「で、あの鉄道のガキ共とはうまくやってんのか? クロノスのニュースに鉄道真っ二つって流れてきたが」
「ふん、余計なお世話だ。お前が気にすることじゃない。斬るぞ」
「おいおい、釣れないこと言うなよバージル! 折角このキヴォトスでも再会したんだ。剣を交わすんじゃなくて言葉を交わそうぜ」
小洒落た居酒屋……いや、横並びに伸びる年代物の木製の板はバーのカウンターだろう。キヴォトスでは珍しい──いや、あってはならないその薄暗い店に、青と赤がひとりずつ座っている。
一人は凛とした姿勢で度数の低いアルコールをちびちびとなめながら、これまた一段と上質なナッツ類をかじり、弟の絡みに睨みを効かせながらも若き時のような鋭利さは丸くなり、郷愁が脳内を駆け巡る。
一人は少し背中を丸めながら、お気に入りのストロベリーサンデーをスプーンで口に運びながらも、度数の高いジンをストレートで口に含み、口内に残った糖分を洗い流すという豪快さ。
相容れない二人だったが、魔界での長い兄弟喧嘩の末、和解とまではいかなかったが……そもそも、通じ合ってるからこそ和解を選択しなかったのだろう。性格の違う二人だが、プライドの高さは凌ぎあうほど拮抗して高い。
「そんなことの為にここまで呼び出したのか?」
「だってよ、色々気になるじゃねえか。お前が生徒達とどう過ごしてるかなんてよ。俺には想像が付かねーが……ヒフミもアズさも懐いてたみたいだしよ。まったく、何がどうなってやがる? 今日は空からピザでも降ってくるんじゃないかって思わず天を見上げたくらいだぜ?」
「ふ、俺はこの世界の先生の魂を委ねられただけだ。俺は舐めたやつには容赦はせぬが、崇高な意思は無下にはしない」
「俺だってあいつの魂を受け継いださ! ふーん、そうか、まさかあのバージルがねぇ」
ダンテは、何杯目かも分からなくなったロックのジンを一息にあおり、喉を焼く熱をそのまま楽しむように口の中で転がす。残った氷を奥歯で噛み砕き、空になったグラスを指先で軽く揺らすと、店員を手招きして同じ注文を告げた。
店員は短く溜息を吐き、伝票に走り書きを残すと、無言のまま冷凍庫へ向かう。そこで、もう何杯目か数えるのも馬鹿らしくなるほどのストロベリーサンデーを、再び用意し始めた。
「で、いつも一緒に行動してんのはヒカリとノゾミだっけか? まぁ、あいつらといると暇はしねえが、トラブル続きだろ」
「ふん、生徒が困っているのを助けるのは先生の役目だろう」
「あれま、まさかお前からそのセリフが聞けるなんて夢にも思わなかったぜ。で、どっちが好みなんだ?」
ダンテの不意打ちのような問いに、バージルは息を詰まらせ、喉の奥で咳き込みながら脇の水に手を伸ばす。冷えた液体が喉を滑り落ち、辛うじて呼吸を取り戻す。
胸の奥に鈍い衝撃が残る──まるで肋骨の内側から響くボディブローだ。脳裏に嫌でも浮かぶ、この赤い悪魔の顔。礼儀も節度も欠片ほどもなく、口を開けば皮肉とお節介を撒き散らす。しかも厄介なことに、そのどれもがこちらの一挙一動を狙い澄ましたかのようだ。
バージルは苛立ちを振り払うように、静かに首を振った。
「貴様は生徒をそんな目で見ているのか」
「おいおいまじかよ。なぁバージル、このキヴォトスってのはすげえ所だと思わねえか? 右を向けば美女、左を向けば美女の群れだ。しかもドンパチかましても傷一つ付かねえ頑丈さ。おまけに銃火器をまるで鉛筆のように扱いやがる。やけに発育が良い……いや、良すぎる奴や、庇護欲を掻き立てられる無垢な奴もいる。まさに男のエデンを体現した世界さ。俺は思うぜ。例え無感情に振る舞っているお前でも、心の一つでも動かされてるんじゃねえかとな。いや、むしろ俺よりお前の方が行動しそうだ。ネロも生んでるしな」
かつての彼なら、最後の一言で怒りの炎は一気に沸点を突き抜けていただろう。
だが、キヴォトスでの日々は確実に、刃物のように研ぎ澄まされていた彼の輪郭を、わずかに削り、丸くしていた。
本音を言えば――実のところ、ダンテの意見には頷ける部分もある。だが、それを口にするくらいなら、墓場の土に混じる方がまだましだ。
「……言わんとしていることは理解できるが、俺は先生だ」
「んだよ、俺も先生さ」
「貴様が生徒に何を教えられるというのだ」
「うーん、そうだな……暴走した兄貴を止める方法とかかもな」
「首を切り落とすぞ」
「おっと、冗談だよ冗談。俺は嬉しいんだぜ? こうして一緒に酒を交わすのがさ!」
「理由になどなっておらんぞ」
「で、どっちが好みなんだ? つうかそもそもどうしてあの二人なんだ?」
店員が訝しげな視線を投げながら、ストロベリーサンデーをダンテの前へと滑らせる。彼は唇の端をわずかに吊り上げ、スプーンと、琥珀色を宿したジンのグラスを再び握り込んだ。
その姿は、いつだって昔から変わらない――甘味と酒、両方を手にしたまま飄々と構えるスタイル。唯一の変化といえば、今こうして、あの兄貴と肩を並べて座っていることだ。
本当のところ、それはダンテにとって願ってもない時間だったのかもしれない。だが、いくら陽気を装う彼でも、飾りではない本心を言葉に乗せるのは、いささか照れくさい。
だからこそ、酒の酔いという盾を手に入れ、わざわざバージルを、この人目の届かない違法バーへと引きずり出したのだろう。
「ヒカリは何を考えてるのかよくわからんが、ノゾミはよくシャーレに顔を見せる。その度に頼まれごとを請け負っているだけだ」
「だが、ノゾミはたまにお前の顔を見ては頬を染めてるぜ?」
「そんなことは……知らん」
「ま、意外に献身的な子に育つかもな。しっかりしてるし、お前ともお似合いだ」
「歳の差を考えろダンテ。お前は……いや、お前はあの事務所に出入りしていたという娘にも好意を寄せられていたな。さっさとヴァルキューレに収容されてこい」
「おっと、歳の差なんてわずかしかないぜ。俺たちはこのキヴォトスで若返ってるんだ。せいぜい七つか八つしか変わりはしない。つまり──」
「貴様の方こそ、あのミレニアムの生徒から随分モテているではないか」
食べ終えたナッツをもう一皿、と軽く指で合図する。
先ほどまで訝しげな視線を送っていた店員は、バージルの顔を認めた瞬間、表情を一変させ、両手を擦り合わせながら元気よく皿を下げていった。
このキヴォトスで、彼に逆らう者など数えるほどしかいない。テロ礼賛のゲヘナのはちゃけた生徒か──あるいは、隣に座るこの赤い悪魔ぐらいのものだ。
列車を真っ二つ……いや、ビルすら横に割ったあの日から、彼の名は街の裏まで轟き渡った。視界に入っただけで逃げ腰になる者も珍しくない。
少なくとも、キヴォトスの闇を仕切る連中──つまりマフィアどもは、バージルを恐れ、触れることすら禁忌としている。
「ああ、絶対にやんねーぞ?」
「ふん、色の多い弟だ。貴様、トリニティの生徒にも手を出してるだろう」
「おいおい、あれはただの切り抜きだ。真実は違うもんだぜバージル。だが、まぁ、あいつらにも手は出させないけどな」
「ヒフミはよく貴様の話をしている。随分懐かれたものだな」
「おっと、そういえばヒフミとアズサとペロロミュージアムに行く仲だっけか。まったく、人の趣味にどうこう言うもんじゃねえが、あの鳥のどこが可愛いのかね」
「夜道には気を付けるんだなダンテ。ファウストが怒る。お前にはあのキャラクターの高尚さなど理解出来るはずもないが、ヒフミには報告しておこう」
「待てよ、いきなり反則技じゃねえか。駄目だぜ、俺はあいつを傷つけたくねえ」
「ならば、貴様も理解することだな。ヒフミからブルーレイを全巻借りるといい。ミレニアムでゲーム機を調達し、アズサからソフトを借りろ」
思いもよらぬ兄貴の趣味に、赤の男はげんなりと額を押さえる。
キヴォトスに来る以前――と言っても、テメンニグルの頃や、まだ幼かった時分にしか共に過ごした記憶はないが、あの兄にファンシーなどという形容が似合った覚えはない。ジンを一気にあおり、喉の奥に熱を落とし込む。
訳の分からない奴は、得てして訳の分からないものを好む……そう無理やり納得を押し込めるのは、どうにもつまらない。もっと分解して踏み込みたいところだが、感想が「己への問い」などと返ってくるなら、こちらも降参するしかない。
ふと、まだあの筋肉質の双剣と語り合っている方が、よほど建設的だな──そう思うと、口元に自然と笑みが浮かんだ。
「そういえばダンテ、貴様、一度ハナコをベッドに押し倒したそうだな。どんな思考か皆目見当も付かぬが、良い趣味をしている」
「おっと、それは誰が言ってたんだ? ってヒフミか。んだよあいつ、内緒にしとけって言ったのによ」
「違う、ハナコだ」
「なんだと!? いや、まぁあいつなら……待て、まさかお前以外にも知ってるやつはいるのか?」
「何をそう焦っている? ふ、まさかその先まで経験させた──と」
「違う、違うぜ。ちっとからかってやっただけさ。大人を挑発するとどうなるか──だが、割と我慢するのもきつかったがな」
「エッチなのは死刑だ──そう聞こえてきそうだな」
「お前がそれ言うとガチにしか聞こえねえからやめろ!」
死刑宣告の言葉が落ちてから、ほんの数コンマ。
相手の首はすでに胴から離れ、宙を回転しながら地面とにらめっこする羽目になっている。
コハルの思想は、半歩でも踏み外せば即大惨事だ。ましてや、この兄貴なら──迷いも溜めもなく、一息でやり遂げてしまうに違いない。
先生になり、生徒を守ると誓いを立てたバージルはいわば暴走列車に近い。もしかしたら、だからこそあのシュポガキ共と気が合うのかもしれないと、ダンテはの笑みは苦笑いに変わろうとしていた。
「で、やったのか」
「お前と一緒にするなよバージル」
「俺は若気の至りだ。貴様は違うだろう? やはり子供が好きなのだな、お前は」
「トリッシュを忘れたとは言わせないぜ。俺にだって好みはちゃんとある」
「……つまり、身体の発育が良ければ誰でもいいと言うのだな」
「まぁそれは否定はしねえが、それだけじゃないさ。こう、世話焼きな子も悪くはねえもんさ。計算が得意な女とかな」
「まるで特定の誰かを指しているようだな。ダンテ、先生としての責務を忘れたか?」
「忘れる訳ねえさ。ただ、刺激があるから人生は楽しい。そうだろ?」
人生──そう、ほとんどすべての時を彷徨い、ただ力を求めて歩き続けたバージルにとって、このキヴォトスは胸の奥に新しい風を吹き込む場所となった。
その第二の人生を静かに謳歌する兄の背に、ダンテは言葉なき祝福を贈る。
この地を満たす、青春の青く澄んだ風が、いつか彼の心にこびりついた塵や血の匂いまでも洗い流してくれることを──ただそれだけを願って。
「明日はどこの学園にいくつもりだ? そういえば、キキョウがお前に会いたがってたぜ。俺の顔を見た途端、耳が直立したと思ったらシナシナになってよ」
「……そうだな。百花繚乱の奴らにも顔を見せねば」
「ナグサの右腕は結構いい感じに治ってたぜ。あと、お前にお礼を言いたがってた」
「貴様はどこにでも顔を出すな。暇なのか?」
「さてね。ま、俺もそろそろアリウスに顔を出して様子を見てやんねえとなってとこさ。互いに忙しいな」
「ふん、貴様の顔を見るくらいなら、ペロロのブルーレイを見返した方がましだ」
「それ笑うからやめろっての。はぁ……相変わらずおかしな兄貴だ。ま、安心したよ」
ダンテが片手を上げ、会計の合図を送る。
ところが──あろうことかバージルは、無言で財布から札束を抜き取り、弟の分まで支払ってしまった。
予想外の展開に、感激を通り越して動揺すら覚えたダンテは、颯爽と店を後にしようとする兄の背中へ声を投げかける。
バージルは足を止め、ゆっくりと振り返る。不敵な笑みを口元に浮かべ、最後にこう言い放った。
「今回は俺の勝ちだなダンテ。大人たるもの、懐は温かくしておくんだな。不遜な弟よ」
更新滞ってすみません~。
あの、最近まじで毎日忙しすぎて。。。
引っ越ししたり仕事がぎゅう詰めになったり、まじで執筆する時間がありませんでした。
少し落ち着きましたが、予断を許さない状況なので、執筆は遅れます。
簡単に書けそうなので、こうしたダンテとバージルの絡みっぽいのいいなと。
あと、お気に入り1000件突破ありがとうございます!
高評価も投げてくれるとモチベ上がります~!