「なぁ頼むぜ」
「あはは……コハルちゃんも程々に。ダンテ先生も負けが込んでるからってお願いごとは無しですよ」
「ふふっ。勝つってこんなに気持ちよかったのね! ルンルン気分よっ!」
「んー……これか?」
「はーーい残念でしたーー!! じゃあこれを取って……はい上がりーー! ふぅ、ビリだけは何とか避けてるけど、先生本当にギャンブル弱いのね! 見直したわ!」
「見直したのかよ」
時刻は午後11時。
勉強の息抜きにと初めてみたトランプ大会は盛り上がりを過ぎ、コハルとダンテ以外の他三人は体育館のマットの上でごろごろと背中を地面に預け、天井に向かってうとうととしながら二人の熱い対決を見ないで実況しながら見守っていた。
視界に収めるまでも無い。結果はこれまでの数時間を振り返る中での判断だが、三人とも彼が勝つ所が想像が出来ない程の雑魚であったのだ。
10分間の膠着状態の末、勝利を捥ぎ取ったコハルは満面の笑みで両手を天井に向かって掲げる。反面、ダンテは数時間の激闘を経ても尚、一勝も出来ない自分の運の悪さに開いた口が塞がらない様子。流石に一回くらいは勝てるだろうと踏んでいたのだ。だが、ハナコの計算には手も足も出ず、神様はヒフミに微笑む。アズサは持ち前の勘を生かし、コハルには根本的なステータス負け。
絶対におかしい。何かいかさまをしているに違いない。これは年長者を揶揄う悪ガキの陰謀だ! 椅子から勢いよく立ち上がり、恐らく首謀者であるハナコに直訴しようとするも、当の本人はこちらに見向きもせず、アズサをゼロ距離で見つめて赤面させる遊びに夢中。
ハナコの事だ。揶揄ってる相手を観察しては頬を染めている頃合いだと勝手に想像していたが、彼女の様子を見るに何もしていないらしい。
つまり、完全に実力でねじ伏せられたという現実。思わず大きく息を吐き、歩き出す。
「ふ、俺は負けたのか」
「あー楽しかった」と悦に浸りきっているコハルの横に移動し、同じ姿勢で許可を取らずに彼女の横に寝そべる。
いつもなら死刑宣告をされる距離ではあるが、裁判官は気分が良かったのか、「今日くらいなら許してあげるわ」と距離の近さを受け止めてくれたご様子。「そりゃどうも」と視線を天井に移すダンテ。気温に反し、マットの冷たさが心地よくなってくると、段々と瞼が重くなるのを感じ始めた。
「ダンテ、ギャンブルに弱いだなんて意外だ。大体ダンテみたいな見た目の人はギャンブルの世界で生きている人が多そうなのに」
「圧倒的な偏見をどーもな。それならアズサだって同じじゃないか」
「私が? ううむ、そう言われるのは初めてだ。私のどこがギャンブルに強そうか教えて欲しい」
「すまん、かなり適当に言っただけだ」
「適当? どうして適当な返答をしたんだ? 知りたい」
「アズサちゃん、ダンテ先生は負けが込んでるから適当に返したんですよ!」
「そうなのか? まぁ、ハナコが言うんだ。きっとそうなんだろう」
「コハル、中心にいる奴らをぶっとばしたいからこのまま転がってコハルの上を通る許可をくれ」
「ダメ、死刑よ」
天使の微笑みは一分と持たず、速攻で死刑判決を言い渡されたダンテは徐に立ち上がった。
「おいお前ら、なんだか甘い物食べたくなって来ないか?」
彼の急な提案に首だけ動かす4人。
息抜きは佳境を超えたが、流石に勉強する時間ではない。微妙な時間帯だが、トランプで頭を使ったのでもうそろそろ寝るくらいの心境。そこに垢抜けた大人の提案となっては、年頃の女生徒達はいちころだろう。眠い、けど遊びたい。何かが足りない、けど何をしたら良いか分からない。
「このまま夜を更かすなんて勿体ないぜ」
「なるほど……! 先生は私達を夜の街に連れ込みたいということですか!? 例えそれが禁忌に触れる事であろうと!」
「良い提案だ。私はまだ全然動ける。それにもっとみんなとの時間を過ごしたい」
「甘い物は……食べたいけど、もし正義実現委員会に見つかったら……」
「あはは……、確かにコハルちゃんの言う通りかもです。これ以上ペナルティを背負えばどうなることか」
正直、ストロベリーサンデーを食べたいだけなダンテ。勿論一人で出向いても良いが、どうせなら放課後スイーツ部に教えて貰った店の味を皆にも味わって……と、ここで彼は彼自身の心情の変化に気付き始めた。
元居た世界でも、誰かを誘って外の飲食店に出向くなんて稀だ。パティがいた頃は、たまの我儘を聞いて出歩いていたりしたことがあるが、あくまで成り行き。こうして年下の女生徒を誘うなんてもっての他であったのだ。
だが、今現実に起きているのは、この成り行きで出会った4人の「生徒」を「どこかに連れてって楽しませよう」という気持ち。
戸惑いに口を閉じる訳にはいかず、行きたいのか行きたくないのかはっきりしない4人の牙城を崩そうと思考を巡らせる。
「うふふ、私は賛成ですが、皆さんはどうなさいますか?」
「ちなみにその店、大人専用のペロログッズがあるみたいだぜ」
「何それ!? 言い方エッチ死刑!!」
「コハル、どうしてそれがエッチになるんだ?」
「アズサ、純粋な目で説明を求めちゃだめだ」
「コハルちゃんったらフライングすぎますっ……! 大人のペロロって言えば意味は一つしかないじゃないですか!」
「あはは、皆さん早く支度してください。私は先に校門で待っておきますね」
「あいついつのまに出口に立ってたんだ……? さっきまで寝そべってたよな……トリックスターかよ」
ーー
ーー
石畳の街路沿いに建てられた一軒の建物。周りの窓とは真逆で、そこのお店は24時間営業が売りなのだと、ダンテはカズサの言葉を思い出す。
それは美味しい美味しいスイーツの舞踏会への誘い。赤い身を垂らしながら光沢を醸し、添えられたクリームはあまりの甘さに罪悪感。乙女の体にのたうちまわる美への探究心は一時休戦。まとわりつくぷにぷになど走れば相殺という希望。魔法が溶ければあら不思議、夢の反動が現実の体重へとのしかかり、思い出は悪夢と生まれ変わる。
カズサに紹介されたスイーツショップのレビュー。それはダンテにとっても甘美な誘いであった。
彼女に紹介されたお店はこれで何軒目になるだろうか。それぞれのスイーツショップ独特のストロベリーサンデーにはこだわりがあり、店ごとにコンセプトが異なる。どれもこれも、ダンテにとっては初めての経験とも言える味であった。ただのアレンジではなく、抹茶を添えたり小豆や餡子で世界観を変えてみたり、どストレートに苺の甘さを際立たせる為、クリームの甘さを極限まで削ってみたり。食べても美味しく探究心をも満たされる経験は、さながらスイーツの冒険と言ったところだ。
「どうだ? お前達の歳だったら夜の繁華街なんてワクワクするんじゃないのか?」
「ええ! 背徳感も合わさって体が熱くなってきました……!」「なんで?」
「あれがダンテの言ってたスイーツショップか? すごいな、こんな時間だというのに結構人が入ってる」
「ダンテ先生、本当にペロロ様のグッズが置いてあるんですよね!?」
「ああ、ほらあそこを見てみろよ」
「あの旗は……!? この時間帯限定のペロロスコーン!? しかもキーホルダー付きです!! とりあえず突撃してきます!!!」「気が早いなおい」
それぞれが振り返らずにヒフミに続いている中、ポツンとモジモジと突っ立ってる生徒が一人。
心配そうな顔でキョロキョロそわそわと辺りを見回している。
「コハル、行かないのか?」
「い、行きたいのは山々なんだけど、もしこんなところハスミ先輩にでも見られたら……」
「ハスミはそんなに厳しい先輩なのか?」
「ううん!! そんなことないわよ!! いつもはすっごく優しくて頼り甲斐があって、尊敬している先輩。でも……怒る時はすっごく怖くて……」
「へぇ、まぁ何となく想像はつくぜ?」
「この前も……ダイエットだなんだって言ってて……全員に節制出来てない所を見たら遠慮なく叱責して欲しいって。もうものすごい剣幕で……」
「すまん、話の繋がりが見えねぇが、大丈夫だ。最悪俺に無理やり連れてかれたって言えばいいじゃねーか」
「ダメよそんなの! 誰かのせいにするのが一番悪いことなんだから!!」
「はいはい、いいから行くぞ」
「わっちょ、背中を押さないでよ! くぬぬ……!」
ヒフミ達の後を追うように通りを歩き、目的の店に入る。
外観、中身と共に至って普通のカフェだ。所々に制服姿の生徒が数人、友達とおしゃべりをしたり何故か手を繋ぎあったりしている姿もあり、ダンテは改めてキヴォトスの生徒の素行の悪さに面をくらう。元の世界でも明らかに子供が深夜に遊び回っているのは見かけたりしたが、流石に制服姿は見かけなかった。居たとしても夜の世界で仕事をしている人だけだ。
が、ダンテの脳内ではそう思考したとしても特に注視することでもない。そもそも彼の世界の学生とキヴォトスの世界では常識が違うのだ。
何はともかく、目的はカズサおすすめのストロベリーサンデー。
グッズのカラーリング悩んでいるヒフミを横切り、我先にと店員さんの所まで直進し、メニュー表からお目当ての品物を探る。
「あったあった。なぁ、この限定ストロベリーサンデーを一つくれないか?」
「あ……すみません。それはついさっき売り切れになってしまいまして」
「何だと!? く……マジかよ」
現実を受け入れるのに頭を悩ませている最中、背後から急に聞き慣れた声が彼耳元へと届いた。
「あら?」
振り返ると、そこには見慣れた姿の人物が一人。
テーブルの上にはたった今「売り切れ」、死の宣告を受けた者の手には収まることのないストロベリーサンデーが三つ。
ざっと見渡す限り彼女一人だが、きっと連れはトイレに行ってるに違いない。と、最初の印象はすぐさま壊されることになる。何故かって? それはスプーンが一つしか刺さってなかったからさ。
「ハスミ先輩!」
「コハル……? おかしいですね。補習授業部で別館にいるはずですが?」
「えっと、その……」
「奇遇ですねハスミさん!こんな夜更けにカフェでお会いするだなんて。しかもスイーツを三つも!」
「ハナコさん! こ、これはですね……その」
「よぉハスミ。元気にしてるか? 昨日ぶりだな」
「だ、ダンテ先生まで!? うぅ……」
「美味そうなもん食ってるじゃねぇか。しかも三つだって? アズサ、どう思うよ」
「食べ過ぎだ」
「うぐ……! あの、自分のことを棚上げするようですが、補習授業部の皆さんは、そもそも合宿中の外出を禁止されているのでは?」
「ハスミ、どうして棚上げする? 今の問題はお前が俺の大好きなストロベリーサンデーを三つも食い散らかしていることだと思うが。アズサはどう感じた?」
「こんな夜更けにスイーツを三つも食べるなんてどうかしてるな」
「うぐぐ……!!」
「あ、あの……ハスミ先輩。一応、以前言ってたことですけど……その……ダイエット……」
「そうだぜハスミ、自分との約束は守るとか何とか風の噂で聞いたぜ? アズサ、俺は大人としてどうすればいいと思う?」
「子供の健康管理の為にスイーツは没収するべきだ」
「な!?」
すると、ハスミは周りの目などお構いなしに物凄い速度でストロベリーサンデーを頬張り始めた。
器を片手に持ち、まるで白米を掻き込むように口元へと運び、呆気に取られたダンテの表情が元に戻るまでに平らげる。
口いっぱいに苺を放り込み頬を膨らませ、鋭い目つきで二杯目も一気に口に押し込むその姿に歪な圧を感じたアズサは思わずダンテの影へと身を隠し、顔だけを覗かせた。
「先生が……」
「な、何だ……?」
「先生が悪いんです。私にスタイルが抜群だって言うから。私はこのままでいいと。今まで我慢してきた分欲が爆発してしまって……! ダンテが悪いんです。ダンテ先生のせいなんです!」
ハスミの懺悔にハナコは身を乗り出して耳を傾け、事の顛末を脳内にまとめる。
「えっとつまり、先日ダンテ先生に体の肉付きの良さを褒められたから、一々ダイエットなんかしないで好きな物を思いっきり食べても良いと判断した訳ですね? ……ほぅ」
「先日……って、私と別れた後の出来事よね? ……死刑」
コハルがダンテを睨みつけ、ヒフミがペロログッズを両手いっぱいにして戻ってきた瞬間、ハスミのポケットから着信音が鳴り出した。
電話越しの声も大きく、段々とハスミの声色も下がり、眉を顰めながら相槌を打つ彼女の顔は既に副委員長の顔付きに戻り始める。それは皆が知っているハスミの顔。
ガチャリと電話を切り、すくりと立ち上がりボルトアクションライフルを手に持つと、ダンテ達に向かって協力を仰いだ。
「ただいま、ゲヘナのテロリスト集団がトリニティ領に侵入したそうです。こんな時期に……。今、正義実現委員会はエデン条約前で動くことが出来ません。尚且つゲヘナとの抗争も控えなくてはならない。そこで、あなた達の力を貸して欲しい。シャーレが関わっている構図があれば事は大きくなりません。勿論お礼は弾みますよ」
「ハスミさんの肉付きを確かめるのですよね?」
「ダンテ先生見てください! このペロロ様の凛々しいお顔! 来てよかったです!」
「ダンテの戦闘を間近で見れるのか。楽しみだ」
「ハスミ先輩に何をしたのか、後できっちり聞かせて貰うから」
様々な言語が飛び交う中、とりあえずペロロの方へと振り向く。
「問題児ばかりで飽きねぇな」
「な!? ペロロ様は問題児ではありません!! 凛々しくも逞しい生き物なので──え? ちょっと? どうして背中を押すのですか!? どこに行くのですか!? まだ買ってないのが3種類ほどあって。あ、あ。あーー! まだ買ってないんですーーー!!」