「ぬわぁあああああーーーー!!! どうして、どうしてこんなことに!? 私達はただ試験を受けに来ただけです!!! なのにどうして温泉開発部の人達と風紀委員会の人に追われているんですか!?」
「ちょっとヒフミ!? あんまりぶらさないでよ!! 照準が合わないーーーってミサイルランチャーだ!? こっちは原付よ!? ヒフミ右に避けて右に!!!」
「わわわわーーー!」
風を切る音と共に約六発の小さな弾道ミサイルが彼女達の目の前で無邪気に踊り狂うと、発火したミサイルはその場で大爆発を起こし、幹線道路の中央にぽっかりとした大きな穴を作る。いくら周りに人や車がいないとはいえ、ゲヘナには段階というものがないのかと、コハルは溜息を吐きながらも冷静にスマートフォンでルートを模索していた。
「コハルちゃん……もうダメです。おしまいです。このまま捕まって試験を受けることさえ出来ずに退学に……」
「まだ諦めるのは早いわよ! そのまま大穴に飛び込んで!!」
「ええ!?」
「大丈夫よ、この道路は二重構造になってるみたい。どちらにしろ選択肢はないわ!!」
ごくりと喉を鳴らしながらヒフミは覚悟を決める。
大丈夫、コハルは正義実現委員会。この手の荒事はきっと授業中や訓練中で経験している筈。それにこの一瞬の間、ミサイルが飛んでこようがお構いなしに次のルートを見つける胆力。只者じゃない。
思わずハンドルを握る手が、アクセルを蒸す右手が勢いを増し、全速力のさらに先の限界までスピードを上げる。
仲間を信じろ! もしここで手を抜いて捕まりでもすればきっと後悔するはずだ。あの時ああしていれば……そんな言葉を吐くくらいなら、心中したって構わない」
「行きますよ……コハルちゃん!!!」
「途中から心情漏れてるわよ!? 心中だけは絶対ダメ!!勢いよく飛び上がって!!!
先程の美食研究会の最期が、ヒフミの脳裏に浮かび上がる。
様々な攻撃を受けながらも、余裕の笑みで助手席に座るハルナに、サイドミラーではなく呑気に背後に顔を覗かせているアカリ。嬉々として爆風に笑みを浮かべるジュンコに、ヒフミとコハルの奮闘を肴に、延々とハンバーガーを頬張り続けるイズミ。降ろしてと泣き叫ぶフウカ。
最後の瞬間も……立派だった。
設置されていたクレイモアに見事引っかかり、車体の根元から激しい爆発を起こした彼女たちは、炎と衝撃に巻き込まれながらも、もはや慣れたものだと言わんばかりの顔をしていた。
宙に舞いながら肘をつき、頬杖をつくハルナ。ハンドルから手を放さぬまま突っ込むアカリ。無重力のように寝そべるジュンコ。そして、最後の一口までハンバーガーを貪るイズミ。ため息交じりにジト目を向けたフウカは、無言で空を切る。
やがて重力に従い、ドボンと海へ。ハルナたちはゆっくりと沈みながら、「後は任せた」と言わんばかりに親指を立て、静かに水底へと消えていった。
彼女たちの無事を祈りながら、胸の前で十字を切る──。
「飛びます!!!!」
──刹那。
ヒフミの体に掛かる風圧は止まり、浮遊感だけが体を覆う。
コハルの声がくぐもるような低くなったと思ったら、何を言っているのかさえ聞き取れない。一体何事かと考える。思考速度と落下速度が比例していないことから、自分は今極限の集中状態に陥り、周りの映像が遅く見えているんだと結論を付けた。
チャンスだ──ヒフミは続ける。落下位置を確認し、衝撃とタイミングを計算。
(あれは……コンテナ!?)
陥没した道路の地下へと飛び込みしばらく浮遊感を感じると、目の前に現れたのは大きなコンテナの塊。
「あれに乗りますよ!」
段々と心臓の音と思考の同期がシンクロするタイミング。落下の衝撃がお尻へとダイレクトに突き上げ、思わず投げ出されそうになるコハルの手を掴み自身へと引き寄せると、タイヤの破裂音が轟き、共に二人とも原付から投げ出され、原付はそのまま道路へと落下。何とかコンテナの外郭へと身を転がした二人は胸に手を当て互いの無事を確認すると、身を寄せ合い状況を確認する。
「コハルちゃん!?」
「イタタ……ふう、無事よ。……って、これトラック? それに地下トンネルじゃない」
「ううう……方向は合ってると思うのですが、原付も壊れちゃいましたし、どうしましょう……」
「考えても仕方ないわ。……うん、地図アプリを見ても進行方向は間違ってないみたい。このまま乗って途中で飛び降りればいいでしょ」
「わ、分かりました……」
「うん? 大丈夫なのヒフミ?」
「いえ……うぅ……すみません、こんな状況ですが少し横になりますね……つ、疲れました」
まさか、走行中のトラックの荷台のコンテナで休むことになるとはいったい誰が想像しただろう。と思考するヒフミ。
試験会場までまだもう少しだ。
ーー
ーー
一方その頃。
同時刻にて、幹線道路の真ん中で対峙する影が二人。
褐色肌に纏わり付く銀色の髪の毛が風になびき、赤く憂いを帯びた瞳は瞼を下げ前髪の隙間から伺うように対象を見つめる。
黒と白が基調の清楚な制服。コルセットで腰を引き締め、スカートの裾は膝上まで捲し上げるその姿は腕章の風紀の文字とは対照的だ。膝まで伸びた長髪を両サイドに結んだその姿は生意気にも口角を曲げ、まるで獰猛な獣が狩をせんと唇の乾きを舌で舐めとる。
一見すると、どこかのお金持ちの麗しい令嬢。だが目を凝らすと、その片手には獣の牙が装飾されたライフルが一丁。まるで竿物の剣と言わんばかりにその銃を肩に預け、およそ銃の持ち方としては不格好だ。
「おい、お前が噂のシャーレの先生だな?」
相対する同じく銀髪の男に向かって、彼女は声を大きくする。
いつもはどんな相手でも上から見下ろすように相手を見つめる彼女。だが、今日に限っては話は別だった。
「お前だと? ……へっ、いいね。活きが良い奴は嫌いじゃないぜ」
彼女を真似るように気だるそうに構える相手。どこかから拾った鉄の棒を同じように肩に置き、片方の手をはポケットに入れ上から見下ろす視線で彼女を見つめる。
その男は彼女の生意気な呼称が気に入ったのか、ニヒルな口元はさらに口角を上げた。
「なんだ? じゃあきちんとした名前で呼べばいいのか? ……確か、ダンテ先生だったか」
彼女は決して前の人物を舐めている訳でも侮っている訳でもない。
ダンテの背後にある無数の戦車。そして軍用車は軒並み真っ赤に燃え上がり、車体は粘土のようにぐにゃりと曲がり再起不能の状態になっているからだ。その戦力の根拠がたった一本の鉄の棒だという信じがたい事実。どこかから援護があるのか、それとも見えていないだけで別の兵器があるのか。彼女は周囲に目を配る。
「お前の方こそ誰なんだ? 名前くらい言えよ」
車体の延焼の影響で突風が巻き起こると、彼女のスカートが風に乗り捲し上げるように靡く。
月夜に照らされた青白い柔らかな光と、激しく燃え上がる炎の暖色のコントラストは彼女の肌を艶やかに反射させると、その環境音を掻き消すように潤いのある唇から彼女の名前がこの世界に響いた。
「銀鏡イオリ。ゲヘナ風紀委員会のイオリ。今からあなたを倒す者の名前よ、覚えておきなさい」
「すまねぇ、パンツ見えそうになってるぞ。もっとスカートは伸ばしたほうがいい」
「ちょっと!? 今かなり緊張感のある場面だと思うんだけど!? そもそもこの場面でいきなりセクハラとかする普通!? この……ヘンタイ!!」
地団駄を踏み、顔を真っ赤にしながら抗議するイオリだが、怒らせた張本人であるダンテはその姿を可愛らしいなとしか思っていない。
「ま、別に俺が先生だろうが先生じゃなかろうが、ガキにお前って呼ばれるのは許容できねぇな」
「はっ! お前なんかお前で十分だ! どんな理由か知らないけど、こんな時期にゲヘナに勝手に侵入してきて勝手に暴れて、しかも下部部隊を壊滅させたんだ。この損害はどう補填をする気だ!」
「補填? そもそも通りたいって言ってんのに通させないお前らが悪いだろ」
「何を言ってる、トリニティの奴らなんて通す訳ないだろ! ふん、言い合いは不毛だ」
イオリは背負ったライフルを両手に持ち、腰を低くして突撃する構え。対するダンテは相変わらず調子を崩さず呑気に棒は肩に乗せたまま、相変わらず見下ろすようにイオリを見つめていた。
その余裕に若干の苛立ちを見せる彼女だが、それでもすぐに銃を撃たないのは、無論ダンテの底知れぬ雰囲気を感じ取っているからだ。
だが例えどんな相手でも、ゲヘナの風紀委員会の特攻隊長である自分が臆する訳にはいかない。これから始まる激戦に備え、自信を鼓舞する為に戦いの火蓋を切って落とす。
「おい、なんの目的か知らないが、このまま無事に帰れると思うなよ! ま、どうしても無事に戻りたいと思うのなら──私の脚でも舐めれば許してやるけどな!」
右足を起点に膝を曲げ、一気に体を弾く。
転がった車体の影まで瞬時に移動すると、ボンネットを踏み台にして一気に飛翔。宙で回転し、その勢いでダンテの所まで飛び込みながら重い弾丸を一発。弾は空を切りアスファルトを陥没させるが、ここで避けるのは織り込み済み。
地面に向かって飛び込むように下降し、前進する勢いで今度は体を縦軸を基調に回転させ、ダンテの鳩尾に向かって踵を掬い上げるように蹴り上げる。
片手を地面に添え、バランスを取りながら力のベクトルを減衰させずに放つ蹴り。
ここで決着がついてもおかしくはない技のはずだった。
「な!?」
いつものチンピラならこの蹴りの衝撃で後方に吹き飛ぶか、上手く防御されても僅かな仰け反りくらいは見せるはずだ。だが、よりにもよってこの男は体の軸をぶらす事なくそれを片手で受け止め、尚且つカウンターの一手も放とうとしない。
「お前、俺に向かって挑発したな。いいぜ、生意気なガキは嫌いじゃねぇ。少し教育してやるよ」
ダンテは抑えていた足を一気に投げ込むと、その反動でイオリは体を宙に浮かせながら後ろに下がる。さらに距離を取りライフルの一発をお見舞いしようと放つが、鉄の棒で目に見えぬ速さでそれを弾くダンテ。
その後も素早くリロードをし何発もの弾丸を浴びせるが、悉く全て弾かる。それならば接近戦をとライフルを逆手に持ち振りかぶったが、これも軽々しく受け止められてしまい、鍔迫り合いをしようにももう片方の手すら使われないという結果。何度も何度も四方八方からライフルで切り込むように振りかぶるが、視点すら合わせずに全て裁かれてしまい、途方に暮れる。
「く、くそ!!!」
息切れのタイミングで再び後方へ踏み込み足を踏み込みながら下がり、距離を取り態勢を立て直す。
あまりの一方的な展開を予想していなかったのか、胸の奥で不安に似たざわめきが彼女の脳内にまで侵食。これは──恐怖? 久しぶりに知覚する感情に戸惑いを見せそうになるが、グッと堪え再び戦略を練り直す。
「まさか、もう手がないのか? そうかよ、なら俺のブーツに口を付けるなら今までの発言は許してやる」
「はっ! だ、誰が手がないだって? バカも休み休み言え! 誰がお前なんかに屈するか!」
懐から弾丸を出し、急いで弾を込める。ボルトレバーを引き、腰を下ろして正確に対象に照準を合わせいざ放たんと引き金を指に掛けたその時、既に目の前に対象の人物はおらず、自身が放った弾丸の跡だけがその場に鎮座。
「な!? どこに行っ──」
「後ろだ。しっかり受け身は取れよ」
いつの間に背後まで迫った彼を視界に収めようと振り向こうとしたが、時既に遅し。
ダンテは片方の手でイオリの背中を持ち上げるように力を入れ前方へと弾き飛ばすと、彼女は成す術も無くそのまま軍用車の窓を貫き、アスファルトの地面へと身を投げ込まれる。
一瞬、何が起こったのか頭が真っ白になったイオリだが、自身がアスファルトに顔を突っ伏しているのを理解すると、悔しさを滲ませる顔で背後にいるダンテに視線を傾けた。
そのまま有無を言わさず全速力で駆け上がり、最後の悪足掻きと体当たりをかまそうとするイオリだが、当然、そんな攻撃彼からすれば綿飴が風で運ばれてくるようなものだ。
イオリの猛進は、無情にも片手で制される。
瞬間、重心を奪われた彼女の身体は制御を失い、次の瞬間には地面へと押し倒されていた。
泥や埃が舞い上がる中、イオリは必死に両腕を突っ張り、最後の力で体を支える。視界の隅で微かに揺れる影──鋭く睨み上げると、そこに立っていたのは、悠然としたダンテの姿。
風紀委員会のナンバー2として、あの空崎ヒナに続くゲヘナの実力者を謳っていた彼女のプライドは、ここに来てへし折られそうになっていた。
何も出来ず、どんな攻撃も跳ね返され、剰え見下すように視線を下ろす。今までにない屈辱を受けた彼女に対し、ダンテはさらに追撃を加える。
「丁度いい体制じゃねぇか。そのままブーツにキスでもするか?」
「誰がお前なんかの……く、わっ! 頭を掴むな!!」
「ほらほら、抵抗しないと望まない結果になっちまうぜ? もっと力を入れな」
腰を低く屈め、ダンテは無造作にイオリの頭を掴んだ。力任せではない。ただ、圧倒的な余裕とともに、じわじわとブーツへと顔を近づける。
イオリは歯を食いしばり、両手を突っ張って抵抗する。だが──足りない。先ほどの一撃が、まだ全身を蝕んでいた。指先に力が入らない。膝が震える。
焦りと悔しさが交錯する中、無情にもブーツの黒光りが視界を覆っていった。
「ぐ……くそぉっ! くそぉ離せ!! 離せぇ!!」
「はっ!! まだまだ元気だな!! おら、どんどん近づいてくるなぁ? もっと踏ん張れ!」
「ぐっっ……ぁぁぁぁああああ!! うぅ、ヤダァ、やめ……やめろぉ!」
「ハッハーッ! 良い声で鳴くじゃねぇか! もっと聴かせてくれよ、大人を舐めたガキの声──」
まさに口元がブーツに触る瞬間、ダンテの腕を掴む手が一つ。
「ダンテ、やり過ぎだ」
顔を傾けると、そこにはアズサとハナコの姿があった。
アズサはこれ以上は可哀想だといい、イオリの解放を促す。ダンテはいつの間にか加虐心が疼いた自身の現状に気付き、「済まなかった」一言残し、腰を上げハナコに片手で挨拶を送る。が、ハナコは若干引き攣った顔で彼の顔を伺っていた。
イオリはというと、解放された安堵ですんすんと鼻を鳴らし、目元にじんわりと涙を浮かべながらペタリとお尻を地面に着ける。前髪の奥の目元は悔しさと怯えが混在し、瞳を揺らしていた。
どうしてだろうか、彼女を見ると加虐心が疼いて仕方ないと疑問に思う物の、ダンテは自身が何をしでかしたかを反省するのであった。
「あー……イオリだっけか? すまねぇやりすぎちまった。立てるか?」
「ぐしゅ……グス、う、うるさい。触るな、あっちいけヘンタイ……。わた、私にこんな屈辱を味合わせたこと……い、いつかきっと後悔させてやる」