デッドマスターは静かに返答した。
「別に、私は戦う為に来たわけではないの。対戦を申し込んだのは、あなたに聞いておきたい事があったからよ」
「……聞きたいこと、だと?」
「ええ、赤の王であるスカーレット・レインから
その言葉に、レインの表情がさらなる敵意を滲ませた。小柄な全身から発せられたそれは、もう敵意を超えて殺意とよんだほうがいいかもしれない。ぎりっと歯軋りをしたレインが、怒号を上げる。
「へぇ、そいつは奇遇だな。あたしの方もたった今、てめぇに聞きたいことができたぜ」
「……あら、それは何かしら」
「何であたしがここ最近になって出現した、クロムディザスターについて知っていると思ったのか、何の目的でその情報をほしがっているのか、教えて貰おうか!」
声高らかに叫び、赤の王――スカーレット・レインはばっと両手を広げた。彼女にとって、武器であり防具でもある相棒を呼ぶ為に。
「来いっ、強化外装――――――ッ!!」
その呼び掛けに応えるかの如く、ゴウッと出現した炎がレインの身を包み込んだ。続け様に、数々のコンテナが虚空より出現していく。そこから真紅に彩られた巨大な部品が次々に排出されていき、ガシャンガシャンと音を立てて連結していった。
「これはまた……。噂には聞いたことがあったけれど、まるで要塞ね」
感慨深げに呟くデッドマスターの前に出現したソレは、確かにその言葉通り要塞にしか見えない。無数の部品が組み合わさって完成した、巨大な強化外装。遠距離火力の集大成ともいえるその規格外な外装を装着したスカーレット・レインは、
「随分と冷静じゃねぇか、デッドマスター! けどな、その余裕すぐに引っぺがしてやんぜ!」
要塞に身を包んで準備を整えたレインが、デッドマスターに向けて武装の一つを動かす。両肩に設置された二つの長い銃砲身が狙いを定めた。
間髪入れずに轟音が響き、銃口が火を吹く。直撃を受ければ大ダメージは免れない。だが、
「防ぎなさい、スカルヘッド」
突如として出現した巨大な髑髏が、壁となって砲撃を阻んだ。デッドマスターは無傷のまま、爆炎が髑髏を飲み込む。しかし炎はすぐに消え去り、盾の役目を果たした髑髏もまた健在だった。それを見たレインが舌打ちをする。
「ちっ、硬ってぇな。めんどくせぇもん持ち出しやがって!」
「あなたが大人しく情報を渡すのなら、別に戦う必要はないのだけれど」
「ざっけんな、この骸骨野郎! 上から目線なのが気にいらねぇんだよ、てめぇの方こそ知ってること全部吐き出しやがれ!」
怒気を込めて言い放ち、レインは自身が持つ全ての武装をデッドマスターに向けた。両腕に装着された主砲、肩より上に鎮座するミサイルポット、四門の機関銃。あらゆる武装がたった一人の標的へと照準を合わせていく。そんな圧倒されてしまいそうな光景を前にして、デッドマスターは心底面倒だといった様子で嘆息した。
「そう、仕方ないわね。できれば面倒事は避けたかったのだけれど、まずは拘束してから話して貰うことにしましょうか」
深く澄んだ緑色の瞳をすぅっと細め、デッドマスターが意識を戦闘へと切り替えていく。本格的な対戦が、二人の間で繰り広げられようとしていた。
ようやく原作二巻に入っていきました~。更新速度は全然上がってませんが、これからも更新は続けていきますのでどうぞよろしくお願いします!