ダンテ先生概念   作:3ご

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ちょっとテンション低めの回になっちゃった。
すまない。





思い出の一凛の花

 ──どこだ。

 此処は……真っ暗だ。何も見えない。

 手も足も動かない。まるで鎖に縛り付けられてるみたいで、窮屈だ。誰か、誰か──。

 目が、目がおかしい。ずっと生暖かい水が湧き出てくる。これは涙じゃない。もっと、痛いものだ。

 

 ──ん。

 

 声……ヒフミの声だ。

 あぁ、ヒフミ、私はここだ、ここにいる。もっと近くに来て。私は──もう一人じゃだめなんだ。あの煌きを謳歌出来たのは、君や、コハルやハナコが居てくれたから。また、皆で遊びたい。あの時の夜みたいに、皆であの人の異次元な戦闘力を議論してみたり、夜に内緒で遠くのスーパーにアイスを買いに行ったり、トランプで盛り上がったりして。

 

 ──サちゃん。

 

 合格発表の翌日、ヒフミは私を海に連れて行ってくれるって言ったよね。私は海を見た事がなかったから、そんな私に詰め寄って手を握って、今から行きましょうって──。

 

 嬉しかった。

 

 まさか、先に水着を買いにいったり、浮き輪を買いにいくよりも戦車の強奪から始めるだなんて。夏休みと言えば、海と友情と戦車。あの時は素直にその言葉を受け取っていたけど、後から調べてみたらその組み合わせは君だけだった。

 

 私は、君がどんな人間か少しは理解しているつもりだったけど……まだまだ一緒の時間が足りないみたい。

 

 ──アズサちゃん!

 

 光だ。

 

 私の名前を呼んでくれる君の顔を、もう一度見たい。

 神様……お願いだ。

 もしあなたがいるのなら、もし運命というのが決まっていたとしても、私の願いを叶えて欲しい。

 最後、ほんのひと時でも構わない。だから──どうか。

 

「アズサちゃん! 起きてください!」

「うう……ん……?」

 

 ここは──?

 ああそうだ。確か無為ヶ浜のビーチで、正義実現委員会の副委員長から渡されたウィッシュリストの中に、砂風呂というのがあったっけ。委員長の剣先ツルギの休暇の為の施策だけど、試しに私を埋めてみようってとんでもない提案をしてきた時だ。

 何もかもが新鮮だった。

 波は綺麗で、砂浜は宝石の塊みたいに煌いてて、照り付ける陽射しを浴びれば君は咲いた笑顔を見せてくれた。

 海の家で飲んだジュースは最悪だったけど……。

 

「アズサちゃん、砂風呂はどうですか!? 結構気持ちの良いものだと聞きますが」

「……うん、ぐっすり眠っていた。まさか屋外でこんなに快適に眠れる方法があるなんて。今度の訓練でも試してみよう」

「あうう……そういうものではなくてですね」

「でも……少し怖い夢を見た。この圧迫感が原因かもしれない。戦場では常に精神状況にも気を配らなくちゃならないから、やはり却下だな」

「怖い夢!? いけません折角の海なのに!!」

 

 腕を掴んで私を引っ張り出した君は、躊躇無く私を抱きしめた。君の細くしなやかな腕が、私の体を包み込む。

 照り付ける太陽なんて関係が無い。温もりは私の楔を抜き、背中に這い回る恐怖を和らげる。

 髪から漂うシャンプーの香りは、私と同じ。私の長い髪を褒めてくれた君は、さらに良くしようと自慢のお店に連れて行ってくれた。

 

「ほら、落ち着きましたか?」

「う……ヒフミ、恥ずかしい」

 

 思わず、振りほどいてそっぽを向く。

 本当はもっと抱きしめて貰いたいけど、私の中の何かが額に汗を掻かせて、恥ずかしいという感情を表に出すんだ。

 

「あうう……すみません。だって悲しそうな顔をしていましたから」

「でも、その気持ちは嬉しい。ヒフミはずっと私を見ていてくれる。だから今度は私が──」

 

 恥ずかしいのは、その時だけだ。

 この大切で輝く思い出を、ずっと繰り返していたい。振り返ってまた君がそこに居てくれていたら、どんなによかっただろう。

 

 赤い、あまりにも真っ赤な夕焼けが辺りを包み込む。

 硝煙と血の匂いが微かに鼻に突き刺し、足元には誰かの腕が飛び散る。

 怖い……今まで沢山の惨劇を見てきたのに、この光景は慣れない。それに、私にこんな思い出は存在しないんだ。

 

「ヒフミ?」

 

 彼女はいつの間にか傍を離れ、漣の奥にある夕焼けを見つめていた。

 私は……まだ君と話したい。君の声が聞きたい。その陽だまりに包まれたい……。

 

「何をしているの?」

 

 訪ねても、君はこちらを振り向いてくれなかった。

 思わず手を握る。

 夏だと言うのに手は冷たくて、その表面には黒く濁った血の跡。

 

「あ、アズサちゃん。私はですね、今アズサちゃんのお腹に光の剣を刺しているんですよ!」

 

 無邪気な君の瞳は冷徹に、残酷な血しぶきで太陽の笑顔を染め上げる。

 それが私自身の血だと気付くのに数秒掛かった。

 天空から降り注ぐ刃は私の体を串刺しにし、地面に押さえつける。酷く痛むが、段々と感覚が麻痺しているのか、次第に痛みは止み、その代わりに瞳から大粒の涙を流す。

 

「素晴らしい、やはり主の力は底が知れません。まさか本当にモナドに窓を作り、剰えこじ開けて中に入り浸食するとは……あぁ、体が震えます」

 

 意識が朦朧する中で、無理やり首を動かし顔を上げる。

 お前は……何故お前がここにいる。アリウスを浸食し、私達を支配し、最愛の思い出にまで足を踏み入れるなんて。

 

「おやおや、主の裁きに耐えれるとは……だからこそ、浸食に耐えれるのでしょう」

「ベアトリーチェ……その子を……離せ」

「ああ、この傀儡ですか。ふふ……アハハハハハハッ!!!」

 

 彼女は、まるで道具のように片手に持った私の大切な仲間の首を折り、血しぶきをまき散らし、私の目の前に無残に投げ捨てる。

 そして、祈るように両手を組み、真っ赤な太陽の向こう側にある赤い光に向かって、まるで彷徨える子羊のように祈りの言葉を囁いた。

 きっと、私は泣き叫んでいる。

 喉から湧き出る乾いた声。両手を這わせ君の顔まで近づきたいのに、体に刺さった光の剣のせいで一向に進まない。

 

「あぁ、敬愛なる貴方様……私は、お役に立てていますでしょうか。その声を、慈愛の声をお聞かせください」

 

 赤い光は無数の光の剣を作り出し、幾たびも私の胴体を貫いた。

 肉という肉が千切れ、最後にばらばらになった私をベアトリーチェはかき集め、ひとつの塊にする。

 そして、また暗闇の中に押し込まれるんだ。何度助けてと懇願しても届かない、深淵の闇に。

 

 

「アズサ、貴女は──悪魔になるのです。主の寵愛を受け、これからの世界の為に……生贄として」

 

 

 ──皆、皆ともう一度会いたい。

 

 辛い、辛い、苦しい、苦しい。

 助けて誰か。私をここから解放して──。

 もう、痛みでは自制が効かないんだ。私は誰も傷つけたくない。

 

 もし私が皆に牙を剥くのなら──。

 

 あなたなら……止めれるだろう。

 

 ──ダンテ……先生。

 

 

 

 私を殺して。

 

 

 

ーー

ーー

 

 

 

「アズサ……アズサなのか!?」

「リーダーこれって……」

 

 彼女たちの前に現れたのは、変わり果てた、かつての仲間だった。

 暗闇の中からにじり寄るように現れたその影は、もはや彼女たちの知る人物ではない。血走った瞳は正気の光を失い、獣のような低いうなり声を響かせながら、歪んだ呼吸を繰り返している。その身体は異様に変形し、かつての面影をかろうじて残しているものの、今やそれは人の形をした"何か"に過ぎなかった。

 

 右腕は、もはや腕ではない。

 

 皮膚と金属が無理やり融合したような異形の肢体。関節という概念は消え去り、鋼鉄の銃身がそのまま生身と一体化していた。銃口が脈動するように震え、かすかな蒸気を吹き上げる。それはまるで、意思を持つ武器と化してしまったかのようだった。

 

 彼女たちは息をのんだ。

 戦場で培われた本能が、目の前の「それ」を危険と判断し、危険だと警鐘を鳴らしている。だが、すぐには動けなかった。そこに立っているのは、間違いなく自分達の大切な仲間だから。例え裏切ったとしても、苦楽を共にした仲間。

 

 「……嘘、ですよね……?」

 

 小さな声が、震えながら零れる。

 それは、目の前の現実を否定したいという切実な願いだった。

 

 だが、「それ」は容赦なく、獣のように咆哮した。

 次の瞬間、銃口が彼女たちに向けられる。

 

「皆、下がっていろ!!!!」

 

 サオリの怒号が場の空気を裂くように響いた。だが、命令を受ける暇もなく、「それ」──変わり果てたアズサが、獰猛な動きで一気に距離を詰めた。

 その動きはまるで獣だった。

 人の動作ではない、四肢を使い、地を滑るように迫る異形の軌跡。かつてのアズサならば決して見せることのなかった挙動。けれど、そこにあるのは確かに彼女の顔だった。歯を剥き出しにし、息を荒げ、理性を完全に手放した瞳。それが、ただサオリを獲物として捉えている。

 

 「ぐッ……!」

 

 本能が警鐘を鳴らすよりも早く、サオリは体を反転させた。間一髪、アズサの変異した腕が振り下ろされ、サオリが立っていた場所を裂く。地面が砕け、瓦礫が四方に散る。

 

 「チッ……!」

 

 この一撃が、ただの衝動ではないことを悟る。力は増幅し、反応速度も尋常ではない。だが何より、その目──かつての戦友だった者の目が、今は獲物を狩る肉食獣の眼光を宿していた。

 彼女はもう、人間ではない何かになっている。

 

 「くそ……、アズサ、聞こえてるか!? 私だ!!」

 

 叫びながら、サオリはアズサの攻撃を紙一重でかわす。だが、彼女の耳にその声は届かない。まるで獲物を追い詰めるように、低く唸りながらサオリを追い詰めていく。

 

 銃声が響いた。

 

 仲間たちが援護射撃を試みるが、それすらもアズサは軽やかに躱す。まるで銃撃の軌道を予測するかのように、身を翻し、弾丸の雨をかいくぐる。

 

 「……そんな」

 

 サオリは奥歯を噛み締めた。

 裏切者で、いつかは裁きを下そうと愛情の裏返しの憎しみを持っていた彼女にとって、受け入れられ難い現実が振り下ろされる。

 煌いた日常を過ごしていて、その姿に羨望の眼差しを持っていた。なのに、彼女は異形の姿に変えられ、今かつての仲間である自分達に牙を剥けている。

 

 「どうして……何故」

 

 サオリは、拳を固く握った。握るしかなかった。

 

「あの……試験管の液体を……お前も飲んでいたのか?」

 

 そうとしか考えられなかった。

 あれを飲んでからというもの、内側にあるトリニティに対する憎しみは日に日に増し、肉体を、鼓動を加速させている。

 

 サオリの言葉に呼応するように、アズサであった者は獣じみた低い唸り声を上げ、異形と化した腕をゆっくりと振り上げる。その動きに、人間らしい逡巡も迷いもない。ただ、獲物を狩るための純然たる殺意だけが、彼女を突き動かしていた。

 それは、アズサの人間としての最後の足掻きであり、使命。

 アリウスを止める事。

 

「──もう、私の言葉は届いていない。お前の居場所は私達の元だけであったのに、どうして別の世界に行ってしまったんだ」

 

 

 トラップの仕掛け方が分かって来たみたいだな。だが、まだ甘い。

 

 当然だ、これくらいの罠に引っ掛かってるくらいなら、とっくにトリニティは打倒している。だから、サオリ、教えてくれ。

 

 生意気な口を叩くようになったな。これからの訓練は今までの比じゃない。付いて来られるか。

 

 ふっ、サオリに出来たのなら私に出来ない道理はない。それに、いつかはサオリも守らなくてはならないからな。

 

 ──私を守る?

 

 当たり前だ。サオリは私を守ってくれた、だから私もサオリを守る。

 

 いつかの約束が、彼女の脳内でフラッシュバックする。

 それは、果ての無い苦しみの訓練の末、ひと時の休息を得れた日の夜。

 アツコも、ミサキもヒヨリもその時は頬を緩ませていた。厳しい訓練を課していたはずなのに、その時だけは……心のどこかに存在していた等身大の自分に戻れた。

 いつも守る側だった彼女は、自分が守られる側になることなんて想像が出来ない。でももし、自身の力を超え、圧倒的な力を身に付けられたのなら。

 その時は……甘えてみたい。

 

 淡い希望は砕かれ、残ったのは絶望と悲壮。

 サオリは銃を構え、迫りくる獣に一発の銃弾を撃ち込む。頭部に着弾した衝撃で床を転げまわる獣に、マガジンが空になるまで銃弾を撃ち込む。

 

「虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい」

 

 全ては虚しい(vanitas)

どこまで行こうとも、(vanitatum )全てはただ虚しいものだ(et omnia vanitas )

 

 いつの間にか、瞳に溜まる涙に、思わずサオリ自身も驚く。

 およそ人の感情というのは捨ててきた、捨ててきたはずなのに、どうして自制が効かないのだろう。答えは簡単だ。捨てたのではなく内側に抑え込んでいた。それが本当の自分の心。

 幼き頃からマダムに抑え込まれ、全ては虚しいと叩き込まれた彼女の本質は、ここに来てやっと姿を現す。だが、全ては通り過ぎてしまった過去。後悔しても……手遅れ。

 

「虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい虚しい」

 

 薬莢が飛び散り、次第に銃の音は空を切る。

 アズサだったそれは身体中が傷だらけになっていたが、それでも俊敏な動きは変わらない。

 だが、状況が悪いと判断したのか、次第に姿は遠ざかっていく。

 

「リーダー……」

「苦しい、苦しいですね」

「サオリ……」

 

 アズサがいた場所には、いくつもの血痕が残り、ぽつんと転がるぬいぐるみが一つ。

 それは、彼女が光の世界で生きた証だった。

 

「こんな物の為に……」

 

 拾い上げる。

 サオリは、それを見つめたまま、言葉を失った。風が吹き抜けるたび、血の匂いが漂い、まるでこの場が過ぎ去った惨劇の名残であることを、残酷に突きつけてくる。

 その中から、時計の音が響いた。中を開封するとそこには爆弾。以前、セイア暗殺任務の時に用いた爆弾。

 恐らく、獣に変わる前のアズサはこれで自分達を止めようとしたのだろうと悟る。

 

「それ、ヘイローを破壊する爆弾だよね?」

「ああ……」

 

 残り時刻は50秒。

 起動時間としては完全に間違い。こんな分かりやすい罠、どんな間抜けでもすぐに看破出来る。

 

「……私も、アズサみたいになるんだな。時が過ぎれば皆を襲うようになる」

「えへへ、サオリさんだけじゃないですよ。私達も一緒です」

「リーダー、地獄まで一緒だから」

「あなたを一人にはしないよ」

 

 残り時刻は10秒。

 彼女達はそれでも動こうとしない。

 未来に絶望しかないのなら、その絶望の先で仲間を襲うようになるのなら、そんな未来なんて価値はない。

 

 爆弾を中央に、互いに互いを見つめ合う。

 食べ物が無い時も、不眠不休で任務に明け暮れてた時も、一方的な暴力を受けていた時も。

 どんな時でも、支え合ってきた仲間達。

 

 

──生まれ変わっても、また同じ場所にいられるなら、どんなに幸せだろう。

 

 

 爆弾の光が、彼女達を包み込む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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