ダンテ先生概念   作:3ご

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お願い師匠っ!

「どけ邪魔だ私が先に入ってたんだ!!!」

「いいえ違います私が先でした胸囲の差で寸分いやだいぶ私が先でした!!!」

「クソこの無駄な駄肉がそんなもの無しだ無し私の足が先だった!!」

「いーえ私の膝が先に入りましたというか誰が駄肉ですか誰が!!!!」

 

 シャーレオフィスの入り口を二人の生徒が塞いでいる。

 縁から縁へぎゅうぎゅう詰めになったドアの表面は蠢く肉塊のようで、ぎっちり挟まり身動きが取れない二人はその沼から抜け出そうとしているのか、それとも仲間を蹴落とそうとしているのか定かではない。そんな彼女達の醜い争いに終止符を打つように、銀の彼は二人の手を取ると、まるでコルクを抜き取る擬音が響く。

 衝撃で震えたドア横の大窓が収まるのを待つことなく、二人は抜き取られた衝撃を利用して、これみよがしに彼の懐へと身を寄せ腰に手を回す。

 

「相も変わらず仲良しなこった。喧嘩するなよ」

 

 蛍光灯をも反射する銀色の髪は、映画から出てきたキャラクターのような非日常を醸し出す。鋭利な瞳から放たれるその眼光は、敵からすれば泣いて逃げ出してしまう程の威光を放つが、味方からすれば……まさしく勝利を約束されたと言っても過言ではない。

 ひとたび舞えば花が咲くように華やぎ、言葉は一切いらない。身のこなし一つで見る者を惹きつけ、その動きだけが物語を紡いでゆく。象った舞は型の連続。敵を粉砕する事に二丁の拳銃は宙を舞い、淡々と仕事を全うするその様は正に彼の相棒と言ってよいだろう。樱花が地に舞い散る頃、敵の布陣の中央でただ立つのは……彼だけだ。

 おまけに舞台役者顔負けのハンサムな顔立ちとくれば、惹かれる生徒は少なくない。彼女達二人も例外ではなく、師匠と呼び慕いながらこうしてシャーレまで赴く。師と仰ぐ尊敬の念と、少女らしい淡い心を携えながら。

 

「おいお前師匠に気安く触れるな距離が近いんじゃないのか!!」

「あなたこそ勢いをいいことに私の師匠に密着しすぎじゃないでしょうかその権利はあなたにはありませんよ!!!」

「黙れ駄肉が今日師匠は私と一緒に映画を見る約束をしていたんだ駄肉は裸足でぺたぺた帰るのがお似合いだそもそも私に無いとしてお前にも権利など無いだろう駄肉風情が権利という高尚な言葉を振りかざすとは片腹痛い!!!」

「違います今日師匠は私と功夫の特訓に付き合ってもらう約束をしていたのですあと駄肉駄肉うるさいですね喧嘩を売っているのですかあなたは成長が止まっているかもしれませんが私はまだまだ余地があり伸びしろの塊なのですその寒酸な体と一緒にするなど片腹痛いですね!!!」

 

 二人が猫の喧嘩よろしく顎を突き合わせて叫び合うやいなや、ダンテは長身をすっと伸ばし、それぞれの襟首を片手ずつつかんだ。床を引きずる騒がしさごと向かいのソファへ運び、まるでぬいぐるみを置くように並べると、何事もなかったように自席へ戻る。そこには溶けかけのストロベリーサンデー。彼が朝食兼昼食と洒落込んだ一品が残されており、スプーンを握り直した彼はひと口で苺とクリームをさらった。

 まだ午後の早い時間。急ぎの処理と銘打ってユウカが送ってきた書類は、端末上で真っ白のまま居座っている。どうせ大した量ではあるまいと高を括り、午前中を文字どおり寝て過ごしたツケがここで回った形だ。まさか来客が同時に押し寄せるとは計算外。

 ソファに並んだミナとレイジョは、互いに火花を散らしながら鼻先で息を荒げている。ダンテはふたりの表情をじっくり観察すると、名残のサンデーをかき込み、ローテーブルのタブレットに指を走らせた。今日は完全オフ──そのはずだった。スケジュールアプリに表示されたのは「ミナと映画」「レイジョと功夫」なる予定、どちらも同時刻。同一人物が二か所に存在できない道理を忘れ、安請け合いを重ねた過去のメッセージがモモトークの履歴に、時刻まできっちり刻まれている。

 

 ダンテは片眉をわずかに上げると、画面を閉じて深いため息を落とした。ソファのふたりはなお舌戦を続けるものの、本人は「さて、どう収めるか」と脳内で段取りを再構築し始めていた。

 目下の課題、最優先事項はユウカから送られてきた書類一覧だ。

 「損壊報告書」と銘打たれたその書類には、山海経高級中学校の建物名がずらり。伝統と文化を重んじる風土は余所者に対して壁を作るきらいがあり、此度シャーレの先生として馳せ参じた彼はユウカから再三注意されているのにも関わらず、いつもの飄々とした振舞いを見せた。

 その結果がこの書類だ。

 陶芸家の息を映した屋根瓦には、銃弾が星座のように散り、最たる問題は玄龍門地区の六和閣だ。参道の鳥居群を刀で紙細工のように断ち切り、根元から崩落させた。義理堅いキサキでさえ見過ごせず、救援の恩義とは別に文化保全の名目で正式抗議文を認めざるをえなかった。何より面子を重んじる彼女達にとって、これは山海経の矜持を示す行動に他ならない。

 

「はぁ、めんどくせえな」

「貴様、師が面倒臭がっているではないか!」

「師匠はあなたに面倒臭がっているのです!」

 

 この仕事を今さぼれば、可愛子ちゃんがサイドテールをピンと逆立て、ぎらついた瞳でオフィスに降臨する──想像すると苦笑が漏れる。彼女の可憐な声で叱責されるなら、それはそれで悪くない。

 加えて、山海経の生徒が目の前にいる。口頭で事情を聞けば、報告書の山は後回しで構わないはずだ。そう判断した彼はタブレットをそっと閉じ、ソファの端へ滑らせた。

 この判断の代償として、後日ユウカからたっぷり絞られるのだが……それはまた、別の話である。

 

「師匠、お仕事は順調であろうか」

「師匠、お困りでしたらこの私がお手伝い致します。現場から事務、そしてお腹が空けば満足頂ける料理を」

「ああ、気にするな。それよりも……どうせ二人来ちまったんだ。三人で出来る事があればいいけどな」

「師匠、お言葉だが、私は玄武商会の者と仲良くお遊びなど出来かねる」

「師匠、私もお堅い玄龍門の、しかも執行部長となど同じ空間にいること自体無理なことなのです。さぁ、一緒に功夫をしましょう!」

「貴様はせいぜい一人で功夫をしていのがお似合いだ。その駄肉を震わせながらせっせと天に向けて足を向けているがいい」

「何を頓珍漢な事を申しているのでしょうか。師匠は自由を体現したお人、あなたみたいに歩き方や喋り方すら固めているお堅い人間こそお隣にいるべきではないのです」

「ふん、師匠はガチガチに固まったハードボイルドこそが一番お似合いなんだ。それに、どうせ玄武商会の者だ。師匠のあまりのかっこよさに惚れこんでよからぬ事を考えているのだろう?」

 

 がっちがちの舌戦の前に為す術がない彼は、とりあえずはと、ローテーブルの上に置いてある山海経ガイドの雑誌を掴み取り無造作にページを開く。

 ガルルルルと龍と虎がにらみ合いをするなか、彼はその争いに目もくれず雑誌の中に映っているルミに視線を這わせていた。満面の笑みでお皿を持ち、その上には大きな肉まんが二つ。

 あの時食べたピザまんの味が忘れられず、挨拶ついでにもう一度寄れないかなと思案していた最中、両者の緊張は更に高まり続ける。

 

「よからぬこと? 言い掛かりもここまで来ると妄想になってしまいますよ」

「ふ、言い掛かりなどではない。証拠に──」

 

 その言葉と同時に、ミナは思いもよらぬ動作に出た。レイジョの豊かな胸元──その丸みを、躊躇いなく、しかも堂々と下から持ち上げたのだ。

 指先に感じる重みと張り。まるで確認するかのように、ほんのわずかに手のひらを押し当て、指を軽くすぼめる。ミナの表情には迷いがなく、むしろ確信に満ちていた。

 レイジョはその瞬間、目を大きく見開いた。まるで時間が止まったように動けず、顔にみるみるうちに朱が差していく。事態が理解できないのか、あるいは羞恥に意識が追いつかないのか──全身が硬直し、ただミナの手に委ねられる形になっていた。

 その様子を見て、彼女はしたり顔で鼻を鳴らす。「ふんっ」と音を立て、やや顎を上げた仕草で、自信と得意げな感情を隠すつもりもない。

 

「やはり」

 

 静かな室内にその声が響き、勝利宣言のように残響を漂わせた。

 

「な、ななななななな何をしているのですか!? 師匠の前ですよ!?」

「ふん、この駄肉で師匠を惑わすなどなんと下品な。今日はいつにもましてタイトな服装ではないか。目的がバレバレだ」

「ちちちちち違いますよ!! そっちがその気なら──!」

 

 レイジョが手を伸ばし、ミナの胸の片側をそっと下から持ち上げた。

 身体にぴたりと沿うタイトな装いは、触れられた瞬間に張り詰め、内に秘めた柔らかさを際立たせて艶やかに浮き彫りにする。

 谷間を跨いでいたネクタイは、押し上げられた双丘の膨らみに抗えず、自らを邪魔者と悟ったかのようにすべりと脇へ逃れた。

 そして、ミナの唇から――ごく小さな、だが確かに色を帯びた吐息が、かすかに漏れた。

 

「なんてはしたない奴だ! 師匠の御前だというのに!!」

「あなたから仕掛けて来たのでしょう!?」

「私は貴様の陰謀を暴こうとしただけだ! ふん、玄武商会などこの程度。所詮は脳筋の集まりに過ぎない。さっさと家に帰って酢豚でも作っているんだな」

 

 言葉の刃が飛び交った次の瞬間、レイジョの瞳が鋭く細まり、静電気が走ったような緊張が空気を裂いた。彼女は黙ったままゆるぎない動きで立ち上がる。

 その気迫に引き寄せられるように、ミナも目元に翳りを落として同じく立ち上がった。辺りにはソファの脚が床を鳴らす乾いた音だけが残り、部屋の温度が一段低く感じられる。

 自分自身への嘲笑なら受け流せても、玄武商会──しかも腕に誇りを懸ける料理を引き合いに出された侮蔑は許しがたい。レイジョの拳が無意識に硬く握り込まれ、指の骨がきしむほど熱を帯びる。

 

「今のは侮辱と受け取りますが?」

「今のは侮辱したつもりだが?」

 

 二人の視線は火花を散らしながら絡み合い、距離は呼吸の熱が触れ合うほどにまで縮まっていった。額と額がぶつかる寸前、指先が同時に内ポケットへ滑り込み、金属の冷光がちらりと覗く。

 指先が引き金にかかる刹那──。

 

「シャーレでパーティーの幕開けか? もちろん、盛大なおもてなしを用意してるんだろうな」

 

 銃口が互いに向き合うより速く、ダンテの影が割り込んだ。ホルスターから抜かれた二丁のハンドガンが閃き、硬質な感触がそれぞれのこめかみへぴたりと押し当てられる。空気が凍り、低い声だけが場を支配した。

 無言で銃を仕舞う彼女達の反応を見た彼は、即座にソファに座り直す。

 流石に皮肉を加えた叱責に彼女達も大人しくなるだろうと、今一度雑誌を手に取ろうとするが──。

 

「か、……」

「かっ……」

 

 ──かっこいい!!!!

 

 ダンテの予想とは裏腹に二人の頬は紅葉も羨む赤を帯び、二人して頬に手を添え黄色い声を上げ始めたのだ。

 殺伐としていた彼女達の間に突如発生した「共感」。年頃の少女達にとって彼の振舞はあまりにも非現実的で、物語の中から飛び出してきたキャラクターそのものだ。

 

「お前、メモの用意は抜かりないのだろうな!!!」

「ふ、メモですか……。こんな事もあろうかとボイスレコーダーをオンにして持ってきています!!」

「よし、後で私に送って貰えないだろうか」

「仕方ないですね。あなたの事は気に入りませんが、同じ師匠を敬愛する同士。共有は義務ですから」

 

 彼の振る舞いに瞳を奪われた二人は、さっきまでの喧嘩など無かったかのように和やかな雰囲気を醸し出していた。

 

「おっと。そういえば、この前の映像が出来上がったんだ。師匠が大活躍する場面だぞ」

「遂に完成したのですね。では上映会と行きましょう」

「この前だ?」

「ええ、申谷カイの事件の時です。戦いながら……私達の問答に答えてくれた先生としての姿、惚れ惚れしました」

「あの言葉……きっと忘れることはないだろう」

 

 ミナは鞄からタブレットを取り出し、指先で数回スワイプして目的のファイルを呼び出した。再生アイコンをタップすると映像が滑り出し、ローテーブルを囲んだ三人の視線が一斉に画面へ吸い寄せられる。

 

「ああ、あの時か。申谷カイを追い詰める道中、沢山の生徒に囲まれた時だな」

「そうだ。私達は問うた──どうすれば、師匠のようになれるのか。私はそこに、ハードボイルドの真髄があると思ったんだ」

「ええ、どうすれば……師匠のように華麗に舞い、軽々と敵を倒せるのか。私はそこに、功夫の奥儀があると思ったのです」

 

 映像の中の彼は、まさに狂戦士と呼ぶに相応しい舞を見せる。

 清流が流れるが如く、軽やかに生徒の合間を滑り、二丁の拳銃で足元を弾き地面に伏させ。

 曲芸じみた跳躍は生徒の視界から消えたと思ったら、天から鉛玉の雨を降らせ、幾たびの生徒がそれに倒れた。

 

 残像を残す回転と共に、銃弾が閃光と共に辺りに四散、生徒たちは反応すら許されず地面に沈んだ。

 屈み、片膝を着いた彼の手元には、交差した二丁の拳銃。その奥にはニヒルに口元を曲げ、狂気の宴に身を染め楽しんでいるダンテの姿。

 二人はそんな彼を見て、次なる答えを待っている。まるで、天の言葉を授かるように。

 

 型……いや、お前らが思う最高にイカしたスタイルをかましてやりゃいいのさ! 敵なんざ己が輝くための舞台装置! 華麗に、時にはハードにロックにぶっ放す!! そうすりゃ──!!

 

 

 

 

 ──どうヤッたって、キマッちまうぜ!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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