「私、先生みたいな人に会うの初めてで……正直興味抱いちゃったり? だって色々規格外なんだもん! じゃないとこうして遠路はるばる──といっても走ればそこまで時間は掛からないけどさ。でも一応トリニティではトップな私が”出向く”っていうのがどれだけ珍しいか理解してる? 一人の生徒がただ闇雲に会いに来た訳じゃないんだよ! 私が動くという事は下手したらトリニティの政治そのもを動かし──あの、そんな露骨に警戒しなくてもいいと思うんだけどな。私これでも傷つきやすい性格なんだよ? 少しくらい優しい眼差ししてくれてもいいじゃん。それにさ、前もって連絡はしておいたでしょ? 決して迷惑な時間じゃないと思うんだけど……。あの、ダンテ先生? 私はもう朝は済ましてきたって言ったと思うんだけど。え? いや一口欲しいなんて言ってないっていうか」
「ああ、ミカ。俺は感謝してるんだぜ? だってよ、こんなに美味いピザを焼いて持ってきてくれたんだからな。けどな、俺はピザを食ってる時は黙々とだらだらと食うって相場が決まってるんだ。確かに持ってきてくれたのはミカだ。そこは間違いない。感謝してるが黙って食わせて欲しい、一週間ぶりなんだ。だからな、一切れだって寄越すなんて寛容さを求めるなよって意味さ」
「わーお。私、今までの人生で優先順位がピザより後だなんて生まれて初めてかも。これも新鮮な体験なのかな。これが大人の余裕ってやつ? 想像していたのと違う……」
午前9時、丁度補習授業部が朝の支度をして勉強に精を出している時間帯。ダンテの元へとある一本の連絡が入った。電話越しの人物の声に聞き覚えがあったダンテは、席を立ち廊下へと足を運びそのまま自室へと戻る。
──話したい? 急なお願いに若干の戸惑いを見せる。聖園ミカと言えばトリニティ総合学園「パテル派」のトップ。ティーパーティーの一員。一見ただお茶を楽しんでいる優雅なトリニティの生徒……ではなく、実力はトリニティ内でも折り紙付き。いや、キヴォトス全土を見渡してもミカに匹敵する生徒の方が圧倒的に少ないのが現状というのを、今のダンテは知る由もない。
だが、例えそんな人物だったとしても態度を変えないのがダンテである。折角の勉強の時間を犠牲にするのならば、それ相応の対価を貰わねば交渉は成立しない。
──ピザだ、トマトとチーズたっぷりのな。間違ってもオリーブは入れるなよ。あと冷凍もダメだ。
それから約1時間後、ミカから別館外れの庭園の中にあるガゼポに着いたから来て欲しい。と連絡が入ったダンテは、補習授業部に「シャーレの用事だ」と言い残し足早に教室を後にする。久しぶりのご馳走に心弾む姿を悟られないよう、いつもみたいにクールに振る舞い余裕を醸し出す彼だが、この時ばかりはボロが出そうになっていた。
「ふー……美味かった。ファウストの店より美味いピザは久しぶりだ。ありがとな」
「へー、あれだけ牙を向けておいてお腹が膨れたらお礼を言うんだ。分かりやすい人。でもそこが尚いいかも!!」
「もうそろそろ禁断症状が出そうになっててな。で、こうして素直にピザを持ってきてくれたのには理由があるんだろ?」
「理由? うーん……お話したいなぁって!」
「お話?」
「うん、まずはさ、ダンテ先生が好きな物ってなーに?」
「ピザだ」
「即答だね! お好きなデザートは?」
「ストロベリーサンデーだな」
「これも即答だね! もうなんか決めてるって感じっ! じゃあさ……家に帰ったら何したい?」
「一度寝て起きた後にピザ食いてーな」
「またピザ!? ……朝ごはんは?」
「ピザだ」
「じゃあ昼ご飯は?」
「ピザだ」
「ええい! 夜ご飯は!?」
「ピザだ」
「……夜食は?」
「ストロベリーサンデーだな」
「一日中ピザ食べてたね! それじゃあ翌朝のごはんは?」
「ピザだ」
ダンテのあまりに偏った食の好みに、ミカは思わず片手を前に伸ばし、驚きを隠せなかった。
どんな問いにも「ピザ」で埋め尽くされたその返答に、わずかに乙女心を傷つけられた気がしたが、これが「大人」の返答の仕方なのかもしれない。そう無理やり自分に言い聞かせて、心の中で小さく息を吐いた。
「違う! 違うよダンテ先生! そこから会話の花を咲かせなきゃ! ピザのこれがいいよねーとかあれがいいよねーとか、作ってる時投げたら楽しいとか沢山あるじゃん!?」
「つってもな、ピザしか言う事はねえからな……最後は変だろ」
「あーもーいいよ! ちぇ、ちょっとしたアイスブレイクのつもりだったのになぁ。まぁいいか」
ミカは姿勢を正したあと、手元のスマートフォンの電源を切り、バッグの中に入れる。
「先生、トリニティの裏切者を探してるよね?」
ミカの思わぬ発言にピタリを呼吸を止め思考に入るが、その様子を見逃すミカではない。そのミカの様子を見て思わぬ落とし穴に落ちてしまったと落胆の顔を浮かべるダンテに、ミカは「ナギちゃんったら、予想通り」と返す。
「じゃあ、どうして補習授業部のメンバーがあの子達なのか、それも聞いてない感じ? もう、何も教えずにダンテ先生に重荷を背負わせるなんて」
「んなもんは聞かなくていいんだよ。俺にはあいつらがまともな生徒に見えるからな。ただ信じるだけさ」
「信じるだけ? へぇー……大人ってそんな選択も出来るんだ。羨ましいな」
「そうか? 変な情報を鵜吞みにして視界を歪ませる方が不健全だぜ。少なくとも俺の目にはあいつらはまとも──少し変な部分もあるが、ただの少女達さ」
「ねぇ、それはシャーレとしての意見なの? それとも一人の大人としての意見?」
「一人の大人としての意見さ。子供なんて悪餓鬼くらいが丁度いいのさ、それを正すのが大人なんだからよ」
「……そっか。ダンテ先生はそう考えるんだね。ふむふむ」
立ち上がり、空を見上げるミカ。視界の先は広がる青空ではるが、瞳の先はどこか虚空を見つめている。まるで、言葉にならない何かを探すように。
「せんせ、お散歩しない? 10分だけでいいから。それともまた何か必要? さっきの話しだとストロベリーサンデーだね」
「別に何もいらないぜ。どこか行きたい所あるのか?」
「んー……ううん、これから私の本題を話そうかなって。歩きながらだと口が回りやすいかなって思って。嫌ならいいけど」
「お前は歩きたいんだろう? なら一緒に歩こうか」
「……えへへ、決まりだね」
ーー
ーー
ミカに連れられた場所は、学園の端にある小さな庭園。
庭園はまるで別世界のような静謐な空間だった。整然と刈り込まれた芝生が広がり、その奥には幾何学模様に配置された花壇が彩りを添えている。色とりどりのバラや季節の草花が咲き乱れ、微かな花の香りが風に乗って漂っていた。
自分には不釣り合いな場所だと居心地悪く感じるダンテだったが、ミカ当人は口元がほころび、足元に咲いている淡い紫色の花弁に顔を近づけ、香りを楽しむ。
その姿を見ていると、居心地なんてどうでもいい思考だというのに気がついた。
それでも視線はミカに釘付けだ。彼女はこの風景に違和感がなく、似合ってる。まるで本の世界から飛び出してきたお姫様みたいだった。
「ねぇ、ダンテ先生。あなたは誰の味方なの? 先生は辞めるって言ってたけど一応はまだシャーレの先生な訳じゃん? そして今こうしてトリニティに来てる。で、裏切り者の話が出た。ダンテ先生は信じるって言ったけど、もしその人に裏切られたらどうするの?」
「俺は補習授業部の味方だ。で、裏切られたら地の果てまで追いかけてケツをぶっ飛ばしてやるつもりだ」
「わーおっ……過激だね」
「糞ガキで言葉で分かる奴なんてそうはいねぇ。まず一発げんこつをお見舞いしてから話し合いだな」
「話し合い?」
「そうだ。裏切る理由は皆目見当も付かねぇが、大体そういった時は己の信条に反した時が多い。それなら話し合って解決策を見つける方がいいと思うぜ。あ、勘違いするなよ。あくまでも補習授業部の場合だからな」
「じゃ、じゃぁ、不良とかはどうするの!?」
「ああいう奴らは何も考えてないからぶっ飛ばすのが一番なんだよ。割と暴力で解決することもあるからな」
「先生がそんな事言っちゃっていいの!?」
「先生はやめろっての」
ミカの乾いた笑いは、次第に力を失うようにしぼんでいった。やがて瞳を伏せ、迷うように、伺うようにちらりと視線をダンテに投げかける。
「じゃあさ、もし私がすっごく悪い事とかしちゃってたら、ダンテ先生はどうする?」
「ん? そうだな……滅茶苦茶怒るかもしれねーな」
「……。怒るとどんな感じなの?」
「とりあえずげんこつだな」
「うげっ! 女性に暴力振るう発言をそんな簡単に吐くなんて! やっぱり女殴ってる噂は本当だったんだ!!」
「待て待て冗談だ。あとそれは俺に効くからやめろ」
「……ほっ。なんだ冗談なの?」
「ミカの場合だろ? ん……うーん」
「ドキドキするね」
「やっぱり、まずはビンタだな」
「場所が変わっただけでやること変わってないじゃん!? 怖っ!」
「でも、お前はトリニティのトップだろ? それなら裏切りの理由だなんて大体私利私欲。そんな奴には体罰が一番いいんじゃないか?」
「よくないよ! 私にも優しくしてよ!!」
「安心しろ、その後優しくして話しやすい雰囲気に持ってく」
「最低だよダンテ先生! 私は最初から優しい方がいい! えっと、ちなみにもしね、もしハナコちゃんだった場合はどうなるの?」
「ハナコ? ……ビンタして終わりだな」
「さっきは話し合いとか言ってたのに!?」
「いや、想像してみたらどうだろうな。……事情にはよるかもしれねーがビンタはするかもな。でも下手したら喜ぶかもしれねーから話し合った後に決めるのが定石だ」
「ハナコちゃんビンタしたら喜ぶの!? でも、逆に言えば生徒皆に平等に接するって事だよね? そうだよね!? じゃないと締まり悪いし!」
「確かにな。長い時間を共有すれば話は別だろうが……あ、でもヒフミは流石にビンタできねーかも」
「何それ!?」
ミカの激しい質問攻めは勢いを増していたが、ふと彼女は何かを思い出したように動きを止めた。どうやら別の用事があるらしく、話の流れは不意に途切れ、質問はそのまま幕を閉じる事になる。当然、彼女の本題は今の質問達ではない。
ミカは改めてダンテの方に向き直すと、それまでの雰囲気は一変し、辺りに張りつめるような緊張感が漂う。
「ねぇ先生、私ね、トリニティの裏切者が誰だか知ってるんだ」
「なに?」
「白洲アズサ。彼女がトリニティの裏切者だよ。本当はもっと複雑で大きな事情があるんだけどね」
「アズサが裏切り者?」
「そう。で、先生にはあの子を守って欲しいの」