ダンテ先生概念   作:3ご

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バージル先生概念:漆黒のペロロトプスと白亜の予告状

「先生、今日のご予定はありますか?」

「先生、今度モモフレンズの祭典があるんだ。けど、少し厄介なことになってる」

「ヒフミにアズサか。何をそんなに慌てている」

 

 朝日が地平を割って昇りはじめた、淡い光に満ちた時刻。

 正面に立つのは、寝起きの身体を清めたばかりの彼。滴る水気の余韻を纏い、髪先からはシャンプーの香気が柔らかく漂う。どこか妖しげな甘さを孕んだその匂いに、ヒフミは一瞬「百鬼夜行の銘だろうか」と脳裏をよぎらせた。だが考え込んでいる余裕はない。事態は切迫しており、言葉を交わすよりも先に、この場で成すべき用件を果たさねばならなかった。

 

「先生も知ってるよね、モモフレンズの祭典。以前のハーフアニバーサリーで先生は私達と一緒に善悪の彼方を語り合った。そんな先生だからこそ話す内容なんだ」

「ヴァルキューレに通報しても相手にしてくれなかったんです。ほっとけって言われて……でも、私たちは放って置くことなんてできません」

「話は見えぬが、生徒の悩みとあらば聞かぬ訳にはいくまい」

 

 バージルの返答を聞いた瞬間、二人の胸から張りつめていた緊張が解け、自然と安堵の息が洩れた。

 トリニティでの一件、そしてエデン条約を巡る難題を鮮やかに解決した人物であれば、この重大な局面をも打開できる――そう信じるに十分だった。

 アズサの脳裏をよぎるのは、アリウス生徒との激闘の記憶。彼はただ一度、刀を閃かせただけで数十名の敵を瞬く間に無力化し、絶望的な状況を一変させてみせた。

 一方ヒフミが思い出すのは、アズサが奇怪な生物へと変えられたあの時だ。彼は迷いなく刀を振るい、アズサを斬ったその瞬間、影は四散し、彼女は元の姿を取り戻した。

 そう、この先生ならば──……自分たちの抱える問題を、いや、モモフレンズファン全体を覆う難題さえも、必ず解きほぐしてくれるはずだと。二人の胸には確信が宿っていた。

 

「ほ……先生が協力してくれるのならこの問題は解決したも同然だな。よかったなヒフミ」

「はい、きっと先生なら……慈愛の怪盗から漆黒のペロロトプスを守ってくれるはずです!!」

「慈愛の……怪盗?」

「先生は知らないのか。私もそこまで詳しくはないが、どうも芸術品を泥棒する悪い奴らしい」

「その慈愛の怪盗は毎回予告状を出すそうで、今回の標的が漆黒のペロロトプスだそうです。これにはモモフレンズファン界隈も震撼で、皆危惧しています」

 

 ヒフミは両の拳を固く握り締め、うつむいたままの姿勢で答えを絞り出した。

 難解とされた予告状の文面には、ただ「奇怪な黒いカラス」とのみ記されていた。解読に乗り出したネットの解析班がその真意を突き止めると、それはモモフレンズ祭典の大トリを飾る予定だった、漆黒のペロロトプスを指すことが明らかとなった。

 その説明を耳にした彼としては、どの部分が難解だったのか問い質したい衝動に駆られた。だが、ここで無用な水を差すことはできない。せっかくのモモフレンズ理解者を前に、断絶の火種を生むなど愚の骨頂である。

 尤も、彼がモモフレンズ好きだという情報はどこにも漏れていないはずだ。きっと。多分、メイビー。

 

「つまり、俺に慈愛の怪盗を捕まえて欲しいということか?」

「それだけなら私達生徒が力を合わせればなんとかなる……かもしれない。けど、事態はそう単純じゃない」

「なに?」

「漆黒のペロロトプスを狙っているのは、何も慈愛の怪盗だけではないんです。キヴォトスの闇……つまり、ブラックマーケットを徘徊しているような人々も狙っているとの情報が入りました。丁度私もブラックマーケットに知り合いがいまして……情報は確かです」

 

 つまり──お前自身も狙っているのではないか。

 バージルの喉元まで出かかった問いは、結局のところ言葉にはならず、静かに呑み込まれた。

 そうし得たのは、ヒフミがどれほどモモフレンズに心血を注いできたかを、彼自身がよく知っているからだ。危険な街角にも足を踏み入れ、見知らぬ土地で仲間を作り、やがてはその地に溶け込む。時には銃を手にし、仲間のために命を懸けて戦ってきた。その姿を目の当たりにしてきたからこそ、バージルにとってヒフミは疑うべき相手ではなく、信じるに足る存在であった。

 アズサもまた、ヒフミを案じながらも、その在り方を深く信頼していた。

 かつて自らが悪魔と化し、仲間へ牙を剥いたときでさえ、ヒフミの姿を目にすると心は揺らぎ、迷いを滲ませてしまった。

 補習授業部の仲間を何よりも支えとし、拠り所とする彼女の姿勢は、ただの友情や信義を超えて、一つの美学を体現していると言っても過言ではなかった。

 

「つまり、その漆黒のペロロトプスが多方面から狙われていると。何故だ」

「えっと……今回のモモフレンズの祭典で、ネットである催しが行われたんです。オークションというのでしょうか、結構お祭りのように盛り上がってたと思いますが……」

「ヒフミ、確かその時先生は百鬼夜行連合学院にいた」

「あ! そうでした……先生はいつもお忙しい身ですからね。失礼しました」

「構わん、続けろ」

「で、簡単に言うとそのオークションは主催者が開催した嘘のオークションだったんです。メインコンテンツである漆黒のペロロトプスの価値がどのくらいあるか──という趣旨だったそうです。炎上しましたが、まさかの金額にその炎上は一瞬で鎮火。こういうのもあって今回のモモフレンズの祭典はチケット制度を取り入れることになったんです」

 

 電子ポットのスイッチが小さく鳴り、湯気が立ちのぼる音を合図に、バージルはゆるやかにソファから腰を上げた。棚から取り出されたのは白磁のマグカップが三つ。動作の一つひとつに無駄がなく、音を立てぬまま湯を注ぎ、紅茶の香りがゆっくりと部屋に広がっていく。

 ティーパックは市販品でありながら、選び抜かれた高級銘柄。濃密な林檎の芳香が瞬く間に空間を満たすと、アズサは驚きに目を丸くし、落ち着かぬ様子で指先を服の裾に絡めた。

 やがて二人は顔を見合わせ、思わず小声を交わす。

 ──あの先生が、私たちに紅茶を淹れている? 冷徹で近寄り難いと評判のシャーレの先生が、まさかこんな仕草を見せるなんて。並みの生徒ならそう言葉を漏らすだろう。だが、彼女たち二人は知っていた。

 どこか寂しげで、でもふとした瞬間に優しさを見せる先生の在り方。ただ単に不器用で慣れていないだけだということ。

 

「紅茶は嫌いではないな?」

「ええ、しかも先生が態々淹れてくれた紅茶ですから、ありがたく飲ませて頂きます!」

「ふむ、林檎か……好きだ」

 

 切羽詰まっていた二人の少女から零れる仄かな笑み。

 きっと、以前の彼からは考えられない感情だろう。その笑みを見て……それこそがあるべき姿だと過るのが。

 己の感情が可笑しいのか、思わず彼の口元にも笑みが零れる。

 

「それで、その漆黒のペロロトプスの価値はどれくらいだ」

「……一億です」

「なに?」

「一億円だ先生。確かに彫像の作りではあるが……価値が上がり過ぎている」

「ふ、それ程の価値が付いて当然かもしれぬな」

「え? どうしてだ先生」

「いや、何も気にするな。で、その祭典はチケット制なのだろう? お前たちは当選しているのか?」

「ああ、ばっちりある。今回は先生も含めて補習授業部全員分を用意したのだけど……ハナコとコハルには断られてしまった」

「ふん、価値の分からん奴らめ」

「え? 先生それはどういうことでしょうか?」

「特に気にすることではない。それよりも、俺の分もあるのは褒めてやろう。態々シャーレの権限を用いて興行主に手回しするのも面倒だからな。喜べ、そのチケット代金はシャーレで負担しておいてやる」

 

 経費、素晴らしい言葉だと、子供であるアズサは先生の威厳に平伏した。

 

「二枚余っているのであれば……お前たちは他に誘う友人は?」

「うーん、特には思い当たりません。ナギサ様はモモフレンズについてあまり感触が良くありませんし……」

「スクワッドもそんな暇は無いだろうしな。特にはない」

「そうか、であれば、その二枚を俺に預からせてはくれないか?」

「へ? 大丈夫ですけど」

「なに、頭数を増やすだけだ」

 

 立ち上がり、窓辺まで歩き次の紅茶を淹れる傍ら。

 降り注いだ太陽光に瞳を細めながらも、どこか穏やかな表情に目を奪われる二人の少女。

 最初は警戒していたアズサも今となっては安堵の顔を浮かべながら、ヒフミの片耳に口を近づける。

 そう、スマートフォンをぽちぽちと押している間、アズサのヒフミは小声でこしょこしょ話に耽っていた!

 

(ヒフミ……先生って絶対モモフレンズ好きだよな)

(シッ……! アズサちゃんそれは言っちゃダメです! 頑張って隠してるんですから!)

(いやでもあのリアクションをどう躱せばいいか難しくないか? まだ銃弾の方がマシだ)

(先生は奥手で不器用なんです! 頑張って踏ん張ってください!)

(ヒフミ声大きくないか?)

(大きくないです!!!)

 

 スマートフォンでのやり取りを終えたバージルが席に戻ると、二人はハッとした顔で彼の顔を見つめなおす。

 何事かと推察したバージルだが、漆黒のペロロトプスがおかしな奴等に盗まれるとあればそんな些細な話はどうでも良いのだ。

 

「どなたと連絡を取っていたんですか?」

「丁度暇をしてた奴らだ。偶々シャーレの近くを運転していたらしく、すぐにここに来る──」

 

 バージルの言葉が終わり尻になるその瞬間、突如としてシャーレの扉が大きな音を立てて開閉し、その奥には鉄道帽子を被った生徒が二人。

 

「暇じゃないんだけど!? パヒャヒャ! でも先生の頼みなら超特急で飛んできちゃう橘ノゾミだよ!!」

「同じくー。ヒカリだよ~よろしくね~」

 

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