残酷な描写が出てきます。
そういった表現が苦手の方はご注意ください!
────っっっ!!!
ポルタパシス広場の中央で、声にならない叫びを上げる生徒が一人。
長い時間暴行に晒されたせいか、体はぐったりと地面に落ち、背中にある大きな翼は隅から隅まで切り傷で傷み、様々な銃弾の跡から血が湧き出ていた。
逃避する為の両足の骨は折られ、腰から下に力が入らない少女は、その両手で必死に前へ逃げようとするが、背中から踏みつけられている一つの足が彼女の前進を止め、抵抗など無駄だと言わんばかりにヒールの先が胴体にめり込む。
それを黙って遠くから眺め、帽子のツバを下げる彼女とその仲間達は、目の前で行われていたあまりにも残虐な光景に思わず呼吸を忘れ、酸素が脳内に周らなくなり視界が鈍る。
いや、この場合は視界に映したくないと言うのが心情だ。
その端で幾たびの生徒に抑えられている激情に駆られた生徒の一人が、その広場の中央にいる少女に向けて必死に声を荒げる。
赤髪の癖っ毛は降り注ぐ雨粒で潰れ、何度も殴打を受けた顔には血で染まり、純白で美しい琥珀の瞳からは傷口かそれとも彼女の叫びか、赤い雫が垂れ頬を染めていた。
赤髪の彼女の視線の先には、全身を包む純白のドレスを身に纏いし、真紅に染まった素肌。
流れる水のようにしなやかで、裾には幾重にも重なる薔薇の刺繍が施されている。しかし、その純潔を象徴するかのような衣装とは裏腹に、彼女自身が纏う気配は冷酷な刃のように鋭い。
背筋を伸ばし、流れるように立つその様は、気高き王族のようでありながら、そこにあるのは慈悲ではない。傲慢なまでの威厳と、世界の理さえも手中に収めんとする圧倒的な支配者の強欲。
真紅の面から頭上に広がる赤い瞳の螺旋。それはまるで人間ではない何かへと連想させる。瞳から覗くのは、ただ一筋の妖しい微笑。情を持たぬ者の笑み。嘲るように、軽蔑するように、愉しむように。
その腕に広がる赤と白のコントラストは、花弁に落ちた鮮血のよう。まるで、汚れのない純白の布に染みついた罪の証。その指先が触れたものは、すべてが静寂に包まれる——まるで死の前触れのように。
彼女はゆっくりと扇を開く。まるで処刑を宣告するかのように、優雅な手つきで。
「今ここに、血の旗を立てましょう。我が主は、安らかな降臨を望んでいます」
その声は甘く、滑らかで、耳をくすぐるような響きを持つ。だが、その裏に潜むのは絶対的な冷酷さ。彼女に慈悲を求めることは、無意味。彼女は決して許さない。決して見逃さない。
マダムと呼ばれたその女は腰を曲げ、倒れている生徒、片翼の根本を掴み、高らかな笑いを響かせた。
「——フフフッ……アハハハハハハッ!!!」
それは凍てつく夜風よりも冷たく、耳朶を刺す鋭利な音だった。
空間そのものを支配するかのような傲慢な笑い声が、まるで神聖な殿堂を汚すかのように響き渡る。
ただの笑みではない。
それは、敗北を嘲笑う声。
それは、希望を踏みにじる声。
それは、すべてを思い通りに操る者の確信に満ちた声。
紅く濡れた唇が弧を描く。
その声に宿るのは歓喜ではなく、残酷な愉悦。
誰もがその笑いに戦慄し、目の前の存在がいかなる怪物かを悟る。
「ああ……この身を求め、あなたはキヴォトスに舞い降りる」
ゆったりと首を傾げ、扇を開きながら嗤う。
まるで運命そのものを弄ぶ女神のように。
その笑いが鳴り響く限り、誰一人として自由など存在しない。
彼女こそが、この世界の舞台を操る支配者なのだから。
赤髪の生徒は叫んだ。
泣き叫んだ。
なんでもする。犯罪でもなんでも。──悪魔にだってなるから。
だから────。
──やめろおおおおぉぉぉぉぉ!!!!
彼女の叫びは虚しく空に消え、静寂の中響いたのは粘りつくような湿った音。
白銀の羽が強引に引き裂かれ、皮膚が引き攣れる。
繊細な膜が裂け、羽毛が無惨に宙を舞う。
血管が弾け、腱が限界を迎える。
乾いた空気を裂くような、嫌な音が辺りに響いた。
肉が繋ぎとめようと抵抗するも、それは無意味だった。
容赦なく捻じり取られ、翼は無惨に千切れ飛ぶ。
骨が砕け、最後の支えが断たれる。
もはやそこに美しさなどない。ただ、千切れた肉片と血まみれの羽毛が、冷たい地面に落ちるだけだった。
「主の……血旗の楽園を、今ここに」
槍の穂先に貫かれた翼が、地面に無情に添えられる。
切り裂かれた羽根は、泥に塗れながらも尚、かつての純潔を思わせる白を僅かに残していた。だが、その白はもはや象徴ではない。血の色が滴り、泥と混じり合い、静かに、冷たく、汚されていく。
降りしきる雨が、彼女の頬に散った鮮血を容赦なく洗い流していく。
それは決して浄化ではなかった。純白のドレスは、流れ落ちる血とともに、じわりと赤く染まりゆく。まるで、彼女の本質を暴き出すかのように。
槍の向こう、翼を引き裂かれた生徒は、声にならない悲鳴を喉の奥で噛み殺しながら、それでも前へと進もうとしていた。
手は震え、爪は折れ、血まみれの指が泥を掻き分ける。
全身が痛みに焼かれようとも、彼女の瞳はただ、遠くで抑えられ、涙を流している家族を求めていた。
もはや、足は動かない。
もはや、声も出せない。
それでも、彼女は這って進む。
他のアリウス生徒から抑えられながら、絶望的な顔を浮かべる赤髪の生徒。
大切な大切な家族に声をかけようと、翼を千切られた少女は歯を食いしばり、痛む背中などお構いなしに赤髪の生徒に向かって片方の手を差し出す。
雨粒が、容赦なく彼女に降り注ぐ。
冷たい水滴が体温を奪いながらも、血と涙を見境なく混ぜ合わせ、無情に流していく。
彼女の想いすら、この雨に掻き消されるのかもしれない。それでも彼女は歩みを止めない。
槍を手にした女は、その光景をただ眺めていた。
微笑みさえ浮かべながら、──それすら、彼女が求める主への手土産と言わんばかりに。
「もう結構です」
蹴り上げられた脚が、生徒の腹部を鋭く抉る。骨が軋み、肉が裂ける感触が、当事者ではない生徒の耳にも嫌でも入り込んだ。
彼女の体はまるで壊れた人形のように、力なく舞い上がる。そのまま、勢いのまま壁へと叩きつけられた。鈍い衝撃音が響き、壁に細かなひびが走る。
呻き声すら上げられないまま、生徒の体は崩れ落ち、泥と血の混じる地面に沈んでいった。微かに痙攣する指先が、もはや抵抗の意志すらないことを物語っていた。
蹴り上げた足を軽く振り払うように下ろしながら、女はゆっくりと視線を落とす。
──つまらない。
期待外れの反応に、彼女は興味を失ったかのように、吐き捨てるように冷笑を浮かべた。
「スクワッド、何をぐずぐずしているのですか?」
残虐な光景の中の登場人物が、舞台から降り、今度は彼女達の舞台に上がろうとしている。
その事実に他三人は戦慄するも、サオリはせめてもの抵抗にと、三人の影を背に立ち、マダムと相対する。
「はい……マダム。仰せのままに」
サオリとアツコ、ミサキとヒヨリに持たされた試験管。その中に揺れるのは、どこまでも濃く、不気味なまでに深い赤の液体。
──まるで、生温い血のようだった。
視線を落とすだけで、胃の奥から嫌悪感がせり上がってくる。こんなもの、到底口にしたくはない。だが、迷っている時間は与えられていなかった。
「命令だ……皆」
その一言が、彼女たちの自由意志を封じ込めた。震える指で試験管を持ち上げ、唇に押し当てる。
──ひどく鉄の匂いがする。喉の奥にじわりと広がる、鉄錆びた味と粘つく感触。飲み込むたびに、内臓が熱を帯びるような錯覚に襲われる。それでも、一滴残らず流し込んだ。
試験管を握る指が白くなるほど力を込め、全身の震えを必死に堪える。
何が起こるのか、予測すらできない。
ただひとつ確かなのは──
もう、後戻りはできないということだ。
「これであなた達も主の寵愛を受けることでしょう。迷う事はありません。心安らかに、その力を思う存分使いなさい」
ーー
ーー
「リーダー、リーダー起きて」
崩れかけた廃墟の廊下で、サオリはゆっくりと瞳を開く。まるで最悪な悪夢を見ていたような気がするが、不思議と目覚めは良く、頭は冴えわたっていた。これから始める復讐の計画が、まるでプログラムされたかのように正確に脳内に組み立てられている。まさか、あの歪な液体の影響か? 未だに喉の奥に残る鉄の味が、全てが現実であることを思い出させる。気分は最悪だが、行動には支障はない。それ以上に、敵への憎悪が、彼女の心を完全に黒く染め上げていた。
「準備は?」
「……問題なし」
感情のこもらない声で返す。復讐という目的の前では、もはや己の状態など瑣末な問題にすぎなかった。
もしもの時のために用意された戦術兵器は、おそらく使うことはない。というより、制御が効かなくなったあの人形を起動させれば、それだけでキヴォトスにとっての脅威になり得る。下手をすれば、自分たちでさえ手に負えなくなる。その歪な力を、どうしてマダムはあっさりと自分たちに預けたのか。
理解できない。だが、考えても無駄だ。
この憎悪が尽きるまで、自分はただ、役割を果たすだけだ。
──アリウススクワッド、作戦開始。