したしたと微小の雨粒が降り注ぐ街道の端を、傘もささずに、黒いフードを被りトボトボと俯きながら歩く影が一人。
午前7時32分。登校時間より少し前に家を出たのにも関わらず、その目的とは裏腹に足取りはいつもより遅く、ある光景を思い出す度に胸の鼓動が高まるのを収める為に立ち止まっていると、時刻は午前7時35分を回る。
抜けた腰は整体師のおかげで一日で完治し、特に大きな怪我も無かった為、入院することも無くあの事件から翌々日で登校を再開する運びとなった。部の仲間や学校のクラスメイトから安否のメッセージが大量に来ていたが、そのどれも返すことなく全部既読を付けるだけ付け、画面の前で浮かせた親指はそのままウェブサイトの記事のリンクを押す。その先に書かれてあるのは、シャーレの先生を追った個人のウェブサイトだ。運営者はきっとどこぞの新聞記者なのだろうが、PVは伸びていなく、毎日二回更新されていた記事は昨日の時点でぴたりと止まっている。
だが、彼女にとってはそれだけで十分だった。先生がいつどこで何をしているか、その情報が先日、具体的には20時間前まで遡れば、例え行方不明でも足取り先で情報を聞けばいい。
信号先で左に曲がり、真っ直ぐ進めば学園。だが、彼女は曲がる事無く真っすぐに歩き始める。行先はちょっとした繁華街。目的地は迷いに迷った結果、密かにたまに通っているスイーツショップだ。このままだと登校時間に遅れるが、もういっそのことさぼってしまっても構わない、それ以上に考える事があると決心し、迷いなくひたすらに歩き続ける。
「……ただの吊橋効果」
──杏山カズサは悩んでいた。
スマートフォンに表示されているある人物の画像を見ると、落ち着いていた心臓が先程と同じように数度跳ねた後、明らかな心拍数の上昇を意識せざるを得なかった。ポケットに入れてある洗濯済みのハンカチを握りしめ、その時の情景を再び思い浮かべる。コンビニ店内、煙が充満した空間で起きた一瞬の出来事。
──これで煙から肺を守ってくれ。
肩に置かれた手は布越しでも分かる暖かさ。口元を覆ったハンカチ越しの手は、顔の形に沿うように置かれ、力を入れる事無くすんなりと鼻と口を覆う。その後頭を柔らかく撫でられた後「動くな」と大きな声が店内に鳴り響き、煙が晴れた後は既にその姿は無く、刑事が一人狼狽している姿だけ。
その後、救護騎士団に回収された彼女は容態の確認をされ、腰の治療だけで解放されることになる。
「到着っと。ふふ、学校さぼってまで何をしているんだろ私。会えるかどうかも分からないのに」
石畳の細い路地の道中に目的地はある。ヴィンテージカラーで彩られた大きなファサードが小粒の雨を遮り、木枠の窓越しに古い本棚のように並べられた色とりどりのスイーツのモック。入り口はまるで小さな扉だが、その奥に広がる大きなカフェラウンジはまるで異世界に来た感覚だ。まだ早朝という事もあって、客数はそこまで多くない。そもそも値段的にちょっとお高めであるし、場所も学校から遠い為学生は夕方には来たとしても早朝には来られない場所だ。
レジに並ぶといつもの店員さんが眠そうにあくびをしながら作業をこなしていた。ケース越しに並ぶスイーツに視線を移し、大人の男性はどのような味が好きなのかを今一度スマートフォンの画面を覗いて確認する。人によってはビターなのを好めば、人によっては砂糖の塊みたいな甘さを好む者もいる。だが、今回のターゲットは大多数の大人の男性ではなく、たった一人の男性。好みの食べ物までは検索しても出てこない。
困りに困った結果、彼女は一旦ホットコーヒーを注文することにした。まだまだ時間はある、じっくり二階のソファー席で作戦を練る事にした。
「バイトでお金はあるし、ちょっと背伸びした物でもいいよね。……だって、迷惑掛けたしさ」
迷惑を掛けたから、というのは本心から少しずれた発言だ。と言うよりも、一体自分の本心とは何を表すのかの解を、まだ彼女自身解き明かす事が出来ていない。そんな心のわだかまりを知る為にも、彼女は彼に会わなくてはならなかった。
焙煎された豆がミルによって粗挽きされると、仄かに香るいつものコーヒーの香り。濃いエスプレッソではなく、アメリカンに近い薄さのウインナーコーヒーだ。苦いのは正直苦手である彼女だが、いつしか大人になった時に格好つけて飲めるようにと、こうして一人でいる時間はいつも挑戦している。
出来上がったコーヒーをトレイに乗せ、二階の階段を上ると、そこは間接照明に彩られたシックな空間。シャンデリアを基調とした暖色の明かりは空間全体を照らすも、ソファー前にあるテーブルの一つ一つには小さな照明器具が取り付けられており、明るさを必要とする作業用としてもばっちり完備されている。単価が高い分、居住空間もくつろげる仕様になっており、一部の大人からは大の付く程人気になっているのだ。
彼女にはお気に入りの席がある。一部布生地を変えており、内部のコイルスプリングも他の席とは異なるだろう。柔らかさが段違いで、家のベッドに欲しいくらいの逸品。
そっとトレイを置き、壁に背を向けるように、空間を見渡せるような位置に腰かけ、早速手元のスマートフォンを画面を押し情報収集。
イヤホンを耳に取りつけ、動画投稿サイトであるモモチューブを開き、気になる彼の名前を打ち込んでみた。
スケバンが30名いるだろうか。その中に嬉々とした表情で突っ込んでいる彼の顔から動画が始まる。片方の手には金属バットが一本。相手の手にはライフルやショットガン、果てやロケットランチャーまでなんでもござれな状況だ。勿論シャーレの先生だろうが容赦がないのが彼女達。躊躇も無く銃弾をぶっ放すが、あろうことか彼はその金属バット一本で全部の銃弾を跳ね返したのだ。なんの手品を使っているのかとコメント欄は大荒れの状態。だが、スロー再生しても、それでも尚目で追えない程の速度でバットを振り回し、的確に銃弾を跳ね返している。
スケバンの一人がリロードしたが最後。彼はそのタイミングを見計らって金属バットを一人のスケバンのに向かって投げ込むと、当然避けられることもなく頭部にクリーンヒット。銃とバットが宙に舞う間、いる筈の場所に既に彼の姿は無く、いつの間にかスケバンの前に現れ、バットを手に取り銃に向かって大きく振りかぶった。銃はまるでブーメランにように回転し、様々なスケバン達に当たり意識を断ち切ると、そのまま彼の手元へと舞い戻り、今度は横撃ちで一人一人スケバンを屠っていく。
動画時間はわずか10秒のショート。戦闘時間はわずか数秒。
キヴォトスに舞い降りた悪魔と名高い先生の戦闘シーンだ。
コメント欄を読むと、皆同じような感想ばかり。やれ剣先ツルギとどっちが強いだとか、聖園ミカには勝てないだろうとかそんな話題ばかりだ。だが、カズサはその中で、気になる一文を見つける。
──そういえばこの前うちの店に来てストロベリーサンデーを買っていったぞこの人。対応凄くよかったし、去り際にお礼言ってくれたんだよな。
真偽は定かではないが、無い情報を探すよりかはましだ。
「ふーん、ストロベリーサンデーね」
コーヒーを一口飲む。表面のホイップが上唇を包むと、コーヒーの苦さを中和する甘さが口いっぱいに広がった。とりあえず贈り物を決めたカズサは一安心と背もたれに体重を乗せると、口を拭う為の布巾を探したが、貰い忘れていたことに気付く。
このまま口を白くして恥ずかしいので、貰いに行こうと席を立ち上がろうとした瞬間、彼女の目の前に見た事のある風貌が横切った。
飲み終わったカップのトレイを返却口に置き、階段を降りようとする。
銀髪に深紅のジャケット、見間違うはずがない。
カズサは心臓の高鳴りと共に、視線を外さずにそのまま立ち上がり、もつれた足取りで階段まで早歩きする。
そして彼の背中を確認すると、確信を得たカズサは声高らかに彼の名前を叫ぶのであった。
「ダンテ!! ……先生!」
自身の名前呼ばれるとは思ってなかった男は、静止した後、名前の方角に向かって顔を向けると、どこかで見た事のあるその顔に首を傾げる。
「あの、ちょっと待ってください! 今からそっち」
縺れていた足を無理やり動かしたからだろうか、足元は絡まり、彼女の想像とは違い前傾姿勢に体重が乗る。勿論バランスを取る事など出来ず、そのまま階段下まで転がり落ちそうになった。
が、当然ダンテはすぐに反応し、両手を広げカズサの腋を掴むと、そのまま半回転し力の減衰を起こし、丁寧に段差へと座らせる。
室内的にも狭く、必然的に顔が近くなる両者。会いたい人との急な再開に胸の鼓動が抑えられなくなり言葉を失うカズサ。反面、ダンテは可愛らしい口元に笑みを浮かべた後、ポケットに入ってるハンカチを取り出しカズサの口元を拭う。
「うぅ……」
我に返ったカズサの頬に段々と熱が帯び始める頃合い、自分の情けなさに思わずダンテの胸に顔を埋めてしまう。じっと見つめられるとどうにかなってしまいそうで、彼女が今出来る最善の策であった。
まさか一度ならず二度までも迷惑を掛けてしまうとは。カズサにとっても予想外の展開だったのである。
ーー
ーー
「で、いつかお詫びをしないといけないと思いまして……こうして出向いた次第です。はい、まさかこんなにすぐ会えるとは思わないよね……」
仕切り直しと再度コーヒーを注文し席に掛ける二人。ダンテの方は特に予定も無いそうで、時間ならあるとのことであった。もちろん、補習授業部の特別監視役兼護衛としての仕事はあるが、それは学校が終わった放課後の話である。他にやる事はあるが、かといって義務ではない。
「ま、体に怪我が無ければいいさ。それよりも俺と一緒にいて大丈夫なのか? キヴォトスでは噂が立ちやすいからな」
「噂? 全然大丈夫……です。だって迷惑を掛けたのは私なんだし。それに……」
盗み見るようにダンテの顔を見るカズサ。
ストロベリーサンデーを頬張る所はどこか子供っぽい、けど、コーヒーを飲んでいる姿は余裕な大人を感じる。正直、彼女から見れば彼はとても格好いい一人の男性だ。それが例え吊橋効果だと自覚しても尚、真正面からダンテの顔を直視出来ないでいた。
「私、どんでもないことしちゃったなって。こんなスイーツ一つじゃお詫びなんて釣りに合わないのは……わかってます。他にして欲しいことはありませんか?」
ダンテの経験上、ここで特に無いと言ったところで目の前の子が納得する展開なんて0に等しい。それに、確かに彼には困っている事があった。
「して欲しい事、あるぜ」
「よかった。どんなこと?」
「勉強を教えてくれないか?」
はい? と自分の耳の効き間違いを真っ先に疑ったカズサは、もう一度ダンテに問うた。
仮にもシャーレの先生を名乗る人物が、まさか自分に勉強を教えて欲しいとせがんできたのだ。これには驚きを隠せなく、思わず背もたれいっぱいに背中を後ずさる。
「え、……え? 先生だよね?」
「ああそうだ。数字とかなんやらは何とかなるんだが、歴史とか文学とかがからきしでな。今は仮にも補習授業部の担当だからな。そんな奴が何も教えれないんじゃ笑いものだぜ」
先生に勉強を教える。
当然、カズサはそんな経験など微塵も無い。が、これは役得でチャンスだと感じた彼女は快く快諾をするのであった。
「助かったぜ。どうもキヴォトスの歴史とか常識は俺の範疇じゃないんでな」
「あの、私特別成績が良い訳でもないんですけど。それでもいいの?」
「いいさ。なんなら俺と一緒に成績向上させようじゃないか。まだ一応シャーレの先生だしな」
「そう……私としては全然いいですけどね。それじゃ連絡先交換しませんか?」
モモトークの通知欄にダンテの名前が浮かぶ。
それを見て笑みを抑えることが出来ず、スマートフォンの画面で顔を隠す事くらいしか彼女には出来なかった。
「あの、先生って思ったより穏やかというか。ネットに出てる情報と違うっていうか……」
「ダンテでいいぜ。まぁもう半分は諦めてるさ」
その原因の一つを作ってしまったことを後悔したカズサは、それならば名誉挽回と、ある作戦を思いつく。
「今は補習授業部でお忙しいとのことですけど……もしお暇があれば、放課後スイーツ部に足を運びませんか? 部の皆には説得しておきますので。もし嫌じゃなければですけど。勉強だって沢山教えれますし、それに……」
会える機会が増えればいいなという台詞は、流石に口に出せない。
それが今のカズサに出来る、精いっぱいのアピールであった。
コメント欄で「ダンテ可哀そう(´;ω;`)」との声が大きかったので。
私もゲームから小説、漫画版と網羅したくらいDMCが好きなので先に申しますと、これからぶちあがるくらいかっこいいダンテを描くので、少しお時間をください。ということです。
(自らハードル上げる)
すみません。
これは私の嗜好なのですが、私にとっての至高はトニー時代のダンテなので、もしかしたら解釈違いが起こるかもしれませんが、それは暖かく見守って頂けると幸いです。
かといってゲームのダンテも最高なので、上手く取り入れていきます。