ダンテ先生概念   作:3ご

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救済の狼煙

「ちょっと!? 何をしているのよあなた達!」

 

──

 

 学内にある正義実現委員会が管理している牢獄。その扉の鍵がこじ開けられているのを不審に思ったコハルは、銃を片手に階段を駆け降りた。

 暗く、じめっとした陰気な空気は未だに慣れない。彼女が入学する以前からこの牢獄は使用されておらず、記憶の中では収容した人数は0。そんな場所だから、掃除は行き届いておらず、隙間風の音は雰囲気も合わさってお化けの叫びにも聞こえる、そんな場所。

 数人の会話が壁を伝い耳に入り込むと、影に身を隠し、廊下の奥にある半開きのドアの影から部屋の中を覗き込んだ。

 ここは聖園ミカを収容している牢獄。以前、壁を破壊して脱走したことから、彼女を二度と外に出さぬようにと、審問会直々に地下の一番堅牢な牢屋に幽閉するよう命令が下されたのだ。

 

「この……! 言わせておけば!!!」

 

 金属の擦り音が聞こえたと思えば、瞬く間に鈍い音が空間に響いた。

 床に散らばる金属の反響は彼女の声を掻き消し、硬い枕でも蹴り込んでいるような殴打の音が複数回鳴る。

 コハルは更に踏み込み、視界を広げた。

 そこに居たのは、牢獄から抜け出している聖園ミカと、複数人の生徒。

 高貴な佇まいからは想像の出来ない程の熾烈な殴打を、彼女達はミカに浴びせていた。本来ならきちんとした主従関係があるが、今やミカは鳥籠に閉じ込められた無力な存在。

 

「い、痛い……」

「役立たずめ! 私達が何の為にあなたみたいなバカに従っていると思っていたのですか!? 折角ゲヘナへとの戦いの狼煙を上げるチャンスを捨て、剰え気分が乗らないですって!? ふざけるのもいい加減にしろ……この魔女め!!」

「あなたのせいで私達がどれだけの尻拭いをしてきたと思っているのですか!? ただ力が強いだけでティーパーティーの座に着いて、変な面倒ごとばかり起こして!! もうお前には何も無いのですよ!? ゴミめ!!!!」

 

 生徒の脚が弧を描き、ミカの顔面めがけて鋭く放たれた。衝撃の瞬間、まるで球を掬い上げるかのように彼女の頭が跳ね上がり、無防備なまま背後の鉄格子へと叩きつけられた。

 

 鈍い金属音が空間に響く。

 

 ミカの顔は苦痛を浮かべ、頬には紫色の痣が浮かび上がっていた。鼻腔から溢れ出した血は唇を伝い、顎先からぽたりと床へ落ちていく。視界が滲んでいるのか、目を細め数度まばたき。痛みで鈍くなっている頭を上げ、事の終わりを願うが、彼女を待っていたのは慈悲ではなく嘲笑だった。

 

 「ふふ……あはは……!」

 

 周囲にいた生徒たちは、まるで滑稽な見世物を眺めるように口元を歪め、陶酔した笑みを浮かべ始めた。 その目には、同情も、躊躇いもない。ただ、楽しみを貪る悪魔の笑顔。

 ミカは唇を噛みしめた。生ぬるい血の味が口腔に広がる。だが、痛み以上に胸を締め付けるのは、自らが犯した罪。

 

「良い気味ですね。今のあなたにはお似合いかもしれませんよ? ま、どうせ罪など償えず、一生この牢獄で過ごすことでしょうから、積年の恨みを晴らさせて頂きましょうか」

 

 ミカは抵抗することなく、鉄格子にもたれ掛かり、虚ろな瞳を浮かべる。まるで、贖罪することすら諦めている様子で、口からは呻き声も発さない。

 その姿に更に苛立ちを覚えた生徒達は、背中に帯びている銃を手に取り、ミカの瞳に対し真っ直ぐに銃口を向ける。

 

「これは痛いどころの話ではなくなります。もしかしたら、目も見えなくなってしまうかもしれません。ですが──どうせ太陽の光など浴びることもないでしょうから、片方だけでも機能不能にしてやりましょうか」

 

 躊躇いもなく、指にトリガーを添える。

 そして、3人の生徒が一斉にその引き金を引こうとしたその瞬間──一発の銃弾が、先頭にいた彼女の頬を擦り、空気を切り裂いた。

 

「ちょっと!? 何をしているのよあなた達!」」

 

 コハルは猪突猛進に突き進み、生徒達を押し退けミカの元へと走り込む。額からも血を流しているミカの頭を胸に抱え込むと、鋭い目つきで生徒達を睨みつけた。

 

「あなた達の派閥のことなんてよくわからないけど、バカな私でもこんなのはダメって事くらいは分かる! 無抵抗な人を傷つけるなんて絶対に許されないのよ!」 

 

 コハルの言葉に最初は威圧された物の、多勢に無勢な状況は変わらない。

 

「あの、この子って」

「確か補習授業部の……」

 

 補習授業部はトリニティにしては珍しい制度。そればかりか、あの悪名高いシャーレの先生が担当しているだけあり、生徒達の中で悪い噂は後を絶たない。

 その中に正義実現委員会の部員が入っているのならば猶更だ。噂は曲解に曲解を重ね、正義実現委員会を含めたトリニティの上層たちは、既に連邦生徒会と癒着しているとの見方もされている。

 

「ふんっ! おバカなあなたには理解し難いことです。そこをどきなさい!!」

「嫌! 絶対どかない!!!」

「どけと言っているでしょう!!! あなたも怪我をすることになりますよ!!!」

「嫌だもん!!!」

「く……! ええい、まとめて銃弾の餌食にな──」

 

「よぉ、楽しそうだな」

 

 背後から、静かに、だが確実に響く男の声。

 先頭で銃を構えていた生徒の肩に、いつの間にか腕が回されていた。首元に圧迫感。さらにもう片方の手にはガバメント。その銃口は、まるで生徒の鼻の穴を貫くかのようにピタリと押し当てられている。

 

「今ここで顔面に銃弾をぶち込まれて、鼻の穴が一つになるか──」

 

 まるで日常会話でもするように、淡々と。

 

「それとも、半べそかきながらここから立ち去るか……どっちが好みだ?」

 

 静寂。

 銃を突きつけられた生徒の頬が、みるみるうちに青ざめる。震える唇から、かすれた声が漏れた。

 

「あ、あなたいつの間に……! くっ、先生ともあろう方が、生徒に銃を向けるのですか!?」

「へぇ、お前は俺に品行方正さを求めるんだな? 変わった奴だ」

 

 小さく鼻を鳴らし、軽く肩をすくめる男。

 

「今まで俺にそんな要望を出した奴は、漏れなく身体中をハチの巣にしてやってんだぜ?」

 

 冗談なのか、本気なのか。

 生徒の顔は完全に引き攣り、手のひらに滲む冷や汗がじっとりと指先を濡らしていく。

 

 「あ、あなたは……一方の生徒の肩を持つのですか!?」

 

 震える声が絞り出された。

 せめてもの抵抗。大人に対して倫理を問う子供の言葉。

 

 「ああ、俺は好き嫌いが激しいんだ」

 

 銃を押しつけたまま、ゆっくりと顔を傾ける。

 

 「万物平等に愛を振りまくなんざ、反吐が出ると思わねぇか?」

 

 答えを待つ間もなく、生徒たちはこぞって両手を上げた。まるで降参の意を示すかのように。

 そして解放された生徒は、即座に距離を取ると、血相を変えて叫びながらその場を駆け去っていった。

 

 「うわーん!! 絶対に仕返ししてやる!!!」

 

 泣きながら逃げる背中を見送り、彼は深く息を吐く。

 

 「……ったく、戻って早々ドンパチとは、コハルも結構血気盛んなんだな?」

 

 救護騎士団を呼び事なきを得、コハルとダンテは互いの状況の確認をと、一階にいるハナコの元へと移動する。

 階段を駆け上がろうとしたところ、コハルは忘れていたものと振り返り、朦朧と意識が回復したミカに向かって言葉を残す。

 

「あ、そうだ! えっと、あのね、ティーパーティで偉いかもしれないけど、困ったことがあればいつでも私を呼びなさい! 正義実現委員会の名の共に相談くらいは乗ってやるわ!」

 

ーー

ーー

 

 「……現状をお伝えします。複製された亡霊──仮にユスティナ聖徒会と呼びましょう。彼女たちは増殖を続け、戦場は激化の一途を辿っています。ハスミさんや委員長のツルギさんですら重傷を負うほどの多勢に無勢。まさに危機的状況です」

 

 埃と紙の匂いが混じる一室。床から天井まで古書がびっしりと並び、瞳に映るだけで息苦しくなりそうな場所だ。しかし、その重苦しさをさらに増幅させているのは、戦況図よりもむしろソファに深く腰かけた男の無表情である。彼は生徒の必死の報告をよそに、こちらを急かすように短く息を吐いた。

 

「そんなのはどうでもいい。雑魚が何千体湧こうが、そいつらに負ける気はしねぇ。……ヒフミとアズサの居場所を割り出してんのかって話だ」

「いえ、残念ながら……消息は不明のままです」

「チッ、あいつら、心配かけさせやがって」

 

 いつからだろう、こんなにも胸の奥が焦げつくような苛立ちを覚えるのは。ダンテは自分に問いかける。

 人間の世界と穏やかな日常を守ること。父から受け継いだ崇高な魂と、母の優しさ。彼にとって、それは誇りと呼べるものだった。だが、キヴォトスにやって来てからは補習授業部の面々と時間を重ねるうちに、人間に対する感情は個人となり、その言葉はただの任務や義務感を超えてしまっている。

 

 過去の自分を追体験しているかのような、妙な錯覚が胸をかすめた。

 無頓着で、何も気に留めようとしなかったあの頃。あのとき、殺しの依頼を受けていたグルーを呼び止めてさえいれば。もっと早くジェシカの異変に気づき、声をかけていれば。

 どれほど後悔しても過去は変えられない──けれど、その悔いを抱え続けることが未来を変えるのだと、彼は知っている。

 ヒフミの透き通るような優しさと、アズサが闇の底から必死に光へと手を伸ばす姿。その無垢な輝きは、いつしか彼の心を強く引き寄せていた。まるで、かつての自分が失いかけていたものを取り戻すかのように。

 守らなければ。誰にも傷つけさせるわけにはいかない。

 もはや彼女らは護るべき対象を超えた存在となっていた。それは、失われた過去への贖罪でもあるのだと、彼は静かに胸の奥で噛みしめる。

 

 そこへ、勢いよく開いた扉からハナコの声が飛び込んでくる。

 

「先生! ダンテ先生!! ヒフミさんの居場所が判明しました! 通攻の古聖堂で姿が確認されました!」

 

 彼女の後ろには、装備を整えたコハルが続いている。険しい表情の奥には、迷いよりも強い決意が宿っていた。

 

「あの瓦礫の山で何をしているのか知らないけど、一人で出来ることなんて限られてる。ダメよ、一人になんてさせない!」

「コハルちゃん……! ええ、私達に出来る事をしましょう!」

 

 ふたりの報告で場の空気が一変した。沈みがちだった熱量が、一気に行動へと向かって跳ね上がる。ダンテの胸中に渦巻いていた焦りと苛立ちも、すぐに彼女らを助けに行かねばならないという確信へと結びついた。

 

 穏やかな世界を謳歌する日常を、二度と失わせはしない。

 補習授業部と過ごした眩しい時間が脳裏をよぎり、ダンテは立ち上がる。そして静かに、だが明確な意志を込めて銃を握った。

 

「行くぞ、ぐずぐずしている暇はねぇ」

 

 彼の瞳の裏に映る二人の姿。守るべきもののため、ダンテは少しの躊躇もなく、ハナコとコハルを連れて部屋を出ていく。

 

 

 

ーー

ーー

 

 

「……みんな、無事……なんだな」

 

 淡い光が身体を包み込んだ次の瞬間、轟音とともに爆風があたりを薙ぎ払った。荒廃した廃墟の壁面が、まるで紙切れのように剥がれ落ちる。その衝撃に身体が宙を浮きそうになるが、驚くほどの威力にもかかわらず、彼女たちはただ深い傷を負っただけで立ち上がっていた。キヴォトスの爆弾とは桁違いの破壊力──それでも、命は繋がっている。

 

「サオリ、あれはヘイローを破壊する爆弾だった。でも、私達はまだ生きている」

「ああ、きっと……私たちの存在そのものが、アズサのように変えられたのだろう」

 

 ほのかな煙が立ちこめる瓦礫の中、誰かがふらつきながら顔を上げる。

 

「ふぇぇぇ……こんなに痛いのに、楽になれない。やっぱり人生は辛いことばっかり……」

「死ねないのなら、もう何をしても無駄なんだね……」

 

 サオリは黙って、地面に落ちた銃を拾い上げる。まだ動くことを確かめ、わずかに苦い笑みを浮かべた。まるで運命そのものが、彼女たちに「戦い続けろ」と命じているかのようだ。そのあまりにも皮肉な現実が、サオリの胸に宿る暗い感情をさらに煽る。

 

「……「もう、私達は止まれない。この先に未来が無かったとしても、新たな犠牲を産む訳にはいかない」

 

 廃墟を見やる彼女の瞳には、深い絶望が宿っていた。きっとこれから先、どんな茨の道が待っていても、その足を止めることはないだろう。だが、その一歩一歩がどれほど重く苦しいものか、誰にも想像できない。

 

「トリニティには申し訳ないが……アリウスに残された生徒たちを救うためにも、行くしかない。どれほど絶望が進んでいようとも、私たちは……進むしかないんだ」

 

 彼女たちを取り巻く世界は、もはや救いの光すら見えないほど陰鬱な闇に染まりかけている。それでも立ち上がるときに感じる痛みが、生きているという証拠。そしてそれは、悲しみと絶望の狭間で、なおも未来を掴もうとする、かすかな希望の叫びでもあった。

 

 

 

 

 

 

 

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