またどこかのタイミングで書き溜めしますか。
数百もいる亡霊の群れの中を、彼らは突っ切った。
時には銃口でガスマスクを破裂させ、時には素手でぶちのめし、時には足を掴みまるで大繩の鞭のようにしならせると、周囲にいた亡霊はその暴風に巻き込まれなぎ倒されていく。
空気を裂く銃弾が一体、また一体とお遊びの餌食になっていく中、周囲には雨粒が散り、焦土と化していた瓦礫の山はいつの間にか青白い雲の光を受け、硝煙の匂いもそれに釣られてかき消されていく。
亡霊たちも無機質ではないらしい。接近戦では分が悪いと悟ったのか、遠距離からの射撃に特化した部隊が彼らを囲むが、そんなものは勿論意味がない。
構えた脚から弾道のように地面を蹴り飛ばし、一瞬も束の間、彼は亡霊の懐に入り込み何度も殴打した後、二丁拳銃の口から火を吹かせ、宙に舞うその亡霊に向かって渾身の銃弾の嵐を叩き込む。
一対百の攻防の筈が、少数が大勢をリンチするその光景に、ハスミは開いた口が塞がらないでいた。
以前、彼女が彼に無謀にも勝負を挑んだ時とはまるで別人の動き。そもそも動体視力が全くと言って良いほど追い付いていない。
精密な接近戦は点と点の攻防になるはずだ。
それは何故か。答えは一つ、人間の速さには限界があるからである。
銃を持ち、例え選択肢に遠距離での射撃があったとしても、距離を離すには十分な作戦が必要。
爆弾、スモーク、地形。
それらを考慮し、戦いの中で作戦を立て、攻撃の意図を読み合い、歩数まで計算に入れる。
格闘戦での打撃の読み合いは、じりじりとした拮抗の中での詰将棋。蹴りの一撃を食らわせれる程の間合いなら、ハンドガンを即座に取り出し発砲し、相手が下がるのを見計らって本命の竿物を構え、さらに距離を作る。
実力差がある生徒でも、読み合いさえ間違えなければ勝機はある。
あくまで訓練の中での話だ。勿論実践のルールは潰し合い。先に白旗を上げさせた方の勝ち。例えそうだとしても、あの美食研究会のように事前から色々仕込んでさえいれば、敵の領地からお宝を強奪するのなど造作もないのだ。
だが、彼の動きは──ゲームそのものが不成立。
接近戦だろうが関係がない。一人だけ座標軸の戦いをしているのだ。
戦闘というものは、何百通りの確立から勝利を捥ぎ取る作業と言っても過言ではない。
だからこそ、100%などありえないことなのだ。
一人を除いて。
吹き飛んだ亡霊の麓には、その原因である彼がいるはずなのだが、姿が見えない。視野角の反対側では既に別の亡霊の頭が吹きんでいるが、どこにも彼の姿は見えず。膝を落とし地面に倒れ込むその合間に、彼はいつの間にか亡霊の背中に両足を付け、公園でスケボーを乗り回す悪ガキのような声を上げながら、全身を回転させて銃弾の嵐を叩き込む。
喜びに満ちたその顔。
無邪気に開いた瞼の奥から見える、殺意の瞳。弾丸の誘いに振り向く。長年を添い遂げてきた恋人に向けるようなその視線は、待ち焦がれ我慢が出来なくなってしまっている映画の主人公のようだ。銃火が瞬くたびにその視線は興奮を覚え、想いの応えは弾丸によって粉砕する。
亡霊の胴体が消し飛ぶ度に口元を緩ませるその姿はまさに。
──キヴォトスに舞い降りた悪魔。
彼に密かに付けられている二つ名。大袈裟に表現されているその名前は歪曲することなく、今も尚、舞台で踊り続けている。
そして最後の一体に鉛玉をぶち込み、天を仰ぎ大袈裟な大きな溜息を吐いた。
「あぁ? もう終わりかよ」
ダンテは口の端を歪め、どこか不満げに呟くと、興奮に身を震わせながら壇上から飛び降りた。勢いそのままに足を踏み鳴らし、一直線にハスミの元へと駆け寄る。その動きは荒々しく、まるで血に飢えた獣が獲物に飛びかかる瞬間のようだった。
彼の瞳はまだ熱を帯びたまま、ギラついた光を放っている。戦いの余韻に浸るように息を荒げながら、ぐっとハスミの前に立ちはだかると、じっと彼女を見下ろした。
ハスミはそんな彼の異様な気配に思わず肩を震わせる。普段の、あの深夜のカフェで見せた彼とはまるで別人のような、剥き出しの獰猛さに息を呑んだ。反射的に片腕を胸元へと引き寄せ、距離を取るように胴体を曲げる。
「……先生?」
震えを悟られまいと強気な口調を作るも、ダンテはますます愉快そうに笑った。血が滾るような興奮のまま、今にも彼女に襲いかからんばかりの勢いで──。
「おら、もうそろそろ市街地だろ? 踏ん張れるか?」
腕を肩に巻き、そっと彼女を立たせる。
「え、ええ……問題ありません」
「おい、震えてないか? 雨で冷えたか?」
「い、いえ。なんでもありません」
「はぁ、いつものコートでも羽織らせてやれば恰好が付くのによ。おい、無理なら無理ってちゃんと言えよ?」
「は、はい! 大丈夫ですよ先生」
「待てよ? この展開、おんぶした方が役得じゃなねぇか」
「はい? おんぶ?」
「おう、そのでっけー二つの感触を楽しめるんなら、道中も楽しくなるって思ってな。どうだ?」
「ちょ、ちょっと先生!?」
冗談だ、冗談。
ダンテは軽く肩をすくめ、その口元には、まるで何もなかったかのような無邪気な笑みが浮かぶ。まるで、さっきまでの獰猛さが嘘のように。
瞳を細め、どこか甘えた仔猫のような表情を浮かべる彼の姿に、ハスミは思わず胸を撫で下ろした。喉の奥に詰まっていた緊張が、ゆっくりと溶けるように消えていく。
「もぉ……」と、小さく息を吐きながら彼を睨む。しかし、ダンテはまるで意に介さず、にやりと笑ってみせた。その顔は、いつもの彼──飄々とした、掴みどころのない男の顔に戻っていた。
ーー
ーー
カタコンベ。
それは、アリウスの生徒ならまるで自分の庭の様に駆け上がれ、少しの時間、恐怖に満ちたアリウス地区から解放される自由の地。
その片隅で、二つの影がとある取引を行っていた。
一人はアリウススクワッドのメンバー、秤アツコ。
そしてもう一人は、漆黒のスーツに身を包み、亡霊の仮面を携えた人型の異形の人物。
「クックック。これにて契約は成立。『教義』はあなた達に託されました。本来ならマエストロの分野ですが、改造に改造を施されたこの存在に興味を無くしてしまったようです」
「御託はいい。きちんと使えれさえすれば」
「おやおや、あなた──ロイヤルブラッドは言葉を発しては駄目なのではないでしょうか? 彼女の物語も随分書き換えられたようですね。ああ……そもそも彼女自体が物語の先から来た人物。きっと意味がないと判断したのでしょう」
「意味……?」
「脚本には伏線という項目があります。読者に対するカタルシスや、後々の展開を広げる為です。ですが、そのカタルシスにはそもそものゴールがあるから成り立つというもの。そのゴールが書き換えられれば自ずと伏線も書き換えられる」
「あなたとの会話は、疲れる。私も時間が無い」
「これはこれは、冷たいお言葉ですねぇ。ですが、良いのですか? 本来赴任するはずのシャーレの先生がいなくなり、もうこの先の展開を止める者など『誰も』おりません。その先にはあるのは、ベアトリーチェが崇拝する主が支配する世界」
何も言葉を発さず、アツコは俯いた姿勢で耳を傾ける。
「あなたも薄々気付いているのでしょう? 沸いた憎しみは誰のものか。そして、その憎しみこそが──内なる悪魔を育てていると。そして、それは何故なのか。疑問が尽きないでしょうねぇ。クックック」
「あなたには関係ない。私達はもう後戻りが出来ない。失敗すれば殺される。殺されたくないから、この任務は必ず成功させなければならないの」
「……なるほど。では、私は大人しく観客席から見守るとしましょう」
黒服と呼ばれるその者は、ゆっくりと背を向け、闇の中へと静かに溶け込もうとしていた。影が影へと帰るように、自然でいて異様なまでに馴染むその動きは、彼がこの世界に属していないことを示すかのようだった。
しかし、ふと何かを思いついたように足を止める。しんと静まり返る空気の中、再び彼はアツコの方へと振り向いた。その表情には、わずかな冷笑が滲んでいる。
「そういえば、新しくシャーレに赴任した先生の事をご存知でしょうか?」
「新しい……先生?」
「やはり、アリウスは外界との接触を拒絶しているから知らないのでしょう。ベアトリーチェも無関心でしたからねぇ。クックック……」
「何が可笑しいの」
「いえいえ。積み上げられ、慢心した物語の牙城がどのように崩れていくか。私はとても楽しみにしていますよ」
彼の低く乾いた声が、闇に染み込むように響く。
ーー
ーー
瓦礫が散らばる無秩序な街の中央、かつての都市機能はすでに崩壊し、ただの戦場と化していた。路面にはひび割れたアスファルト、瓦礫の山、黒焦げになった看板が無残に転がっている。遠くで爆ぜる火花と、時折響く銃声が不穏な静寂を引き裂く。
そんな混沌の只中、道路のど真ん中に倒れ込んでいる一人の少女がいた。額から血を流し、苦しげに眉をひそめている。空崎ヒナ──ゲヘナ学園の風紀委員長であり、数多の戦場を乗り越えてきた彼女が、こんな形で横たわっているのは珍しい光景だった。
「ヒナ、ヒナじゃねぇか。久しぶりだな。こんな所で寝てるなんて珍しいな。楽しいのか? それ」
軽口を叩きながら、ダンテが足を止める。周囲の破壊された建物から出る隙間風が、彼の銀色の髪を仄かに揺らしていた。彼の言葉に、ヒナはぼんやりと目を開け、虚ろな目を向ける。
「うぅ……せ、先生。奇遇ね。でも、そんな冗談なんて言ってられないわ……」
彼女の視線がふと奥へと向く。ダンテの向かい側に、4つの影が佇んでいた。
「……シャーレの先生? だと?」
声に混じる困惑と警戒。彼女の背後に立つ三人の仲間も、ダンテに鋭い視線を向けている。
「あともう少しで先生を辞めれるって所だったのによ。どこかの誰かさんがミサイルなんかぶっ放してくるわ、変な雑魚が湧いてくるわで全部おじゃんだ。犯人はてめぇらか?」
ダンテの声には、冗談めいた響きがある。しかし、その底には鋭い棘が潜んでいた。彼の視線の先で、帽子を深く被った生徒──サオリが冷静に言葉を継ぐ。
「何故だ……シャーレの先生はマダムが消し去ったと言っていた。だとすると、連邦生徒会が臨時で雇った傭兵。もしくは一般人の可能性がある。ふっ、どちらにしろ脅威ではない」
「ダメだよリーダー、油断は命取りになる。見られたのなら抹殺しないと」
「失敗したら、また苦しい人生が始まってしまいます……嫌、それは嫌です」
「……やるなら徹底しないと」
不吉な囁きが耳を打つ。静寂が訪れたかと思うと、突如として彼女たちの背後から異形の気配が広がり始めた。虚空が揺らぎ、瞬く間に市街地を埋め尽くすほどの亡霊が湧き上がる。視界の隅で、それらの影がうごめき、不穏な笑みを浮かべているように見えた。
そして、その時だった。
タイヤが焼き付くような甲高い音が響き渡り、四角い救護車が砂煙を上げながらダンテの横に停まった。車体のドアが開き、そこから飛び出してきたのは、普段は冷静沈着なはずの生徒、セナだった。
彼女の普段は見せない蒼白な表情は、今この場がどれほど危険かを物語っている。
「先生、皆さん、早く乗ってください!」
「俺はいい。あいつらと話し合いがあるんでな」
ダンテは淡々と返しながら、背後で蠢く亡霊たちを見つめた。しかし、少女は必死に首を振る。
「ダメです。敵はまだ沢山います、先生の護衛が必要なのです」
「ちっ……分かったよ」
舌打ちを一つ。ダンテは肩をすくめると、躊躇いなくヒナとハスミを抱え上げ、救護車の後部へと投げ込んだ。そして、彼も車内へと滑り込む。
次の瞬間、エンジンが唸りを上げる。車輪が火花を散らしながら地面を蹴り、剛速球のようにその場を離れた。窓の外、かつての市街地だった場所は闇に沈み、亡霊たちの不気味な視線がなおも追いかけてくる。
「あいつらもアリウスか? 救え……ね」