紅蓮の空が世界を呑み込んでいた。
焼け焦げた瓦礫が至る所に転がり、黒煙が空へと昇っていく。微細な灰が舞い散り、焦土と化した大地を覆い尽くす。鉄骨の残骸が地獄のような熱気を放ち、朽ち果てた建物の名残が無惨に横たわる。
ダンテはその光景を一瞥し、鼻を鳴らしながら、唐突に現れた光景ににやりと口元を曲げた。
「おいおい、せっかくの大舞台がこんな有様かよ。もうちょっとマシな出迎えってのはないのか?」
ブーツの下で炭化した石が砕ける音がした。足元に転がるのは、かつて建物の一部だったはずの崩れた壁。その向こうでは、赤々と燃え盛る炎が、まるで生き物のようにゆらめいていた。
「ったく、折角買ったばかりのブーツが炭塗れだぜ。あーあ、奮発したのによ」
彼はおもむろにブーツの先で瓦礫を蹴り、肩をすくめる。背後では未だに崩落する音が響き、今にも天井の残骸が降り注ぎそうだったが、ダンテの目線はマリーに向いていた。
「大きな怪我は無さそうだ。どこも痛い所ねーな?」
「は、はい。私は大丈夫ですが……何人かの生徒達が額から血を流している状態です。早く救護に回さないと後遺症に……」
「トリニティ学園に戻るしかなさそうだ。けが人でも、立てる者は学園まで走って貰え。お前は歩けない奴や立てない奴らを正義実現委員会や他のシスターフッドと協力しながら運ぶんだ。ただそれだけでいい」
「分かりました……先生はどうするのですか?」
「俺は、とりあえず辺りを隈なく散策してみるさ。……それに、敵が来ないとも限らない」
ダンテはホルスターに収納してあった二丁のハンドガンを取り出し、手遊び感覚で回した後、焦土の向こう側へと銃口を向ける。
アズサに貰ったその銃は、トリニティ純正のコルトガバメント。銃身を鏡面反射した焦土の奥で、揺らめいている影がいくつか彼の元へと歩み寄ろうとしている。
「あそこが怪しいな。ぷんぷん匂うぜ……混じりっけだが、奴らの匂いだ」
「匂い……ですか?」
「ああ、血と硝煙の匂いだ。覚えがあるんだよ、ミカとやりあった時の、あのぐちゃぐちゃに混じり合った腐臭。もしそいつらなら、いくら正義実現委員会だとしても今の状況じゃ分が悪い」
「分かりました。皆様に声を掛けて、撤退を急ぎます」
「助かる。誰かを守りながらなんて4人で手一杯だからな」
──IN 放課後スイーツ部
ーお前ら、ニュースは見ているな?
ーわ! 先生無事ですか!?
ーカズサ、無事だからモモトークを開いているのだよ。
ーちょっと、先生本当に無事なの!?
ー私達も学園がパニックで、皆と離れ離れになっているんです。近所の人達も一斉に避難してきて、今学園は人で沢山。
ー分かった。救護騎士団に伝えといてくれるか? 今から結構なけが人がそっちに避難する。準備だけは怠るなってな。
ー……分かりました。先生は戻らないの?
ーこういった時こそ、俺の出番だろ?
ーふ、遂に銀の君が紡ぐ弾丸の軌跡を、観衆も一瞬たりとも目を逸らすこと叶わぬまま、その目に焼き付けることとなるのだね。
ーナツ、こういう時はもっと普通の文章でいいの!
ー先生……無事に戻って来てね。まだ行きたいお店沢山あるんですから。
ーまずは私達も合流しないとね!
ー塊ってろ。何かあれば助け合え。怪我するなよ。
──IN 補習授業部
ー先生! アズサちゃんが、アズサちゃんが……!
ーアズサがどうかしたのか!?
ー先程までずっと嘔吐していました。血の色まで混じり、あの……瞳が赤黒く光って……。
ー行かなきゃって、ファミレスを飛び出して行っちゃったのよ! 先生そっちはどうなの!?
ー……壊滅的だな。
ー先生、こちらに戻られませんか? ハナコちゃんがショックで過呼吸気味になってしまいまして、今ソファに寝かせているのですが……。
ー悪い、こっちはこっちでドンパチやり合いそうなんだよ。ハナコ大丈夫か?
ーはい……少し落ち着きました。アズサちゃんに……何が起こったのでしょうか?
ーちょっとハナコ、今はスマホ弄っちゃダメ。
ーアズサが心配だが、それでも避難しない理由にはならねぇ。一旦学園まで戻れ。そこが一番安全だろ。
ー分かりました。……先生も、ご無事で。
「先生!」
焦燥を帯びた声が、燃え盛る戦場に響いた。
振り返った瞬間、瓦礫と灰に覆われた地に、不釣り合いなほど無傷の軍用車が一台。エンジンを唸らせながら今まさに飛び出さんとしていた。焦げた空気の中、唯一の脱出手段として車体を振るわせている。
だが、マリーはそんな喧騒を前にしても微動だにしなかった。焼け焦げた風が修道服の裾を揺らす中、彼女はなおも祈りの姿勢を崩さず、両手を静かに胸の前へと浮かせる。そのまっすぐな瞳は、戦場の炎すら映さぬほど澄んでいた。
「どうか、先生……ご無事で」
彼女の声は、祈りの言葉として響いたのか、それとも哀願としてか──定かではない。
「早く!」と叫ぶ正義実現委員会の隊員に急かされ、マリーはようやく視線を逸らす。そして、軍用車の後部へと駆け込み、深い影の中へと姿を消した。
その瞬間、エンジンの咆哮が轟き、車両は焼けただれた地を蹴るように発進する。
「祈りね。……ま、悪くはない」
再び匂いのする方へと振り返る。
焦げた空気が鼻を突く。
一歩、また一歩と進んでいる最中、耳を劈くような高い音が周囲に響き始めた。
燃え盛る古いレコード店から見える、派手な光を漏らすジュークボックス。店外に放り出されたそれはまるで、終焉の中ひっそりと生を謳歌する躯の様で、今にも消えそうな点滅を繰り返す。
その隣で、とある影に襲われている生徒が一人。
銃声と銃声がぶつかりあう戦闘音が響き合い、音から察するに多勢に無勢。単発の音と単弾を連射する音が交互に響き合うと、片方からは生の呻き声が周囲に漏れ、戦局の結果を言い表す。
突如として発生した突風は粉塵を攫い、その中心にいた人物の姿を浮かび上がらせた。
長い黒髪を靡かせた生徒に覆いかぶさる、無慈悲な弾丸の雨。避ける事など出来ず、全身でそれを帯びた途端、事切れた人形のように地面に体を預けた。
「あっ……ぐっ……」
そんな彼女の悲痛な声に、影は同情するはずもない。
一歩一歩彼女に近づき、頭部に銃口を構え、とどめの一撃を放たんとしたその瞬間──。
──1発の銃弾が影へとめり込み、人であって人ではない何かに、叫びをもたらした。
「ハスミ、無事か?」
「痛い……です」
「そりゃ、撃たれたからな。あーあ、服びりびりに破けてるぜ?」
「そ、それよりも……!」
ハスミが指を指した方向に視線を向けると、そこにいたのは、同じ顔の人のような青白い影。
幽玄な影。風に靡く黒い修道服は、まるで亡霊の残滓のように揺らめいていた。
顔は無機質なガスマスクに覆われ、レンズの奥からは青白い光が煌めく。その瞳孔のない輝きには、人間らしさの一片も感じられない。まるで魂を抜かれたような空虚な表情が、焦土の瓦礫に包まれた戦場に溶け込んでいた。
長くしなやかな四肢は静かに動き、足元の瓦礫を軽やかに踏み越えていく。裂けた衣の端が霧の中で溶けるように揺らぎ、身体の輪郭すら曖昧に見せる。手には黒く鈍い光を放つ銃器が握られ、その冷徹な佇まいは、一切の感情を排除した機械のようだった。
周囲には同じ姿の影がいくつも浮かび上がり、徐々に数を増していく。その全てが同じ装束に身を包み、無言で佇んでいる。彼女たちは言葉を発することなく、ただ静かに、じわじわと戦場を支配するように広がっていく。風が吹くたび、裂けた衣の残骸が宙を舞い、暗い空の下で死神のようなシルエットを刻む。
まるで、物語に出てくるお化けのそれは、きっとキヴォトスの生徒の前では恐怖の威厳を放つのだろう。
ただ──今回だけは、本当に今回だけは相手が悪かった。
幽霊、化物、呪いの人形。そして──悪魔。
様々な恐怖の対象を、まるで遊園地のお遊戯のように遊びつくすその男が……。
眼前で二丁の拳銃を構え、ニヒルな笑みを浮かべている。
「どーも雰囲気からして幽霊……ぽいなぁ。はっ、キヴォトスは遂に俺の楔をぶった切ってくれたってのか!? たまんねぇ……たまんねぇよ!!!」
焦土で燃え盛る大地の中、両手を広げ、天に向かって喜びの咆哮を上げるダンテの姿は、傍から見れば頭のぶっ飛んだイカれた野郎だ。
彼は血の匂いが染み付いた空気を大きく吸い込み、焦土と化した大地の真ん中で両手を広げる。熱気で歪む視界の向こう、ぼんやりと揺らめく異形の修道女たち。その異様な光景に、彼は痺れるほどの快楽を感じていた。
狂気じみた笑い声が響き渡る。燃え上がる瓦礫が爆ぜ、紅蓮の炎がダンテの背後で爆発する。その爆風すら愉しむように、彼は全身を震わせる。
「いいねぇ、そうこなくっちゃ面白くねぇ!!!!」
叫びながら、足元に転がっていた瓦礫を勢いよく蹴り飛ばす。鋭い破片が宙を舞い、ジュークボックスに直撃し、鈍い音を立ててへこむ。くたばりかけのネオンサインがバチバチと音を立て、壊れかけの電気信号が最後の生を謳歌ように点滅する。
場にそぐわぬギターリフが鳴り響いた。荒々しく、挑発的な音色が、ダンテの血を沸騰させる。鋭いドラムのシンバル音が体の奥にまで響き、心臓を直接鷲掴みにする。彼の動きはそのリズムに乗せられ、ステップを踏むように軽快になった。
「
ゆらりと天に掲げた銃口が、一気に敵へと向けられる。その瞬間、彼の顔には満面の笑みが浮かんでいた。それはまるで、血と硝煙の香りに酔いしれた、戦場の狂犬の笑顔。
指がトリガーにかかる。その瞬間、戦場が一瞬の静寂に包まれた。だが、それは嵐の前の静けさ。次の瞬間、爆発的な銃声が焦土を引き裂き、ダンテの咆哮と共に死の饗宴が幕を開ける。
「Hooooooooooooooooooooooooooooooo!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
まるでマシンガンだ。とても、ハンドガンから出る音などではない。だが、それこそが彼のアイコニック。幾たびの悪魔を葬って来た、圧倒的な暴力の嵐。
爆ぜる弾薬の煙を背に、ダンテは瓦礫を蹴り上げ、跳躍した。宙を舞いながら、両手の銃を連続でぶっ放す。弾丸は怒涛のリズムで降り注ぎ、幽霊たちの輪郭を崩壊させていく。
しかし──霧散した亡霊の背後から、また新たな亡霊が湧き、漆黒の銃をダンテへと向ける。瞬間、闇を孕んだ弾丸が放たれた。その速度、まるで空間そのものが裂けるような凄まじさ。
ダンテは銃弾の軌道を読み、ギリギリのタイミングで地面に蹴りを叩きつけた。めりめりと地面は割れ、破壊されたアスファルトの破片を足場に、弾丸の雨を紙一重でかわしながら回転しつつ宙返りする。そして──。
「食らいやがれ!!!」
着地の瞬間、両手の銃を亡霊の顔面めがけて撃ち、何度も何度もトリガーを引くと、その亡霊の顔は跡形もなく吹き飛んだ。
なんとか背後に周り、牽制をと漆黒の銃を乱射する亡霊。だが、その弾丸は一発も彼に当たらず、かすり傷すら追わせずに、その向かい側にいた亡霊と相打ちする。
瞬時に消えたダンテの体は視野角の外。亡霊たちが視線を巡らせる間にも、彼の体は宙を舞い、重力を無視するかのように軽やかに跳躍していた。戒律の守護者たちは機能を増幅させていたが、その微々たる力の上昇では、この男を捉えるには到底及ばない。まるで狩りを楽しむかのように、彼は逆立ちの姿勢で空中で銃を構える。
轟音と共に二丁拳銃が火を吹き、鉛の嵐が天から降り注ぐ。ダンテは重力の軛から解き放たれたかのように自在に舞い、絶え間なく弾丸をばら撒いた。宙で体をひねりながら両手の銃を交差させ、さらに引き金を引く。連鎖する閃光が亡霊たちの影を引き裂き、青白い霧のような光が弾け飛ぶ。
天から地へ向かい、弾丸の雨あられを浴びせ、地上に着地。
亡霊たちは為す術なくその雨に撃ち抜かれ、一体、また一体と霧散。怨念が込められた叫びは虚しく風に運ばれ、残ったのはニヒルに口元を曲げ、恍惚とした顔を浮かべる男が一人。
「もう終わりかよ。曲も終わりか? 締まらねぇな」
甲高い声はするものの、周囲に気配は感じられない。
さらなる狂宴を体は求めているが、それよりも一人の生徒の安否を確認せんと、彼女の元へと走り込む。
「ハスミ、立てるか?」
「え、ええ……」
「一人で帰れそうか?」
「うぐっ……す、すみません。肩を貸して頂けると。足をくじいたみたいです」