はしゃぐミカの腕に引っ張られながら幾つものアトラクションを体験する彼。
子供が楽しむ世界観での時間の潰し方を試行錯誤していた彼にとって、口元を曲げる程、予想とは裏腹に刺激を感じられるのは誤算であった。
それもそのはず。絶叫系やホラー系は彼がいた世界ではなく、あくまでもでキヴォトス人を基準としたもの。普通の人間よりも遥かに頑丈な彼女達を驚かせるには、それなりの要素を散りばめなければならない。
蒸気機関仕掛けのレールがうねり、鋳鉄の車両がゆっくりと乗客を乗せていく。ジェットコースター「ゲリュオン」は、どこかで聞いたその名の通り、馬車を模した黒鉄のボディが特徴的だった。乗客は一人ずつ薄暗い小部屋のような車両に乗り込み、鎖付きのセーフティバーが下ろされると、闇の中へと連れ去られていく。
「ふっふっふ、怖がるなら今のうちだよ先生!」
「お前が怖がるなよ?」
「ちょ、怖くないもん!! 言っとくけど私、絶叫系得意だからね!」
そう言いながらも、ミカの指先はバーを握りしめ、微かに震えている。
一方のダンテは、セーフティバーの下ろし方を確認しながら、ただ無言で口元を歪めていた。今までビルの屋上から飛んだり、鉄格子なしのゴンドラで悪魔と戦った彼にとって、命の保証が付いている乗り物などただの揺籠。
反面、ミカの顔はというと、仄かな桃色の頬は青ざめ、額に汗が滲み出ている。
兜割をもろに受けた彼女にもまだ怖いものがある。という事実に、ダンテ自身も思わずバーを握りしめた。
「頂上か。結構高いな」
「わっ!? え、もう!? まっ……!!?」
カチカチカチ……。
ゆっくりと上昇するレール。高く昇るほどに地上の景色が縮み、冷たい風が頬を撫でた。
そして──。
「いやぁぁああああああっっっっ!!!!!!」
落ちた。
ミカの悲鳴が空へと消え、鉄の車両は振り子のように左右へ揺さぶられる。
目の前に現れるのは不気味なゴシック建築、幽霊の幻影、回転する刃のトラップ──。それらを高速で駆け抜け、最後はほぼ直角の急降下が待ち構えていた。
そして、乗り終えた二人。
「うぅ……先生、すっごい無表情で乗ってた……」
「まぁな」
「いや、もうちょっとさ、驚くとかさ……!!」
「乗り物に乗っただけだろ」
「うぅ〜……ぅう〜!!!」
ー
次に向かったのは、歴史あるお化け屋敷マレットの古城。
実在した伯爵令嬢の伝説をもとに作られたこのアトラクションは、薄暗い回廊や古びたステンドグラス、ろうそくの灯りが揺れる中世風の部屋など、実に雰囲気たっぷりのホラー体験ができることで有名。
ここならこのクールな先生の驚いた顔が見られるだろう。そう内心ほくそ笑んでいた彼女は、入ってものの一分で後悔してしまうことになる。
「べ、別に怖くないからね!? ちょっと古城の内装が綺麗だなぁって思っただけだもん!」
「の割には、ずっと袖を掴んでるのは何故だ?」
「えっ!? き、気のせい気のせい!!」
「……そうかよ」
ダンテは不敵に口元を歪めながら、わざと一歩足を止めた。
その瞬間、ミカは背後の気配に気づき、勢いよく彼の腕にしがみつく。
「わぁぁっ!? い、今なんかいた!! 絶対いた!!」
「気のせいじゃないか?」
「違うもん!! あ、ちょ、ちょっと待って先生おいてかないでええ!!」
不敵に動くマリオネットに、絵画からいきなり出てくる布地を被った髑髏。
大きな噴水の部屋に入り、獅子の謎を解く。するとその獅子の石像がボロボロと砕け散り、中から1匹の黒い豹が出現した。
その演出に思わず苦笑する彼だが、これでお化け屋敷は終わりらしい。まだ何段階かのグレードが残っているらしいが、部屋の隅で固まってたミカを見かねてとりあえず外に出る事にする。
「せんせぇ〜……なんか手慣れてない?」
「デジャヴってやつかもな」
ー
「ねぇ先生、こういうのも乗ろうよ!」
ジェットコースターやお化け屋敷の興奮が落ち着いたところで、二人が向かったのはメリーゴーランド。
ゴシック風の木馬が、優雅なワルツの旋律に乗せてゆっくりと回るこのアトラクションは、どちらかといえば小さな子供やカップル向けの乗り物だった。
その名も「マキャヴェリの円卓」。
数ある名工の中でも、その人物の作るアトラクションは歴史的な重みもあり、尚且つ永久に壊れないということで有名だそうだ。
ただの由緒ある古いアトラクションではなく、当時の面影を残したその乗り物はまるで別世界へと誘うほど優雅で、乗り心地が良いと評判だ。
だが、その中で一つはずれ馬があるらしく、それに当たった生徒はあまりの乗り心地の悪さに嘔吐してしまう程。そのランダム性から、ある界隈では「パンドラの箱」と呼ばれているのだそうだ。
「ミカは絶叫系が好きだと思ったが……メリーゴーランドも乗るのか?」
「だって、雰囲気いいじゃんね!」
「ま、乗りたいならいいか」
ダンテは無難に外側のベンチ席へ座ろうとしたが、その瞬間、ミカが腕を引っ張る。
「だーめ! 先生も馬に乗って!」
「俺がか?」
「うん!! ほら、この白馬にしよ!」
仕方なく、ダンテはミカと並んで木馬に跨る。
メリーゴーランドがゆっくりと動き出すと、ミカは目を輝かせながら、風に吹かれる長い髪をなびかせた。
それを見た彼は、苦笑しながら「ま、こういうのも悪かねぇな」と、ぼそりと呟く。
見た目屈強な怖そうな男と、ヒップホップに身を染めた聖女の図式は、周囲から浮くほど目立っていたが、目を合わせたら殴られそうなのでヒソヒソ話で済む事になった。
ー
「最後はやっぱり、これでしょ!」
「……やれやれ、散々飛び回れるじゃねぇか。わざわざ乗らなくとも、高い所なんて沢山あるだろ?」
「ちーがーう! 雰囲気なの雰囲気! 飽きたら途中で飛び降りてもいいから、一緒に乗ろ?」
「途中で飛び降りる方が楽しそうだな」
ミカが指差したのは、トリニティ・ワンダーランドのシンボルとも言える巨大観覧車。
夕暮れが近づき、オレンジ色の光がゴンドラを照らし出している。
「丁度夕日が見えそうだね!」
二人はゴンドラに乗り込み、ゆっくりと地上を離れていく。
眼下には、遊園地の煌めくイルミネーションと、トリニティの街並みが広がっていた。
ミカはゴンドラの窓に手をつけて、目を輝かせる。
「すごーい! 遠くまで見える!」
「……そうだな」
ダンテは腕を組み、窓の外をぼんやりと眺める。
観覧車が頂上へ達する頃、ミカはぽつりと呟いた。
「……先生、今日は楽しかったね」
「お前が楽しそうで何よりだ」
「えへへ、先生も結構楽しんでたでしょ?」
「……さてな」
観覧車がゆっくりと上昇を続ける。
空にはまだ僅かに陽が残り、オレンジ色の光がゴンドラの窓を通して柔らかく差し込んでくる。
夜へと向かう気配はあるものの、辺りには微かな茜色が滲み、黄昏の余韻を織りなしていた。
窓の外、トリニティの街並みは夕闇と残光の狭間で揺らぎ、建物の輪郭がシルエットのように浮かび上がる。まるで街全体が今日という日の名残を惜しんでいるように。
ゴンドラの中では、しばしの沈黙が流れる。それでも彼女はどこか楽しげで、物思いに耽る顔。
ミカは小さく伸びをして、夕陽に染まる空を横目に眺めてる。
先ほどまでの無邪気な笑顔は、すっかり落ち着きを帯び、瞳の奥にはどこか哀愁にも似た影が映り込んでいた。
「……また、こういう日があるといいなぁ」
そう呟いた声は、まるで夕焼けの色を含んだ風が運んだような、ほんのりとした温もりと、若干の寂しさを孕んでいた。微かに聞こえるゴンドラの軋む音が、その儚さをさらに引き立てる。
ダンテは、隣で微笑む彼女の横顔をちらりと見て、言葉を探すように息をつく。
けれど、その視線に気づいたミカは、唇にうっすらと笑みを浮かべたまま、窓の外へと再び目をやる。
沈黙を破るでもなく、しかし拒むわけでもない。そこには、どこか柔らかな空気が漂っていた。
夕陽が作り出すオレンジの光に照らされて、彼は静かに口元を歪める。
クールな微笑で、なにかを誤魔化すように。
あるいは、返すべき言葉を見つけられずにいるのかもしれない。
ゴンドラは頂上をわずかに過ぎ、地上へとゆっくり降りていく。
空にはまだ、一部に淡い群青が混じる程度で、はっきりと夜が来たわけではない。
オレンジと青が入り混じるグラデーションの空が、ほんの短い「夕暮れの魔法」を描き出していた。
「ねぇ先生、もう一度言うけど、今日は本当に楽しかったね」
「……そうだな」
短く答えるダンテに、ミカはやんわりとした笑みを投げる。視線が交わった瞬間、夕陽の反射が二人の瞳をきらりと照らす。
ゴンドラがゆっくりと回転を重ねていくたび、街の風景は黄昏から宵闇へと移り変わろうとしていた。けれど、まだ完全に沈まずに残る夕日の残照が、二人に時の流れを感じさせないでいる。
「……今日が終わっちゃうのかぁ」
ミカは再び小さく息を吐くと、ゴンドラの奥で微笑む彼の方へ身体を向ける。
「ねぇ先生。どうして今日は付き合ってくれたの?」
「一人は寂しいんじゃないかってね」
「へぇ、先生は一人が寂しいって思うの?」
「さてね。でも、なんだかお前を見てると放って置けなくてな」
「……わーぉ」
彼は、口元に僅かな弧を描く。
それはニヒルと形容するには、いささか優しすぎる笑顔だった。
──こうして、二人を乗せたゴンドラは夕日と夜の狭間を漂いながら、地上へと近づいていく。
今日という日が紡いだ時間が、いつか彼の記憶を彩る一頁になることを願いながら、彼女は満面の笑みで時が来るのを待った。
まだ夜にはならずに残る、最後の夕焼けの輝きが、ゴンドラの窓を透かして彼らを見守っているようだった。
ーー
ーー
トリニティ学園の門を抜け、校内の扉を開いたその時、幾つもの金属音が鳴り響いた。
目線の先には正義実現委員会の生徒。その中にはハスミや補習授業部、そしてナギサも参列している。補習授業部以外はそれぞれ己の獲物を持ち、銃口は迷わずミカに向けられていた。
どうやら温かな歓迎では無いらしいと、ダンテは両肩を竦みながら向こう側の反応をただただ待っていた。
「ミカさん、罪を……これ以上重ねないでください」
「あ、ナギちゃん! 大丈夫? なんだかげっそりしてない?」
「誰のせいだと思っているのですか!! 勝手に抜け出して、しかも先生まで巻き込んで……あなたって人は!!」
「巻き込まれたにしては楽しい時間だったぜ」
「先生は黙っててください!!! 確かに、トリニティの窮地はあなたに救われました。ですが、物事には限度というものがあります。私達にも文化があり、秩序があるのです。あなたのことは見過ごせますが……」
その言葉尻から推察するに、ミカの罪はさらに重ねられる事になるだろう。
ナギサ自身がそれを望んでないとはいえ、司法は公平だ。彼女は脱獄という罪をさらに重ねる事になる。
「まぁまぁ、ミカさんも帰ってきた事ですし、まずは牢に戻って貰いませんか?」
その牽引を受けて出たのは、ハナコであった。
彼女は歩幅を変える事なく、ミカの元まで歩き、手に持っている紙袋を丁寧に預かる。
そしてそのままダンテの前に立ち。周りに聞こえない声色で口を数度開いた。
──私に、任せてください。
彼女は振り返り、再びミカの真正面へと立つ。
その顔は険しく、どこか覚悟を持った強い意思を感じた彼は、事の展開をハナコに任せる事にした。
補習授業部、いや、トリニティでも屈指の天才であるハナコなら、きっとこの窮地を抜け出せるだろう。
僅かながらもお互いを知った彼女との関係に、彼は思わず口元を曲げる。
「ミカさん、牢屋に行く前に身体検査をさせてください。拒否権はありませんよ?」
「別にいいよ。ハナコちゃんも用心だねぇ。ただ外で先生と遊んできただけなのに」
「ミカさん、いいから腕を上げてください」
「はいはい」
ハナコの手が、ミカの足元から臀部、そしてくびれから頭の先まで満遍なく触れる。くすぐったいと笑うミカに対し、ハナコは真剣そのものだ。そして何度もおへそ辺りを触ると「違和感がありますね」と一言。短く言い放ったハナコの言葉に、ミカはきょとんとする。
「ミカさん、今からする事に抵抗しないでくださいね」
ハナコは頭を下げ、ミカのお腹に耳を当てた。
背後にいる生徒達も、ダンテでさえも首を傾げるその仕草、誰も意図が読めないでいる。
が、段々とハナコの表情は険しくなり、数秒の沈黙が続いた後、彼女は険しい形相の状態から急に後ろを振り返り。
──います!!!!!!
と鋭く言い放った。
段々ミカの顔が赤くなるに釣られ、その奥にいる生徒達からどよめきが湧き上がる。
つまりは、そういうことだ。
そう、解釈する余地しかないのだ。
「な、な……ななな……ミカさん!! 誰か!! 早く彼女を保健室へ!!! 保健室へ連れて行ってください!!!」
ナギサの号令と共に、急にどこからともなく現れた担架にミカは無理やり寝かされると、そのままものすごい速さで彼女は連れられて行った。
残るはあらぬ疑いをかけられた男と「流石私!」と親指を天に向かって小さく掲げる彼女が一人と、まるでケダモノを見るかのような目で彼を見つめ続ける生徒が沢山。
「おいハナコ……」
「はい? なんでしょう?」
「俺、死刑にされるんじゃないか?」
「まぁまぁ、誤解は後で解けばいいですから。イメージというのはとても大事です。これで有耶無耶になればいいのですが……」
「そうだな、とりあえず今日はもう休む。少し一人にさせてくれ」
「うふふ♡ わかりました!」
清々しいハナコの表情とは裏腹に、彼はバッドステータス。
けど、あの時ミカがゴンドラの中で見せてくれた笑顔が、このまま続けばいいなと。密かな願いを持って、ベッドの上へと飛び乗るのであった。
当然、誤解は解けるのではあるが、イメージはそう簡単には覆らない。
でもキヴォトスの噂の1ページにその展開が深く刻まれるのに、そう時間はかからないのであった。
ある場面を深く描きたいが為にオリ展を混ぜましたが、上手くオチをつけられてよかったです!