ダンテ先生概念   作:3ご

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※注意。

※非常に残酷な描写を含みます。

※暴力的、グロテスク的な表現が苦手な方はご注意ください。

※キャラクターに対して著しい凄惨な描写が続きますので、ご注意ください。









メインストーリーⅠ:血旗の楽園~エデン条約編~(終)
アリウススクワッド


 月夜が照らす夜の下、闇夜に蠢く影が4つ。

 

 幾たびの襲撃で身体中は傷つき、食料も弾薬の補充もままならないまま、その影たちはひと時の休息にと、山沿いのトンネルの手前で腰を下ろす。

 帽子を被った少女──サオリは、残りの飲み水4本の内3本を仲間に渡し、自身もゆっくりと、足を延ばしながらアスファルトの上に座り込む。

 車でも突っ込んだような飛び出てひしゃげたガードレールの下には大きな湖。その湖に向かって足を延ばし、呆けながら夜空を見上げる4人の姿は、一見、好奇心に身を任せた少女たちの青春の一場面のように映っていることだろう。

 

「月が……綺麗だね」

 

 白いフードを被った少女、アツコは三人を視界に収めながらそう言葉を紡ぐ。

 三人は無言で頷き、互いに視線を交わすと、その瞳は再びまん丸な月へと向けられた。

 

「外の世界に、こんなにも美しい風景があったなんてですねぇ。えへへ、人生はそう辛い場面の連続ではないのかもしれませんね」

 

 どこか自身が無さげなその瞳に、珍しくも笑みを浮かべる少女──ヒヨリ。

 消極的な性格だが、些細な楽しみを見つけるのが上手な彼女は、このなんでもない風景にさえ目を奪われていた。

 

「早く……出ればよかったのかもね。あの世界に答えなんて無さそうだし。結局、いつかはこうなっていたのかな」

 

 衣服の所々が破れ、素肌を晒している部分を撫でながら重たそうなロケットランチャーにもたれ掛かるミサキは、早くも貰った水を飲み干し空っぽだとどこか不貞腐れた様子だ。

 

「ねぇ皆、こんな風景を見て、何か思い出さない?」

「えっへへ、私も思いました。数少ない楽しい日でしたから」

「ふーん……それ、ヒヨリが食糧庫からお菓子を盗んだ日? それともアツコがオセロで負け続けて若干イラつきを見せた時? それともサオリ姉さんが犬の糞踏んじゃった癖に、ずっと気付かず私に向かって臭いって言った日かな」

「待てミサキ、あの日は絶対に私じゃないと思ってたんだ。そうだな……方角的にミサキかヒヨリのどちらかと思ったんだ。だが、ヒヨリはそういったことにはすぐに反応を見せる筈。だが、ヒヨリに動揺は見えなかった。したがって、犯人はミサキだと判断したんだ」

「でも、最終的には虚しいって一言だけでミサキには謝らなかったよね? あれおかしくって、マスクの下でずっと笑ってたの」

 

 夜の虫の囁きと溶け合うように、くすくすとした笑い声が静かに広がり、心地よい夜風が彼女たちを包み込む。

 

「ミサキさん……その日ずっと眉間に皺を寄せて過ごしてましたよね。少しでも機嫌がよくなるといいなぁと思って、チョコレートでもあれば収まるかなと私は食糧庫に潜った訳です」

「脱走中にこけたか分からないけど、ヒヨリもチョコレートも泥だらけになってたけどね。サオリ姉さんはカンカンに怒るし……まぁ、洗えば食べれたし、甘くて美味しかったのは記憶にあるよ」

「怒るのも無理はないだろう。だが、どうせなら4枚程盗ってくれれば、一枚を四等分にしなくて済んだ。あれはヒヨリのミスに怒ったんだ」

「待って皆、出てくる物が全部茶色なんだけど」

 

 互いのささやかな笑い声を聞くのは、どれくらいぶりだろうかと、アツコは密かに瞳を滲ませた。

 いつか、いつの日か──大切な仲間達の、本当の笑顔を見て見たい。

 そう思っていた彼女の願いは、ほんの少しだけ、成就される。

 本当ならば、任務に失敗して追われる身ではなく、あの地獄のような環境から解放されて、見た事のない海に行って……。

 そこで太陽の光を浴びながら、遊びに夢中になった三人を心の写真に収めることが出来ればどんなに幸せだろうと、潤んだ瞳を誤魔化すように水を口の中へ押し込んだ。

 

「それも良い思い出だけど、でもね、もっと昔のことなんだ。覚えてないかな?」

「うーん……昔ねぇ」

「なんだかんだ色々ありましたからね」

「……もしかして、トレウ大聖堂のことか?」

 

 サオリの答えに、笑みを浮かべるアツコ。

 

「正解。私はね、きっと……あの風景は一生忘れることはない」

「アズサちゃんが来る前ですね。えっへへ、懐かしいです」

「ああ、あの時か。アツコが私達と一緒に行動して間もないくらいだっけ?」

「そうだよ。……サオリが身を張って、生贄にされる筈の私を外に連れ出してくれた。不安だった私に、仲間の儀式だとか言って、あの場所まで連れてってくれたじゃない」

 

 大聖堂の屋上の、そのさらに上。

 天へと突き刺さるようにそびえる尖塔の麓で、四つの小さな影が肩を寄せ合い、夜空を見上げていた。

 彼女たちの視線の先には、珍しく雲ひとつない空に煌々と輝く月。冷たい光は静かに降り注ぎ、その美しさに、アツコはうっとりと頬を染める。

 

 そんな彼女の横顔を、サオリは黙って見つめていた。

 まるで、その存在を心に刻みつけるように、視線が重なるまで何も言わず、ただじっと。

 ガスマスクの着用は義務。そして人前では口を開くことすら叶わなくなった彼女。どんな時でもその呪縛が付き纏う彼女の瞳の輝きだけは失わせない。そう、自身の胸に固く誓いながら。

 

 ──どうしたの? 私の顔に何か付いてる?

 ──いや、新しい仲間の顔を目に焼き付けようとな。ロイヤルブラッドのアツコではなく、ただ一人の友人として。

 ──……うん。

 ──私から誘っといてなんだが、これからの日々は過酷だぞ?

 ──……大丈夫だよ。皆がいるなら、乗り越えられそう。そうは思わない?

 ──良い返事だ。

 ──どんな時でも、ずっと一緒だから。約束。

 ──……約束だ。

 

 月光の下で交わされたその言葉は、静寂に溶けるように消えていった。

 けれど、その想いだけは、確かに彼女の胸の内に刻まれていた。

 

「ねぇ、ここを抜けたらさ、どこにいく?」

 

 アツコの急な問いに、三人は思わず彼女に視線を重ねた。

 

「えっへへ、そんなに先の事は考えていませんでした。そうですね……ピザ屋さんとかどうでしょうか?」

「いいね、悪くない。でもその前にお金を稼がないとね」

「ああ、まずは金がいる。そういえば、私達は碌に金を稼いだことがなかったな。外の世界は未だ未知な所が多い。まずは情報を集めなければならない」

「もー……皆、まずは海でしょ?」

 

 アツコの言葉に、サオリは頷く。

 

「ああ、そうだったな。ずっと、海を見て見たいって、任務中寝る前によく話していたな。じゃあ──ここからなら西に向かった方が近いか?」

「えっへへ、最短距離はそうですね。でもそれですと追手もすぐに来てしまいそうですから、逃げるならもっと遠くがいいかもです」

 

 空を眺めながら未来に向けて希望を話し合う。

 まるで、あの時の大聖堂の屋上にいるような郷愁的な感覚。

 およそ布とも思えない薄い衣服しか与えられなかったから、身を寄せ合って互いを温めあっていた。

 あの時も、未来なんて見えなかった。真っ暗闇な道だけど、その先には僅かな光が灯っていた。

 一緒にいるだけで、どこまでも行ける気がした。

 

 きっと上手くいく。約束したから。

 私達はずっと一緒で、どんな壁も乗り越えられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──見つけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 背筋に這い回る悪寒が、まるで蛇のようにじわりと絡みつく。

 耳を打つのは、丁寧な、一見すると淑女のそれを思わせる声音。だがその奥底に巣食うものは、あまりにも純粋な悪意だった。

 まるで、言葉をかける相手を人とすら認識していない。

 彼女にとって、こちらは単なる動物に過ぎないのだと、冷え切った声色が無遠慮に語っていた。

 昔から変わらないはずの声は、ある日突然剥き出しの悪意に変わっていた。

 いつからだろう。サオリは記憶を辿る。

 かつては特別扱いしていたアツコへの寵愛は消え去り、何かを企んでいるような、不気味な視線を生徒達に向けるようになった。

 奇妙な液体を、アリウススクワッドにだけ飲ませた。

 一人の生徒の翼を、彼女は自らの手で引き千切った。

 鋭利な槍の先端に突き刺し、それを象徴として奉ることを強制した。

 血に濡れた羽根は、かつての"仲間"の象徴ではなく、彼女が自らの手で作り出した支配の証と成り果てた。

 

 アリウススクワッドは各々の銃を手に取り、声を発する方向へと立ち上がり体を捻る。

 彼女達の視線の先には、いくつもの赤い眼差しが深紅に輝く。その傍には何人かの生徒がいたが、彼女のあまりもの悪意の威圧に気圧されているのか、前へ出ようとせず、その足は怯えて震えている。

 

「任務に失敗し、殺される恐怖から逃れようと走り回っていたそうですが……くっふふ、私から逃げられるとでも?」

 

 おぞましい笑みが、サオリの額からさらなる汗を滴らせた。

 本能が囁いている。逃げろ、逃げろと。

 だが、背後にいる仲間を想う気持ちが、サオリの足の震えを止め、一歩先へと歩を進ませた。

 

「何故……何故お前が表に出てくる──ベアトリーチェ!!」

 

 サオリの指が銃のトリガーを躊躇いなく引くと、その銃口から無数の弾丸が彼女に向かって放たれた。

 狙いは正確。胴体だけではなく、顔、そして頭まで狙いを定められた弾丸は本来なら彼女の身体を貫き、血しぶきをまき散らす筈なのだが。

 

「あらぁ……? 届いていませんよ?」

 

 銃弾は彼女の目前で止まり、そのまま物理法則に倣い、金属が重なる音を地面に響かせる。

 あまりにも非現実的な光景が信じられなかったサオリは、持てる弾丸を更に彼女に向かって浴びせたが、結果は同じであった。

 

「あぁ──敬愛なる御主よ。今、私はあなた様の寵愛を一心に帯びております。この奇跡に……感謝を」

 

 ベアトリーチェはゆっくりと天を仰ぎ、滑らかに地へと膝をついた。

 やがて、細い指が絡まり合い、まるで聖人のように祈りを捧げる。

 しかし、それはどこまでも異質な光景だった。

 漂うのは、神への純粋な信仰と獲物を狩る殺意。

 その姿には、尋常ではないほどの悪意が滲み出し、見る者の背筋を凍らせる。

 にもかかわらず、彼女の表情だけは、あまりにも敬虔だった。

 穏やかな瞳は静かに天を仰ぎ、慈しみに満ちた微笑を浮かべている。

 それはまるで、世界のすべてを赦し、抱擁する聖者のようですらあった。

 

 下げた瞳の視線の先に捉えられたのは、アリウススクワッドの面々。

 

 言葉が出ない。

 彼女たちは、あまりにも異様なその光景に、喉をひくつかせるばかりだった。

 戦場で幾度となく死線を越えてきた者たちですら、今目の前で繰り広げられている狂気と信仰の交錯に、思考を奪われる。

 

 「そして──御主の御力を再びお借りし、あの反逆者たちを血祭りにあげることをお許しください」

 

 ベアトリーチェの声は、静かに、しかし確固たる信仰を帯びていた。

 それは甘美な祈りの言葉でありながら、戦慄を伴う断罪の宣告でもあった。

 

 膝をついたまま、絡ませた指先に力を込める。

 微動だにしないその姿は、まるで磐石の神託を受ける巫女のようだった。

 だが、その背後に漂うものは、決して聖なるものではない。

 おぞましく、邪悪な気配が、ベアトリーチェの身体から滲み出し、空気を震わせる。

 

 まるで、彼女自身が信仰する存在の化身であるかのように。

 

「さぁ、祈りの時間は終わりました。では──」

 

 腕の一振りが、サオリの肩に斬撃の跡を残し、地面に膝を着かせる。

 

「な、今……何を」

 

 あまりにも理解不能な現象に眉を顰めるサオリ。

 

「何を……でしょうか? ふ、お前達には関係のない事です」

 

 鋭利な爪についた血を、まるで至高の美酒を味わうかのように舐め取る。

 ベアトリーチェの瞳が細められ、その唇から陶酔の息が漏れた。

 

「あぁ……美味しい」

 

 その声は、優雅な調べを装いながらも、内に秘めた悪意は凄惨なほどに濃い。

 

 絶望的な状況の中、サオリの背中から一つの足音。

 その音が、苦痛に顔を歪ませる彼女の耳に届く。

 

 「……サオリは、ずっと私たちを庇ってくれたよね。こんな風に痛い思いをして」

 

 気丈な声とともに、アツコが彼女の前へと立った。

 震える手で銃を構え、それでも必死に、その銃口を真っ直ぐに敵へと向ける。

 そしてもう一つの重たい足音が、アツコと同じようにサオリに背を向け、ベアトリーチェと相対する。

 

 「あぁ……結局こうなっちゃうんですね」

 

 ヒヨリがゆっくりとサオリの横に並ぶ。

 

 「人生は苦しいもの……ですが、サオリさんはずっと私以上の苦痛を受けてきました。こんな私ですが、もしお役に立てるのなら──それは、あなたが傷ついた時」

 

 けだるそうに、でも内に秘めた強い意志を響かせながら、ミサキも庇うようにサオリを背に、敵と視線を交わし合った。

 

 「リーダーは何度も私の命を救ってくれた。こんなに虚しい世の中で、泣き喚いていた私を見捨てなかった。いつか……恩を返せたらなって」」

 

 かすかに震える声。

 けれど、彼女の意志は揺るがなかった。

 

 サオリの目の前には、三人の仲間たち。

 それぞれ銃を構え、圧倒的な悪意を前にしながらも、誰ひとりとして怯んではいない。

 その姿に、彼女の胸が強く締めつけられた。

 

 「……お前達」

 

 息を詰まらせながら呟いたその声に、アツコがゆっくりと手を差し伸べる。

 

 「ねぇ……サっちゃん。私の手を握ってくれる?」

 

 サオリは、ゆっくりと手を伸ばした。

 そして、そっとその手を握る。

 

 「……四人で逃げても、きっと追いつかれる。それに、あれはもう別の存在になってしまっている。私は……私は……皆に生きてほしい」

 

 サオリの言葉に、ミサキとヒヨリもそっと手を重ねた。四人の手が、しっかりと結ばれる。

 まるで、あの大聖堂の夜のように──震える身体を温め合うために身を寄せ合った彼女達は、今度は想いを伝えるように、気持ちを重ね合う。

 

 冷たい夜風が、彼女たちの髪を撫でた。

 遠くで月が静かに光る。

 

 「私も、皆に生きてほしいよ。うん、誰も死なせたくない。例え私が死んだとしても」

 「……えっへへ、気持ちが一緒だなんて……人生は、辛いことばかりではないんですね」

 

 三人が、サオリを見つめる。

 その視線は、永遠に刻まれるような、深い想いを秘めていた。

 

 「ほんと……月が綺麗だね(愛してるよ)、サっちゃん」

 

 その瞬間だった。

 

 サオリの背中を、三人の手が押した。

 

 「──え?」

 

 驚く暇もなく、体が宙に浮く。

 重力が彼女を引き寄せる。

 

 ガードレールの向こう側へ。

 

 風が、頬を切る。

 星の光が、滲む。

 目線の先には、大切な仲間達。

 彼女たちの頬を濡らしていたのは、滲んだ涙の跡。

 

 「──あ……」

 

 湖面に向かって落下するその瞬間、サオリの瞳に、彼女たちの姿が焼き付いた。

 微笑みとも、涙ともとれる表情で、ただ静かに、こちらを見つめていた。

 

 そして、夜の湖へと落ちていく。

 

 音もなく、ただ、闇に溶けるように。

 

 彼女が目を閉じる、その瞬間まで──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「愛し合う仲間を想う気持ち。それはとても素晴らしい。ですが……あなた達は今私の邪魔をしてしまいました。これはお仕置きが必要なようです」

 

 深紅の硝煙をまき散らしながら、その魔女は微笑む。

 彼女達を視界の収め、舌なめずりをすると、その口元は裂くように頬を歪ませた。

 

 

 その言葉が響いた瞬間、ヒヨリが咄嗟に銃を構えた。狙撃するなら初動が肝心──だが、ベアトリーチェの動きはあまりに速かった。まるで次元の狭間をすり抜けるようにして一瞬で間合いを詰められ、ヒヨリは悲鳴をあげる暇すらなく、頭をむんずと鷲掴みにされる。

 

「あっ」

 

 ヒヨリが短く息を呑んだ瞬間、がつん、と頭蓋骨を軋ませる衝撃が後頭部に走る。それが壁に叩きつけられた衝撃だと悟るより早く、再度、彼女の身体は大きく壁へめり込む。ヒヨリは自分がどうやって動いているのかすら理解できなかった。自分の頭がベアトリーチェに握られ、目の前のコンクリートに何度もぶつけられている。そこにあるのは、壁に広がるどす黒い血液の痕。そして激痛。痛みが感覚を荒れ狂わせ、視界が揺らぐ。

 

「や、やめっ!」

 

 ようやく喉から絞り出せた声も虚しく、ベアトリーチェは楽しむようにヒヨリの身体を掴んだまま、さらに壁へ叩きつける。

 

 鈍い音が。

 肉を潰す音が。

 何度も。

 何度も何度も。

 

 七度、八度、繰り返すうちに壁面に赤黒い染みが増えていき、ヒヨリの髪はその血で束ねられていった。なんとか抵抗しようと、ヒヨリは右腕を振り上げる。だが、その細い腕をベアトリーチェはあざ笑うかのように片手で取ると、ぐい、と無遠慮に捻り上げた。筋肉と骨がきしむ音が、ヒヨリ自身の耳にも嫌というほど届いた。次いで足を踏み砕かれ、ズキリと熱い痛覚が瞬間的に溢れ出す。

 

「くっ……ぐああっ……!」

 

 ヒヨリの泣き叫ぶ声に合わせ、ベアトリーチェは冷酷な足蹴を腹部へ叩き込む。ガン、と鈍い音とともに呼吸が止まる。もんどり打ったヒヨリの肺が酸素を求めて喘ぎ、それでも連続の蹴りが容赦なく加えられる。意識が遠のく。

 

「あ゛っあ゛うぐっい゛い゛いだ──うぁ、やめ」

 

 暗転しかける視界の端に、アツコとミサキが必死にベアトリーチェへ銃を向けている姿が映った。しかし、魔女の力は強大で、二人とも攻撃の意志を封じ込められているように見えた。

 

 ヒヨリの瞳が一瞬ふわりと閉じかける。だが、「これくらいで?」と言わんばかりにベアトリーチェが再びヒヨリの髪を掴んで引き起こした。苛烈な暴力は終わらない。気絶と覚醒の境界を行き来させ、ギリギリで痛みだけを与え続ける。

 血に濡れたヒヨリの身体はもう限界を迎えかけていたが、まだ死という安息を与えるつもりはないらしい。その証拠に、ヒヨリの腹部へ、どこからともなく現れた長い槍が深々と突き刺さった。その穂先が壁を貫通し、ヒヨリは槍とともに固定される形で放置される。刺し貫かれた腹からは温かな液体がとめどなく流れ、地面に赤い小川をつくり始めていた。

 

「美味しそうだわ……片腕くらい、御主の寵愛を受けたあなたなら、すぐに生えてくるでしょう?」

 

 へし折られそうになった腕を掴まれ、筋肉が軋む音が夜の世界にこだますると、ぐちゃりと肉を引きちぎる。

 とめどない血しぶきが辺りをまき散らすと、ヒヨリはその光景に唇を震わせた。

 

「や……い、い゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い──!!! 」

 

 悲痛な叫びを肴に、ベアトリーチェの口元にはヒヨリの腕。

 その筋を、肉を噛みちぎり、咀嚼を重ねるその姿は、最早人間の面影すら感じない。

 

 「ヒヨリッ……! そんな!」

   

 アツコが悲痛な声を上げてサブマシンガンを乱射する。火薬のにおいが鼻腔に突き刺さり、弾丸が激しく飛ぶ。しかし、その軌道はまるでベアトリーチェの体に触れることさえ許されない。数発がかすったように見えても、皮膚を裂くほどには至らず、魔女は血ひとつ流していない。

 

「お前が相手かしら?」

 

 氷の刃が肌を撫でるような声が響き渡ったかと思うと、次の標的に選ばれたのはミサキだった。ミサキは持ち前のロケットランチャーを構えつつ、冷静さを失わないよう必死に心を押し留める。仲間が惨たらしく傷つけられた今、取り乱したくなる思いを必死に抑え込んでいた。

 トリガーを引く。それに合わせて発射される迫撃の弾頭。しかし──まるで不可視のバリアでも張り巡らせているかのように、ロケットランチャーの弾は魔女に届く前に軌道が逸れ、遠くの壁に激突して大きな破壊音を響かせる。煙が立ち上り、耳を覆う轟音がさらに混乱を招くなか、ベアトリーチェの姿だけはまるで風のように揺らぎ、再度ミサキの死角へと移動した。

 

「くっ……!」    

 

 ミサキが驚愕に目を見張る。その背後を取られた瞬間、ベアトリーチェは脈打つほどの魔力をこめて彼女の首に腕を回し、ぐっと絞め上げる。

 喉元にかかった力は鋼鉄のように硬く、ミサキは息を吸おうとしても呼吸できない。

 ギリギリという骨の軋む音に混じって、首の骨が折れそうな嫌な感触が走る。もう一歩踏み込めば、あっという間に死の世界へ転落する──そう悟った瞬間、魔女はまるで「苦しませたい」とでも言わんばかりに、首を締め上げる力を緩めた。    

 しかし、解放などされるわけがない。次の瞬間には、ミサキの両腕を掴むと、力任せにひねり折るかのような動作で折り畳んでいく。バキバキと嫌悪感を煽る破砕音が走り、ミサキの口からは悲鳴とも声なき声ともつかない苦悶があふれた。両腕はあらぬ方向へ折れ曲がっている。さらに追い討ちをかけるように、ベアトリーチェは爪を立て、ミサキの身体を削り刻む。それは切り傷、という生易しいものではない。深く抉り、血と肉を生々しく剥ぎ取っていく。皮膚や筋肉が裂ける痛みが、耐え難いほどの絶望を呼び込む。

 

 どれほど斬り裂かれたか、自分の身体を覆う服も皮膚も、赤黒いものにまみれていた。目が霞む。意識が朦朧とする。だが、それすらも魔女は「まだ終わらない」と言わんばかりに爪でさらに深い傷をつけ、頬をえぐり、そして──

 

 

 片目を切り裂いた。

 

 

 びちゃり、と嫌な音がして、ミサキの右目から視界が消える。あまりの衝撃で脳が認知を放棄し、ミサキはその場で膝を折る形になった。

 

「…ぁ……」

 

 声すら出なくなったミサキを、今度はヒヨリと同じように槍の穂先が貫いた。魔力を帯びたその槍が、彼女の腹部を貫通していく。痛みはもはや限界を超え、倒れ込む体を支える力もどこにも残されていない。血が周囲に広がり、ヒヨリの横に、もうひとつの苦痛の塊が横たわることになる。それでもまだ、絶命できたのかどうか、判然としない。ただ、薄れる視野の端で、アツコが必死に銃を撃とうとする姿を捕らえていた。

 

 アツコは目の前で繰り広げられた地獄絵図に、体の震えが抑えられない。恐怖と怒りが胸を焼き付くようにうごめくが、それでも足を踏み出さなければならない。仲間を守るために、少しでも役に立ちたい。その一心でサブマシンガンを構え、さらに数発を撃ち込む。しかし、ベアトリーチェにかすり傷ひとつ負わせられないまま、魔女は嘲るように舌打ちをする。

 

「さっきから、撃ち方が単調です。もっと私を楽しませてくれるのかと思いましたが」

 

 ベアトリーチェの声に嘲笑が混じる。次の瞬間、アツコは肩口から強烈な一撃を受けて吹き飛ばされた。はじけた血とともに、地面を転がる。立ち上がろうにも息が苦しく、頭が割れるように痛む。だが、口の中には血の味が広がっていたにもかかわらず、アツコは目に涙を浮かべながらベアトリーチェを睨み返した。

 

「ふざけるな……仲間を……私の……大切な……!」

 

 その怒りに満ちた叫びが、魔女の関心を引く。ベアトリーチェはゆっくりと歩み寄ると、アツコの髪を掴んで無理やり顔を上げさせた。その表情には、獲物を前にした猛獣の愉悦が見てとれる。アツコは乱れた息の合間にサオリの顔を思い浮かべる。まだ希望を失ってはいけない……そう自分に言い聞かせた。

 

「ロイヤルブラッド。あなたの中に流れるその血、食べてみたいと思ってたのですよ?」

 

 そう言ってベアトリーチェは、アツコの二の腕にその口を近づけ、まるで獣のように牙を立てる。アツコの皮膚をやすやすと裂き、内側の肉へと噛みついた。

 ずぶり、とした不快な感覚のあとに襲ってくるのは、火箸を押し当てたような灼熱の痛み。アツコは絶叫せずにはいられなかった。むしり取られた肉片を、魔女は愉悦の笑みを浮かべながら咀嚼する。それがアツコの目に映る絶望だった。

 

「や、やめて……やめ……てぇ……っ!」

 

 すでに噛みちぎられた部分から血が噴き出し、アツコの意識は痛みと恐怖で真っ白になる。ところが、ベアトリーチェはさらに追い打ちをかけるように、今度は太ももへと牙を立てた。ぺちゃりと血が飛び散り、噛みとられた肉を咀嚼する音が生々しく響く。アツコは正気を失いそうになりながら、必死に口を開いて言葉を探す。

 

「サ、サッちゃん……サッちゃん、助けて……」

 

 口をついて出たのは、逃がしたばかりの仲間――サオリの愛称だった。こんなに無様でも、頼みの綱はそれしかない。助けを呼ばずにはいられない。痛みと絶望に打ち震える中で、アツコは必死に叫び続ける。

 

「助けて……お願い、助けて……!」

 

 しかし、その声を嘲笑うかのように、ベアトリーチェは唇にべっとりと血の跡をつけながら、恍惚の瞳を向けている。快楽としか思えぬその表情は、彼女が他者の命を玩具としか見ていない何よりの証左だった。まるで屠殺場の獣に舐め回されているような悪夢。アツコは痛みと狂気に飲み込まれそうになりながらも、サオリへの思いだけを最後の支えとして、なんとか意識を保っていた。

 

 一方、ヒヨリとミサキは既に満身創痍の状態で、腹部を槍で貫かれたまま壁際と床に倒れ込んでいる。ヒヨリのか細い息遣いは、もはや音として聞こえるかどうかも怪しい。ミサキは片目を失ったまま倒れ伏し、そこからこぼれ落ちる血がじわりじわりと床を汚染していく。

 

 それでも三人は、お互いの存在を感じ取ろうと必死だった。仲間がまだ生きているのか、自分はまだ戦えるのか、何度も痛みで意識をかき乱されながらも、呼吸の音を探し合う。こんな地獄絵図のなかでも、彼女たちは決して孤独ではなかった。それは唯一の救いと呼べる感情かもしれない。

 

 アツコの身体が地面へと横たわる。

 

 ベアトリーチェはそんな惨状を背に、深紅の硝煙を揺らめかせながらゆったりと場を支配している。全身から立ち上る魔力のオーラは、濃厚な血の香りと混ざり合い、人を狂わせるほどの瘴気を生み出していた。それは人間界に存在するすべての論理を歪める力さえ持っているかのように感じられる。

 

「よく頑張りました。ですが、あなたたちでは私に届かない。さあ、これからどうしてあげましょうか」

 

 まるで次の段階の拷問を思案するような、底冷えのする声。惨たらしく倒れ伏す三人を見下ろすその瞳には、憐憫や哀れみの色などひとかけらもない。狂気を含んだ嗜虐の笑みだけが、確かな意思としてそこにある。

 

 アツコは瀕死の体で、懸命に銃を握りなおそうとする。指先は痛みで震え、まともに力が入らない。それでも仲間を守りたいという意志を失わずにいるのは、これまで幾多の苦難を三人と乗り越えてきたからだ。どんなに絶望しても、自分たちは立ち上がってきた。だからこそ、ここで諦めるわけにはいかない。

 

「まだ……終わらない……。ミサキ、ヒヨリ……っ……!」

 

 聞こえているかはわからない。それでもアツコは血反吐を吐きながら叫ぶ。二人の名を呼ぶ声を聞いたのか、壁に貼り付けられたままのヒヨリが、わずかに唇を震わせたようにも見えた。ミサキも、片目を失った顔をなんとか持ち上げようとしている。三人は瀕死の状態にありながら、まだ繋がっていた。そこだけが、戦場にかすかな温度をもたらす情景だった。

 

 ベアトリーチェは舌なめずりをすると、まるで何か不思議な生き物でも見ているようにアツコたちを見回す。神経をすり減らした生徒たちと、その血を啜る魔女――対照的すぎる構図でありながら、その場には地獄の深淵に通じるような静寂が漂い始めていた。

 

 しかし、惨劇はまだ幕を下ろしてはいない。

 

 ベアトリーチェは足先でどさりとヒヨリの身体を小突く。微弱な痛覚でヒヨリが震えるのを確かめると、満足そうに微笑んだ。彼女にとっては、まだ弄べる生贄が残されている証拠に過ぎないのだろう。ミサキも、力尽きかけの体を本能で震わせている。アツコは痛みで視界が滲むなか、なんとか銃を構えようと試みるが――その腕も言うことをきかない。

 

 これほどまでに、絶対的な力の差があるとは。もはや抵抗は無意味なのか。頭をよぎるのは苦渋と、自分の無力さへの嘆き。だが、アツコは仲間の存在を思う。いつだって苦しいときは、ヒヨリが狙撃でフォローしてくれた。ミサキが大雑把に見えて、実はみんなの安全を一番考えてきた。サオリは、誰よりも優しく、誰よりも自分たちの代わりに痛みを背負っていた。だからこそ、彼女たちがここで全滅するわけにはいかない。

 

 そんなアツコの願いを嘲笑うかのように、ベアトリーチェは新たな力を解放すべく、辺りに赤黒いオーラを漂わせる。そのひどく禍々しい光景の中、三人は血で溺れそうな苦痛を抱えたまま、生死の淵で揺らめいている。さらなる地獄が訪れることを予感しながらも、その一縷の望みに縋るしかない。もしかしたら、この身を投げ打ってもサオリが助けを呼んでくれるかもしれない。そう、祈りに似た思いを抱き続けるしかない。

 

 重なる銃声はもはや響かない。三人の武器は、持ち主が倒されてまともに扱えず、床に散乱している。ロケットランチャーの破片や、スナイパーライフルの砕けたスコープ、サブマシンガンの弾切れの空虚なマガジン――どれもが無力化した武器の成れの果てであり、まるで彼女たちの抵抗が無意味だったかのように虚しく転がる。

 

「……こうしてあなたたちを見ていますと、本当に愚かで愛おしいですね。仲間を想う気持ちは否定しないけれど、弱い絆ほど私には美味しい餌にしか見えないのです」

 

 静寂の中で響く、氷のように冷たく残酷な声音。ベアトリーチェはそんな言葉を放ちつつ、さらに暴虐を続ける気配を見せる。握りこむ手がわずかに動き、血に染まったその穂先を三人の視界へちらつかせる。さらなる拷問を示唆するように、氷のような笑みが灯った。

 

 アツコは傷だらけの身体でサブマシンガンを握ろうとするが、震える指先にはもう力が込められなかった。瞳に宿るのは、痛みを堪えながらも消しきれない闘志と恐怖とがせめぎ合う光。それを見て、ベアトリーチェはほんの少しだけ唇を歪ませる。

 

「その血、その叫び」

 

 しなやかな指先が伸び、アツコの髪をつかんでぐいと引き上げる。首を仰け反らされたアツコの喉もとには、生々しい爪痕の傷がいくつも走っている。かろうじて意識を保っている彼女の唇からは、苦痛のあまり小さな嗚咽が漏れた。

 

「や、やめ……っ……」

 

 思わず振り絞った声は、死の淵に落ちかけた弱々しい囁き。だが、ベアトリーチェはまるで甘美な調べを聴くかのように楽しげに耳を傾けている。血に濡れたその瞳が、アツコの肩口を舐めるように見据えた。

 

「もう少し、味わわせてもらいましょう」

 

 その言葉と同時に、ベアトリーチェはアツコの肩に歯を立てた。じわりと血が染み出したかと思うと、皮膚と筋肉を噛み破る生々しい音が空気を伝う。ズルリ、と嫌な手応えが伝わってきた瞬間、アツコは耐え難い激痛に悲鳴を上げる。

 

「あ゛っ……あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」

 

 まるで肉を引き裂く獣のように、魔女の口元からは血が滴り落ちる。裂かれた傷口からほとばしる赤い液体を逃さないよう、ベアトリーチェはわざと首を傾けて濡れた肌を舌先で舐め取り、満足げな吐息をもらす。

 

「……やはりロイヤルブラッドは濃厚です。痛みと絶望が混ざった味が、実に格別」

 

 あまりに狂気じみたその仕草に、アツコの理性は軋みをあげる。逃げたくても全身が痺れていて動けない。感覚がまだ残っているぶん、むしろ痛みは鋭く、さらに苦しみを増幅させるだけだった。血の香りが充満した空気に、自分の息すら塞がれそうになる。

 

 ベアトリーチェはすぐに次の標的を定めたかのように、再びアツコの太ももへ躊躇なくかぶりついた。肉が噛みちぎられる感触が脳を焼き、その度にアツコは咽せ返るような悲鳴を上げる。歯が筋繊維を引き裂き、血が飛沫を上げて床に散る。視界がぐらりと揺れ、意識が暗くなりかけるが、それすらベアトリーチェは「まだ眠らせない」とでも言わんばかりに、絶妙な力加減で痛みを与え続ける。

 

「あぁ……助け……サッちゃん……」

 

 すでに声らしい声は出ない。震える唇からこぼれるのは、名前とも呼べない断片的な音と、血泡が混じった呼気だけだ。ベアトリーチェはそんなアツコの姿を見て、気怠そうな笑みを浮かべながらも、その眼差しには嗜虐心がきらめいている。口元にはまだ新鮮な血がべっとりと付着し、まるで高級な食事に舌鼓を打つグルメのように振る舞っていた。

 

「意識が飛んでもいいのですよ? そのほうが楽でしょう。けれど、あなたがどんな絶望を抱いているか……もっと聴かせて頂きましょう」

 

 その一言に込められた冷酷さが、頭蓋をぎりぎりと締め付けるような恐怖を呼び起こす。逃げ場のない痛みと、容赦なく奪われる肉体。アツコは何度も暗転しかける意識を引きずり戻される度、神経が擦り切れるほどの苦痛を味わった。壁に押しつけられた体が微かに痙攣し、噛みちぎられた肩や太ももの傷口からとめどなく血があふれ出す。

 

 何度も気を失いかけ、何度も悪夢のような現実に引き戻される。その度に、ベアトリーチェはゆっくりとアツコの髪を引っ張って意識を無理やり覚醒させ、さらなる苦痛を与えるかのように新たな部分へ歯を立てた。アツコが悲鳴を上げると、まるで甘やかなワインを賞味するかのごとく心地よい表情を浮かべる。その異様な姿は、血塗れの業火の底で笑う悪魔そのものだった。

 

「もはやこれ以上の力もないでしょう? 銃を取ることもできない。仲間を呼ぶ声すら弱々しい。……それでも生きたいと願うのでしょうか?」

 

 掠れる声で返事をしようにも、喉に絡むのは自分の血だけ。アツコは涙とともに流れ込む血の味を感じながら、それでも必死に瞳を見開いた。ベアトリーチェの表情に、微塵も憐れみはない。あるのは底なしの好奇心と愉悦のみ。ロイヤルブラッドを味わい尽くしてやろう、と言わんばかりの欲望が渦巻いている。

 

「……っ、あ……あぁ……!」

 

 ひしゃげた喉からは声にならないうめきが漏れる。すでに痛みを上回る絶望が、アツコの脳裏を支配しはじめていた。ベアトリーチェはそんな彼女の顔を眺め、さらにもう一箇所──胸元へと手を伸ばしかける。死へ至る決定打を突き立てるように、今まさに最後の一線を越えようとした瞬間、アツコの震えた唇からか細い言葉がこぼれ落ちた。

 

「……た、す……け……サっ……ちゃ……サ……」

 

 

 希望が死に絶えたかのような暗い空間には、もはやアツコの断末魔とすら呼べない微かな息だけが、いつまでも虚ろに響いていた。

 

 

 

──

────

────────

 

 ────雨に打たれたアスファルトの上で、彼女は地面に頭を擦り、懇願する。

 

 

「私の全てを捧げてもいい。このままじゃ皆……殺される。もし私が気に入らないのなら、事が終われば殺してもいい。あなたのどんな命令でも、なんだって言う事を聞く」

 

 だから──。

 

 どうか仲間を。

 

 家族を────助けてください。

 

 

 ダンテ……先生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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