ダンテ先生概念   作:3ご

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頼れるのは、もうあなたしか。

「あ、先生それ二つ目だよ? ……そんな食生活してどうして太らないのかなぁ」

「逆に、お前は太って来てんのか?」

「あ!? 最悪!? まじで聞いたねそれ!? ちょっとデリカシー無さ過ぎじゃない!?」

「やーいやーいっ! 言われてやんの!」

「私は四つ目ですけど体重にはなんの変化もありませんよ?」

「アイリは特異体質なのだよ。カロリーをカロリーで相殺しているだけさ」

「ぐぬぬ……羨ましい。ヨシミは後でげんこつね」

 

 

 放課後を少し過ぎ、夕日が落ち始める頃合い。

 放課後スイーツ部という名の文字通り、4人の少女達はどこぞの店で買って来たというスイーツの食べ比べの真っ最中。今回はトーナメント形式にということもあり、部室は白熱極まり熱風が漂う。

 アイリのスイーツは見事一回戦で敗退……というより、ただのミントの塊であったので敗退というよりも失格だ。ナツの持って来た珍味「さくらんぼを柔らかいジャガイモで包み、揚げ物にした何か」は案外そこまで悪くはなかったが、これをスイーツと呼ぶにふさわしいか激しい議論を5分程した結果、ただのおかずであるとの結論にたどり着く。

 そこで出会ったカズサとヨシミの頂上決戦。ヨシミはこれでもかと「パカパカマカロン」を繰り出し、カズサは「ストロベリーサンデーの猫型ワッフル包み」を提示する。

 

「へぇ、カズサ絶対意識してるよね?」

「ヨシミこそ、頭が悪いのは名前に出てるよ? 大体マカロンがパカパカしたらダメじゃない? あ、パカパカってヨシミの事だったんだ。いつも口を大きく開けて変な声でパカパカ言ってるもんね」

「カズサこそ、ワッフルじゃなくて自分が包み込みたいだけじゃないの?」

「へぇ、言うじゃない。最近会えてないからピリピリしてる私に喧嘩を売るなんて」

「あらら? どうしたの? いつもみたいにふにゃーって泣き叫ばないの? それともっていうか心の声漏れすぎなのよ! 鬱陶しい!」

 

 ふにゃー!

 

 戦闘勃発。

 軽く火花が散ったかと思うと、カズサとヨシミは取っ組み合い寸前の態勢に突入する。乙女のじゃれあい──というか、あまりにも子どもっぽい張り合いだ。

 まずはカズサが体格差を生かして上から覆いかぶさろうとするが、ヨシミも負けじと身軽さでヒョイと逃げてみせる。結果、ふぎゃんっと乙女らしからぬ声をあげて床に突っ伏すのはカズサのほうだった。

 

「うりゃ! こっちこそ覆いかぶさってやるんだから!」

 

 逆に上を取ったヨシミは勝ち誇った顔で、カズサの両頬を思いきりつねろうとする。だが、「待った!」と言わんばかりにカズサのリーチが勝り、先にヨシミの頬を両手でわしづかみにしてしまう。

 

「ひゃ、ひゃめろー! カズサ、ひほのほっぺをなんはとおもっへ!」

「なに言ってんのよっ、ヨシミこほ、わひゃひのほっへえらっへははない!」

 

 パシパシ、フニフニ、ペシペシ。動きこそ派手だが、いかにも痛くなさそうな平和的乱闘が続く。ついでに、小さな悲鳴や意味不明の言葉が飛び交い、周囲の目には微笑ましい騒ぎにしか見えない。

 

「うう……ちょっとは手加減しなさいよ!」

「そっちこそ、わたしのほっぺた伸ばすとかどういう神経してるわけ!?」

 

 床でドタバタしている二人を見下ろすと、まるでじゃれ合う子猫のように見えるのが笑いを誘う。言い合いと取っ組み合いを挟みつつも、どうにも憎み合ってるようには見えない。むしろ、その騒ぎっぷりに周囲は苦笑するばかりだ。

 

「あの、カズサちゃんカズサちゃん、あのね」

「う、うるさい! 止めるならヨシミを止めて!」

「えー、そっちが先に仕掛けたんでしょ!」

「いやあのね、先生が──」

 

 賑やかな騒ぎにより、室内にはほんのり温かな空気が流れる。どこをどう見ても、これは大喧嘩というよりも日常のじゃれ合いに近い。やがて二人とも息が切れてきて、ほっぺを押さえ合いながら床にごろんと倒れ込む。

 

 「はぁ……もう……マカロンとかワッフルとか関係ないし……」

 「ねー。ま、これでスッキリ……したようなしないような」

 

 しばらくそのままの体勢で静かに呼吸を整える二人。おそらくは、また明日になれば同じような言い争いを続けるのだろうけれど、その光景こそ放課後スイーツ部の一場面なのだ。

 

 そんな平和な光景を、ただじっと見つめる男が一人。

 

「楽しそうだな。俺も混ぜてくれ……ほう、良いもん食ってるじゃねーか」

 

 

「最近……先生来てくれないからどうしちゃったのって……思ってました」

「カズサ、三日前に来たばかりだよ」

「主人を待つ猫みたいじゃない。にゃーんって、お似合いよ!」

 

 そんなヨシミの意地の悪い弄りは既にカズサの耳の横を通り過ぎ、視線はお気に入りの先生から離れない。

 

「そういえば先生? チョコミント10キロの約束はどうなりましたか?」

「……その内の9.9キロはお前に譲ってもいいんだがな」

「そんなに食べられません!」

「……俺もな」

 

 アイリの天然の返答に思わずツッコミを入れる。

 

「だが、ここには合計5人がいる。罰は罰だ、その内の一キロは俺が消費するさ。だが──残りの9キロはどうする?」

「良い案があるよ、先生」

「じゃあナツ、お前から」

「シャーレに贈るのはどうだろう? トリニティの生徒として、シャーレとは仲良くしてデメリットは無いから」

「待て、それ結局俺に来ないか?」

 

 要求が激しい。と首を捻るナツ。

 

「はい先生!」

「アイリの意見を聞こうか」

「連邦生徒会に贈るのはどうでしょうか! 行政官たちはお疲れでしょうから、きっと甘い物に嬉しがるはずです!」

「それも俺に飛び火するな?」

 

 大人の要求は分からない。と首を捻るアイリ。

 

「次は私よ!」

「ほう、自身満々だなヨシミ」

「確かコンビニがあったわよね? エンジェル24っての! そこに買い取って貰うのはどうかしら? 今からの時期なら飛ぶように売れること間違いなしよ!」

「俺が関わってるのがばれたらソラがキレるからダメだ」

 

 我儘な大人ねぇ。と首を捻るヨシミ。

 

「んもー、皆先生を困らせたらダメでしょ」

「そんなカズサは何か意見はないのか?」

「え、うーん……全部消費するまで出られない部屋とか……どうでしょう」

「それあんたがしたいだけでしょっ!!」

 

 がやがやと談笑で盛り上がる中、彼の懐のスマートフォンから振動が響く。

 恐らく、他の生徒からのモモトークだ。タイミングはまばらだが、この時間帯ならヒフミの可能性が高い。遅い時間になるとセンシティブまっしぐらのハナコのハナコによるハナコの為のハナコグループトークが炸裂し、コハルが死刑宣告をして締めるというのがお約束だ。

 そしてもっと遅い時間になると、アズサとヒフミのペロロトークに巻き込まれるのが一日の締めの合図。「また深夜まで変な鳥のアニメ見てんのか」と返信を打てば一大事、翌日には上体を揺らさず足だけ動かしながらヒフミが懐まで距離を詰め、リュックからBDBOXを取り出し如何にこれが素晴らしいかを誇らしげに延々と語るのが、朝の合図。

 

「なんだ……?」

 

 だが、そこに書かれてあるのは一つの文と、座標を示した数字のみ。

 彼の眉間に深い皺が寄り、目元がひときわ鋭さを帯びる。

 

 ──お前の大事な人は預かった。今すぐ指定地点まで来い。

 

「先生?」

 

 心配そうな顔で覗きこんだカズサの声で、思考の渦から引き戻される。少しだけ眉を緩めた彼は、「用事ができた」と口早に告げて腰を上げた。

 

「一大事……っぽそうだね。正義実現委員会に連絡は入れないの?」

「いや、大丈夫だ。ハッ、俺を誰だと思っている。大丈夫だ、心配すんな」

 

 そう言い残して部室の扉を閉めると、立ち止まらずにタブレットを取り出す。指先で素早く操作しながら、中にいる彼女へ呼びかけた。

 

「アロナ、座標への最短ルートを出してくれ」

 

 画面上に表示された数字を照合し、まっすぐ視線を固定する。にわかに張りつめた緊張感が胸を満たす。彼の足取りは迷いなく廊下を突き進み、外へと出た。

 

「今のメール、悪戯か何かか? 送信元の割り出しとか出来るか?」

「いえ、その必要はありませんよ先生。その場所まで真っ直ぐ向かってください!」

「……やけに素直な反応じゃねぇか。それなら、やっぱり悪戯かな」

 

 どこか腑に落ちないまま、彼は車庫の端に停めてあるバイクへ歩み寄る。タブレットをハンドル中央に固定し、ひとつ深呼吸してエンジンを吹かした。いつもよりも重く感じる音が耳に残る。

 

「私は……あなたを信じています。ダンテ先生ならきっと──きっと……」

 

 タブレット越しのアロナの声が震えている。涙を浮かべたような鼻を啜る音に、一瞬違和感を覚えるが、今はそう言葉を交わす余裕もない。

 

「まぁとにかく、着いてからのお楽しみだな」

 

 そうつぶやいてアクセルをひねると、バイクが低く唸りを上げ、車庫を飛び出した。

 

ーー

ーー

 

 如何にもなストリート。壁中に落書きの跡。そして地面にはいくつもの薬莢が転がり、アスファルトには爆風の焦げ跡が見られた。

 座標ぴったりの数字の上。バイクは近くのシャッターの下に停め、メールの主を待つ。

 彼からしてみれば、どんな悪党が待っていようが関係が無い。焦る素振りも見せなければ、心の内側に恐怖や焦燥といったものはひとかけらもありはしないのだ。

 

 それが、ダンテという男である。

 

 路地裏でいくつもの悪魔を屠り、バイク片手に魔界を彷徨った事もある。幾千の悪魔に囲まれた事も。

 今はどうしてか見た目が若返っているが、本当に若い頃は街中のマフィアが敵になり、彼を殺そうと活気に溢れた時代もあった。が、その楽しいイベントは剣一本と粗悪な二丁の銃で壊滅させ、次第に彼に喧嘩を売ろうなどと馬鹿な事をする連中は街から消える事となる。そんな彼からすれば、こんなストリートの治安の良し悪しなど気にも留める所ではない。

 そこには絶対的な自身と、圧倒的な経験が重なっているのだ。

 

 実力者だけが、彼の異質さに気付く事が出来る。

 二本の足で地を踏む佇まいは、どの角度からも隙が伺えず。相対する者は、彼が放つ空気感に怯え、どんなに裏の世界で生きてきた人間でも目を疑う程の威圧感を醸し出す。

 

 だからこそ──影で視線を送っていた彼女は、確信を持つことが出来た。

 あの人形を一撃で葬り去った、シャーレの先生。

 何故か、あの彼女でも認知していない、消したと言っていたシャーレの先生。

 この人なら──。

 

「気付いているぞ。隠れてないで出て来い」

 

 肩をぴくりと震わせると、彼女は伺うように建物の隙間から身を出した。

 黒い帽子。常に着用しているマスクはポケットに閉まっているのか、素顔が丸わかりだ。そして白色のロングコートを羽織り、魅惑的なくびれを惜しげもなく外気に晒す。

 一見、美人と形容する他ないその姿に、思わず彼は瞼を見開いた。

 

「へぇ、あの時の奴か。確か……サオリ? だっけか。で、大事な人ってのはどこのどいつだ? ぶん殴られる前にさっさと口を割った方がいいぜ」

「……最初から、誰も攫ってなどいない」

「じゃ、俺に会いたかったってことか。モテるのも困りもんだな。つっても、お前はあの条約の主犯格だ。俺に会った以上、逃げられるとは思わない方がいい」

 

「分かっている。私では天地がひっくり返ろうがあなたには勝てない。……あなたの大事な生徒を傷つけたのは私だ。もし私が気に入らないのなら、いくらでも好きにしていい。気が済むまで蹂躙しても、銃の的にして貰っても構わない。殺したっていいさ。けど──」

 

 帽子を取り、長い髪を風に靡かせながら、彼女は濡れている地面などお構い無しに膝を折り、そのまま頭を地面に俯かせた。

 ゆらりと揺れる街灯の薄暗い光のなか、彼女は頭を着いたまま、心も身体もすっかり疲弊しきっていた。床には雨水が溜まり、雨粒が静かに滴るたびに、その小さな波紋が彼女の視界を揺らしている。

 

 後ろには愛用のライフルが置かれ、けれど今の彼女にそれを手にとる気力はもう残っていないようだった。ポタリと頬から垂れる涙が、地面に更なる波紋を広げる。息も途切れがちで、もう一歩先へ踏み出す力すら失っている。その口元からは、何か言葉を絞り出そうとしているのか、小さく震える吐息が漏れた。

 

 ふと彼女は、遠い記憶の中に封じ込めていた光景を思い出したかのように、そっと唇を動かす。誰の助けも期待できない状況で、最後に縋るのはあの人しかいない。そこに生じるかすかな期待と、今にも壊れそうな絶望――相反する感情が入り混じり、瞳には濡れた涙がかすかに光る。

 

「──仲間が、連れていかれた。アツコとミサキ、そしてヒヨリが……」

 

 彼はただ、彼女を見つめる。

 

「動画が……送られた。大事な仲間が無残に切り刻まれ、泣き叫ぶ姿があった。このままでは仲間が殺されてしまう。私だけが……助かってしまったんだ。私はまたあの地獄へと向かわなければならない。三人を助ける為に……」

 

 雨が更に降り注ぐ。

 まるで、彼女に追い打ちを欠けるように。少ない体力を奪うように。

 

「私達は彼女の餌になるために血の液体を飲まされ、利用され、挙句の果てには遊び道具として絶望を味合わされる。けど、それを飲まないと他の仲間が傷つけられたんだ。彼女に反抗した者は暴力を受け──翼を千切られる者もいた。だから……従うしかなかった。任務を達成すれば解放してやると、嘘の約束を課せられた私達には、選択肢が無かった」

 

 彼の拳が、強く握り締められる。

 

「私は何も出来なかった。任務も失敗し、逃避行も失敗し、そして──あいつらに助けられた。全て私の力不足だ。悪党は野たれ死ぬのがお似合いだ。沢山の人を傷つけ……聖園ミカも、アズサの事も……傷つけた。あなたにとって、私の人生など微塵も興味が無いだろう。あなたの大事な生徒を傷つけた私など、憎いに違いない。でも……彼女は強大過ぎて私では到底太刀打ち出来ない。いくら強力な生徒が束になっても同じだ。だから──だから……」

 

 ──頼れるのはもう、ダンテ先生しか……。

 頼む……私の命はあなたに預ける。どんな命令にだって従う。

 気に入らなければ、いつでも殺しても構わない。だから……頼む……お願いだ……。

 どうか……私の家族を……救ってくれ。

 

 か細い声は雨音にかき消されるようでありながら、それでも確かに宵闇へと溶けていく。もし彼が来てくれるなら、最後の一縷の光が見えるかもしれない。それだけが、いま彼女をここにつなぎとめる唯一の理由だった。雨と血にまみれながら、それでもあきらめききれない思いを胸に抱いて、彼女はもう一度だけ、かすれ声で名を呼んだ。

 

 彼は静かに彼女に寄り添い、肩に手を添え、優しく抱き起す。

 

「その彼女とやらも気になるが──困ってる奴の家族が殺されるのを黙って見過ごせる程俺は落ちぶれちゃいねぇ。案内しろ」

「い、いいのか? 私は──」

「黙れ。お前の家族が今も苦しんでるのなら、さっさと助けに行くのが先決だ。道は任せたぜ」

 

ーー

ーー

 

 あれ?

 どうしてこうなっちゃったんだっけ。

 えっと、私はセイアちゃんに会いにいって……仲直りがしたくて。謝りたくて……。

 あ、そっか。セイアちゃんが急に倒れて、その原因が私に向いているんだ。

 もぉ、痛いな。石ばっかり投げてきて。何度も頭に当たってるのにやめてくれないんだ。

 

 ──この魔女め!!

 

 魔女、魔女かぁ。

 そうだよね。うん、私は魔女だよ。

 だって……人の気持ちが分からなくなったもん。

 どうしてかなぁ、私が馬鹿だから、セイアちゃんの気持ちに気付いてなかった。普通、許してくれる訳ないよね。殺そうとしたって事実は消えないんだもん。

 きっと……今夜過ぎたらまた皆で一緒にお茶会をして……。そんな夢物語なんてある訳ないのにさ。でも、私が魔女だから自分に都合の良いことしか考えられなかったんだ。

 

 あれ? 本当の原因って……確か。

 

 ──この魔女め!!

 

 そうだ、アリウススクワッドの錠前サオリ。全てはあの女が元凶じゃん。

 あの女が私を利用さえしなければ、セイアちゃんが殺されそうにならなかったし、条約式でミサイルも飛んでこなかった。

 そっか! 何をすればいいかなんて、一目瞭然だよ!

 

 復讐をすればいいんだ。

 

 私だって沢山奪われた。だからあの女も沢山奪われないと、公平じゃないでしょ?

 

 

 

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