「彼女がレディオの相手をしている内に、一気に切り崩す! クロウ、パイル、行くぞ!」
ブラック・ロータスが戦線に復帰したことで、戦況は一変した。
圧倒的。それ以外の言葉が見つからない光景に、誰かがゴクリと息を飲む。
黒い稲妻が駆け巡り、スカーレット・レインに群がっていた近接型の黄のレギオン兵が次々に切断されていく。
「うぎゃああああ! 腕が! お、俺の腕がぁぁぁ!」
「ぐえええええ! あ、足を切られだぁぁぁ!!」
攻撃を受けた者達が絶叫を上げ、激痛に地面をのたうち回る。
――流石の強さ、か。これならチャリオットが負けても仕方がないかも。
一騎当千の働きを見せるロータスの姿を視界の端で捉え、BRSは内心で舌を巻く。
閃光の如きスピードに、強力なアビリティと絶大な攻撃性能。もし彼女と戦うことになったとしたら、自分はあの斬撃の嵐を凌ぎきり、勝ちを拾うことができるだろうか。チャリオットや彼らのように、身体を断ち切られ敗北するのではないか。
――まぁ、今回は協力し合う為に来たんだからね。
もっとも、お互いの目的が一致している今だけは考える必要のないことだ。少なくとも、クロム・ディザスターを倒すまでは向こうも無駄な戦いをしようとは思わないだろう。彼の凶獣を葬る為には、戦力は幾らあっても過剰ということはないのだから。
「私を前にして考え事とは、舐められたものですね!」
怒声を上げてバトンを叩きつけるレディオからは、これまであったはずの余裕が微塵も感じられなかった。より一層苛烈さを増していく、息もつかせぬ怒涛の連撃。BRSは後退しつつ弾き、両者の間合いが僅かに開いた。レディオは間髪を入れずに踏み込み、さらなる強撃を放つ。豪雨を連想させる連打を真っ向から浴びながらも、BRSは的確に捌いていく。
「この程度でっ、やられるもんかッ――!!」
加速世界でも、たったの七人しか現存しないレベル九のアバターが持つポテンシャル。駆け上がっていく過程の中で培った、経験と技量。イエロー・レディオが王の名に相応しい実力を見せつけるが、BRSも負けてはいない。かつて虚の世界で孤独に戦い抜いた、もう一人の自分自身。ブレイン・バーストをインストールした際、デュエルアバターと共に彼女から引き継いだ記憶と知識の残滓によって、根底から支えられているからだ。
BRSが黄の王を抑えている間にも、戦況は目まぐるしく動いていく。
シルバー・クロウが、敵の重要な戦術的切り札ともいえる一体のアバターを発見した。
「見つけた! あいつがジャミングの発信源だ!」
レギオンマスターであり、親でもある黒の王の活躍を見て、ハルユキは自分も負けてはいられないとばかりに飛翔した。狙うのは、赤の王の遠距離攻撃を妨害しているパラボラアンテナのような外装を装備したアバターだ。しかし、武装のリチャージを終えた敵の遠隔系アバターのミサイルが発射され、次々に彼へと迫る。
「ハルの進む道は、僕が邪魔させはしないッ! スプラッシュ・スティンガァァァッ!!」
シアン・パイルが必殺技を発動させる。重機機関銃のような連謝音が鳴り響き、ズトンッ、という爆音とともに小型の杭がミサイル群を撃墜した。阻むモノがなくなり、ギアを上げて加速したクロウが標的へと一直線に突き進む。
だが――その先では護衛を勤める銃型外装を手に持つ狙撃系アバターが、クロウを撃ち落さんと待ち構えていた。
視線が、交差する。
「あ、た、る、かァァァッッ!」
咆哮し、狙撃手の一挙一動に全神経を研ぎ澄ます。時間がゆっくりと流れるような感覚の中で、指がトリガーを引くと同時、全力で身体を横に捻る。
弾丸が空気を切り裂いてシルバー・クロウに迫り――その役目を果たすことなく、銀翼を掠めて地面を抉るだけに終わった。これまで、苦汁を飲まされ続けた遠距離射撃能力による精密狙撃。遂に、彼は自身の飛行アビリティの弱点となっていた狙撃を克服してみせた。
「うっ……ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐぎゃあっ!?」
飛翔の加速により威力を増した渾身の右ストレートが、パラボラアバターのアンテナに叩き込まれる。まさかの事態の連続に、硬直して立ち竦んでしまった敵アバターは棒立ちでまともに攻撃を受けた。アンテナが重い衝撃音を上げて潰され、悲鳴を漏らし転倒する。
「ニコ! 今だッ!!」
クロウが叫び、赤の王は即座に反応した。
「おっしゃあっ! よくやった、シルバークロウ! 全武装展開、行ッ……けぇぇぇぇぇ―――!!!」
封じられていた武装が開放され、スカーレット・レインが雄叫びを上げた。爆炎がクレーターの外縁部の至る所で発生し、HPを全損した遠隔攻撃部隊の黄のレギオン兵の消滅を示す光が立ち上る。遠距離火力最強と名高い二代目赤の王による一斉砲火は、まさに撃滅と呼ぶに相応しい光景を生み出した。
それを目にし、黄の王と対峙していたBRSが声をかける。
「レディオ、もう勝敗は決したと言ってもいいはず。潔く諦めて引き上げなさい」
「……確かに、これ以上続けても無駄に被害を増やすだけでしょうねぇ」
レディオが細長い手を顎に当て、ふむと呟く。
引き連れてきた兵も半数以上が倒され、明らかに劣勢となった今。ここから盛り返すのは流石に厳しいところだろう。撤退も視野に入れるべき状況なのは間違いない。
だが――
「この私が手間と時間を掛けて用意した舞台と演目を最も邪魔してくれた、イレギュラーのあなただけは見過ごせないでしょう!」
一瞬で距離を詰めたレディオが、手にしたバトンを振り翳す。気を抜いたような雰囲気を見せながらの、不意打ちに近い動き。にも関わらず、それは流れるように迅速だった。虚を衝かれた形となったBRSだったが、ブレードで咄嗟に受け流そうとして――。
いいようのない悪寒が、両者を襲った。
一度でも味わえば、忘れようがない重圧。加速世界発足以来、幾度となく暴虐の限りを尽くしてきた、最悪の怪物にして災害の化身。間違いなくヤツのモノだ。
その直後。
「グルァァァアアアアアア!!!」
世界を揺るがす絶叫。憎悪に満ち溢れたその雄叫びには、全てを呪い破壊せんとする悪意が込められていた。その場に集う全てのバースト・リンカー達が、一斉に動きを止めて声の発生源へと視線を向ける。まるで、吸い寄せられるかのように。
「クロム・ディザスター……」
災厄の出現に、誰かがぽつりと呟いた。