死神さまは癒されたい 作:プリン体
「な、な、な……え、えぇ!?」
アンデット……という感じではない。明らかに生きている少女である。
ぼろきれみたいな服を着てはいるが、肌は白いが血色のいい綺麗な肌であるし、腰程ある白い髪も絹のようである。
だが、ただの少女ではないだろう。ただの少女が墓に埋まっている訳がない。
「……な、何をしているんですか?」
すると少女はびくりと体を跳ねさせ、勢いよくこちらを見る。その瞳は恐怖に支配されていた。
「……ふぅ」
少女はこちらを視認するとほっと息を吐く。明らかに安堵した。……もしかしたら何か事情があるのかもしれない。
アニスは少し警戒を解き、少女と向かい合った。
「あ〜、えっと……大丈夫?」
なるべく相手の心を開く為、屈んで目線を合わせる。それでちょうど目線が同じくらいになる。こうしてみると本当に小さな子だ。ぼろきれみたいな服も合わさって、まるで成長不良児のような印象を受ける。
少なくとも、遊びで墓に入っていた頭のおかしい子ではなさそうだ。
コクリと頷きを返す少女はもじもじと股を擦り合わせながらチラチラとこちらの様子を窺っている。
どうやら少しシャイな子らしい。あまりに可愛いくてぎゅっと抱きしめたくなる。アニスはその衝動を抑え、にこりと微笑みながら手を伸ばした。
「ここは危ないから、お姉ちゃんと一緒に行こっか」
♢♢♢♢♢♢
死神は森を歩いていた。
「ん〜と、君はどこから来たか分かる?」
(どうしよう……誘拐だ……誘拐されちゃった……)
さっきは新しい部下にもう見つかったのかと凄いびびり方をしてしまった。凄い怖かった。なので優しくされるとつい、靡いてしまう。
知らない人についていっちゃダメですよ。心の中の部下がそう言っている。でも手を繋がれてしまったらもうどうしようもない。死神に出来るのは柔らかい手をにぎにぎすることだけだ。別ににぎにぎしたいから離せないわけではない。一応あの墓地は死神の
「……え〜と、聞いてる?」
「……はっ」
にぎにぎが止まらない死神を困ったような、それでいて優しげな笑みでアニスは見ていた。
瞬間、死神に衝撃が走る。
「ママ……」
肩程あるいい匂いがしそうな金髪。大きくて丸い緑の瞳。いろいろなところがちょっとデカいけれど目線を合わせようと少し屈んでくれているし、笑顔が可愛い。何よりとっても優しそうだ。
もっと構って欲しくなる。もっと笑わせたくなる。もっと困らせてみたくなる。
もっともっともっと……
「おーい、大丈夫ですかー? 聞こえてるー?」
呆然と何かを呟く死神の前でアニスはひらひらと手を振って呼びかけ続ける。しかし死神はすぐに言葉を返すことが出来なかった。
「……えっと、じゃあ好きな食べものとか……」
「……‥ママぁ」
あまりにも答えないものだから、故郷に関する話題は避けた方がいいのかと思い至り、アニスは話題を変える。
が、どんな話題でも呆然と何かを呟くだけの少女にアニスは少し困惑しながら、拠点の街へと足を動かした。
死神が言葉を返せるようにはなったのは、街に着く直前だった。
♢♢♢♢♢♢
見上げれば首が痛くなる程に大きな城壁が二人の前にが聳え立っている。陽光を受けて照らされた重厚な石の壁を前にしかし、緊張した様子は見受けられない。
アニスは慣れ故に、死神はそもそんなものが目に入っていなかった故に。
「はい、ここがバーラの街。どう? 見覚えある?」
「ママぁー、えへ、えへへ」
「あの、私はママじゃないんだけど……」
「ママママママママママママママママママママ」
「……」
右足にしがみつき、すりすりと太ももに頰を擦り付ける少女に、アニスは額に手をやって嘆息する。
やばい奴を拾ってしまった。アニスの率直な感想である。
つい先程、街が見えるようになった頃に急にママ! と言って抱きついてきたのだ。
その時はあまりの可愛いさに胸がキュンとしたものだ。
だが可愛いと思ったのも束の間。少女は街までの数キロをずっと壊れたおもちゃのようにママと唱え続けながら足にしがみついて離れなかった。流石に引く。
墓に入っていたのも事情があるとかじゃなくてやばい奴だからなのではないかと思い始めてきたくらいだ。
だがここまで来て見捨てるのも気分が悪い。
アニスは冒険者ギルドに捜索依頼がないかを見てみる事にした。あれば届けてあげるし、なければ……少し預かっておくのもいいだろう。
アニスの目指す冒険者はみんなを助ける正義のヒーローなのだから。
♢♢♢♢♢♢
宿の自室に着く。途端に少女は足を離れ、わーいわーいとベットで跳ね始めた。
冒険者ギルドに行く前に此処に来たのは二つ理由がある。単にあんな場所にこの子を連れて行きたくなかったのが一つ。
そして、事情を詳しく聞きたいのがもう一つの理由だ。
「わーいわー……うわぁ!」
だが優先順位はお風呂が先である。墓に埋まっていた少女がベッドを汚してまわる前に気づくべきであったと、アニスは少し気落ちした。
「ママ、気持ちいいね」
「ママじゃないって……もぅ」
お風呂場でわしわしと少女の頭を洗う。ママと言われ懐かれるのは悪い気分ではない。だんだんと少女のことを気に入っていく自分を自覚する。
(……そういえば、私も甘えん坊だったなぁ)
もしかしたら、昔の自分と重ねているのかもしれない。そう思えば、より愛着が湧いてくる。
「ねぇ、お腹空いてない?」
「空いたかも!」
「ふふ、やっぱり? しょうがないなぁ」
少女の髪を乾かしながら会話を重ねる。久しぶりに心から笑えたような気がした。
「これなに?」
「それはキャベツ」
「これは?」
「豚肉」
少女と食卓を囲む。食事処ではなく、自室に持ってきてもらったので、二人での食事だ。この空間が心地良い。しかし、そろそろ本題に入ろう。
「ねぇ、もう一回聞くけど君はどこから来たか分かる?」
「あの墓地から来た!」
「そういうことじゃなくて……じゃあ、家の場所。家の場所は分かる?」
「
「……まじ?」
一体どういうことなのだと、頭を捻る。変な趣味を持っているのか、それとも……
「……聞いて良いか分からないけど、あの墓は親御さんの?」
「違うよ! そもそもボクに親はいないし……」
「……そっか」
親を求めて親の墓に入っているのかと思ったが、それとはまた別方向に重い事情があった。
親がいないというなら、しつこく私をママと呼ぶのにも説明がつく。恐らく、親の代替品を求めているのだろう。
……親代わりになるのも、悪くないかもしれない。まだ出会って間もないが、自身と酷く境遇の似た少女にアニスは親近感と、寂寥感を覚えていた。
それにアニス自身、久しぶりに心を許せる相手ができて、嬉しかった。
「……もしよければだけど、私と一緒にここに住む?」
「え?」
「あそこよりは良い暮らしさせてあげられるよ」
パァっと笑みを浮かべる少女。しかし、すぐに笑顔は曇ってしまった。
「えっと……探している人がいて、それで……」
「あ〜、そっか。じゃあ、その人が見つかるまででもいいしさ。どう?」
「……うん!」
えへへとはにかむ少女にアニスは満足感を覚える。ただの自己満足かもしれないが、今確かにアニスは少女のヒーローになれたのだと、そう思えたから。
「探している人ってどんな人なの?」
「ママとは違うけどママみたいな人。ボクはママだと思ってた」
ママがどのママを指しているのかよく分からないが、親代わりなのだろうと、あたりをつける。
「緑色の髪でー、とっても優しくて可愛い!」
「そっかぁ」
「でも、ボクが仕事をしなさすぎて、愛想尽かされちゃったの。だから謝ろうと思って」
「うんうん」
「あとねあとね、新しいママが凄く怖かったの。ちょっとサボったらすぐにお仕事しなさい! って怒るの!」
恐らく、孤児院にいたのだろう。孤児院の子供は技能をつけるため、簡単な仕事を課される。
アニスも一時期そんな時期があった。先生をママと呼ぶ子も沢山いたし、先生が辞めることだってある。この子が仕事をサボったから仕事を辞めたというわけではないと思うが、謝ろうとする心は否定するものではない。
「そういえば、名前、なんていうの?」
「ふふふ」
「うん?」
「──死神」
「……うん?」
少女は右手を顔にやり、左手を脇に回してそう言い放つ。果たしてそれは名前と言えるのだろうか。年頃の少女に微笑ましい気持ちになりながら、アニスは食事を終えた。
♢♢♢♢♢♢
日が沈み、月明かりと街灯が行き交う人々を照らし出す。
少女を宿の自室に置いて、アニスは冒険者ギルドへと赴いていた。
冒険者ギルド
そこは一見すると大きな酒場のように見える二階建ての建物。実際に酒場でもあるのだが、中にいるのはただの飲んだくれのおっさんではない。
歴戦の冒険者達であり──
「お〜アニスちゃ〜ん。きょうもいいちちしてんね〜」
「旦那飲み過ぎですぜ」
「ああ〜? うるせぇなぁ。いまアニスちゃんとはなしてんだよ〜!」
──デリカシーのデの字もない無法者達である。
(昔はこんなんじゃなかったのにな……)
ここで起こっていることは特別なことではない。冒険者の一般的なイメージは正義のヒーローではなく落ちぶれた無法者や犯罪者の集団である。誰でもなれるという職業柄故、職に就けないような者達が集まりはじめたのだ。無論、例外はいる。騎士などよりも自由に動ける冒険者となり、人々を助けたいというお人好しなどだ。理由は異なるがお人好しという面だけ見ればアニスはそれに近いと言える。
(……パパだったらどうにかしちゃうのかな)
アニスが目指す冒険者は父の姿だ。父も訳あって職に就けなかったが、冒険者になり、男手一つでアニスを育てあげた。さらに冒険者として名を馳せ多くの人を救ったという。
そんな父はアニスにとって憧れであり、ヒーローであった。
十年も前の話である。
「すみません。子供の捜索依頼って出てますか」
下衆な声を努めて無視し、受付に問いかける。この場で唯一気を許せる可愛い女の子……ではない。厳つい顔をしたおじさんだ。こんな場所に女の子なんて配属出来る訳がない。
「ある訳ねぇだろ。冒険者に子供の捜索を出す奴がいるなら見てみたいもんだ」
受付のおじさんはグラスを拭きながらそう吐き捨てる。親がいないという話を聞いて薄々分かってはいたがしばらくはあの子のお世話をすることになりそうだ。殺伐とした日常に自分によく懐いてくれた女の子が加わる。そう考えると嬉しいような、でも引き取り手が見つからなくて嬉しくないような、そんな心地である。
ことりと音がする。グラスに注がれたミルクが二つ置かれていた。
「……ありがとうございます。あの、でも二つも要らないです」
「……独り占めするつもりか? もう一つはそこのガキにだ」
えっ……と声を漏らし、おじさんが顎で示した後ろを振り返る。そこには見覚えのある白い髪がある。
「ママぁ……!」
屈託のない笑みを浮かべた少女がアニスを見上げていた。
「なっ、ど、どうして──」
「ぶぅ──! ぶぁあっはは! ままぁ? ままだってよ! なんだよアニスちゃんやることやってんじゃねぇかよぉ!」
ぎしぎしと音を立てながら飲んだくれたおっさん冒険者──ジースが歩み寄り、アニスの肩に腕を回す。酒臭い息が鼻をついた。
「あいてはだれあ? え? ランスか? ギルバーか? おれにもやらしてくれよぉ」
「……やめてください」
「あ? いいだろちょっとくらいよぉ。おれはこうみえてもなぁむかしはいろんなおんなをなかせてきたんだ。うまとだってやったこともある。そのかずはあのライドにもひってき──」
バンッという音がギルドに木霊する。
それはアニスがカウンターテーブルを叩いた音だった。
「……ミルクは貴方にあげます。少し酔いを醒ました方がいいですよ」
アニスは少女の手を引いて足速にギルドから立ち去る。一刻も早くこんな場所から出て行きたかった。父が、憧れが、穢されるような気がして。
「おいおい、そうかっかすんなよぉ? アニスちゃんのおやじだってこんくらいやってたぜぇ〜」
ぎゃはははは! と機嫌の良さそうな笑い声が耳をつんざく。
安い挑発だ。そう頭では分かっていても、苛立ちに比例して顔が歪んでいく。
「……死んじゃえばいいのに」
ぼそりと誰にも聞こえないように愚痴を漏らす。他人にそんなことを言ってはいけないと分かっている。言えば理想の冒険者像から遠ざかることも。でも今は、今だけは、そうしていないと、自分の情けなさに涙してしまいそうだから。
「……ママ」
少女が足を止める。
「……早く行くよ」
手を引っ張っても、動く気配は無い。苛立ちが募る。少女は何も悪くないのに。そんな自分を自覚して、また気が重くなった。
「あっち」
少女はにっこりと笑い、冒険者ギルドを指差す。そこには何もなかったかのように酒を煽るジースが──
「……え」
──糸が切れた人形のように、椅子から転げ落ちた。
ゴトりと無機質な音を響かせながら。
「……旦那? 旦那! 起きてください! ねぇ!」
スイングドアの向こう側から逼迫した声が伝わってくる。
アニスは嫌な予感がした。
「治療院の奴らを呼べ! 早く!」
ジワジワと悪寒が這い上がってくる。
「心臓マッサージだ! バン! お前は人工呼吸やれ!」
なんだかとても恐ろしくなって、アニスはその場から逃げ出した。
♢♢♢♢♢♢
「はぁっ、はぁっ……はぁっ」
宿の自室。その扉に背を預け、へたり込む。心臓がバクバクと鼓動を刻み、周囲の音を掻き消す。
人が、死んだ。見知った人が。
まだそうと決まったわけではない。だが妙な確信がアニスにはあった。
(私のせい? 違う。違う違う。絶対違う!)
ジースが倒れたのは死んでほしいと口に出した直後であった。自分のせいで死んでしまったのではないかという強迫観念がアニスを襲う。
アニスは人が死ぬ瞬間を見たのは初めてで、少し混乱していた。常時でであれば、少しして、そんな訳がないと判断出来る。
そう、常時ならば
「ママ」
「ひっ……あ、ど、どうしたの」
思考の坩堝に嵌り、アニスは失念していた。少女が目の前にいることを。
少女を視界に収める。
彼女は幼いが、人の死を理解出来ない年齢ではない。だというのに、少女はとても嬉しそうだった。
「褒めて!」
「……え?」
再び悪寒がアニスを襲う。
「お仕事頑張ったよ! だから、褒めて!」
『無邪気な子供』