Fate/make heroes   作:志樹

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03.序奏-ランアップ-

「おお、起きられたか蒼月殿」

 

「あ、どうも一成さん」

 

「うむ、昨日はよく寝られたかね?」

 

「もうグッスリ!それより昨日は急に来たのに泊めてもらっちゃってすんません」

 

「それは問題ないと言ったろう。それに、後から聞いたのだが蒼月殿のお父上はかの大宗門、光覇明宗の住職だと言うではないか」

 

「親父のこと知ってんのか!?」

 

「いや、私の兄、零観が以前お世話になったそうでな、その際の礼を未だ返していないと言う。むしろ今の今まで忘れていたらしく、こちらこそ申し訳が立たないと云うもの。こちらとしては此度の滞在に加えて何か礼をさせてもらいたいのだが……」

 

「いやいや、そんないいって!おれとしちゃあ寝る場所と飯食わせてもらってるだけで十分ありがてえよ!」

 

 朝方から騒がしく聞こえてくる会話。普段から50人からなる修行僧が生活する柳洞寺であるが、騒がしいというようなことはそう在るわけでない。会話している片割れ、柳洞一成の父及び兄は割かし以上に声の通る人ではあるが、僧侶という立場上騒がしいと評されるようなことは然程しているわけではない。少なくとも朝から、という注釈は入るが。

 

 ともかく、朝からそのような騒がしくなっている原因は、昨晩突然に訪れた一人の少年である。名を蒼月潮というらしい。どう言い繕ってもみすぼらしい格好で、ただ一本の槍を携えてやってきた面妖としか言いようのない少年だ。会話を盗み聞く限りは、柳洞寺とは違う宗派ではあるものの、歴とした寺に住む住職の息子のようである。

 

 なるほど、そういうことであれば、ともすればあの槍はその寺に伝わる由緒正しき宝具と言う可能性もある。

 

 ――と、キャスターは思考する。

 

 昨晩、門番を任せたアサシンを素通りして結界内で宝具の気配を感知した時には敵サーヴァントの侵入を許したかと身構えたほどであった。しかしサーヴァントの気配はせず、伺い見ればそこにいたのは一人の少年。敵の罠なのか関係ないのか困惑しつつも、状況確認のためとアサシンに聞けば、サーヴァントでなかったから通したなどと飄々と言い放つ始末。キャスターがルール違反を犯してまで召喚したサーヴァントであったが、こいつはこいつで味方のはずがなかなかの曲者であり、戦力としては申し分ないがキャスターの頭痛の種となっている。

 

 そして、此度の蒼月潮なる少年もまた、新たな頭痛の種となっていた。

 結界内故に感知出来た槍の神秘性は、神代の魔術師であるキャスターをして驚愕させるほどのものであった。少なくとも、自身の時代より古くから存在していることは確実であろうことは感じ取れた。そして、恐らくは退魔の系統に属するであろうことも。最悪の場合には自身の魔術を無効化し、この柳洞寺に張られている結界ごと消滅させられることすら想定せざるを得ない代物。そんなものをよくわからない十半ば程度の年齢の少年が持ってきたことが、キャスターを困惑させていた。

 

 正直、利用できるものであれば利用したいと考えている。けれどそう簡単に手出しがし難いのもまた事実であった。かの少年が槍の担い手であった場合、下手をせずとも多少の損害が出ることが予想される故に。

 まだ幼いため、発展の途上であることは確かだろう。もし相応の実力を有していたとしても、少なくともサーヴァントのランサー以上の実力があるとは考えにくく、サーヴァント二騎で御せぬことはまずありえない。けれど同時に、槍の力は想定だけであり、どれほどの神秘を内包した宝具かわからない現状で、それだけの労力を割くべきかと考えれば答えは否。魔術により洗脳し操ることができればそれが一番であるが、槍が退魔の系統であることを考えると、洗脳が効かない可能性もある。洗脳が効けばそれはそれで御の字だが、効かなかった場合には問答無用で敵と認識されるのは確実だろう。そうなるとまた問題となるのがリターンとコストが見合うかどうかの話になってくる。

 

いや、そもそも手を出すことが前提となっているのがおかしいのだ。結局のところ、彼は聖杯戦争に関係のない存在。利用できれば手駒は増えるが、不確定な要素に余計な労力をかけるような余裕があるわけでもない。むしろ厄介な敵が増える可能性があることを考慮すれば、手を出さない方がいい。

 

――と、ここまでは自分たち側の都合の話でしかない。

 

 翻って見れば、そもそもあの少年は一体この場所に何をしに来たのだろうか。旅行途中にふらっと立ち寄り、少し滞在し、またすぐどこかにいってくれるのであれば、触れない方がいいかもしれない。

 けれどもし、聖杯戦争に関わろうとしてこの地に来たのであれば?

 その場合は非常に都合が悪い。いずれ何かしらの理由で関わることは確定であり、下手をすればこの柳洞寺に潜んでいることにすでに気が付いているかもしれない。……いや、その場合は気付いていると想定した方がいいだろう。

 

 結局のところ、情報が無さすぎるのだ。故に、聞き耳を立てる。

 ここ柳洞寺は既にキャスターの陣地と化している。柳洞寺内の出来事は手に取るようにわかるのだ。まだ慌てるような時間ではない。

もう少し情報を集めてからでも、判断は遅くはない。

 

 

 

 

 

******

 

 

 

 

 

 静寂が満たされた道場内。素手で対峙する男二人。

 緊迫した空気の中、先に動いたのは法衣の男だった。10メートルはあろうかという距離を一歩にて零に詰める。と同時に、攻撃の予備動作を始める。おそらくは掌底。真っ直ぐ一直線に少年に迫る其れは、実戦に向くものではないが、基本に愚直なまでに忠実な、綺麗なものだった。那由多と繰り返された動きなのだろう。全くのブレがないその所作は、男の身体の髄まで刻み込まれているに違いない。故に、速い。達人の域に達するだろうその動きは素早く、対峙者が素人であれば何が起こったかわからぬままに打ちのめされるだろう。素人では把握し得ぬ速度を――けれど、少年はむしろ遅いとすら感じていた。少年は今まで、人知れず妖怪を退治し幾多の死線を潜って来た経験を持つ。今までに戦った妖怪の中にはこの数倍の速さを持つものすらいた。何より、共に旅する相棒が出会う何モノよりも速いのだ。そんな妖怪と旅し、常に危険に晒されている少年にとって、この程度の速さを見切ること等造作もない。

 

「――――うがッ!?」

 

 けれど、見切れたからといって避けられるとは限らない。何より彼の真価は槍を持ち、妖怪を相手にした時にこそ発揮されるものだ。

 

 

 つまり、素手の蒼月潮はあくまでもケンカの強い中学生でしかないのである。

 

 

 

 潮が宿泊の代金として何かしたいと提案した結果、提示されたのは修行僧の組手の相手であった。その程度ならと請け負った潮であったが、予想外に柳洞寺の修行僧は強かった。槍を持てればまともに戦えたのだろうが、そんなことができるはずもなく、逆に稽古をつけられるような状態となってしまい、最終的にはのされていた。気が付いたころには組手は終わっており、修行僧たちはそれぞれほかの修行へと移っていた。それに気付いた潮は邪魔をしないようソロソロと道場を後にする。

 

 気がつけば夕刻に近い時間になってしまっていた。

 昨晩この柳洞寺に辿り着き、山門をくぐった瞬間からこの場の空気の異様さは感じ取っていた。早めに周辺の様子を確認しようとも思ったが、どうも結界自体に人に害をなす気配が感じず、後回しにしていたのだった。槍は相変わらず警戒しろとは訴えてくるものの、明確な反応を示すことはない。一先ずはと、適当に周囲を見てみるかと柳洞寺内を歩き回ってみるも、特にめぼしいものもない。木々に囲まれたこの場にあるのは柳洞寺そのものと池程度のもので、それ以上何かを探そうと思えば森に足を踏み入れる以外にない。森の中に入るのは柳洞寺の人々に話を聞いてからでもいいか、と柳洞寺外の探索のため、山門を潜り、階段を下りようとして――。

 

「童子よ、何か面白いものでも見つかったか?」

 

 唐突に、声をかけられた。

 

「うわっ!?……え、あれ?あんたどこから……?」

 

 先ほどまで人の気配すらなかった場所に、一人の男が立っていた。藍の美しい、雅な陣羽織を羽織ったその姿は、現代にすれば異様。けれど、山門を背後に佇むその姿は一つとの完成された絵画のようにすら思わせる。

 

「先ほどまで寺の連中と手合せしておったろう?どうだ、私とも手合せ願えんか?此度はその槍も使って、な」

 

 侍だった。

一振りの五尺余りもあろうかという長い刀を携えたその姿は、見紛うことなく侍であった。その侍から放たれるそれは、言葉遣いこそ提案であったが、その実彼の言葉には有無を言わせぬ気迫が込められていた。

 

「ち、ちょっと待ってくれよ!一体何がなんだか……」

 

「私は剣を嗜むのだがなかなか相手をしてくれるものがいなくてな。童子の実力を測る意味もあるが、単純に私が楽しみたいのよ。付き合え」

 

 

 ――駕禁――

 

 

 と、鉄と鉄が擦れ合う音が響いた。

 言うが早いか、何の構えを取っていなかったはずの侍から放たれた一撃。蒼月潮は反応できず――けれど、槍が独りでに防いでいた。

 

「ふむ、奇怪な槍よ」

 

「ああもう!怪我しても知らねえからな!」

 

 その一撃で、相手が話を聞く気がないと潮は判断した。今までも話を聞かず襲いかかってくる相手は数知れずいたが、そういう手合いは少しやり合って怯ませれば何とかなる。今回もその程度でいいか――なんて、軽い考えでいた。

 

 潮が槍を握ると、突如彼の髪が身長を超えるほどの長さまで伸びる。そんな光景に、侍は目を見張るも、同時に潮から発せられる先程までは感じなかった希薄に興味を持ち始める。

 

「げに珍妙な童子よ」

 

 侍は自然と笑みを浮かべ切りかかってくる。潮は今度こそしっかり反応し、受け流し、攻撃に転じようとし――、それより早く放たれた攻撃を避けるために身を転がす。辛うじて避けたが、それでも頬を掠めた剣先。一瞬でも回避が遅れていれば首が落とされていただろうその一閃に、潮はぞっとする。

 

 手合せ?真逆。これでは只の殺し合いだ。先程まで修行僧達と行っていたような、負けても最悪気絶するだけのような日常とはかけ離れている。

 

 怯ませればなんとかなる?何をばかな。自然体で、当たり前のように軽く放ってくる侍の一閃は全てが文字通り必殺。

 

 飄々とした物言いでこそあったが、潮は数合で彼が本気であることを理解した。手合せをしたいと言ったのは真。実力を測りたいと言ったのも真。彼自身が楽しみたいと言ったのも真。彼は別に嘘など一つも言っていない。彼が手合せと言った言葉を潮が軽く打ち合うだけと勘違いしたに過ぎない。それはいい。いや、もちろんよくはないが、良いということにしておいて、だ。相手の意図が理解できない。なぜ自ら死線に身を寄せるようなことをするのか。そもそも素性すら知れない相手のことを理解できないのも当然ではあるが、しかしこの場合、潮は侍のことを知ったうえでも理解はできないかもしれない。

 

 目前で剣を振るう侍の動きは、常人を遥かに卓越したもの。僧たちの動きで既に常人には理解及ばぬものであった。けれどそんな僧たちでさえ、この侍の動きと比べれば赤子の如き所作と判じざるをえない。それほどの実力を持つ侍相手に、潮は防戦一方となっていた。――いや、防戦一方であれど、持ちこたえていると言うべきか。

 その剣閃はさながら獲物を狙う燕の如く空を奔る。

 

 一閃が最速。

 一閃が必殺。

 

 故に、防戦一方とはいえ、それらを全て躱し続けているだけでも潮の実力は理解できようというもの。しかしやはり、それだけでは満足できまい。侍は唯仕合いたいだけではない。死合える相手が欲しいのだ。極微の死。瞬間の生。刹那の美を感じ得る相手こそが彼の望みだ。

 ひるがえって少年の実力はどうか?かなりものであることは確かだが、しかし、まだ足りない。

 速さが足りない。

 力が足りない。

 経験が足りない。

 覚悟が足りない。

 見張るべきものを持ってはいるが、まだ習熟しきってはいない。遥かな頂。究極の一となる素質は持っているが、彼はまだその途上であろう。

 将来、大樹と成り得る新芽。

 

 ――もの足りない。

 

 ――勿体ない。

 

 と、侍は感じた。

 

「ここで摘み取るはあまりに贅沢が過ぎるか」

 

 そんな呟きとともに、侍は剣を止めた。彼の動きに潮は警戒を続けるも、率先して動こうとはしない。そも、潮には相手の意図すら理解できず、仕合う理由など元からない。理由もなく殺し合うような酔狂な性格はしていない。手を止めてくれるというのであれば、潮としてはその方がありがたい。

 

「この程度でよかろう?キャスターよ」

 

「いつ勝手にやめていいと言いましたかアサシン。と言いたいところですが、まあ許しましょう。……それにしても、その歳でなかなかの強さね、坊や」

 

 虚空に投げかけられた侍の言葉。それに返したのは、闇から出でたフードをかぶった女性――柳洞寺に住んでいる一人、葛木宗一郎の妻として紹介された女性だった。

 

「あんた、一体……」

 

 戸惑いながらも、潮は耳聡く彼らの互いの呼び名に気付いていた。

 

 アサシン。

 

 キャスター。

 

 そして、ランサー。

 

 それら名称の意図するところまではわからないけれど、何かしら共通する記号のような印象を受けた。

 

「蒼月潮。今日一日、貴方のことを見ていたのだけれど……、この街で起こっていることについて知りたいようね」

 

「な、何か知ってるのか!?」

 

 昨日も似たようなことを聞かれたことを思い出す。

 

――この街の空気に気付いているか?

 

 

「ええ、とてもよく。……お話しするわ、何が起こっているのか、私たちが何者か。その話を聞いた上でいいから、もしよければ私たちに協力してもらえないかしら?」

 

 そうして、潮は知ることになる。この街で起こっている事。聖杯戦争という名で行われる儀式のことを。

 

 




キャスター視点でちょっと説明回?
獣の槍が気付かれやすいとか、でも詳細はわからんとか、
そこらへんの加減はとらに対する印象と同じく都合のいいように。
あと、紫暮さんと零観さんが知り合いとかあってもおかしくないかなとか、
何となく思っただけで特に意味はない。

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