ダンテ先生概念   作:3ご

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副委員長の悩み

 麗らかな日差しが差し込むカフェテリアの末席にて、久しぶりの休息時間を堪能する正義実現委員会の副委員長が一人。その隣には、まさか午後のひと時にご招待されるとは予想もしていなかった男が、煌びやかな太陽の光を帯びたストロベリーサンデーを小さなスプーンで口元に運んでいた。彼女の前にあるのは彼よりも大きな器のパフェ。男は敢えて口には出さず、その食べっぷりに思わず瞼を開く。

 最近また悪い噂を流された銀の男と、トリニティの正義を体現する厳格な生徒。この組み合わせは傍から見れば監視以外他ないが、副委員長の方はこれまでの彼の業績に対し、正義実現委員会として少しでもお礼をしなければと、胸中は称賛の言葉で溢れていた。

 

 エデン条約調印式まで、あと一日。

 

 その時が来れば、この先生とは会えなくなる可能性が高い。

 常日頃彼が言葉にしていた辞職の言葉。どうせならトリニティ専属の用心棒として雇うという策も考えてない訳ではない。

 沢山のアリウスの生徒に囲まれても微動だにせず、ニヒルな笑みを浮かべる度胸。そしてあの聖園ミカ相手に圧倒的な立ち振る舞いをし、無傷で制圧する戦闘能力。

 秩序という言葉は似合わないが、平和と安寧という観点から見て、彼がここに滞在してくれた方が生徒は安心だろう。ただ、その代わりいつ生徒に手を出すかの境界線は把握して管理しなければならないが、恐らくこの先生は誠実だ。野暮ったく、時には態度も悪いが、無暗矢鱈に人を傷つける人間ではない。

 

 それに、なんだかんだ言って補習授業部の子達は彼によく懐いている。

 

 つまりは、誰かと手を取り合い、友好的に接する人間性も持ち合わせている訳だ。

 白洲アズサの件でも、彼はシスターフッドとナギサの所へと赴き、転校を正式なものにするよう話し合いを持ちだしたとも報告書で記載があった。

 彼女の青春の日々を守ったのだ。

 

 ハスミは静かに瞳を閉じ、あの夜の事を思い出す。

 額にタオルを充てられた感触。優しく、添えるような力加減と、月夜に照らされた憂いを帯びた瞳。

 放課後スイーツ部から聞いた彼との出会いは、彼女の選択を後悔させることになる。

 自分は間違っていた。ただそれだけ。

 見た目は良いが、柄が悪い。でも、その外側の顔と内側の顔は天と地ほどの差があり、補習授業部や放課後スイーツ部はその部分に惹かれたのかもしれない。

 

 ──だから、今度は真正面から対話し、少しでも彼のことを知っておきたかった。

 

「ハスミのそれってデケェよな」

 

 瞳を開けると、穏やかな顔の先生が視線を下に向け、とんでもない発言をさも自然の会話のように繰り広げようとしていた。

 平原に広がる花畑の中心にいきなりぶちこまれるミサイルは、彼女の心に荒れ狂う火の手とクレーターを生み出す。聴覚から思考へ、そしてその言葉は脳内で数度解釈。目先の情報は言葉の根拠をしっかりと浮かび上がらせると、段々のハスミの頬は赤く染まり、恥ずかしさと戸惑いが一挙に押し寄せてきた。

 

 明らかに、胸を見て喋っている。

 下心など微塵も見せず、純粋で真っすぐな瞳で!

 彼女の脳内は、そう解釈するしか選択肢が出ず。

 

「なな……! 急に何をおっしゃるんですか!? しかも目線まで釘付けで!」

「おいおい、恥ずかしがることじゃねぇだろ? 他の生徒と違って明らかにでかいんだからよ。そりゃ気になるに決まってるじゃねぇか」

「そ、それはそうかもしれませんが……! で、ですがデリケートな問題なんです! ああ……もぉ」

「そうなのか? 生徒によって反応がまちまちだな……」

「そ、それは当然です! 人によって大きさに違いはありますからね! ってそんなことではなくて、誰だってそう真正面から言われたら恥ずかしいのですよ!?」

「まじかよ……知らなかったぜ。ヒフミも少しだけ頬を染めてたしな……」

「ヒフミさんにも同じことを聞いたんですか!?」

「ああ。だが、ハスミは腰が細い割に本当にでかいなって思ってたんだ」

「そ、それはダイエットを頑張ってるからで……」

「なぁ、嫌じゃなかったら触ってみてもいいか? 構造とかどうなってるのか気になってよ」

「ダメに決まってるじゃないですか!? 何を考えているのですか!? 普通そんなに気軽に触らせるものではありませんよ!?」

「え、けどヒフミは触らせてくれたぜ? 柔らかいし、小さくて可愛らしかったな」

「ヒフミさんが触らせてくれたんですか!?」

 

 補習授業部は、懐いているのではなく爛れた関係で手籠めにされているのでは。

 ハスミの脳内に、仮説が組み立て上げられる。

 

「ハナコがマッサージの仕方を教えてくれてな。こう、根元から掬い上げるように指で押すと相当気分がよくなるんだろ?」

「ハナコさんに何を教えて貰っているのですか!?」

 

 ハスミのあまりにも慌てた反応にダンテは首を傾げる。

 確かにデリケートな部分だったのかもしれない。何せ体の一部だ。どこをとってもそれなりの信頼関係が無ければ触れさせないのはキヴォトスも同じ。

 

「待て、待て待て。もしかしてこれって駄目な事だったのか? 俺の文化圏には無ぇもんだからよ」

「く……! 先生の文化圏は存じませんが、少なくともキヴォトスではそれなりに羞恥的な行為ですよ」

「まじかよ……悪いことしちまった。そういったのはコハルが静止してくれる筈だが……」

「コハルが隣にいてその行為をしていたのですね。……まさか彼女が許容するなんて、よっぽど信頼されているのかもしれません」

「いや、コハルも触らせてくれたんだよな。どうも凝りが取れなくて悩んでたらしい。揉んだ後はあんなにすっきりした顔になってたのによ。よく分からねぇな」

「コハルが揉ませたのですか!? いや、確かに私も凝りが酷くて悩んでいたりもしますが……」

「というか、ハナコ以外全員触らせくれたぞ?」

「は、はいぃ!? ……先生、職務乱用で審問会を開かれたいのですか?」

「結構な重罪じゃねーか。いや、ヒフミは興味本位だったが残りの二人に関してはお願いされたんだぜ?」

「そ、そんな……コハルや白洲アズサまで……。大人というのは恐ろしいですね」

「まぁまぁそう硬い事言うなっての。ハスミだってその凝りが取れるかもしれないぜ?」

「ぜ、絶対に触らせ……あぁ、でも」

 

 彼女の密やかな悩み──それは、常識を超えた豊満な胸部に他ならなかった。

 その重みに引っ張られるように、常に肩には鈍い痛みが走り、長時間の動作を繰り返せば背中にまで疲労が蓄積する。単なる容姿の問題ではない。日常生活にまで影響を及ぼす深刻ではないが、ずっと消えない悩みの種である。

 これまで何とか締め付けるタイプの補正下着で維持してきたものの、最近になってさらにサイズが増したのか、かつて頼りにしていた下着ですら十分な支えにならなくなってきた。窮屈さに耐えながら過ごすか、新たに特注品を揃えるべきか──選択肢は限られているが、どれを選んでも解決には程遠い。

 さらに厄介なのは、単なる見た目の問題ではなく、動作におけるバランスの維持にすら気を配らねばならないことだった。姿勢を崩せば、一瞬で体重の重心が狂い、動きのキレにも影響が出る。戦闘や運動のたびに身体の使い方を意識する必要があり、そのわずかな違和感が命取りになりかねない。

 そして、何より容赦なく襲い掛かるのが肩こりだった。筋肉を酷使するたびに、まるで鋼の鎖に縛られたような感覚が彼女の肩を蝕む。僅かな動作にも響く痛みを無視し続けることは難しく、時折、手で肩を押さえながら深いため息をつくことも増えた。

 かつては些細な不便として流していたこの問題も、今では避けがたい現実として、彼女の生活の一部となっている。形の維持、バランスの調整、そして蓄積される疲労。どれもが無視できない負担となり、彼女の中で静かに、しかし確実に積み重なっていくのだった。

 

「……ほ、本当にコリが取れるのですか?」

「篭絡したな? でも、そのくらい辛いなら下手に隠さない方がいいぜ? 時には恥ずかしさも忘れてさらけだすのも勇気の一つだ」

「確かに、先生のおっしゃる通りかもしれません。……あぁ、でも、恥ずかしい……」

 

 両手で顔を覆い、快楽に溺れるか、自身の威厳を保持するか天使と悪魔がせめぎ合う。

 同じ正義実現委員会として、あの断罪の処刑人とも言われるコハルが彼に身を任せたのだ。でも、それが自身のを触る為の方便だったら? いや、あの先生はそんなしょうもないことで嘘を吐くとは思わない。キヴォトス基準で考えれば、欲しければ力で奪えばいいからだ。

 だから、あの先生の言葉は清廉潔白。きっと悩める生徒を救済する為の言葉であるだろう。

 

 ──彼女は覚悟を決めた。

 

「分かりました。私も悩んでいた部分ですから、もしそれが緩和されるのでしたら先生にお願いしたいです」

「よし来た! いやまぁ、変な事言うが、結構感触が良くてな。枕に欲しいくらいなんだぜ?」

「へ、変な事言わないでください! って!? 待ってください今ここでするんですか!?」

「ああ、前は教室で触れたからな。……そうか、人前だとダメなのか」

「き、教室!? なんて破廉恥な!」

 

 ハスミは顔を真っ赤にしながら、胸元を両腕で抱えるように押さえつけた。

 

「ん?」

 

 彼女の反応に、ダンテは眉をひそめる。

 

「いえ、人前でっていうなら場所を変えても……って、そういう問題じゃありません!!」

 

 ハスミはぷるぷると肩を震わせながら、じっと彼を睨みつけた。

 

「先生が胸を触りたいって言うから、最初はどうしようか悩みましたけど……その……た、確かに最近ちょっと大きくなって困ってましたし……先生の手にかかれば、多少は軽くなるのかなって……そう思って……!」

「……あぁ?」

 

 欲に負けてとんでもないことを言いだすハスミ。

 彼女は明らかに勘違いしている。いや、どう考えても、彼女の思考はとんでもない方向に暴走している。

 

「おい待てハスミ、お前、何の話をして──」

「もう……! こんな公衆の面前で言わせないでください!!」

 

 ハスミはますます顔を赤くし、恥ずかしさで目をぎゅっと閉じながら、意を決したように腕を開いた。

 

「……いいです。先生がそこまで言うなら……どうぞ、触って……!」

 

 目の前で、彼女は僅かに震えながらも、健気に両腕を開き、まるで覚悟を決めたような表情でこちらを見つめている。

 何かが決定的におかしい。彼女は何か壮絶な勘違いをしている。

 確かに目の前の提案は魅力的だが、それ以上に女性を傷つける行為は彼にとってはご法度。

 

「……いやいやいや、俺が触りたかったのはお前の翼だ」

 

 即座に手を振って訂正すると、ハスミの顔がみるみるうちに硬直した。

 

 沈黙。

 そして、次の瞬間──。

 

「……えっ?」

 

 彼女は信じられないものを見るような目をして、呆然と彼を見つめた。

 

「いやだから、俺はただ、お前の翼を触らせてもらえねぇかなって言ったんだよ」

 

 沈黙の時間がやけに長い。

 ハスミは固まったまま、唇をわなわなと震わせた。

 瞬間、顔が一気に真っ赤になり、思わずその場で飛び上がるように後ずさった。

 

「ち、ちがっ……違います!! 先生が妙なことを言うから、私は……私は……!!!」

「おい、落ち着けって」

「落ち着けません!!!」

 

 完全にパニックに陥ったハスミは、顔を覆いながらぐるぐるとその場を歩き回る。耳まで真っ赤になっており、もはや何を言われてもまともな返事は返ってこなさそうだった。

 そして、しばらくしてようやく落ち着いたのか、ハスミは深く息を吐き、顔を伏せたままぽつりと呟いた。

 

「……先生のバカ」

 

 何故かその言葉にものすごく傷ついた彼は、寝床に戻るまで彼女の言葉が脳内を反響することになる。

 

「なぁアロナ、俺が悪いのか?」

「はい! 先生が悪いです!」

「はぁ、俺に味方はいねーのかよ」

「アロナちゃんはずっと先生の味方ですよ! だから絶対に辞めさせませんから!!」

 

 

 

 

 

 

 

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