ダンテ先生概念   作:3ご

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勃発

「せ、先生! どうしてそこまで頑なに拒否をされるのですか!? 確かにお祈りは自由ですし、強制も出来ませんが……」

 

 天井高くそびえる荘厳な大聖堂。その内部は静寂に包まれ、淡い紫のステンドグラスから差し込む光が、まるで天上の神々が祝福するかのように床へと降り注いでいる。長く続く木製のベンチが整然と並び、その間を一本の赤い絨毯が堂々と敷かれていた。空気はひんやりとしており、僅かに香る古い書物のような匂いが、ここが歴史と信仰の重みを抱える場所であることを思い出させる。

 その神聖な空間の中、一人のシスターが真剣な表情で彼を見つめていた。黒と白を基調とした修道服に身を包み、彼女の長いオレンジがかった髪が肩を流れている。慎ましやかでありながらも芯の強さを感じさせる瞳はまるで天使そのもののようだった。

 

  伊落マリー。

 

 シスターフッドの中でも一際目を引くその清廉な佇まいは、多くの生徒の心を捉え、仄かな崇拝の念すら抱かせるほどだった。彼女を慕う者は数知れず、学園の片隅ではまるで偶像のごとく語られる存在となっている。しかし、当の本人にとってはそうした噂など耳に入ることもなく、日々の奉仕に身を捧げることこそが彼女の生きる道であった。

 懺悔室では罪を告白する生徒の言葉に静かに耳を傾け、学園内では救いを求める者たちの手を取り、時には忙しさに一息つく間さえも許されぬほどに、その日々は奉仕と献身に満ちていた。一部の生徒はそんな彼女の姿にすら魅了され、「彼女がそうしていることが尊い」と囁く者さえいた。

 

 そんな彼女が彼の世話係に任命されたとき、学内一部が大きく揺れたことを、彼女は知らない。

 

 反対の声は瞬く間に広がり、署名活動は数百名に達した。シスターフッドのトップであるサクラコのもとへ直談判に訪れる生徒も後を絶たず、学園の秩序が乱れかねないほどの騒動に発展した。しかし、サクラコは一切動じることなく、マリーの任命を覆すことはなかった。

 

 「下手に警戒心を抱かない者こそ、最も適任なのです」

 

 それが彼女の下した判断であり、それゆえにマリーは今、この役目を担うことになったのだった。

 

 当然、サクラコも心が揺らがない訳ではない。

 シャーレのダンテ先生と言えば、その悪評は枚挙にいとまがないのだ。

 一部ではどこぞのスイーツ部に蔓延り、彼女達の生命線であるスイーツを一口も寄越さずに食い尽くす暴挙。そしてもう一部では現在所属している補習授業部達を深夜の街に連れ出し、夜の遊びを覚えさせるというトリニティには似つかわしくない振る舞いを教え、そしてティーパーティの聖園ミカとの一件である。

 

 だからこそ、サクラコはマリーに試練を課した。

 「きっと、マリーにしか出来ないことですよ。自分を信じて、奉仕の心を忘れず、安らかに」

 最初は忌避していたマリーだが、自身の夢である「シスター・マリー」と呼ばれるには、どんな人間であろうと包み込む聖母の様な寛容さと、何より経験が必要。

 マリーは決死の思いで、彼のもとへと向かうことを決意する。震える指先をぎゅっと握りしめ、己の信仰と奉仕の心にすがるようにして。

 

 ──だが、結果はご覧の有様。

 

  彼女は切実に問いかける。その声音には純粋な心と、目の前の存在を何とか導こうとする強い意志が感じられた。しかし、彼は興味なさげに肩をすくめる。

 

「うるせぇな、性に合わねぇんだよ。大体何を祈ってんだ?」

 

 シスターは驚いたように一瞬たじろぐ。まるで、信仰を疑われたことが今までなかったかのような表情だった。だが、すぐに姿勢を正し、胸に手を当てながら答える。

 

「そ、それは皆様の平和と安寧を願って……」

 

 鼻で笑う彼に眉を下げた彼女は、むくりと頬を一瞬だけ膨らませ、すぐさま元の顔に戻る。

 

「へぇ、その皆様には俺も含まれているんだよな?」

 

 彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。

 

「も、勿論です! 私は先生も含め、多くの人々が平和に過ごすことを願っています。その気持ちに嘘偽りなどありません」

 

 彼女の声には揺るぎない信念が宿っていた。信じる者の強さと愚かさが混ざり合ったような、まっすぐすぎる言葉。彼はそんな彼女を見つめ、天井を仰ぐ。圧倒的な荘厳さに包まれたこの空間では、彼の存在はあまりにも場違いだった。

 

「じゃあ、これを見て同じセリフを言ってもらおうか」

「む、分かりました。どのような内容でしょうか?」

 

 ──不確定な情報につきましては、現段階でのコメントは差し控えさせていただきます」

 ──不確定もクソもあるものか! タレコミだが、ティーパーティの一人を孕ませたと情報が入っている! 生徒に手を出し剰え弄ぶなど教師の風上にもおけない!」

 

 スマートフォンの音声から流れる声は怒声に近く、静粛としていた聖堂が活気に包まれたように響き渡る。それを聞いているのはマリーだけではなく、他のシスターフッドも同様。思わないニュースの、しかも当事者がいるとなれば視線を這わせない訳にはいかず、聖堂の視線は当人の先生とその隣にいるはずのマリーに集中していた。筈なのだが、音声を聞いた彼女はまるで滑るような歩行で後ろも見ずに後ずさりし、再び胸の前で手を組み、天に祈る石像を思わせる振る舞いを見せた。

 

「私は祈っております。この先、先生の進む道に安らぎがあることを」

「おい、何言ってるか聞こえねぇんだが。距離遠くねーか?」

「ふふ、きっと気のせいです!」

「気のせいか……はぁ、退屈で死にそうだぜ。エデン条約調印式は何時に終わるんだよ」

「はい? なんとおっしゃられたのでしょうか?」

「お前が聞こえなくなるのかよ」

 

 退屈そうにぽちぽちスマートフォンを弄る彼を見て、彼女は姿勢を保ったまま小さく溜息を吐いた。

 いくらお世話係に任命されたといえ、マリーにとってこの先生の相手は困難を極めた。キヴォトスの一大行事にも関心を持たなければ、シスターの文化にも興味を持たない。唯一あるとすれば香ばしいピザの香りと甘いデザート、そしてトリニティとゲヘナの生徒達のいざこざだけ。

 流石のゲヘナの生徒も、彼を前にするとまるで鳥が捕食者に怯えるように黙り込む。口を閉じ、目を合わせないように振る舞うその姿は、どことなく自分達と同じ世界にいる人間なんだと親近感を覚えるほどだ。

 

「キヴォトスのロックも悪くねぇな。聴き心地悪くねぇ」

 

 暇を持て余した彼は、ついに若干大きめのボリュームで音楽を流し始めた。

 あまりにも場に似つかわしくないその行為に居ても立っても居られなくなったマリーは、とうとう彼の手を掴み、出来得る力を込めて聖堂の廊下へと引っ張り出す。

 

「先生も暇なのでしたら、ひとつ面白い話をお聞かせ致しますが……」

「『も』ってことはお前も暇なんだな?」

「わわっ! そうではありません!」

 

 手を離すと、わざとらしくぷいっと顔を逸らし、口を尖らせてみせる。まるで駄々をこねる子供のように。

 その仕草は単なる拗ねた態度ではない。ほんのわずかな期間とはいえ、彼の世話をする中でマリーはある確信を得ていた。彼の弱点──それが、この顔だ。

 まるで幼い子供が不満を訴えるかのように、少し唇を突き出し、視線を逸らす。その無邪気な仕草に彼はいつもばつが悪そうな反応を見せる。

 

「分かった、分かったよ。面白い話なら大歓迎さ」

 

 彼が面倒くさそうにしながらも興味を示すと、マリーは口元に小さな微笑みを浮かせ、小さく頷いた。

 

「ええっと、では戒律の守護者はご存知でしょうか?」

 

 彼が適当に肩をすくめると、マリーはすっと背筋を伸ばし、語り始める。

 

「戒律の守護者とは、古来よりトリニティに伝わる制度の一つです。聖なる律法のもとで秩序を維持し、違反者に裁きを下す存在。彼女らは単なる守護者ではなく、まさしく『法の象徴』そのものでした。歴史の中で、その役割は幾度となく形を変えましたが、根本は変わりません。戒律が存在する限り、それを守る者も必要なのです」

「つまり、正義の執行者ってことか?」

「そうとも言えますが……正義という言葉は時に曖昧です。戒律の守護者は、あくまで秩序を守るために存在しました。かつての『ユスティナ聖徒会』は、その戒律の管理を司る者たちの集団でしたが、現在はその形を変え、私たち『シスターフッド』や『正義実現委員会』がその役割を一部継承しているのです」

 

 マリーは穏やかな微笑みを浮かべながらも、その表情にはどこか誇りが滲んでいた。

 

「戒律は時に冷酷です。約束を破った者には、それ相応の対処が求められる……それが、かつての戒律の守護者たちの役割でした。彼女らがどこまでの権限を持っていたのかは、今となっては定かではありませんが、記録に残る彼女らの行いは――」

 

 マリーはふと、言葉を止めた。

 

「今の時代には、少し過激すぎるかもしれません」

「へぇ、なるほどな。そこまでルールに口出しする奴らがいるんじゃ、おちおち口約束も出来やしねぇ。相変わらず窮屈な場所だ」

 

 彼の軽口に、マリーは少し考え込み、やがて静かに答えた。

 

「……噂にすぎませんが、この古聖堂の地下には、大規模なカタコンベが存在するそうです。そしてルールを破りし者を己の武力で制圧し、再び墓地の中で時を過ごす。トリニティで起こる奇妙で恐いお話の発端の大部分はここから来ているとも言われています」

「随分と陰気臭い話になってきたな。嫌いじゃないぜ」

 

 彼がそう冗談めかして言うと、マリーは少しだけ寂しそうな笑みを浮かべた。

 

「歴史の中には、明るいことだけが残るわけではありませんから……。第一回公会議はご存知ですか?」

「ああ、トリニティに来る前にガイドブックを作ってくれた奴がいてよ」

「まぁ……! きちんとトリニティの歴史についてお勉強なさってたのですね! 少しだけ見直しましたよ」

「……少しだけね」

「はい! では古聖堂の中へと戻りましょう。先生が態々お口に出していた『カビ臭い』と称していたあの場所も、細かな歴史と積み重ねがありますから、それも0から丹念にお教え致します!」

 

 マリーは再びダンテの手を握り力一杯引っ張り、古聖堂の中へと入り込んだ。

 そして再び彼を長椅子へと座らせ、両手を前へと組み、天使の様な微笑みで毅然と正面に立つ。

 

「この長椅子も、特別な木材が使用されています。まず──」 

 

 ──マリーが口を開いた瞬間、それは起こった。

 

 聖堂を貫く閃光。それはまるで雷鳴が直撃したかのように、あまりにも激しく、あまりにも暴力的だった。

 ステンドグラスの鮮やかな彩りは、一瞬にして意味を失う。紫紺や朱が織りなす神聖な装飾は、その強烈な光の奔流に飲み込まれ、すべての色を無へと還元した。辺り一面、真っ白な閃光がすべてを覆い尽くす。

 それは決して神の祝福ではい。

 

「──きゃぁっ!」

 

 直後、破壊の咆哮が大気を引き裂いた。

 耳を劈く轟音が襲いかかり、聖堂全体が震えた。まるで巨獣が牙を剥き、全力で大地を噛み砕くかのような音が支配する。次の瞬間、巨大な石壁が砕け散った。

 長年の風雪に耐え、祈りを受け続けてきた壁という壁が、まるで紙屑のように粉砕される。砕けた石材は爆風と共に宙を舞い、弾丸のように飛び交う。

 

「──っ、先生伏せ──!!」

 

 叫ぶ間もなく、爆風が全身を強かに打ち付ける。

 長椅子が無秩序に弾け飛び、まるで玩具のように宙を舞い、壁に叩きつけられる。頑丈な木製の椅子は、まるで乾いた枝のようにバラバラに砕け散り、無数の木片が四方に飛び散った。

 そして、崩れゆく天井。

 耳をつんざくような軋みが響く。見上げると、漆黒の煙が渦を巻きながら立ち昇る中、支えを失った天井が悲鳴を上げるように崩落していく。

 

 圧倒的な力によって聖堂の屋根は引き剥がされ、そこには今や、むき出しの空が広がる。

 青空が見えた。だが、それは開放感ではなく、ただの虚無だった。

 マリーは身を庇うように腕を掲げる。だが、それすらも何の意味もなかった。爆発の余波は止まることを知らず、あらゆるものを吹き飛ばし、破壊し、塵へと還していく。

 瓦礫が降り注ぐ。黒煙が渦巻く。かつて神への祈りが捧げられた聖域は、今や、ただの崩壊の坩堝。

 四方八方至る所から瓦礫という瓦礫が降り注ぎ、今にも彼女達を覆うかに見えたその瞬間──。

 

 ──Keep still

 

 右手を水平に構えた彼がそうつぶやくと、瓦礫の勢いはスロー再生のように、水中に漂う海藻のようにしなやかになり、やがて静止する。

 怯えて身を屈めていた彼女が上に首を傾けると、そこには信じられない光景が佇んでいた。

 まさに──時を止めている。

 あまりの現実離れした光景に言葉が出ない彼女は、しどろもどろになりながら顔に影を落としている彼に声を掛ける。

 

「せ、先生?」

「おい、あまり長くは持たねぇ。さっさと外に避難しろ」

「で、ですが」

「急げ!!!」

「は、はい!」

 

 ダンテの声に反射的に身を正した彼女は、瞬時に周りの状況を確認する。

 驚きのあまり腰を抜かす者、慌てふためいてパニックになっている者、そして屈んだまだ立ち上がろうとしない者。

 それらを一斉に救助するには、あまりにも人手が足りない。

 

「ど、どうすれば……!」

 

 突如として巻き起こった混乱の中、瓦礫の隙間から無数の影が姿を現した。

 正義実現委員会。彼女らは、眼前に広がる非現実的な光景に言葉を失いながらも、すぐに己の役割を思い出し、動き出した。

 

 「避難を! ここにいる人たちを安全な場所へ!」

 

 鋭い指示が飛ぶ。

 

 彼女らは素早く散開し、宙に浮いている瓦礫の中を駆け抜け、崩れた石材の間を縫うようにして中に取り残された人々を探し始めた。まだ意識のある者、震えながら身を寄せ合う者、負傷して動けない者――そのすべてを救うべく、彼女らは混乱の渦中へと飛び込んでいく。

 その姿を見たマリーは、すぐに心を奮い立たせた。

 

 「私も……!」

 

 崩れかけた石柱の影に、まだ助けを求める人がいるかもしれない。彼女は黒い法衣を翻しながら、がれきの間を駆け抜けた。

 

 「大丈夫ですか!?」

 

 瓦礫の間に埋もれていた人物の肩を掴み、必死に引き上げる。崩れ落ちた天井の下敷きになりそうな者を、一人ずつ抱え起こし、安全な場所へと導く。

 聖堂の内部は、まるで戦場のようだった。

 黒煙が立ち込め、瓦礫の破片が床に散乱し、無数の影が動き回る。聖堂の輝かしいステンドグラスは砕け散り、かつて荘厳だった空間は、今や瓦礫と悲鳴に満ちていた。

 だが、マリーは足を止めなかった。

 彼女の手は泥と血で汚れ、膝を擦りむきながらも、助けを求める人々へと差し伸べられ続ける。

 

 「しっかりしてください! もう少しで……!」

 

 次々と意識を失った人々を救い出し、正義実現委員会のメンバーと協力しながら、安全な場所へと誘導していく。

 破壊の後に残されたのは、混乱と絶望。

 だが、それでも奉仕の心を忘れない彼女は、手がぼろぼろになりながらも、懸命に救助活動を続ける。

 

 数分の出来事。

 その間に中にいる全員を避難させたマリーたちは、最後のひとり、長椅子に腰を下ろす先生を救わんと古聖堂に振り返ったが、そのタイミングで瓦礫の崩壊が始まり、けたたましい粉塵が辺りを染めた。

 

 「先生……!」

 

 マリーは祈るように呟きながら、再び崩れた聖堂の奥へと走り出した。

 何が起きているのか理解出来ない。けど、自分達が逃げ切れたのはあの先生が何かをしてくれたからだ。

 心と頭がごちゃごちゃになりながらも、瓦礫に埋もれた聖堂の中へと入ろうとしたマリーだが、その思いは杞憂に終わる。

 

「ふぅ、久しぶりに使ったが、どうも魔力の消費が激しいな。おいマリー、水持ってないか? 喉が渇いちまってよ」

「えええ!?」

「んだよ、持ってねーのかよ。んなら、今度からシスターに水の常備をさせとくんだな。キヴォトスじゃこんなの日常茶飯事なんだろ? ……って、見渡す限り全部壊滅状態じゃねーか。やりすぎだろ」

 

 

 




ベアトリーチェの場面での反応が多かったので、ここいらで事前告知をしておきますね!

前回のようなシーン、実はもう一つだけ用意しています。
それも、出来るだけ最大限書ける範囲での残酷な場面です。
※前回のはグレードを二段階くらい落として書いてます。

正直、これを出しちゃったら読者様減っちゃうんじゃないかなと危惧しておりますが、もう書き切っちゃったので出すしか選択肢が無いんですねこれが。

きちんと注意書きは前頭部分に出しますので、ご安心ください。

多分訳わかんないくらいベアトリーチェにヘイトが向いてしまうかもしれませんね……。まだもう少し先ですが。

それでは続きをお楽しみにしててくださいね!

後、感想や評価、ここすきは大変励みになりますので、良いと感じて貰えたらよろしくお願いします!

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