補習授業部!
「もう嫌っ! こんなことつまんない! 楽しくない! もっと楽して試験合格出来ないの!? そもそもダンテ先生がちゃんと勉強出来る先生だったらこんな事にはならなかったのに!! 大体どうやって教員免許取ったのよ!」
「ひでぇ罵倒だなコハル」
「んもう、コハルちゃんダンテ先生を困らせてはいけませんよ。あくまで彼は私達の監視役兼護衛なんですから。でも確かに謎ではありますね。まさかコハルちゃんよりも点数が低い存在がこの世にいるなんて……」
「お前もだいぶひでぇぞハナコ。あと服を着ろ」
「私は正義実現委員会で忙しいだけだから! あと本気出してないだけだからいいの!!」
「いやシンプルにバカだぞコハル。自覚してくれ頼むから」
「でも、他の正義実現委員会はいないぞ。ここに来てるのはコハルだけだ。それはどうしてなんだ?」
「純粋な目で追い詰めるなアズサ。問うのは一番効くんだぞ。本当に人間かお前?」
「ああもううるさいな!! とにかく皆バカだからここに来てるんでしょ!? バカにバカって言うなバーカ!!!」
「認めてるぞコハル。せめて後三行は耐えてくれ」
トリニティ総合学園の外れにある大きな施設。森に囲まれた合宿所。
しばらく誰も使っていなかったその施設に、生徒4人と先生が一人、大きな教室を陣取り勉強に励んでいた。
阿慈谷ヒフミと下江コハル。浦和ハナコに白洲アズサ。そして担任となったダンテ。
「こ……コハルちゃん落ち着いて……」
「落ち着いてなんかいられないわよ! 皆退学するこんな状況で……」
「何を言っているコハル、私は退学するつもりなんてない。どんな惨めになってもこの局面を乗り越えるつもりだ」
「まぁ退学になって最悪無所属になるだけですから……もっと楽に」
「ハナコ、それ以上服を脱ぎ始めるな」
「あ、あの!!!!」
急に大声を出し始めたヒフミに一斉に視線が集中する。
「せっかくこうして集まったのですから、皆で知恵を寄せ合ってですね……。そうしないと本当に退学に……」
「そうですね。うふふ、弱くて敏感な部分を──むぐぐ」
「それ以上は駄目だハナコ。ただの下ネタ製造機になってるぞ」
「むぐぐ(あぁ、先生の大きな手で口を無理やり……!)」
「うぅ、先生……」
「ヒフミ、俺も頑張るから。一緒に頑張ろうぜ」
「流石先生だ! 口を動かす前に瞬く間にハナコを制圧するとは。これは女殴ってるというのもあながち間違いではないのかもしれない。恐ろしい話だ」
「やめてくれアズサ、それは俺にかなり効く」
ーー
ーー
「どうも先生ってのは性に合わねぇ」
シャーレ部室から程遠く離れたD.U地区の中心地。地面から天まで聳え立つサンクトゥムタワーの上階で、ダンテは七神リンと向かい合ってソファーに座っていた。テーブルの上に置いてあるこじゃれたティーカップから湧き出る湯気はとうに空気に溶け、真向かいにいるリンの手元には空のティーカップ。彼女はダンテから視線を一切外さず、ダンテ自身もリンの瞳から視線を外さないでいた。そこには確固たる意志があり、引き下がるつもりはないらしい。
リンは頭の回転が速い。
ダンテがこのキヴォトスに来てから二週間と少し。まずは簡単な鎮圧任務を数個こなして貰っていたが、その中でどうも彼の琴線に触れる出来事が出たらしいと、現地の部員から情報を事前に得ていたのである。少しでも時間を稼ごうと震える指を沈め、ゆっくりと手元のカップを机のソーサーの上に置き、ハンカチで口元を拭う。眼鏡を片方の手で耳元から調整し、視線を外さずダンテに向かって質問を投げた。
「理由をお伺いします」
「理由は簡単だ。俺は……最初はテンションが上がってやっちまったが……女子生徒を傷つけたくねぇ。性分に反するんだ」
一言で表すと、ダンテは面食らってしまったのだった。二つの意味でだ。
通常、彼の世界観で言うならば、銃弾の一発でも受けてしまえば致命傷になるし、普通に死ぬ。
だが、このキヴォトスではその常識は通じない。あろうことか銃弾は「痛い」の一言で済むし、ロケットランチャーや手榴弾に関しては「いったーい!!」の感嘆符付きで済んでしまうのだ。おかげで戦闘に対する恐怖が希薄化しており、日常的にそこら辺で、公園でキャッチボールをするのと同じ感覚でテロや強盗が起こっている。まさに世紀末な世界。
無論、ダンテにとってその程度の戦闘は屁でもなく、むしろ楽しいお祭り程度の認識だ。彼は集中すれば1メートルの距離でも弾丸を避ける事も可能で、手で宙を前進している弾丸を掴むことも出来る。歯で掴み取る事も問題ない。背後から撃たれても感覚で方向を捉え反応することも出来るし、視界に入れようが入れまいが避ける神業も魅せる。
それなら何が問題になるのだと言う所だが、逆にキヴォトス人がダンテの認識よりも強すぎて、制圧以外の処理の方法が思い浮かばない事だろう。つまり、攻撃を加えなければ大人しくならず。気絶させなければ反応する限り攻撃を続けてくるという意味だ。それが、彼にとっての悩みの種であり、彼自身のポリシーに反する事であった。
──女、子供。弱者を傷つけないという確固たる意志。
キヴォトス人を弱者と定義してよいものかと議論をするのは別の話になるが、ダンテにはその意思を貫けない非常に重大な問題があった。
そう、それはキヴォトス人、もとい、生徒が放った弾丸は確実にダンテ自身にダメージとして降り注ぐということである。つまるところ、銃弾を受け続けたら悪魔としての力を失い死んでしまうという事実だった。
これまで、様々な悪魔と対峙してきた歴戦の猛者であるダンテ。鋭利な鎌で頭を貫かれようが、猿の猛毒をシャワーで浴びようが、剣で胸を貫かれようが「死」など脳裏も過らなく、傷など無に等しい。
そんな彼の常識はこのキヴォトスでは悉く跳ね返されている。
アロナ曰く、ダンテの悪魔の力と生徒の神秘ではかなり相性が悪いらしい。
先生の仕事と言っても、彼が受けていたのは殆ど傭兵の仕事みたいなものであった。
戦局は多勢に無勢。相手100人に対し、ダンテ側は良くて10人程。現地の職員が全滅する中、彼は一人で奮闘することになる。
いくら彼が最強のデビルハンターと言えども、正面ならまだしも四方八方からの銃弾全てを防ぐことなど不可能。最初は気のせいだと自分に言い聞かせていたダンテだが、傷の治りが遅いのと、内包している魔力の減少を認識してからは戦闘スタイルが変わり、常日頃から無鉄砲な戦い方ではあるが、確実に相手を戦闘不能にしなければならないという状況に追い込まれていた。
それはつまり、目の前にいる可憐な少女を銃弾や拳で傷つける場面に迫られる。ということである。
「リンちゃん。俺は、俺は……先生なんて向いてないんだよ。見て見ろよこの新聞。俺は今までそれなりにプライドを持って生きてきたつもりだ。それがこの有様だぜ」
リンのカップの横に投げ込まれるひとつの束。クロノスジャーナリズムスクール発行の新聞だ。
日付はおおよそ一週間前、記事の中心には大々的にこう書かれていた「シャーレの先生、女を殴る!」と。
なら問題を起こすなとリンは思ったが、彼女にしては珍しく鼻を抑え笑いを堪えるのに必死になっていた。あれだけ無茶な戦場に駆り出され、合計すると七囚人クラスの装備を纏ったPMCや無所属の生徒相手にし、ほぼ無傷で、しかも一人で制圧する圧倒的な戦闘能力を持ちながら、こんな些細な事を気にしてるという事実に呼吸が苦しくなり始める。
七神リンから見れば、正直、ダンテは所謂「怖い人」、「柄が悪い人」な見た目に分類される。口を開けばめんどくさそうな野暮ったい台詞を並べ、癖なのか知らないが、極々自然に両足をテーブルの上に組んで乗っけたりと、悪い態度が収まらない。腕っぷしはキヴォトス人の基準から見ても異常値を叩き出し、顔はかっこいいが、彫りが深く影が目立つ顔立ち。
最初こそ緊張して接していたリンだが、一週間も経たない内にダンテが持つ根元の高潔さや、誰よりも人間らしい面がある事に気付く。それは野暮の中に隠れた優しさだ。僅かな時間だが、それを知ったからこそ猶更笑みが込み上げてくる。
「しかも見てくれよこれ。モモチューブのニュースチャンネルで俺の事が勝手に紹介されてたんだぜ?」
モモチューブのニュースチャンネルなんてお年寄りくらいしか見ないのを、彼は悲しそうに、眉を上げて口を尖らせながらリンにスマートフォンの画面を見せてきた。
動画の冒頭では、ダンテがワカモのお腹に拳をのめり込ませる場面から始まり、10秒程のスロー再生で事の顛末を伝えようとしている。ワカモの憂いを帯びた瞳から涙が数滴こぼれ、対照的にダンテの顔はニヒルな笑みを浮かべており、あらあら対極的な悪役だと脳内に滑り込んでもおかしくはない。
場面は変わり、コメンテーターでありインタビュアーの川流シノンが長机の向かいにおり、その隣には大きなプレゼン用のスクリーン。
「今日も始まりましたクロノスジャーナリズムスクールチャンネル! 略してクロチャン! 早速今日の議題から入っていきたいと思います。今日は……そう、皆様も気になっていますよね? SNSで話題になった、キヴォトスに彗星の如く舞い降りた話題の人物! そう、シャーレのダンテ先生です!! え? 怖い? うんうん確かにそんな声が聞こえてきてもおかしくはありませんね。先の映像通り、そして創刊した内容通り、新しくシャーレに着任した先生は……! なんと──DVモラハラ野郎だったのです!!!」
リンは動画の内容もさることながら、コメントに書かれていた内容にも注目した。
ーあの先生おかしい。普通ビルは登れないし走ったりも出来ない。
ーたった一発で気絶するなんておかしい! 違法銃弾使ってるんじゃないのか!? しかも無尽蔵に弾を出してくるなんて意味わかんないっ!
ー私……防弾チョッキ着ていたとは言えお腹殴られて沈んだの初めて。
ー私なんて抑えれたと思ったら胸を触られたのよ!? セクハラも追加してよ!!
「おっとここで新情報が入りました!! 中継を繋げます!!」
場面は変わり、キヴォトスのとある市街地が映し出される。
ーーうぅ、私何もしてないのに……体を触られ……うぅ。
「なんて極悪非道なのでしょうか!! シャーレの先生はDVモラハラ野郎だけではなくセクハラ野郎でもあったのです!!」
晩節を穢すぜ……と意気消沈するダンテに、晩節と言う程年齢を重ねてないだろうとツッコミを入れたくなるリン。だがここで追撃してはこれからの先生としての活躍に支障が出ると考え、口を閉じる事を選ぶ。というより、こんなどうでもいい事を気にしているダンテの姿が滑稽に見え、笑いを隠すのに必死だった。
「ぷくっ……成程。ダンテにとって先生の仕事は重荷だと?」
「ああ、書類仕事は何とかなるし、戦いは好きなんだが……対象がな」
「ふむ、そうですか。それはとても困りましたね。連邦生徒会長はあなたを指定しました。きっと、ダンテにしか出来ない事があるからだと思います」
「俺にしか? はっ、俺のやってることなんてただの便利屋だろ。俺以外でも務まる」
不貞腐れて投げやりになってる彼を見て小さく溜息を吐くリン。この大人はどうも子供っぽい一面が強いなと、彼女の分析は続く。どうにかして打開策を出したいところだ。
そういえばど。ふと思い出したようにリンは立ち上がり、背後にある書斎の机から一枚の紙を取り出し、ダンテの前に置く。
「ダンテ、小休憩です。といってもこれも先生の仕事ですが……」
「ん? 依頼? トリニティ総合学園?」
「学園のトップであるティーパーティーから直々のご指名が来ました。まぁ恐らくは政治的な意味合いも強いのでしょうが、まさかこんなに早く動いてくるとは……」
「政治の事はよく分からねぇが」
「キヴォトスに来たばかりですものね。そこら辺は安心してください。サポートは当然私達が行います。内容は……補習授業部? の顧問だそうです」
「補習? 落第生の根性を叩き直すくらいなら出来そうだ」
「流石は女を殴ってるだけありますね。即答ですか」
何故このタイミングで彼を痛めつけなければならなかったのか。当人であるリンですら驚いた発言であった。まるで子犬を揶揄うように言葉のじゃらしを巻いたくらいの認識だったリンだが、思った以上に彼の心のダメージは大きく、瞳を見開いたまま彼女を見つめるダンテ。
「なんでそんな酷い事を言うんだ! どうしたんだリンちゃん!」
「ああ、いえ、その……私としたことが失言でした。申し訳ありません。何故でしょう、つっつきたくなりました」
今日一日で大方のプロットを組んでみました。
見切り発車ではありますが、結末だけは決めてましたので、要所の区点を制作した感じです。
感想、評価、お気に入り登録。どれもとても励みになります。
メインで執筆してる作品の息抜きとして制作しましたが、まぁどれもメイン超えそうですよね・・・ま、いいか。
楽しんで頂けたら幸いです。