ダンテ先生概念   作:3ご

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その男の名は

「あ、あのハナコちゃん? 流石にこれはやり過ぎというか……流石にナギサ様が可哀そうというか」

「いーえ、ヒフミちゃんは甘すぎます! あの猫ちゃんは躾ける時にしっかり躾けないといけません。それもこれも全ては彼女の為。時には心を鬼にすることも大切なのですよ?」

「そ、そうは言いますが! ……うぅ、心が」

 

 スマートフォンの画面をタップし、もう一度収録して編集した音声を再生する。

 

「出来はいいが……お前悪魔かよ」

「うふふ♡ ダンテ先生のお墨付きを頂いちゃいました♡ ええ、もうばっちりです!」

「三人とも何してるの! こっちはもう準備万端よ!」

「行こう。アリウスの生徒は既に領内に潜入してるはずだ。……皆、準備はいい?」

 

 白と黒のコントラストのアサルトライフルを背に掛け、白洲アズサは高らかに声を上げる。

 新しく出来た友人達に背中を押されるように、そして必ずやこの青春の日々を守るために。

 

「ナギサを救いに!」

 

ーー

ーー

 

 

「もう紅茶は結構です」

 

 トリニティにあるとあるセーフハウス。広々とした屋根裏部屋の片隅で、場に似合わぬ丸テーブルが一つと、その上には空になったティーカップが一つ。

 窓も無く、ただ暖色の電球が一つ、フィラメントがぱちぱちと数回点滅を繰り返すと、ナギサの心の中にさらに不安が押し寄せてくる。

 

「すみません、もう一杯だけ頂けないでしょうか」

 

 トリニティの裏切者は特定出来なかったが、今日であの補習授業部は解体。それは心の隅にある疑心暗鬼の不安を一掃するのに少しは役立てていたが、それでもまだまだ懸念する事は山ほどある。

 結局、疑いのある人達を追い出すだけでは彼女の不安は晴れることはなく、こうして誰にも見つからない所で小さく蹲り、紅茶を口に運ぶ事でしか自身を慰められない現状。強い意志を持ち、心を鬼にして大切な友人であるヒフミも退学に追い込んだのにも関わらず、得られる成果はさらなる不安によってかき消される。

 

 ──これで良かったのだろうか。

 

 過去の過ちが脳裏を過り、ガラスの心に亀裂を生む。もっと違う選択肢があったかもしれないのに、あの百合園セイアの事件があった後は、視野が狭くなり道が一つにしか見えなかった。

 

「あの、散々お願いしておいて申し訳ないですが、紅茶をもう一杯頂けると助かります。……聞こえていますか?」

 

 いつもなら即答で返事が来る筈の生徒から、何も返答が来ない。もしかしてトイレにでも行っているのだろうか。しかし、いくら正義実現委員会が出払っているとはいえ少人数の厳戒態勢。離れる時は交代で離れると決まりをしておいた筈。

 

「はいはい、すぐにお持ち致しますね。ナギサさん♪」

 

 かちゃりとドアが開くと、そこには最後の試験を受けようと右往左往しているはずの生徒が二人。浦和ハナコと白洲アズサ。

 まさかの展開に手に持っているティーカップを床に落とし、拾い上げようとするが、すぐその手元に一発の銃弾が撃ち込まれる。

 

「動くな、桐藤ナギサ」

 

 アズサの咄嗟の攻撃に、身動きが取れなくなるナギサ。

 ガスマスクの顔は非常に不気味で、思わず恐怖が顔に出る。反面、ハナコは嬉々とした表情で軽やかにナギサの元まで歩き、「残念でした」と一言放ち、丸テーブルの上に置いてあるマカロンを一つ頬張った。その余裕ぶりはナギサの脳内にある恐怖と怯えをさらに掻き立て、思わず手元が震える。

 

「あらあらナギサさん、眠れなくて紅茶を啜る事しかできないのですね。可哀そうに」

 

 ハナコはナギサの頬を撫でると、そのまま手元を肩まで滑り落とし、椅子から転げ落とす。

 

「それもそうですよね。正義実現委員会が殆どいない状態、不安にもなりますよね?」

「ハナコさん、あなたがどうしてここに……?」

「それはこのセーフハウスをどうやって知ったのか。という意味ですか? それは勿論全部把握しているからですよ。合計87個のセーフハウス、そしてそのローテーションまで。うふふ♡」

「そ、そんな馬鹿な」

「変則的な運用もおおよそ把握しています。今のように恐怖で顔が怯えている時は、ここの秘密の屋根裏部屋でひっそりとしていることも」

 

 落ちているナギサのカップを拾い上げ、手に持っている、恐らく護衛から奪ったティーポットをゆっくり傾けると、湯気と共にキャンディの香りが広がり、思わずハナコは微笑む。そしてテーブルの上に置いてあるマカロンをもう一度口に含み、咀嚼。甘ったるくなった口内に先ほどの紅茶を啜ると、今度は険しい表情に様変わり。

 

「あ、勿論助けなど来ませんよ? ここに来るまで警護の方々は全員処理しましたから。今はあなた一人ですよ……ナギサさん?」

 

 しゃがみ込み、数度ナギサの頬を撫でる。

 恐怖で硬直しているナギサは抵抗できず、その行為を甘んじて受け入れる事しかできない。

 

「まさか……裏切り者は一人ではなく二人」

 

 ナギサの台詞がおかしかったのか、その場で抑えながら含み笑いをするハナコ。「滑稽だな」と一緒に鼻を鳴らすアズサに、ナギサの頭は疑問符で埋まる。

 

「単純な思考回路で羨ましいですねぇ。私もアズサちゃんもただの駒に過ぎません。あの御方の元、動いているだけですよ」

「あ、あの御方……?」

「ねぇナギサさん。ここまでやる必要ありましたか? 補習授業部の事ですよ? ナギサさんの心労はよく分かります。ですがこうしてシャーレまで動員して……そこまでする必要はなかったと思いますが。それに、最初から怪しかったアズサちゃんや私は理解出来ますが、ヒフミちゃんとコハルちゃんに対してはあんまりだと思いませんか?」

「そ、それは……」

「特に、ヒフミちゃんはナギサさんと仲が良かったじゃありませんか。……ヒフミちゃんが、どれだけ傷ついたか、想像は出来なかったのでしょうか」

 

 いきなり始まる問答に戸惑うナギサだが、この状況では隙の一つすら見当たらない。

 

「……ヒフミさんには、悪い事をしました。ですが、後悔はしていません。全ては大義の為。彼女との間柄だけは守ろうとしていましたが……私は……」

「ふふ、ふふふふふふ♡ そうですか。では改めて、私達の指揮官からナギサ様に動画をお持ちしました。ぜひご覧になってください」

 

 床に伏せているナギサの手元に無造作にスマートフォンを投げ込むハナコは、そのままゆっくりと腰を落とし、画面をタップ。

 すると、そこには大きなテンガロンハットを被った一人の少女が映り込んでいた。ナギサは思わずスマートフォンを手に取り、画面に釘付けになる。

 

 ──あはは、

 

 ……あはははは、

 

 あーーーははははははははひゃひゃひゃひゃひゃ!!!(リバーブ付き)

 

 楽しかったですよぉ? ナギサ様とお友達ごっこぉ!! 

 

 まるで、大きな鎌を携えた悪魔のような、無邪気で残忍な笑い声に思わず「ひっ……!」と悲鳴を上げ、手に持っているスマートフォンを遠くの床に投げ込んだ。

 手は震え、眉をは下がり、あまりの恐怖に目元に涙を浮かべるナギサに微笑んだハナコは、最後まで見てくださいねと、スマートフォンを拾いナギサの顔まで持って行った。そこには手元の人差し指を画面に向け、「さようなら」と引き金を引くヒフミの姿。

 

「そ、そんな」

 

 その瞬間、「時間だ」と言い放ったアズサは手に持ってあるライフルの引き金を引き、全弾をナギサに撃ち込む。

 眠るように気絶した彼女を肩に担ぎ、さっさと次の地点へと移動しようとハナコは急ぎ扉に向かう。

 

「ハナコ……その」

「ん? どうしましたアズサちゃん?」

「いやその、ちょっとやりすぎじゃないか?」

「うふふ♡ 興に乗ってしまいまして♡ 怯えるナギサさんが可愛くてついつい」

「──ダンテの言葉を借りると……悪魔だな、ハナコは」

「ま、ひとまず成功ですね。これで本当の裏切者も動くかと思いますよ。次の作戦は大丈夫ですか?」

「問題ない。じゃあ後でまた落ち合おう」

 

ーー

ーー

 

 月夜に照らされるたいくつもの人影は、音も出さずに俊敏に歩を進める。訓練を重ねた者だけが可能なその佇まいは、さながら特殊部隊。

 声を出さずにハンドサインだけで意思疎通し、目的であるトリニティの別館を囲み、ライトが点滅するモールス信号だけで遠くにいる仲間に合図を送る。

 

 ──ターゲットはこの中にいる。罠には気を付けろ。内部に侵入を試みる。待機勢は戦闘音が鳴り次第突撃。数はこちらが有利だ。

 斥候が裏口のドアを開けようとした瞬間、背後にいるもう一人の生徒が肩を叩き合図を送る。先頭の人物は顔を上に見上げると、そこにはおなじみの閉会式のトラップが仕掛けられていた。単純だが、迷彩が施されており、普通の生徒では引っかかる事必須。隊員は慎重に線を切り罠を取り除き、内部に侵入すると、人気のない静寂が包み込んだ。

 

 ──やはりあの方の言う通り、至る所に罠が仕掛けられている。気を付けて進め。

 

 彼女達の生徒会長であるボスは、この展開を既に見越していた。まるで未来を見てきたかのような物言いに首を傾げる生徒達だったが、実際現場に来て初めてその言葉の意味を理解することになる。

 忽然とアリウスに現れ、まるで今までもそうだったと言わんばかりの振る舞いにただ怯え、戸惑う彼女達だったが、こうも何度も未来を当てられると従うしか道はない。ただ、どの作戦も大成功を収める事から、段々と彼女達は生徒会長に忠誠を誓う事になる。

 

 そのまま進み廊下に出ると、裏切り者の姿がそこにあった。

 戸惑いと焦燥に駆られたその顔を見て、彼女達はほくそ笑む。お前の作戦などこちらは全てお見通しだと言葉を吐くと、彼女は後ろを振り返り、即座に走り出した。

 

「どうして……どうしてどの罠も引っ掛からないんだ!? くっ……!」

 

 アリウスの生徒はただただその背中を追いかけた。

 この先は体育館だ。そしてそこで聖園ミカが現れ、対象の護衛と戦闘。そこで彼女達は予想以上の戦力に敗北し、そのまま撤退を余儀なくされる。

 ここまで未来を読めるのならさっさと対象を捕まえればいい。そう怯えながら進言した一人の生徒がいたが、生徒会長は特に機嫌を損ねることなく、その質問に答えた。

 見えない未来と見える未来がある。未来のお前たちの報告書ではそうとしか書かれてなかった。だから対象者の隠れている箇所など知りもしない。だが、安心して良い。当時予測不可能だった起因はそこにはいない。問題なくターゲットを回収できるはずだと。

 

 廊下を走り切り中庭を抜け、大きな扉を開く。

 高い天井から降り注ぐ仄かな照明の元、裏切り者の顔が一つと、その仲間達。

 

「観念してターゲットを渡せ、白洲アズサ」

「嫌だ」

「……あれがアリウスの生徒さんですね。……装備も最新」

「罠も全部解除されたってことは、当初の予定より全然数も減ってないってこと!?」

「あはは……みたいですね。骨が折れそうです」

「すまない皆……」

 

 銃を構え合う両者。

 どちらかが発砲すれば戦闘は勃発。数で押されている補習授業部の方が圧倒的に不利だ。

 アリウスからすれば、さっさと敵を制圧し、ターゲットを回収したい所だが、リーダーである「スクワッド」からあるお願いをされており、まずは対話から始める。アズサと同じガスマスクをした一人の生徒が背後から割って入り先頭に立つと、アズサの表情はさらに険しいものとなった。

 普通のアリウスの生徒とは違い、腕に赤い腕章。それはアリウスの中でも特殊な訓練を受けた精鋭だけが得られる、強さの証。

 

「錠前サオリから伝言だ。戻ってこいアズサ、マダムはお前を許すと言っている。私達と共に歩もう……だそうだ」

「そんな言葉に騙されない。私は……裏切ったんだ」

「なるほど。まぁ私も裏切り者を許したいとは思っていないがね。それなら交渉は決裂だ。仲間諸共ここで死んでもらおう」

 

 いつのまにか二階にもアリウスの生徒が並んでおり、補習授業部を囲む格好となった。

 それぞれ同じ色のアサルトライフルを持ち、銃口はしっかりと彼女達に向いている。

 

「ま、待て……! 私が行けば仲間を見逃してくれるのなら……!」

「アズサちゃん!?」

「ダメよアズサ!!」

「行けません、ダメです!」

 

 ──やれ。

 

 号令の下、一斉に銃弾の集中砲火。悲鳴を上げる少女の声。

 地面は割れ、粉塵が舞い散り、辺りの視界を曇らせる。それでも尚攻撃が止まないのは、彼女達を導いた生徒会長の教えでもあった。

 例え肉片だけになっても攻撃の手を止めるな。油断は敗北を招く。

 

 やがてマガジン全てを撃ち尽くした彼女達は、攻撃の結果を見まいとするかのように、粉塵の中霧が晴れるのをただただ見つめていた。

 

「これで任務完了だ。……ターゲットを回収の後、帰還を──なに!?」

 

 粉塵の奥には血だまりも、ましてや服の破れも見当たらなく、傷の一つもない生徒が4人と──深紅のジャケットを着た、見たことのない大人が一人

 両手には鉄の棒を持っており、足元には埋もれる程の銃弾。どれもひしゃげており、確実に当たっているはずだ。もし何かしらの技術を使って銃弾を止めたのなら、痕跡が残るはず。だがそれは見当たらない。

 

「な、何が起こった!?」

 

 生徒会長の予測は、ここにして大きく外れる事となる。

 事前の計画では、この体育館でトリニティの生徒達を亡き者にし、ターゲットを回収する手筈となっていたはずだが、結果はご覧の有様。

 

「アズサ。俺がいる事を忘れてもらっちゃ困るぜ。な?」

「あ、ああ……。すまない、まさかここまでとは思わなくて。……え? 全部弾き飛ばしたのか?」

「あはは……粉塵で見えなかったですが、まさかあの量の銃弾を全部防ぐだなんて」

「何が起こったの!? ねぇねぇ!?」

「……先生。先生! やっぱりかっこいいです!!」

 

 ──先生?

 

 赤の腕章を付けた生徒は自身の耳を疑った。

 

 

 生徒会長であるマダムの言葉では......

 

 

 ─── 既に、シャーレの先生は消し去ったと、言っていたはずだ。

 

 

 それが何故。目の前の大人は何者だ。

 

「お、お前は誰だ!! どんな芸当を使った!?」

「……今、お前って言ったか?」

 

 ──来る。

 仄かに見せた殺気はあまりに鋭利で、思わず銃を構える彼女。

 だが、その時には既に目の前に大人の姿は無く、いつのまにか側面に立っており、まるでボールを掴むようにお腹から体を持ち上げられると、そのまま背後にいるアリウスの生徒の群れに中に投げ込まれる。

 まるでドミノ倒しだ。投げられた生徒の体は他の生徒も巻き込み後方へと飛ばされると、彼はニヒルに口元曲げ、顎を突き出し、見下す視線でアリウスの生徒達を睨みつけた。

 

「俺の名前はダンテだ。よろしくな、アリウスの生徒達」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




追記:いつも読んでくださりありがとうございます!

次回の更新までちょっと間を空けます!
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