ダンテ先生概念   作:3ご

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メインストーリーⅠ:血旗の楽園~エデン条約編~(後)
歪曲する物語


 ──それでも私は。

 

 アズサちゃんが人殺しになるのは嫌です。

 そんな暗くて憂鬱なお話、私は嫌なんです。

 それが真実だって、この世界の本質だって言われても、私は好きじゃないんです!

 

 私には、好きなものがあります!

 平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!

 友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて。

 辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……!

 苦しいことがあっても、誰もが最後は、笑顔になれるような!

 

 

 ──そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!

 

 

 誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます!

 私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!

 終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです!

 

 私達の物語を……。

 

 ──アズサちゃん、空を見上げてください。

 こんなに青々とした透き通った空の下、私達は一緒に立っているんです。

 だから、私とアズサちゃんは同じです。世界が違うなんて、一緒にいられないだなんて……そんな事言わないでください!

 アズサちゃんだけ、違う人間なんかじゃありません!

 

 だって。

 

 ──青空は誰の頭上にも平等に広がってるんですから!

 

──────

────

───

 

ーー

ーー

 

 

 

 頬をかすめる風はじりじりとした熱を帯び、微かに彼の銀髪を揺らす。

 静かに打ち寄せる波の音が、穏やかな旋律となって鼓膜をくすぐり、背中を包む温もりは、まるで羽毛の抱擁に身を委ねたかのような心地よさをもたらしていた。

 閉じた瞼の向こう、微かに差し込む光は、儚げな残照のように揺らめき、今にも掻き消えそうな灯火の幻影を映し出す。

 

「ん……、ん?」

 

 瞼を開き、重たい腰を上げると、そこに広がるのは一面の砂浜。

 漣の正体は紛れもなく海で、その奥に広がるのは赤色に染まった夕焼け。光景の傍らにはいくつもの学習机が積み重ねられており、何故崩れないのかと寝起きの頭を働かせる。

 一歩、また一歩と砂浜に足跡を残し、その学習机に歩み寄る。てっきり潮風に煽られ錆が来ているのかと思ったが、その机には一切の汚れも付着しておらず、異質に感じる。

 

「変な所に来ちまったな。おいアロナ、アロナ聞こえるか?」

 

 そう呼んだはいいものの、この空間で聞こえる音は波の音だけ。

 タブレットも持っておらず、ポケットには何も入っていない。どこを見回してもあるのは砂浜と積み重ねられた学習机だけだった。

 

「参ったな」

 

 思わず腰を下ろし、耽る。

 この空間は、アロナの時と似ている。海が目の前にあるのに海藻の匂いもせず、体が沈む程柔らかいのに風に流されない砂浜。照りつける夕焼けは微動だにせず、ひたすら長い地平線が延々と続く。

 一種の牢獄なのではないかと過るが、あまりにも情報が無さ過ぎるこの光景に、彼は再び砂浜に背中を預けた。

 

 ────足音が響く。

 

 それは幻聴でもなく、漣の音に紛れることもなかった

 預けたばかりの背中を再び起こすと、そこには一人の男が────ただ立っていた。

 口元は仄かに笑みを浮かべ、まるで逢いたかったと言わんばかり。人懐っこいその顔はいかにもな優男だが、その瞳の奥にある崇高な強い意志に、思わず首を傾けるだけで警戒の色は出せない。

 黒髪にグレー色のスーツ。ネクタイを締めているが、第一ボタンは外し、緩やかな着こなしは彼の人となりを表しているようだ。まるで自分とは正反対の人物だと、評せざるを得ない。

 

 立ち上がろうとした瞬間、その優男は右手を差し出してきた。

 その好意を無下にする訳にはいかないと、彼は同じく右手を差し出し、掴む。

 

 ────その瞬間、まばゆい光が彼の腕を通じて、ダンテの体内に入り込んだ。

 

 辺り一面が光に包まれると、今度は目も開けられない光量が瞼に差し込む。片手を差し出し光を遮ろうとするが、光は至る所から彼を包み込み、逃れる術はなく、ただただそれを受け止める。

 

 

 ────を────す。

 

 風に攫われたその声を、聞き取れることもなく。

 彼は、また深い暗闇へと落ちていった。

 

ーー

ーー

 

 

 ────い。

 ───せい。

 ───先生! 起きてっ!

 

 

 深い眠りに落ちていたのか、視界は定まらず、カーテンから差し込む光は霧がかった雲の様に部屋を満たす。

 思わずもう一度瞳を閉じ、捲りかかった柔らかい掛け布団を肩までずりあげると、冷房で程よく冷えた体に仄かな温もりを浸透させた。

 あまりにも最高な寝心地のベッド。サクラコ曰く、トリニティでも名のある寝具店で取り扱ってる高級品で、尚且つその中でもオーダーメイドで仕立て上げた逸品だという。トリニティを窮地の危機から救ってくれた一つのお礼としてと、態々用意してくれたそうだった。

 

「んもぅっ! 起きてよ先生!」

 

 如何にも年頃の少女らしい、無邪気さに満ちた高い声が響く。

 その声音は部屋中を響かせ、弾むような軽やかさを持ちながらも、どこか甘やかな余韻を残していた。

 まるで小鳥のさえずりだ。朝の時間にぴったりな優雅な目覚ましに、彼は寝返りを打つ。

 

 この声は誰だろうか?

 ハナコ? にしてはねっとりしていない。ヒフミにしては声量が大きいし、コハルはもっと高かったはず。それならアズサだろうか。いや、彼女はダンテと呼び捨てにする。それかハスミ? これも違う。

 

「ふーん、起きないんだ」

 

 わざとらしいいじけ方をしたと思ったら、今度は食器の重なる音が軽やかに跳ねる。

 それと同時にポットのお湯が沸く音がすると、段々と甘美な香りが鼻孔を刺激し始めた。これは確かナギサが好んで飲んでいたキャンディという茶葉だ。甘くてフルーティ。まさに可憐なお嬢様が好むといっても過言ではないだろう。

 

「先に呑んじゃうもんねっ!」

 

 さらにいじけた声が耳に入ると、観念したかのようにダンテは両足を床に置き、背中を大きく伸ばした。

 あまりにも深く眠っていたからか、思わず目の前の光景に疑問を浮かべる。そこは薄汚いあの事務所でもなく、触手蠢く肉片のベッドでもない。アンティークチックな豪勢な箪笥と化粧台が目の前に置かれており、自身の姿を映し出す。殆ど誰にも見せた事のない寝間着姿がありありと鏡に映しだされており、自分でも思わず顔が綻ぶ。小さなストロベリーサンデーがリピート柄であしらわれたその服は、まるで子供用みたいだ。

 

 昨日、マリーが全裸で寝るのは駄目ですと、この寝間着を用意してくれたのだ。自身の文化に反すると反逆の狼煙を上げたが、マリーのあまりにもバツの悪そうな顔を見ると、自分がこの世で一番の悪役のような気がして嫌々ながらも受け取る事になる。そして夜勝手に部屋に尋ねてきた4人に大層笑われた後、写真まで撮られる始末。ハナコは「うふふ♡」といつもの調子だが必死に口元を抑え、ヒフミは両手で顔を隠し指の隙間から上目遣いで顔を赤くし、コハルは目すら合わせてくれないが肩を震わせていた。アズサは満面の笑みで「可愛いぞダンテ。よく似合ってる」と臆面もなく真っ直ぐな瞳で寝間着姿を評した後、「それ、自分で選んだのか? ダンテの好みはよくわからないな」と他3人のツボをさらに刺激。

 

「あ! 起きた! ねぇ先生、紅茶を入れたんだよ! 飲む? 飲むよね!?」

「ん? んー……貰おうか」

 

 レコードから流れてくる曲はクラシックだろうか。嫌いな人もいるだろうが、彼にとって程よいホワイトノイズは聴き心地がよく、眠気に拍車がかかる。

 

「お砂糖いる?」

「いや、そのままでいい」

 

 備え付けられた小さなキッチン。小皿に盛りつけられた数枚のクッキーと、お湯で温められ湯気を放つティーカップ。

 彼女はいそいそと慣れない手つきでティーポットとティーカップ、そしてクッキーの入った小皿をトレイに載せると、慎重な手つきでゆっくりと持ち上げ、これまたゆっくりと丸テーブルへと歩き出した。

 

「慎重にー……慎重に……────わぁ!?」

 

 一歩一歩しっかりと歩を進める彼女だったが、緊張が混じってたのか、右足の先が左足のふくらはぎに絡まりバランスを崩す。

 その衝撃はすざまじく。トレイの上に載せてあったありとあやゆる物が宙を舞い、一秒後には大惨事になる事間違いなし。

 丁度彼女の真上に投げられたティーセット達は、今まさに彼女にしっぺ返しとして降りかからんとしていた。

 

 ──時が止まる。

 

 寝起きにいきなりとんでもないトラブルだと、ダンテは溜息を吐きながら大きく一歩踏み出す。

 まずは彼女の肩を抱き、脇に寄せ落下地点から避難させた後、宙を舞い垂直に浮遊しているトレイをもう片方の手で制御。遠心力を利用して水平に戻した後、舞い上がったソーサーを吸い込むようにトレイへと収めその上にティーカップを着地させる。そしてクッキーがトレイの上で跳ねた後、重量感のあるティーポットを衝撃を起こさせず重力の力を利用して波の一つも起こさずにトレイの上に落とし込む。

 

「わ、わーお。す、すごいね先生! こりゃ私が手も足も出ないのも納得だね!」

 

 これまたわざとらしく明るく振る舞う彼女だが、その頬は既に茹蛸のように真っ赤に染め上がっていた。

 透き通るような桃色の髪を際立たせる透明感のある白い肌。頭上からでもはっきりと見える長いまつ毛は、宝石の瞳を覆い隠そうとしているが、その隙間から漏れる明るい琥珀の誘いに思わず視線が釘付けになってしまう。

 今まで沢山の女性を見てきた彼でも、思わず息を呑むほど彼女は美しいと言わざる負えない。

 まるで──物語の中から出てきた天使の様だ。

 

 そんな二人の視線が重なるのは当然の結果で、数秒程顔が向き合う。

 

 いくらなんでも距離が近すぎる。限界が来た彼女はくるりと回転しながら名残惜しくその位置から逃れると、華麗な朝のティータイムを続けた。

 ダンテの背中を押し椅子に座らせると、目の前に高級店のスタッフのように優雅な佇まいでソーサラーを置き、ティーカップを載せる。豊かな香り高いティーポットをカップからほんの少し浮かせた状態で紅茶を注ぐと、湯気と共にこれまた甘い香りが湧き出た。

 

 早速一口と、ティーカップを口元に運び、ゆっくりと唇を滲ませていく。

 とりわけマナーに詳しい訳ではないが、とにかく音は出してはいけないとどっかの本で読んだ経験が、まさかこんな異世界で生きるとは思わない。

 

「ねぇねぇ美味しい? 先生美味しいー?」

「あぁ、良い気分だ」

「先生ってどんな飲み物が好きなの? 今度はそれを持って来ようかなぁ!」

「ジンだ」

「ジン? ジンってなーに?」

「いや……なんでもないさ。それよりも」

 

 ダンテは紅茶を一口含み、目の前の少女を見つめた。

 いる筈のない生徒を視界に収め、一体どうなってるのかと思考。

 確か、彼女は今牢獄に居る筈だ。それが今は自分と優雅にティータイムを楽しんでいる。寝起きにこんな天使に起こされるのは願っても無い展開だが、流石に質問を重ねずにはいられなかった。

 

「ミカ、何してるんだお前」

 

 

 

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