失恋して彼女を寝取られてしまいましたが、学校一のおひいさまに溺愛されています   作:瓜生史郎

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24話

「今日も疲れた……」

 

 疲れた体を引きずりながら、自分のマンションに近づくと遠目に見慣れた姿が目に入る。

 

 エントランスの前で凛華が買い物袋を提げて、どこか機嫌よさげに待っていた。

 

「凛華……」

 

 思わず呟いた声は、自分でも驚くほど震えていた。昨日のことが頭をよぎる。あの雨の夜、ベッドの上で凛華の隣で感じた彼女の温もり。心臓がまた妙に早くなるのを感じたが、「忘れろ」と心の中で何度も繰り返して、彼女の元へ足を運ぶ。

 

「遅いよ、和也くん」

 

 凛華が笑顔で俺を出迎える。その笑顔は、まるで昨日の出来事などなかったかのようだ。

 

「重そうだね、それ。代わりに持とうか?」

 

 買い物袋を持とうとすると、凛華は小さく首を振り、「これくらい平気」と明るく返す。そして、部屋に入るなり真っ先にキッチンへと向かい、袋を置くと手際よく準備を始めた。

 

「和也君、今日は何が食べたい?好きなもの何でも作るよ」

「あ、ありがとう、凛華のおまかせでいいよ」

「分かったー。じゃあいろんなレパートリーを作るね」

 

 そう言って、この前と同じように凛華はエプロンを付けて、髪を結んで調理を始める。

 

 手際よく調理をする凛華の姿には芸術的だと感じてしまう。

 

「……綺麗だな」

 

 そんな感想がふと頭をよぎる。

 

 それと同時に学校で聞こえた噂話や、クラスメイトたちの否定的な意見を思い出してしまう。それが耳に残り、胸の奥で鋭く刺さっている。凛華がどれだけ俺を気にかけてくれても、俺が彼女にふさわしいかと聞かれたら……答えは、わからない。

 

 俺みたいな地味で何の取り柄もない男が、どうしてこんなにも眩しい彼女と一緒にいられるんだろう。凛華のことを考えれば考えるほど、その答えが出なくて、俺の中に葛藤だけが膨らんでいく。

 

 でも、それでも今日の学校でのこと。噂になっているのを耳にした時の、あの申し訳ない気持ち……それを放っておくわけにはいかない。

 

「……今日のこと、悪かったな」

 

 俺は絞り出すように口を開いた。視線は凛華の背中に向けたままだ。キッチンで包丁を握る彼女の動きが、ほんの一瞬だけ止まるのが見えた。

 

「今日のこと?」

 

 首だけこちらに向けて、凛華は不思議そうに首をかしげる。その表情には、怒りどころか不満の影すらない。それが余計に俺の胸を締めつけた。

 

「……学校で噂になってただろ。俺のせいで、凛華に迷惑かけたんじゃないかと思ってさ」

 

 包丁の動きが再び始まる。カッカッと軽快な音がキッチンに響き渡る中、凛華は柔らかく笑って言う。

 

「気にしてないよ。むしろ、ちょっと面白かったし」

 

 無邪気な返答に、俺はかえっていたたまれない気持ちになる。彼女がどれだけ気にしていないと言っても、俺の中の罪悪感は消えなかった。

 

「凛華……」

 

 声が震えた。呼吸を整えながら、続けるべきか迷う。でも、言わなきゃいけない。自分のためじゃなく、彼女のために……。

 

「この関係、終わらせたほうがいいんじゃないかって思うんだ。もうこれ以上変な噂で凛華に迷惑をかけたくないから……」

 

 今度は包丁の音が完全に止んだ。しばらく凛華は動かない。俺は視線を落としていると、凛華が咄嗟にこっちを向いた。

 

「なんで?」

 

 怒りを含んだ声がキッチンから響く。驚いて顔を上げると、凛華がこちらを振り返っていた。普段の凛華からは想像もできない、鋭い目つきで俺を睨みつけている。

 

「絶対に嫌!」

 

 彼女の声は震えていた。目元が赤くなっているのに気づいた瞬間、俺は言葉を失った。頬を伝う涙を手でぬぐいながら、凛華は続ける。

 

「私、和也くんといるのが迷惑だなんて思ったこと、一度もないよ? むしろ……一緒にいると楽しいの。和也くんが一緒にいてくれるだけで、すごく嬉しいのに……」

 

 俺の事そこまで思ってくれていたのか……。

 

 その言葉だけでも胸が詰まる思いだったのに、凛華はさらに言葉を重ねる。

 

「私……和也くんとの関係、絶対に終わらせたくないよ!」

 

 幾筋もの涙が凛華の目からこぼれる。彼女の声は震えながらも力強く、どこか必死だった。

 

 凛華の言葉の重さに、俺はただ立ち尽くすしかなかった。彼女の瞳は真っ直ぐで、俺に逃げ場を与えない。その姿が眩しくて、目をそらしたくなる。

 

「……悪かった。ごめん」

 

 俺は謝罪の言葉を口にすると、凛華は「うん……」と小さく呟き、再びキッチンに向き直った。包丁を持つ手はまだ少し震えていたが、その背中はどこか落ち着きを取り戻しているように見えた。

 

 こんな自分を否定せず、涙まで流して受け入れてくれる凛華。なんて俺は愚かで最低な事を言ったんだろうという後悔の念が押し寄せてくる。

 

 もう二度と凛華を傷つけたくない。そんな思いが心に強く刻まれた瞬間だった。

 

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