書きます!
「せんせー、このピザ注文したーい」
「先生♪ 私はこの魅惑的なイチゴのコートを纏ったストロベリーサンデーが食べないなっ!」
「ふん、好きなのを頼めばよかろう」
「あはは……お二人とも先生と仲が良いんですね」
「でもいいのか? 私達までご馳走になっても」
「構わん。なんだ? 貴様はスカルマンがお目当てか」
「うん、このファミレスチェーン店限定のストラップがあるんだ。先生は……Mrニコライ?」
「この俺がそんな物に興味を持つはずがなかろう。だが、生徒の趣味を理解するのも先生の務めだ」
夕陽が沈みゆく黄昏の刻。空腹に耐えかねたハイランダーの二人が駄々をこねはじめたため、一行は街道を外れ、ほど近いファミリーレストランへと足を運ぶことになった。
店内には各校の制服姿が色とりどりに並び、景観と相まって華やかな賑わいを見せている。この店はもともと人気のスポットだが、とりわけ期間限定スイーツに力を入れていることで知られ、スイーツ好きを自認する者たちがこぞって集う場所として一部界隈で名を馳せていた。
少女たちのきらめく笑顔が溢れるその空間に、ただ一人、異質な青が混じる。長物は目立つと心得て、細長い筒に収め背に背負いながらも、決して手放すことはない。常に肌身離さず抱えるその姿は、彼の異端をより際立たせていた。
「えー、でも先生の家の壁掛け具に同じようなぬいぐるみが均等に並べられてたじゃん! 絶対好きでしょ!」
「ノゾミ、貴様は何も理解していない。俺は先生だ。生徒達から貰った贈り物を無下にしては、先生の名に恥じる」
「でもライトアップしてあるよね? めっちゃお気に入りってことでしょ?」
「たまたまライトの下に置いてあるだけだ」
「私とヒカリが贈ったリボンの付いた熊のぬいぐるみは床に置いてたよね? 予選敗退な感じだった?」
「あれもたまたまだ。詰まらんことを気にするな」
注文したコーヒーを唇に運び、二度三度と静かに啜る。その合間に隣へ視線をやれば、そこには肩を落とし、拗ねたように瞳を細めるヒカリとノゾミの姿があった。二人は怪訝そうに彼の横顔を覗き込むが、強面の先生は決して視線を返さない。その頑なな態度に、結局は小さな溜息が一つこぼれるのだった。
「あはは……ま、まぁ先生は先生ですものね! 私達の贈り物が喜んで貰えたようで何よりです! ペロロ様以上にかわいいキャラは存在しませんから!」
陽光そのもののような笑みを咲かせるヒフミ。その屈託のない輝きに、ノゾミは思わずたまらずサングラスを取り出し、瞳を庇うように掛けた。
──まずい、このままでは大好きな先生を奪われてしまう。
胸の奥を焦りが占め、ノゾミはスマートフォンを取り出して必死にモモフレンズを検索する。だが、画面の中央に現れたのは奇怪なキャラクターたちが跳梁跋扈する有様。その異様な光景を目にした瞬間彼女の表情には深い影が落ちた。
「ノゾミー。これってこの前せんせーと一緒に取ったやつー」
全身がまるで軟体ゴムのようにびよーんと伸び、何を考えているのかさっぱり分からない表情で、まん丸だった瞳を楕円にまで開くその姿――猫である。
ある時は首にぐるりと巻きついて即席マフラー、またある時は抱き枕代わりにされて睡眠の相棒。そしてまた別の時には、予想外のリーチを発揮して災害救助の現場に投入される始末。
モモフレンズは奇怪な界隈だ。だがなぜか一般層からの受けも悪くないという不思議な人気を誇るその猫の名は……ウェーブキャット。
「あ、先生ついにウェーブキャットを買ったのか?」
「俺が買うはずもなかろう。そこにいるノゾミとヒカリに無理やりゲームセンターに連れていかれただけだ」
「え!? 結構ノリノリじゃなかった!?」
「ふん、何を言うかと思えば。お前の目にはそう映ったのかもしれんな」
「景品でゲットしたー」
「パンチングマシーンの優勝景品だったでしょこれ!? マシーン壁ごと粉砕して店外に弾き飛ばして意地でも取ってたじゃん!?」
「そうだったか? 遠い昔の記憶だ」
「ピザおいしー」
「それは俺の分だヒカリ。間違えるでない」
大きなピザを囲み、笑い声が重なり合うその最中。ふと耳に届いたのは、周囲の学生たちが押し殺したようにざわめく声だった。
何事かと振り返った瞬間、空気が張り詰める。店の入口に立ち並んでいたのは、漆黒のスーツに身を包み、室内だというのにサングラスを外さぬ怪しげな人物たち。整然と並ぶその異様な光景は、否応なく視線を集めていた。
彼女らは落ち着きなく首を巡らせ、店内の誰かを探しているようだった。
その出で立ちから漂うのは、不自然なほどの暗がりの気配。まるで陽の光を浴びること自体が彼女たちの生き方に背反するかのような、夜の住人めいた素振り。
間違いない──裏社会に生きる者たち。そう直感した瞬間、笑いに満ちていた食卓には、言葉にできぬ緊張が忍び込んでいた。
「あれって……」
阿慈谷ヒフミは少しだけ前傾に姿勢を傾けると、片手を添えそっと言葉をつぶやいた。
「先生、私あの人達見たことがあります。確か深夜にブラックマーケットに遊びに行った時のことです」
「お前のどこが平凡な学生だ」
「い、いいじゃないですか、たまには火遊びしたくなる時だってあります!」
「ヒフミ、流石に危なすぎる。今度は私も連れて行ってくれ。盾くらいにはなる」
「ダメですアズサちゃん、一緒に戦いましょう!」
奥の席で誰かが小さく手を挙げたのだろう。黒い影のような一団は一糸乱れぬ動きで列を成し、その人物のもとへと進みはじめた。彼女たちが歩を進めるたび、店内のざわめきは次第にしぼみ、空気が重く沈んでいく。
やがて店員が恐る恐る近づき、注文を取ろうと口を開いた。だが、目の前に立つ異様な存在感に声は上ずり、額には玉のような汗がにじむ。筆記用の手元すらわずかに震え、その様子がかえって店内の緊張を一層際立たせていた。
「先生、あれはアランチーノファミリーの人たちです」
「アランチーノファミリー?」
「ええ、キヴォトスの裏社会でも名の知れた組織です。密輸や人身売買、暴力沙汰などなんでもござれな組織です。その規模はキヴォトス全土に蔓延っているのだと聞いたことがあります。あのカイザーコーポレーションとも繋がりがあるとかないとか」
「では、あの奥に座っている偉そうな奴がボスか?」
「いえ、あの人ではありませんね。あそこのボスはたまたま入ったカフェでお隣だったことがありまして」
「貴様のどこが平凡な学生だ」
「ち、違いますよ! たまたまが重なっただけです!」
「ヒフミちゃんもアランチーノファミリーだったりして?」
「だったりー?」
「でも、ヒフミが凶悪な犯罪者集団と関わっていると噂もある。どうしてだヒフミ? 私ならいくらでも相談に乗るのに」
「ちょ、ちょっと!? 誤解が深まってませんか!?」
そんなやり取りをしている最中、店の奥からは妙に耳を引く会話が洩れはじめた。
本来なら気配を殺して交わされるべき内容なのだろう。だが、この場の緊張に反して、言葉はあまりに無防備に放たれ、周囲に筒抜けとなっていた。
油断か、それとも意図的か──いずれにせよ、その奇妙な響きは場にいた者たちの神経を逆撫でし、胸の奥にざらついた不安を植えつけていく。
「ねぇ先生。今、強奪するって言ってたね」
「ああ、お前にも聞こえたか」
「強奪とは穏やかじゃない」
「なんかーペロロって言ってるー」
「モモフレンズの祭典とも言っています。どういうことでしょう?」
さらに耳を澄ませば、「一億」だの「警備」だのと、物騒な単語が断片的に聞き取れる。思わず空気が張り詰めたその刹那、アズサはどこから取り出したのか分からぬ指向性マイクを構え、そっとその方向へ向けて録音を始めた。
一方で、バージルは静かにコーヒーを口に運ぶ。その視線は、気づけばすでに四分の一ほど姿を消していたピザへ。目を細めて観察すれば、隣でとぼけた顔をしているヒカリの頬に、とろけたチーズがしっかりと付着しているのを発見する。
──犯人は明らかだった。
やがて会議が終わったのか、アランチーノファミリーは続々と店を後にし、時間が過ぎるとファミレス店内はいつもの喧騒に元通り。
学生たちは嫌な時間を払拭するように
「まさか、ヒフミが言ってたブラックマーケットで噂になってた漆黒のペロロトプスを狙う組織って……?」
「アランチーノファミリー……! そんな、あの組織が狙っているなんて反則です!」
「ヒフミ、流石にこの件は危険すぎるんじゃないか? 慈愛の怪盗もいればアランチーノファミリーもいる。いくら私達でもキヴォトスの闇には勝てっこない。悔しいけど……」
「……そうですね。アズサちゃんの言う通りかもしれません。今回は──」
ヒフミの言葉を遮るように、ノゾミがすっと手を挙げ、その指先を彼女の唇にそっと添えた。
自信に満ちたその顔は挑発的で、浮かんだニヒルな笑みは、まるで悪戯を仕掛ける子供のように無邪気でありながら、小悪魔めいた危うさを孕む。
「パヒャヒャ、反則ならこっちにもいるじゃん!」
「せんせー、さいきょー」
「列車を真っ二つにするなんていくらアランチーノファミリーでも出来っこないよ。先生がいれば大丈夫!」
「俺を宛にする気か?」
「でもでも先生、可愛い可愛い生徒がこうも悩んでいるんだよ? 先生が言う責務ってのにそれは入らないの?」
「責務ー」
「……先生、ご無理をなさらなくても大丈夫です。先生はお忙しいお方ですから」
そう告げたヒフミは、俯いたままスマートフォンを取り出した。指先が迷いなく画面を滑り、普通の生徒では到底アクセスできぬ武器庫のサイトに接続する。そこに並ぶ兵装の中から、ロケットランチャーの選択肢を前にしばし逡巡する姿は、彼女の決意の裏返しでもあった。
隣にいたアズサは、眉をかすかに垂らし、か細い声でヒフミの名を呼ぶ。心を交わした親友が苦境に沈んでいるのに、差し伸べる力を持たぬ自分。その事実が胸を締めつけ、瞳を潤ませ、結んだ唇を震わせた。
その表情を横目に見たハイランダーの二人は、またもや目を細める。彼女たちの視線の先には、ちょうどコーヒーを飲み干した先生の横顔があった。まるで何かを見透かすように、ひたすらその表情を注視する。
──だが、その心配は杞憂に終わるだろう。
何故なら、彼ほどの男ともなれば、マフィアの組織の一つや二つ敵に回したところで、揺らぐものなど何もないのだから。
「言われなくても手を貸すつもりだ。だが、乗りかかった船。貴様らにも手伝ってもらうぞ」
「え? ですが、シャーレの先生というお立場でマフィアを敵に回すのは……下手したら、狙われる身にもなるかもしれません」
「問題ない。俺を誰だと思っている」
「ひゅー! 先生かっこいい!」
「かっこいいー」
「流石先生だ。この問題は先生の力がないと解決出来ないだろう。よかったなヒフミ」
店員を呼び止め、同じコーヒーを頼むと、バージルは揺るぎない眼差しでヒフミを見据えた。
それは単なる共通の趣味を分かち合う者としての視線ではない。生徒の願いを受けとめる教師としての覚悟でもあった。そして同時に――自らがこのキヴォトスに留まる理由そのものを映す眼差しでもある。
それは彼自身の願いであり、Vを通じて初めて気づかされた己の一面でもあった。
「たまにはお前の遊びにも付き合ってやろう──でしょ?」
ニヒルな笑みを浮かべるノゾミにしてやられ、バージルは小さく肩を竦めるしかなかった。運ばれてきたコーヒーを手に取り、静かに口をつける。その仕草は敗北を認めるでもなく、ただ苦々しい笑みを胸の奥に隠したまま、彼なりの答えを示していた。