失恋して彼女を寝取られてしまいましたが、学校一のおひいさまに溺愛されています 作:瓜生史郎
晩御飯を食べている間、凛華はほとんど何も話さなかった。食器をカチャカチャと音を立てるだけの食卓に、俺は気まずさを覚えつつも、どう話題を切り出せばいいのかわからない。
「いただきます」と「ごちそうさま」だけが交わされた会話。結局、無言のまま食事は終わり、俺が片付けを手伝おうと立ち上がると、凛華は振り返りもせずに、「私がやるから」と断る。
優しいけれど、少し距離を感じる声。その言葉に逆らう気力もなく、俺はリビングのソファに腰を下ろした。
駅までの道を二人で歩いているのに、会話は一切なかった。肩を並べているはずなのに、まるで見えない壁があるようで、彼女の気配が遠く感じられる。その沈黙は、寒い夜風よりも冷たく、痛いほどに気まずかった。
俺は話題を振るべきだと思ったが、何を言っても逆効果な気がして、言葉を飲み込む。無言の時間が続けば続くほど、焦りだけが募っていく。
何か話さないと、まずいなぁ……。
心の中でそう思いながらも、足を進めるたびに言葉が喉の奥に引っかかって出てこない。ふと横目で凛華を見ると、視線は前方に固定されていて、その顔には感情の読めない薄い表情が浮かんでいる。
怒ってるのか?それとも……呆れてるのか?
自分の不甲斐なさに胸が痛む。それでも、この空気をどうにかしなければと口を開きかけたその時、凛華が不意に足を止めた。
目の前にはスイーツ店のショーケース。中には彩り豊かなケーキが並び、ショーケースのライトに照らされて輝いている。
彼女と一緒にショーケースを覗き込むと、その視線が1つのケーキへ釘付けになっているのがわかった。チョコレートがたっぷりとかけられたケーキ。その濃厚そうな見た目に、凛華の目がわかりやすいくらい輝いていた。
「チョコケーキ好きなのか?」
何気なく聞くと、凛華はハッとしたように体を震わせ、あわてて首を振った。
「べ、別にそういうわけじゃないよ? た、ただちょっと美味しそうだなって思っただけ」
口ではそう言いつつ、視線はショーケースから離れない。その反応があまりにわかりやすくて、俺は小さく息を吐いた。
やっぱりこういうところは凛華らしい。
「じゃあ、今日のこともあるし、謝罪も兼ねてケーキをごちそうするよ」
そう言うと、凛華は驚いたように俺を見上げた。
「……いいの?」
彼女の声はいつものおひいさま然とした強気なものではなく、小さく遠慮がちな響きだったが、俺は「いいよ」と頷くと、ほんの少しだけ口元をほころばせる。そして、ふんっとわざとらしくそっぽを向く。
「じゃ、じゃあ……遠慮なくいただくね」
その一言に、さっきまでの重い空気が少しだけ軽くなった気がした。
2人でスイーツ店へ入店すると、凛華はチョコレートケーキを注文し、俺はチーズケーキを注文する。
そして、ケーキを受け取った俺達は、イートインスペースへ移動して向かい合って座った。
「う~ん! おいしい!」
頬をほころばせる凛華の表情を見て、俺も自然と笑みがこぼれる。
俺も自分のケーキを食べようとフォークを手に取った瞬間、目の前に別のフォークが差し出された。
フォークの先には、彼女のケーキが乗っている。
「え?」
「はい、あーん♪」
凛華の甘い声が俺の耳に届く。「それは……」と断ろうとすると、彼女はむっとした顔をして、口を尖らせた。
周りの目も気になったけど、これ以上逆らうと怒らせそうだったので、観念して凛華のチョコケーキを食べる。
「どう? おいしい?」
「う、うん……おいしい」
始めてあーんされたチョコケーキはいつもよりもほろ苦く感じた。
得意げに笑う凛華を横目に俺も自分をチーズケーキを食べようと思った矢先、凛華が突然俺のフォークを横取りする。
「え?」
「私にも、あーんしてほしいなー……」
そう言って凛華は俺のケーキをじっと見つめる。
え、今度は俺から凛華にチーズケーキをあーんするの?
驚いて固まる俺を見て、彼女はニヤリと意地悪そうな笑みを浮かべた。
「どうしたの? 恥ずかしいの?」
どこか楽しそうに、けれど断固として引かない態度でフォークを差し出す凛華。その姿に俺は動揺しながらも、逆らえない雰囲気を感じる。
「いや、でも……」
「はーやーく、はーやーく」
淡々と繰り返されるその言葉に、俺は抵抗を諦めざるを得なかった。仕方なくフォークを受け取ると、チーズケーキを一口サイズに切り分けて凛華へと差し出す。
「は、はい。あーん……」
「あ~ん。う~んチーズケーキもおいしい~」
クソ……。いつもの凛華よりめっちゃ可愛い……。
どうしようもない恥ずかしさが俺を襲う。周りの目が気になって仕方ないが、そんな俺を見て凛華は明らかに楽しんでいる様子だ。
「ふふ、やればできるじゃん」
そう言って微笑む彼女の顔が妙に得意げで、俺は何も言えずただ目をそらすしかなかった。
帰り際、駅まで彼女を送った時の凛華の笑顔は、これまで見たどの笑顔よりも輝いていた。
「ありがとう、和也くん。また一緒に食べようね」
「うん、また次に来たときにな」
「わかった。楽しみにしてる。じゃあまた学校でねー」
そう言って手を振りながら去って行く凛華の姿を見ながら、俺は改めて思う。
あんなこと言わなければよかった……。俺ももっと強くならないと。彼女のこの笑顔を守れる男になりたい……。
そう胸に誓いながら、俺はマンションに向かって歩き出した。