ダンテ先生概念   作:3ご

65 / 99
追撃者

 飛び交う弾丸の雨に、サオリは身を隠しながら応戦するほか術がなかった。遮蔽物から遮蔽物へ素早く移動し、姿を見せては威嚇射撃を放つと、敵は怯んで影へと隠れる。

 アリウスの生徒たちは普段から戦闘訓練を主軸に学んでいる。その中でも抜きん出た実力を持つアリウススクワッドのリーダー、サオリですら、多勢を相手には思うように立ち回れない。もし作戦を綿密に練っていたなら違った結果もあり得ただろうが、今回ばかりはほぼ正面突破の形となってしまった。

 ただの撃ち合い──反射神経と、一瞬の読み合いが生死を分かつこの空間では、彼女の経験と技量さえも量的な火力の前には圧倒されつつあった。

 

 ただ、一人を除いて。

 

「めんどくせぇな。全員出てこいよ、さもなくばもっと痛い目に遭うぜ」

 

 そう言い放つ男は、まるで緊迫感も無いかのように、二丁の銃を片時も止めることなく撃ち続けている。アリウスの生徒たちですら、弾丸を弾丸で相殺するなどという離れ業は見たことがなかった。たった一人の相手だというのに、まるで天から銃弾が降り注ぐような事態が起こるなど、想像の範疇をはるかに越えている。

 

「こっちは急いでんだ。お前達を相手にしてる暇はない。恨むなよ」

 

 通常、遮蔽物は正面からの攻撃を防ぐための不可欠な地の利となる。ところが、いつの間にか背後から銃撃を受けるなど、キヴォトスの常識をいくら捻じ曲げても説明がつかない。

 視界の端に、自信満々だったアリウスの生徒たちが次々と床に倒れる姿が映る。撃ち合いというよりも、一方的な捕食を目の当たりにしているかのようだ。

 彼らは意識が朦朧とする中、何が起きたかを理解する間もなく闇へと沈んでいく。その常識外れで桁違いな光景に対する疑問を抱きながら、最終的には夢の世界へ誘われるように眠り込んでしまうのだった。

 

「サオリ、もう出てきていいぞ」

 

 その声に促され、サオリは遮蔽物の影からそっと顔を覗かせる。周囲を見渡すと、思わず唾を飲み込んだ。あれほど立ちはだかっていたアリウスの生徒たちが、一分も経たないうちに地面へと崩れ落ちている。

 

 まるで時間が止まったかのような静寂のなか、ただひとり、男が肩をすくめるようにして立っていた。彼の口元にはどこか皮肉めいた笑みが浮かんでいる。夕日が沈み、夜の帳がおりはじめた空には月が登り、その銀色の光が男の背に降り注いでいた。

 

 「あれだけの数を……」

 

 自分の言葉がかすれているのに気づきながら、サオリは再度辺りの惨状に目をやる。信じがたい光景に息をのむほかなく、自然と彼女の胸の奥で鼓動が高まり、肌寒い夜気が静かに満ちる中で、彼女の思考は追いつかないままでいた。

 

「で、どこから地下に潜るんだ?」

「あ、ああ……。そこのシャッターを開けた先に階段がある。ここは私が先行しよう」

 

ーー

ーー

 

 最低限のライトしかない地下への階段を、二人は下り続ける。サオリが背後にいる彼の足元を確かめながら、ふと口を開いた。

 

「今、アリウスを支配しているのはベアトリーチェ、通称マダムと呼ばれる者だ。彼女はアリウスの内戦を鎮静化すると同時に支配者になり、私達生徒の道標として振る舞った」

「道標?」

「ああ、世の中の全員は敵、信じる者は自分だけだと。そして彼女はアリウスの生徒会長になった」

 

 ──全ては虚しい。どこまで行こうとも、全てはただ虚しいものだ。

 

「その教えと共に、当時の私達は彼女からある真実を告げられた。私達が経験する苦痛は全てトリニティのせいで、ゲヘナはそもそも共存出来ない存在だと。……そう教え込まれた」

 

 度重なる過酷な訓練を思い出す。

 全ては殺人の技術。そしてその力は全てトリニティに復讐を果たす為。永遠の苦痛から抜け出す為の生き甲斐であったのだ。

 

「私達は生まれながらにして殺害の意志を持っている。その意志がある限り、アリウス以外の居場所はない。彼女の口癖だった。ま、今思えば利用する為の方便だったとは……私達は何の為に生きていたのだろうな」

 

 サオリの言葉に、地下の空気がいっそう重たく淀んだ。

 彼女の脳裏には、ある場面がちらついている。暗く冷たい夜の底で、ミサキが子どものように叫んだ光景だ。

 

 ──なぜ、こんなに苦痛ばかりの世界で生きなければならないの。

 

 衣服もまともに宛がわれず、腹をすかせ、苦痛が繰り返されるだけの日々。どうして、そこまで耐える必要があるのか。

 あのとき、ミサキの問いに対してサオリはうまく答えられなかった。何しろ、自分が信じていたアリウスが、大人が、いつしか利用目的のために彼女たちの生きる理由さえも奪っていたのだから。

 

 ──どうして姉さんはこの無意味な苦痛を私に強要するの?

 

 その言葉は、闇のなかで静かに響く。サオリは足を止め、微かな喘ぎを漏らしながら瞼を伏せた。思い出したくない記憶と、今なお捨てきれない疑問が胸を軋ませる。

 そして遠くから、水が滴るような音が聞こえてくる地下通路の奥へと視線を落とす。どれほど苦痛に満ちていても、結局は生きて戦い続けるしかなかった。そんな自分たちの行動の裏で、大人自分達を利用するために使いまわした苦しみを、彼女は思うたびに悔しさと空虚感を抱く。

 

 結局、私が──。

 

 自責の念に捕らわれるサオリの肩に置かれる、大きな手。

 

「反省はそいつらを助けてからでもいいだろ」

 

 彼の言葉に意識を現実に戻された彼女は、首を大きく左右に振り、目の前の使命に再び意識を向ける。

 

「ああ。こっちだ、この地下通路を真っ直ぐ行った先にトンネルがある」

 

ーー

ーー

 

 影から覗き込む視線の先には、何人ものアリウスの生徒が、最新式の装備を携え待機していた。

 アリウスの生徒なら誰でも知っているその通路を、そのマダムとやらが警戒しない理由は無い。サオリは持ち前の銃の弾数を再び確認した後、目線でダンテに合図を送った。

 その合図にこくりと頷いた彼は、床に落ちてある一本の細長いパイプを取り、肩で担ぐように構え影から飛び出る。

 

(違う!! 向こうに敵がいるから慎重にと合図を出したつもりだが……!)

 

 サオリの額に一滴の汗が滴る。

 それもそのはず、表で戦闘した生徒とは違い、今目線の先にいるのはアリウスの中でもエリートに分類される者達だからだ。

 俊敏さ、正確さ、反応速度。そしてチームワーク。

 圧倒的な戦力を用い、敵を制圧するのに長けた精鋭部隊。

 その部隊と正面からやり合う程、サオリも馬鹿ではない。戦いとは正面と正面のぶつかり合いだけではないからだ。ルールの無い倒し合いはに慈悲など存在しない。参ったと白旗を上げても、意識が失うまで攻撃の手を辞めないのが彼女達だ。

 無論、スクワッド全員が揃えばなんてことのない相手だが、今の彼女は手負いの獣。もし戦局の分が悪いとなれば、撤退もやむを得ない事になるだろう。

 

「おい、誰だ貴様は!!!」

 

 アリウスの生徒たちが声を張り上げ、勢いよく銃口をダンテへ向ける。男の歩みを止めようとするその動きは、統率の取れた軍隊のように厳かだった。だが、当のダンテはまるで緊迫感など感じていない風に足を止め、前髪に隠れた瞳の奥で微かに嘲りを含んだ笑みを浮かべている。

 

「誰だ? 誰だっていいだろうが。それとも何か、相手の名前を聞いておかないと引き金も引けないポンコツちゃん達だったか?」

「貴様……キヴォトスの者ではないな。それなら……この意味も理解出来るよな?」

 

 一人の生徒が引き金を引き、警告として一発の弾丸を足元へ撃ち込む。鋭い銃声とともに、地面がごそりと抉れた。

 

「退け、次は当てるぞ」

「ハッ! この距離で弾を外すとはな。まさか、今まで地面の虫の駆除の為に訓練を積んで来たって訳ではないだろ?」

「貴様……! 後悔するなよ!!!!!」

 

 生徒たちの怒声と同時に、たっぷり二十人近い銃口が火を噴いた。凄まじい弾幕が一斉に放たれ、まるで広い面積ごと男を飲み込もうとするかのように飛び交う。数える間もなく、何十発もの弾丸が作る鉛の雨──たとえどんなに俊敏な人間でも逃げ道など無いはずの攻撃だった。

 

 けれど、その予想は容易く裏切られる。

 

 眩しいほどの金属音が幾重にも重なる刹那、火花と共に弾丸の軌跡が地面へ伏せられ、反動で宙を舞う空薬莢がカラカラと音を立てる。その中心に立っていたのは、鉄パイプを肩に担いだ大柄な男。唇の端をにやりと曲げ、まるで遊び半分にでもしたかのような余裕を漂わせていた。

 

 「へぇ、今度は蚊の退治か何かか? 悪いな、ちょっとだけ風の向きが変わったみたいだ」

 

 驚きに固まるアリウスの生徒たち。あまりに常識外れの出来事を前に、彼女らはすぐには対応できない。鉄パイプで弾丸ははじき落とされ、床には砕けた弾頭が残されていた。男が器用にくるりと鉄パイプを回すと、その端から一筋の煙が上がり、金属の高熱が空気を歪ませる。

 

 周囲にいる全員が、いま目の前で何が起こったのかを理解できないまま、ダンテの無造作な足音だけが不穏なリズムを刻んでいた。

 

「俺も急いでいるんでね。これで終わらせてやるよ」

 

 男は右足をぐっと引き、左足を踏み込むようにして腰を斜めにひねり込む。同時に、両手で握っていた鉄パイプを一気に投げ放った。まるで巨大なブーメランが放たれたかのようなその軌道に、アリウスの生徒たちは一瞬も反応できない。

 金属の光が踊るように弧を描き、生徒たちの頭上をなぞるかのごとく遠心力を伴って凄まじい速度で突き抜ける。ドミノ倒しのように、端から端まで次々と倒れていくアリウスの生徒たち。その見事な一撃に誰ひとり叫ぶ間もなく、パイプは勢いを失わないままくるりと舞い戻り、あたかも吸い込まれるかのように男の左手へ戻っていった。

 

「なんだ、これで終わりかよ。さて……サオリ、出てきていいぞ」

 

 影に隠れていた彼女は、そのあまりの光景に喉から声を出すのを躊躇う。

 

「せ、先生……あなたは一体……?」

「質問は後だ。先を急ぐんだろ」

 

 まるで物語から抜け出してきた主人公のように、彼は焦る素振りも見せずに鉄パイプを放り捨てる。銃弾でへこんだその武器からは、微かな火薬のにおいが漂った。

 何気ない仕草で歩を進める後ろ姿に、サオリは胸の奥で安堵にも似た感情を抱く。確かに現実離れした光景だが、逆にそれが心強くもあった。

 ぼんやりと見つめるサオリの視線を意にも介さず、彼は緊張感のないまま先へと進む。その背中に、はっきりと感じる力──それは、ここまでの激闘が夢や幻ではなく、紛れもない現実であることの証しだった。

 

「ま、待ってく──」

 

 サオリが声を張り上げようとした、その一瞬で横合いから轟音が響きわたった。衝撃とともに石壁が弾けるように砕かれ、まるでブルドーザーが最高速度で衝突したかのように粉塵が辺りを覆いつくす。砂煙が渦を巻き、視界がほとんど白濁した。

 

「やっほー! 来ちゃった……悪役登場って所かな☆」

 

 やがて、砂塵のヴェールを一歩ずつ踏みしめ、上品な足音を奏でながら現れた影が一つ。淡い桃色に染まった髪を優雅に靡かせた少女が、にこりと微笑む。

 

「お前は……聖園ミカ!?」

「へぇ、覚えててくれたんだ。会えて嬉しいって顔じゃないけど、どうしたの?」

 

 あくまで柔らかな物腰な姿は、まるで礼儀正しい淑女のよう。だがその瞳は、底に獣じみた凶暴さを宿していて、不思議なほど無邪気な笑みと獰猛な光が同居していた。

 

 ──そんな、魔女でも見たみたいな顔しちゃって。

 

 無邪気な声色で語るミカは、嘲笑を含むように瞼を大きく開き、まるでサオリの胸元をのぞき込むかのように視線を送る。上擦った静寂が場を包み、サオリの肩がごくりと震える。

 

「檻の中にいると聞いたが……」

「出てきたの。早くあなたに会いたいと思ってさ。だって……まだお話ししてないこと、あるでしょ?」

 

 サオリが返答するより早く、ミカの俊足は駆け足に登り、大きく飛翔。

 その足先がサオリの顔を捉える刹那──一人の影の手が、ミカの攻撃を難なく受け止める。

 

「俺とも話すことあるんじゃねーか? というか、なんでまた脱走してる」

 

 弾き飛ばされたミカは動揺しつつも、宙でくるりと回転し、両足を地面に踏みしめる。

 

「せんせい……? 先生がどうしてここにいるの?」

「そりゃこっちの台詞だ」

 

 呆気に取られて、瞳を大きく開けた彼女の顔は、段々と険しくなり、ついには睨みつける視線をサオリに移す。

 

「へぇ、先生を味方に付けたんだ。やるねぇサオリ。どんな手を使ったのかな? あ、でも先生は優しいから、猫撫で声でおねだりとか? ふーん」

「そんなんじゃねぇ。確かに頼まれたが、その後の選択肢は俺が選んだ結果だ。ミカ、一体何をしてる。どうしてこいつを狙うんだ」

 

 ──失ったから。

 

 ぽつりとつぶやく彼女の言葉に、ダンテは両手を広げ分からないといった反応しか返せない。

 

「先生、私ね……全部失っちゃった。学園も友達も帰る場所だって……全部、ぜんぶぜんぶぜんぶ」

「……どういうことだ。セイアと話したんだろ」

「うん。でもね、拒否されたの。私に触れるなって──せん……せい。私ね、明日になったら元通りになるかもしれないって信じてたの。でも、そんなものは夢物語の中だけだった」

 

 ──私の運命はね、既に決まってるみたい。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。