ふと気が付くと、見渡す限りの荒野が広がっていた。
キョロキョロと首を左右に動かして、ハルユキは辺りを見渡す。仮想空間でありながら、生々しさすら感じる場所だ。なんでこんな場所にいるんだろうと頭を悩ませながらも、視線を下へと傾けていく。そこには――、
在るべきモノ、自身の肉体が存在していなかった。
『なっ、何で』
思わず叫びだしそうになったが、すぐにその理由を察してぐっと踏みとどまる。
自身が今見ているものが、過去の出来事を記録したVRムービーだと気づいた為だ。その証拠に、視界の右下で再生時間と小さなスライドバーが表示されていた。それを確認したことで、此処へ来る前のやり取りを思い出したハルユキは、戸惑いながらもこの状況を作りだした人物へと声を掛けた。
『あの、先輩……?』
返事はすぐ右隣から発せられた。
今ではもうすっかり聞き慣れた、鈴の音のような黒雪姫の声が響く。
『ここにいる。タクム君も、小娘もいるな?』
『はい、問題ないです』
『あたしもちゃんと見えてるよ、あとその呼び方やめろ』
どうやら自宅に集まっていた全員がこの映像を見ているらしい。ハルユキはもう一度辺りを見渡し、仮想空間とは思えない程に精巧なグラフィックからこの世界が何処なのかを悟った。これほどの物が見れる仮想世界は、自身の知る限り一つしかない。
『ここは……、もしかして加速世界ですか?』
『ほぅ、気付くのが早いな。そう、君の言う通りここは加速世界だ。もっとも、通常の対戦ステージではなく――無制限中立フィールドの方だがな」
『無制限中立フィールド……』
いまだ足を踏み入れたことのない、ブレイン・バーストの真の対戦場。それが目の前に広がる世界だと知らされ、ハルユキはごくりと息を呑んだ。それが伝わったのか、隣から黒雪姫の優しげな声が聞こえてくる。
『ふっ、そう緊張するな。君はもう此処へ来る為の条件となるレベル四に到達したのだから。胸を張ればいいのさ』
『は、はいっ!』
お互いに見えている訳でもないのに、ハルユキは思わずコクコクと頷く。姿こそ見えないが、憧れの黒雪姫がすぐ隣にいるのだ。それを思い出した瞬間、緊張して強張った精神が落ち着きを取り戻していくのがわかった。
『それでマスター、僕たちが見ているこのムービーファイルは一体何なのですか……?』
ハルユキと黒雪姫が微笑ましくなるようなやり取りを交わす中、このままでは話が進まないなと判断したタクムが苦笑を浮かべつつ口を挟む。その内容はハルユキも気になっていたものだったが、
『そう急くな、見ていれば分かるさ』
と、黒雪姫はそっけなく返すだけだった。業を煮やしたニコの『ンだよ、勿体ぶってねーでさっさと教えろよ』などと挑発じみた言葉が聞こえ、また喧嘩し始めないかとハルユキがハラハラしていると。
不意に、上空から鋭い風切り音と共に何者かが落下してきた。
反射的に視線を音がした方へと向けるハルユキ。彼の目に飛び込んできたのは、よく見知っている姿だった。漆黒に輝く装甲。長く、鋭く尖った全てを断ち切るであろう四肢。バイオレットの淡い煌きを放つ眼光。間違いなく、憧れの先輩――黒雪姫が操るデュエルアバター<ブラック・ロータス>だ。
『あれ、先輩?』
『そう、私だ。ただし二年半前のな』
二年半――、つまりまだレベル九に到達する前の姿ということだ。
過去のブラック・ロータスの姿を感慨深げに眺めていると、合点が行ったという様子でニコが映像の内容を推測する。
『つまり、この映像はリプレイってことだろ。二年半前っていうと、あんたがさっき話した前のクロムディザスターとの戦闘か。確か、純色の七王が協力して討伐したんだよな?』
その言葉が当たっているかどうかは、すぐに分かった。ブラック・ロータスに続きもう一人のデュエルアバターが姿を見せたからだ。吸い寄せられるように、ハルユキ達の意識が新しく現れたアバターへと向けられる。
『なんて綺麗な緑色なんだ……』
無意識の内に、そう囁いていた。それほどの美しさだったのだ。巨大な盾を左手に持ち、細身ながらもずっしりとした佇まいを感じさせるそのデュエルアバターは、全身を深く透き通る緑色の装甲で包んでいた。僅かな澱みも見当たらないそれは、エメラルドを思わせる。
疑いようもなく、純色の七王の一人緑の王だろう。
『緑の王――グリーン・グランデ。属性は近接および間接だが、彼の場合は二つ名の方が有名だな。曰く、
『只の一度も体力ゲージが全損したことがねぇ。それどころか、半分を下回ったところを見た者すらいないらしいな……まぁ、あたしは半信半疑だけどよ』
体力ゲージを半分以上削られた事がない。ニコのいうとおりにわかには信じ難い話だったが、ハルユキにはそれが大言壮語だと言いきれなかった。過去の映像であるにも関わらず、伝わってくるその重圧。見た目だけなら大きさも重厚さも、強化外装を身に纏った赤の王より下である筈なのに、彼の装甲に傷をつけられる自分の姿を思い描くことができないのだ。大地の上に聳え立つ巨木を殴るようなイメージを連想してしまう。
『それが本当かどうかは、これから始まる映像を見ればわかる。……来るぞ!』
黒雪姫の固くなった声が耳に入り、ハルユキは緑の王に釘付けとなっていた視線を外す。
そして――ソレの姿を目の当たりにした。
『な、何ですか……アレ』
震える声が漏れる。立ち並ぶ奇岩の間から姿を現したのは、ハルユキがこれまでに見てきたデュエルアバターとは余りにもかけ離れた存在だった。二メートルはゆうに超えているだろう長身に、蛇腹状の金属装甲に覆われた胴。ぶらりと垂れ下がった異様に長い両腕の手には、極太な肉厚の刃を持つ大斧が握られている。そして最も目を引いたのが頭部で、鋭い牙が生え揃う口はもう獣にしか見えなかった。
『こ、こいつもバーストリンカーなんですか……。こんな、野生の獣みたいな化け物が』
『そうだ、あの化け物じみた姿をしたバーストリンカー。奴こそが、私達が死力を尽くして討伐した四代目のクロムディザスターなのだよ、ハルユキ君』
凛とした口調で肯定する黒雪姫だったが、何時もより声が固くなっているように感じた。二年半前の死闘を思い出しているのかもしれない。
『今暴れてる五代目とは、フォルムもサイズも全然違うな』
ニコがぽつりと呟き、黒雪姫が頷く。
『それはそうだろうな、災禍の鎧はあくまでも強化外装にすぎないのだから。装着する者によって姿や形は違ってくるのだろう。唯一変わることがないのは、その狂気ともいえる圧倒的な攻撃性。これだけは、誰であろうと変わることはない……誰であろうとな』
その言葉を肯定するかのように、漆黒の巨体が動きを見せた。巨躯に似合わず獣じみた俊敏な動きで、緑の王へと距離を詰める。手に持った大斧が高々と振り上げられ――、
『ガアアアッ!!』
肉食獣を思わせる咆哮。ハルユキはそれを耳にして、緑の王が断ち斬られる姿を連想した。
しかし、続いてその目に映った光景は、そんな自身の予想を覆すモノ。
爆音が轟き、衝撃が大気を揺らす。恐るべき威力が込められたディザスターの一撃を、緑の王は手に持った十字の盾で完璧に防いでいた。彼の両足を中心として地面に入った罅が、受け止めた際の衝撃の大きさを物語っている。
『グルオオッ!』
一撃で仕留めきれなかった事に苛立ったのか、ディザスターが唸り声を上げた。大斧を再び空高く持ち上げると、様々な角度から高速で振り下ろす。上下左右。全方位から襲い掛かる苛烈な斬戟を、緑の王は十字盾を巧みに動かすことで的確にガードし続ける。
『す、すごい』
傍から見ているだけでも逃げたくなるような、漆黒の化け物。そんな敵を前にして尚、怯むことなく真っ向から立ち塞がる緑の王――グリーン・グランデの雄姿に、ハルユキは感嘆の声を漏らす。
攻め立てるディザスター、防御に徹するグランデ。膠着した両者の拮抗を崩したのは、それまで身を潜めていた漆黒のアバターだった。
稲妻めいた速さで岩の陰より飛び出すと、ディザスターをすれ違いざまに一閃。タイミングを図っていたブラックロータスが奇襲を仕掛けたのだ。グランデに気を取られていたディザスターの装甲に、深い傷跡が走る。
だが、ディザスターはまるで怯む様子を見せず、ぐりんっとその長い首を伸ばし――がぱっと口を大きく開けた。攻撃を仕掛け離脱しようとするロータスの背に向けて、チューブに似た長い舌を伸ばす。
『危ない!』
反射的にハルユキが叫んだ、その直後。
ザンッと音を立てて断ち切られたのは、ロータスを背後から狙っていた舌だった。
『ギ、ガガガガッ!?』
今度こそ無視できないダメージを受けたのか。巨体を仰け反らせ、デイザスターが苦痛のうめき声を上げた。一体何が起こったのかとハルユキは困惑し、それを行った人物を目にする。黒と銀の輝きを放つ、美しい刀を手に持った蒼炎を瞳に宿す少女――ブラック★ロックシューターの姿を。
『な、何で――』
――どうして彼女が此処に!?
その疑問を口に出す間もなく。仰け反ったディザスターに向けて、即座に反転したロータスがヴァイオレットに輝く左足を振り上げた。迷いの無い動きを見るに、背中を見せたのはわざとだったのだろう。体勢を崩していたディザスターは、防御することも回避することもできず、真っ直ぐに胸を貫かれた。
ロータスは突き入れた右足を真上に斬り上げ、弧を描きながら華麗に宙を舞う。
ズバッとディザスターの身体に断線が走り抜け、ぐらりと音を立ててその巨駆が地面に崩れ落ちた。
同時に、再生時間が終了してハルユキの意識が暗転した。
更新してない期間が長かったのでチラシの裏に掲載することにしました。