クロス・ワールド――交差する世界――   作:sirena

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第六話

 午後の授業の終了を告げる鐘が校舎に鳴り響き、生徒達は各々の目的に沿って行動していく。所属する部活動に向かう者、友人達と共に帰宅する者、やり残した用事でもあるのか、教室に残る者もいる。

 授業という縛りから開放された学生達で賑わう校舎内の廊下を、マトとユウの二人が談笑しつつ並んで歩いていた。

 

「それにしても、昼休みのあれにはびっくりしたよー。見ていて気が気じゃなかったもん」

「そうだねぇ。私もずっと不安だったよ。激情に駆られたマトが、あの不良達に飛び込んでいくんじゃないかって」

「うぐっ。た、確かに思わず身体が動きそうになったけど、そもそも私が飛び出すまでもないってわかってたから」

「ふむふむ、短絡的な行動の多いマトにしては上出来な判断だね。偉い偉い」

「ちょっとユウ。それだと、私が何時もは考え無しみたいな言い方に聞こえるんだけど」

「え、違うの?」

「違うよ! 私だって、ちゃんと考えてるもん」

「おー、ちゃんと成長してるんだね。マトも」

 

 否定の言葉を口にしつつも、自身に直情的なところがあると自覚しているマトは拗ねるようにムッとした表情を浮かべた。そんなマトを見て、楽しそうに笑うユウ。自分がからかわれていると理解したマトは売り言葉に買い言葉で応えそうになるも、ムキになってしまえば相手の思う壺だと考えて、口から出かかった言葉を飲み込む。

 

「むー、意地悪なユウは嫌い」

「まぁまぁ、とにかく丸く収まったんだし。我らがサヤちゃん先生の手腕のおかげでさ」

 

 荒谷達がラウンジに姿を見せた時、実はユウが手早くサヤに連絡していた。ブレイン・バーストを手に入れたハルユキが、加速の力を利用して荒谷達を叩きのめす可能性もあったし、どちらにせよその場に居た学生達だけでは荷が重いと判断してのことだ。誰の血が流れることもなく済んだうえに、二人が加速するところを確認できた。結果からいえば上出来だろう。ユウは昼休みに起こった一連の事件をそう結論付ける。

 

「それにしても、サヤちゃん先生格好良かったなぁ。柄の悪そうな人達に正面から立ち向かっいく姿なんて、すごいキリっとしてて」

 

 目を輝かせてサヤへ賞賛を送るマトの姿に、ユウは苦笑を浮かべた。

 

「まぁスクールカウンセラーのサヤちゃんとしては、この学校の不良生徒達は頭の痛い問題だったんだ。被害を受けた子達から相談を受けてたみたいだし、何とかしたいとは前々から言ってたからね」

 

 納野サヤがカウンセラーとして学生達から受けていた相談内容の一つに、横暴な不良生徒の存在があった。だが、影でこそこそと悪事を働く彼らはなかなかずる賢く尻尾を掴ませない。違法ドラッグの所持が発覚して、ようやく彼らの取り締まりに着手できたのだ。もっとも、学内の生徒から犯罪者が出たというのは学校側の責任者には喜ばしい話ではないだろうが。

 

「あっ、あの子は確か……」

 

 隣を一緒に歩いていたマトが、誰か見覚えのある学生を見つけたらしい。ユウの視線も自然とマトが見ている方に向かう。すると、マト達が向かっていた場所――あさやけ相談室の前でサヤと話す一人の女生徒が居た。

 

 

「サヤ先生。じゃあ、あいつらが退学処分を受けたのは間違いないんですね」

「そう。違法ドラッグの他にも、違法なソフトとかが複数見つかってね。もうあなた達の前に姿を見せることはないんじゃないかな」

 

 サヤと話しているのは、昨日悩み事の相談を持ちかけていたチユリだった。昼休みの一件について、詳細な内容を聞きに来ていたのだ。見る者を安心させてくれる優しげな笑顔で、もう心配はいらないとサヤが宣言する。それを聞いたチユリはほっとした表情で息を吐いた。

 

「そうなんですか……。ハルのこと、本当にありがとうございました」

「気にしないで、彼らに頭を悩ませてたのはこっちも同じだから。むしろあなた達に半年間も苦しい思いをさせてしまって、ごめんなさい」

「いえ、そんな。サヤ先生には感謝してます。相談に乗って頂いたうえに、助けてもらったんですから」

 

 頭を下げて感謝の意を示す殊勝なチユリの姿に、ちょっとした悪戯心がサヤの中で沸いてくる。サヤは優しげな笑みから面白そうな、いつも生徒達をからかう時の笑みに変えた。

 

「そう? それじゃあもっと砕けて接してほしいかな。そんな猫被った話し方しないで、普通に、ね」

「そ、そんな! 猫被ってなんてないです。私は普通に話してます!」

「あら、そうなの。ハルユキ君と話していた時とは随分違う印象を感じるのだけど」

「ハ、ハルとは幼い頃から付き合ってるから……」

「じゃあやっぱり、私の前では猫被ってるんじゃない?」

「うっ……」

 

 鋭い指摘を投げかけられ、思わず言葉を詰まらせるチユリ。しかしすぐに不機嫌そうな表情へと移り変わり、頬を朱に染めてむくれた。サヤの可笑しそうな笑みから、言葉巧みに遊ばれているとわかった為に。

 

「サヤ先生の意地悪。私、猫被ったりなんてしてないんだから!」

 

 チユリは強い口調でそう告げると、機嫌の悪さを表すように早足に去っていってしまった。残されたサヤはちょっとやりすぎたかな、と一人呟く。そこへ、二人のやり取りを見守っていたマト達が声を掛けた。

 

「サヤちゃーん!」

「おーっす、サヤー」

「あら、二人共。随分とタイミングが良いじゃない。さては、隠れて見ていたのね」

「えへへ、何だか話しかけづらくて」

「畏まった空気で話してたから、邪魔したら悪いと思ってね」

「もう。ところで、今日は部活の方出なくて大丈夫なの?」

 

 二人はバスケ部に所属している。マトは普通の部員として、ユウはマネージャーとしてだ。小柄な体格を生かした素早い動きで、相手を翻弄させるのが得意なマトはレギュラーとして大会にも出場する実力を持つ。鋭い洞察力があるユウは、部員の体調の良し悪しを見抜いたり落ち込んでるところを励ましたりして活躍していた。

 

 ちなみに、バスケ部の女子生徒達はサヤと顔見知りである。ユウがカウンセラーであるサヤのことを部員達に紹介した結果、良き相談相手として知られることになったのだ。ユウが学内で広めた為に多くの学生達があさやけ相談室を訪れるようになった今では、恋愛絡みの相談は専門外なので勘弁してほしい……とサヤ自身にも悩みが浮上していたが。

 

「用事があるから少し遅れるって、こはっち先輩にメール送ったから。問題なーし」

「私もマトに同じく」

「あらあら。困った子ね、あんまり遅くなっちゃ駄目よ」

 

 真面目で男勝りな性格をしている彼女のこと、きっと今頃おかんむりでしょうね。そうサヤは心中で、あさやけ相談室に訪れる学生たちの中でもマト達の次に親しい少女――小幡 アラタに二人が遅れる原因を作ってしまったことを詫びる。そして、マトとユウの二人を教室内へ招き入れた。

 

 

 酷い悪夢だった。

 青黒い世界の中、無数の人々に取り囲まれて這い蹲っている。取り囲む者の中には、これまでハルユキを苛めてきた小学生の頃の同級生や荒谷達もいた。彼らは蔑むような視線を向けて、地面に縮こまるハルユキを嘲笑する。全身を刺し貫く周囲の目に耐えながら前を向くと、そこにはハルユキを憐れむチユリとタクムの姿があった。

 

「やめてくれ……そんな目で見ないでくれよっ」

 

 信頼する幼馴染から向けられる同情に耐えかね、ハルユキが懇願する。しかし、ハルユキを嘲笑う人々は増していくばかりだ。遂には嘲笑する顔だけが無数に浮かび上がり、ハルユキを中心にぐるぐると回り始めた。

 

「いやだ、こんなの嫌だっ」

 

 ハルユキが拒絶の叫びを上げた時、一条の光が上から差し込む。釣られるように見上げると、黒い鳥が上空を飛んでいる姿が見えた。鴉だ。漆黒の翼を大きく広げ、遥かな高みで光を切り裂きながら飛翔する一羽の鴉。

 ハルユキは子供の頃から鴉が羨ましかった。黒い姿をしていることから不吉の象徴とされ、鳴けば死人が出るとまで言われいる鴉だが、翼を広げて青空を飛ぶことができる。

 同じように周りから疎まれているのに、自分と違い地面に縛られていない。翼を羽ばたかせ、何処までも遠くへ飛んでいける存在。そんな鴉に、ハルユキは憧憬の念を抱いたのだ。

 

「待って! 僕も、僕も連れていってよ。僕も飛びたんだ! 君と同じように、彼方まで!」

 

 飛び去っていく鴉に向けて、必死に手を伸ばす。飛びたい。ただそれだけを願い、ハルユキは心の底から叫んだ。その時――

 

それが、君の望みか(that is your wish)?」

 

 知らない声が、何処からか聞こえた。

 

 

 目を覚ますと、ハルユキは汗をびっしょりと掻いていた。

 

「なんだろう、嫌な夢を見た気がする」

 

 パジャマを脱いだ後タオルで汗を拭きながら、ハルユキは夢で見た内容を思い出そうとした。しかし、不思議と全く頭に浮かんでこない。確かに夢は朝起きると忘れてしまうことが多いが、これだけ嫌な汗を掻く悪夢なら少しくらい覚えていてもいいはずなのに。

 

「はあ、考えてもしょうがないか」

 

 思い出せないくらいなら、そうたいした夢じゃなかったのだとハルユキは忘れることにする。その後、シャワーを浴びて制服に着替えたハルユキは朝食にコーンフレークを食べ、まだ部屋に閉じこもったまま起きてこない母の部屋に行って昼食用の五百円をチャージして貰い家を出た。

 

「行ってきまーす」

 

 ハルユキの住居はマンションだ。エレベーターを使って下の階に降りていき、入り口の自動ドアを通って外に出る。後は何時ものように通学路を歩いて学校へ向かうだけ――そのはずだった。

 

 外へ踏み出して数秒と経たない内に、変化は起こる。ハルユキ以外の全てが青く染まり、動きを止めた。

 

「これは、加速……した?」

 

 動揺するハルユキ。だが、彼を置き去りにして、世界はさらなる変貌を見せる。

 晴れていた青空が暗雲に覆われていき、舗装された道路が罅割れて砕けていく。周囲の建物は取り壊し寸前のような、古びた姿を見せていた。つい先ほどまで存在していた多数の車や歩行者は全く見当たらない。何十年も人が住んでいない、戦後の町にやって来たのかとハルユキは錯覚しそうになる。

 

「これは……仮想世界? 3D映像なのか」

 

 呟くハルユキの眼前に、上空からチェーンで繋がれたスロットの様な物が姿を見せた。高速で回転するそれは、停止したと同時に1800という数字を表示する。そして、ガシャンッと音を立てて左右に細長い試験管のようなバーが出現し、ぐいーっとバーの色が透明から青に変わった。

 

 思わず手を伸ばしたハルユキに、自分の物とは思えない金属製の手が見えた。

 

「ッ!?」

 

 口から出そうになる悲鳴を押し殺し、伸ばした手を止めてまじまじと見つめる。視界に映る銀色の手は無数の部品を繋げた、ロボットの手にしか見えない。驚愕するハルユキの前で、『FIGHT!!』の文字が表示され、1800だったスロットの数字が1799、1798と変化していく。

 

 ハルユキはとにかく自身の姿を確かめようと、近くに落ちていた大きなガラスを見る。

 

「な、何だこれ!」

 

 そこに映っていたのは現実の彼の身体とは異なる、細長い銀色の肉体。そしてヘルメットを被っているレーサーのような顔だった。何が起こっているのか分からず、自身の変化した身体を触るハルユキ。

 

 こうして――ハルユキの記念すべきブレイン・バースト初戦は、予備知識が全く無しという過酷な状況で開始されたのだった。

 




BBの対戦が始まったところまでになりました。
相変わらずのスローペースですね。
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