Fate/make heroes   作:志樹

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02.一驚-ファン-

 

 その日、遠坂凛は学校を休んでいた。寝坊したからというのが最終的に休む決断をさせる要因であったが、主たる理由は別にあった。本格的な聖杯戦争の下準備である。

しかし、本格的な下準備と言っても召喚したサーヴァントに地理を覚えさせる程度のものだ。もちろん、売られた喧嘩は買うつもりでいたが、それでも積極的に戦闘を行う気など毛頭なかった。

 

 

 

 陽はとうに落ち切り、星々に変わり人口の光が輝く時刻。

一望せんとビルの屋上に佇む二つの影が在った。

 

言葉を交わし、改めて互いの意思を確認する。当然のことではあるが、これから命を預け合う関係において非常に重要なことである。古今東西、戦における仲間との不和は例外なく悲惨な最期へと導く。この聖杯戦争においてもそれは例外ではない。

その点において、この二人に問題はないだろう。性格上互いにぶつかり合うことはあろうとも、不信を抱いたまま戦いに赴くような愚行はしまい。

 

「――――ッ!!」

 

 最初に気付いたのはアーチャーだった。彼らが立つビルより遥か上空。本来、翼でも持たぬ限り辿り付けぬ先、そこに尋常ならざる気配を感じた。

 

「下がれ凛!!」

 

 その言葉に、凛は事態を把握こそしていないが、ただならぬものを感じ取り物陰に身を潜めた。

 アーチャーは素早く臨戦態勢に入り、どこからともなく取り出した黒弓を構える。弓自体に特筆すべきものはない。ただ、番えられたものが異質だった。構えられ、弦に掛けられたそれは剣だった。凛はその光景に目を見張るも、今は問いかけるような余裕はない。

アーチャーは感覚を鋭敏に、集中し、気配を感じた先、通常であれば見えようのない黒に紛れた空の上を見据え、そこに在ったモノに驚愕する。

 

「なんだ……あれは……」

 

 それは確かに其処にいた。金の毛を纏った、地上の何にも類さぬ姿の獣。驚愕するも、意識は逸らさない。その化物はこちらを見ていた。ただそこにいるだけで圧倒的な威圧感を放つそれは、英霊として呼び出された彼をして知らぬ存在。そして、過去の英霊を呼び出すという奇跡を起こす聖杯戦争をしてなお、そこに在り得ぬべき存在だった。

 

 いつでも反応できるよう、弓を引き絞る。

瞬刻すら見損じぬよう全神経を研ぎ澄ませ、そして――、

 

 放った。

笑った。

 

 ―――逡―――

 

 手から矢――剣――が離れた瞬間、アーチャーは外れたと悟る。刹那後には既に弓は手から消え去り、代わりに黒白二刀の中華剣を握り込んでいた。そして構えるとほぼ同時、中華剣越しにトラックにでも衝突されたと錯覚するほどの衝撃を受けた。脳で思考するより早く、体が経験として受け流す。一撃にて折れた片割れを再度手に出現させ、攻撃に転じる。

二射目をいるかどうか、もし迷っていればその時点で聖杯戦争の敗退を期していたことだろう。

真っ当な弓兵であれば、そも防ぐ手段すら持ちえなかったかもしれない。

故に、その瞬間を回避したというこの結果は、此処に現界するアーチャーだからこそ成し得た現実と言える。

 

――暴――

 

 瞬間にて交わされる数合の撃ち合い。剣と獣の爪のはざまで、逃げ遅れた空気が圧縮し炸裂する。唯の打ち合いですら爆発が如き衝撃を身に受ける。こちらが持つは剣で、相手は素手で相対しているはずである。それが如何様な理由にて、大斧と撃ち合っているような錯覚を覚えるというのか。

 瞬間全てが綱渡り。神経を一糸以下にまで研ぎ澄ませてなお十全と言えぬそんな状況においてなお、受け流し反撃の隙を窺おうとするは英霊7騎の内の1騎として喚ばれただけのことはあるのだろう。

 

しかし、そんな弓兵をしてさえこの化物は御し難いものがあった。

力、速度、瞬発力、それら全てが人間の到達し得る限界を超えていた。サーヴァントの呼び出されるクラスの中に、狂化する代わりに全ステータスを底上げするバーサーカーというクラスが存在する。そのクラスに召喚されることを想定してなお、人間である限り、ここまでの力は持ちえない。獣然とするその姿から予想される、あるいはそれ以上の能力を発揮し得るこの存在は、文字通り化物と称される存在で相違ない。

 

 永遠より長く感じた数瞬、けれど終わりは唐突に訪れた。

 

――琴――

 

 弾き飛ばされる黒剣。その瞬間を合図のように、金の獣はアーチャーから距離を取り動きを止めた。対して、有利であったはずの獣の動きに不審を抱きつつ、アーチャーも凛を庇うように距離を取る。

 

「なかなかつええじゃねえか、てめえ」

 

「――――ッ!?」

 

 言葉を発した獣に、凛とアーチャーの顔は今度こそ驚愕に染まる。

 そんな二人に対して、

 

「わしが話すのがそんなにおかしいかよ?」

 

 呵呵、と獣は嗤う。二人の反応を楽しむように。

 

「“今まだ”取って喰おうってわけじゃあねぇ。この街の空気に引き寄せられてきたはいいが、残されたわしは暇してんのよ。付き合えや」

 

「いいわ、アーチャー」

 

 凛を背に庇おうとするアーチャーを制し、のたまう獣に警戒しながらも、凛は前に出る。

 

「付き合えというけれど、一体何をご所望かしら?残念だけれど、お酒と言われても私は飲めないからパスよ」

 

「そりゃあ残念だ。しかしだな、月を肴に飲むのも悪かねえが……そもそもここにゃあ酒がねえ」

 

 人語を解する獣ということに最初こそ驚いたものの、それならそれでやりようはいくらでもある。むしろ、事ここにおいては本能が儘に襲われるよりやりやすい。どうやら相手はこちらを襲うことを目的としているわけではないようで、さらには談話を楽しんでいる節すらある。

 

「なに、聞きたいことがあるだけだ。この街のこと、そして――そこの赤い双剣使いのこと。……てめえ、存在が薄い。普通の人間じゃねえな?」

 

 会話ができるなら、意識を逸らせる。

 

「“そうね”。ところで……」

 

「あん?」

 

言葉が通じれば、ハッタリも通じる。

 

「その質問、答える必要はあるか?」

 

「Anfang――!!」

 

 一瞬、言葉を次いだアーチャーに気を取られ――、

 

同時、凛は宝石を取出し構えた。

 

即座、獣は流石野生の勘ともいうべき速度で反応し――。

 

「壊れた幻想――ブロークン・ファンタズム――」

 

 直後、獣の横で何かが爆発した。

 

「ガ――ッ!?」

 

 今の凛たちに目の前にいる化物と戦う理由は存在しない。場合によっては討伐対象となる可能性もあるが、それは今すぐ行うべきことではない。優先すべきは調査、情報収集、整理、判断。現状その全てが欠けており、目前の相手がどういう存在なのかすら不明。

 結論として、行う選択は一つしかなかった。

 つまり、撤退。

 

 爆炎に煽られた時点で既に、アーチャーは凛を抱えて屋上から飛び降りていた。

 

 

 

 

*****

 

 

 

 

「なんなのよあれなんなのよあれなんなのよあれ!?」

 

 ビルから飛び降りた後、人目につかないよう地上に降り立ち極力目立たず、しかし迅速にあの場を離れた。追われる可能性を考慮して警戒しながら帰って来たが、杞憂で済んだようで、その後は特に問題なく自宅まで帰ってくることが出来ていた。

 

「落ち着け凛、気持ちはわかるが怒鳴っていても解決せん」

 

「そんなことは言われなくても重々承知よ!」

 

 家に帰って来た凛は荒れていた。その原因は言わずもがな金色の毛をもつあの獣。

 

「……はあ、一応確認するけれど、あれがサーヴァントって可能性は?」

 

「皆無だ。アサシンでもない限り、姿を消していようと近くにいれば気配で気づく。姿が見えていればサーヴァントかどうかの判断など造作もない」

 

「つまり、今この世に生きる正真正銘の化物――幻想種――ってことね」

 

 幻想種。

 神話や伝承などに見られる特異な生物の総称であり、幻想の中にのみ生存モノ、在り方そのものが神秘であるモノを指す。存在そのものが神秘であり、それだけで魔術を凌駕すると言われている。魔獣、幻獣、神獣の順に高位となり、1000年以上を生きる幻獣類においてはその神秘性から存在そのものが魔法と同格化されているほどである

 

「知識として知ってる中では人狼に近そうだけど……でも狼と言うよりは虎やライオンの方が近そうか。人語を理解してるだけでなく知能もかなり高そうだし、高位な存在であることは確かでしょうね。アーチャーは何かわかる?」

 

「いや、少なくともあのような存在と相対したことが初めてだ。高位の存在であるというのは同意する。数度撃ち合った感覚的に、恐らくはサーヴァントと同等かそれ以上の実力を持つことは確かだ」

 

 腕を組み思案するアーチャー。そこに普段の軽薄な笑みはなく、事態の深刻さを窺い知ることができる。

 

「そんなに強いの?」

 

「少なくとも、正面からやり合えば押し負ける可能性は高いな」

 

「な――!?」

 

 そんなアーチャーの発言に、凛は驚愕する。件の魔獣の動きは見ていたし、アーチャーが多少押され気味であったことも理解していた。しかしそれでも、彼は英霊なのだ。生前に功績をあげ、人々の信仰の対象となり、世界と契約した存在。彼がどのような人生を送ったかは不明だが、アーチャーの座で喚ばれるだけの存在であることに変わりない。魔獣は、その彼が押し負ける可能性が高いと判ずるほどの存在だというのだ。

 

「英霊から見てそれってどんだけなのよ!?」

 

「正面からやり合えば、と言っただろう。呼び名通り、私の本質は弓だ。元来遠距離戦を主とするアーチャーのクラスに近接戦闘を求めるのが間違っている」

 

「言われてみればその通りね。……って、あんた剣で戦ってたじゃない」

 

「そういう戦い方もできるというだけだ。いつの時代だろうと遠距離武器を持つものは同時にナイフくらい装備しているものだろう?私の場合それが双剣であり、多少練度が高いだけに過ぎん。セイバーやランサーに比べ近接戦闘で劣ることは変えようのない事実だ」

 

 多少練度が高いとアーチャーは言うが、その実、彼の剣技は究極の一と言って過言ではない。ただそれは、凡人が辿り付ける極であり、弛まぬ努力で築き上げたものではるが、天才の其れに敵うものとは言い難い。

 

「つまり、あんたはセイバーやランサーと戦ったら負けるって言いたいわけ?」

 

「劣る、と言っただけだ。そうと理解していれば戦い方などいくらでもある。足りない部分があれば、ほかで補えばいい。劣るからと言って負けるつもりなど毛頭ないさ」

 

 足りなければ他で補えばいい。凡そ、その言葉はクラスに合わせて召喚されたエキスパートのものとは思えぬ発言でもある。弓で勝てなければ剣を使う。剣で勝てなければ魔術を使う。そこにあるのは弓兵としてのプライドではなく、相手が何者であろうと必要あらば相手を打倒するという信念だ。

 それはある意味、魔術師としての考え方に似ていると言える。

 

「それとも凛、君は君が召喚したサーヴァントを信用できないかね?」

 

「いいえ?それこそ、先の戦闘でしっかり見せてもらっているわ。ただ私は、私のサーヴァントが貶められているような発言に少し腹が立ったってだけよ」

 

「む……、浅慮な発言をしたのは私だったか。これは失礼したマスター」

 

 凛の返答が予想外だったからかアーチャーはわずかに怯み、しかし素直に謝罪する。凛は不機嫌そうに顔を背けるも、満更でもなさそうである。

 

「まあ、それはともかく問題はあの魔獣よ。聖杯戦争中だからこそ対処のしようがあるのは確かなんだけど、そもそもが聖杯戦争の空気に引き寄せられたとか言ってたわよね?」

 

「正確には『引き寄せられてきたが、残されたわしは暇してんのよ』だな。残されたというからには、恐らくやつ一匹というわけではなかろう」

 

「うわぁ……、最悪の場合、あんなのがもう一体いるってことよねそれ。……正直私個人としてはできるだけ関わりたくない。聖杯戦争参加者としても同様。魔術師としては、お誂え向きにサーヴァントという最高の使い魔がいるんだし標本としてとっつかまえるって選択もありだと思う。冬木の管理者としては、何もしないでいてくれるんなら関わらない、一般人に被害を出すというなら討伐する。ってところか……」

 

「で、結局君はどうするつもりだ?」

 

「……一先ず、嫌だけど綺礼のやつに連絡しておくか。引き寄せられた理由が聖杯戦争にあるなら、あいつにも対処義務はあるでしょ。とりあえず現状は様子見、一般人を襲い始めるようなら、討伐報酬でも出して聖杯戦争参加者に討伐要請をかける。平時ならいざ知らず、サーヴァントを連れてる現状なら対価次第では喜んでやってくれるでしょ。報酬は綺礼持ちにさせる。あくまでも聖杯戦争にちょっかい出してくるだけなら基本放置かな。ちょっかい出されたマスターには悪いけど自分で対処してもらいましょう」

 

「そういうことを言っていると、言った本人が一番被害を被ったりするのだがな」

 

「一番“に”被害を被ったけどね。まあその時は仕方ないわ、生け捕りか最悪剥製にして売ればいい値するでしょうし、それはそれで価値はある!」

 

「凛、君は……いや、何も言うまい」

 

 その時に骨を折ることになるのは自分なのだろうという予感をひしひしと感じつつ、そうならないことを切に願うアーチャーであった。

 




凛アーチャー視点にて説明回的な感じ。
とらに対する扱いとか、その辺の。
幻想種について調べ直してたら予想以上にとらの存在が神話寄りで驚いた。
1000年クラスだと魔法と同格とされてるとか。
型月的にどの程度の扱いが妥当かわからんので、
話の都合がいい程度にしてます。

ちなみに、とら誕生がおよそ2100年前。
シャガクシャ時から考えるとおよそ2500年前。
獣の槍ができたのはおよそ2300年前。
くらいのはず。
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