ダンテ先生概念   作:3ご

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アリウス自治区

「私が失った分だけ、あなたも失ってよ。そうじゃないと不公平でしょ?」

 

 粉塵が収まる中、ミカは地面を蹴り上げ弾丸のように体を飛ばす。

 右手に構えた銃を撃ちながらサオリの前まで勢いよく詰めるが、その間に大きな壁が立ちはだかっていた。

 ダンテはミカの銃を掴み姿勢を下げ、飛び出してきた体ごと力の減衰を起こさずにそのまま後方へと投げ飛ばす。

 

「ちょ!? うわわわわ!!」

 

 空中でバランスを崩したミカは、片足を地面に叩きつけるようにして着地しようとするが、激しい慣性を完全に止めることはできず、壁に激突。勢いの余波で石材が砕け散り、弾けた破片が降り注ぐように彼女を襲う。ミカは反射的に両腕で頭を抱え込み、必死に振り落とされる破片に耐えるしかなかった。

 

「あうう、痛い」

 

 頭を大きく振り、破片をまき散らしながら再び立ち上がる彼女は、すぐさま片手の銃を放ちながら体制を立て直す。

 ダンテはすぐさま先程投げ捨てた鉄パイプを拾い上げ、まるで演武をするが如く、ミカの全ての弾丸を跳ね落としてサオリを背中に回した。

 

「悪い子にはお仕置きと言ったはずだぜ、ミカ。どんな事情があるか知らねぇが、今は緊急だ。大人しくトリニティに戻れ」

「……嫌」

「ミカ……」

 

 溜息交じりに彼女を見つめる。一歩も動かぬその姿勢は諦めたのではなく、今か今かと隙を伺う獰猛な獣。その気配を気取られない様にしているが、ダンテからすれば抑えれんばかりの殺気がミカの意思の強さを物語らせていた。

 

「──見つけたぞ!! あそこだ!!」

 

 ミカの方角から飛んできた複数の声に、思わず彼女はそちらへ振り向く。

 その隙をついて、サオリはダンテの服を軽く引っ張り、通路の奥へと走り出した。並ぶいくつものシャッターが防犯のためか開閉できる仕様になっているらしく、サオリは慣れた手つきで操作パネルを撃ち抜いていく。あるものは閉じ、あるものは開き――幾重もの障壁を作り上げることで、ミカやアリウス生徒の進路を阻もうという作戦だった。

 

「ハァ……ハァ……。これで大丈夫だろう」

 

 ようやく辿り着いた奥の巨大な石壁のシャッターをも閉め切り、外への出入口を完全に塞ぎ終えると、サオリは大きく息を吐いた。振り返れば、ダンテがやや浮かない表情で彼女を見つめている。彼の沈んだ面差しに気づき、サオリは小さく問いかけた。

 

「気になるのか?」

「……まぁ、な。俺はあの時、どんな言葉を掛ければいいか分からないんだ。ただ殴って解決ってのも違うだろ。かといって、諭す術なんて持ち合わせてねぇしよ」

 

 淡々と呟くダンテの口調には、微かに憂いが混じっている気がする。サオリは一拍おいてから視線を落とし、静かに答えた。

 

「狙いは私だ。だから……事が終われば私が対処する」  

「お前はミカに勝てるのか? あいつ、結構やるぜ?」

「……現状、勝てそうにはない」

 

 そう言い切ったサオリの言葉は自嘲めいていた。ダンテはやはり浮かない顔のまま、思案するように眉を寄せる。

 

 「じゃあダメだな。そんな血生臭い結末、お前らには似合わねぇ」

 

ーー

ーー

 

「ここからがアリウス地区だ。幸いにも、カタコンベで敵には遭遇しなかったが、逆に考えればそれは不自然。気を付けて進む──いや、杞憂だったな」

 

 小高い廃虚の隙間から、灯りが散らばるアリウス地区を見下ろしているその姿。

 その背中は、敵の心臓部に迫っているというのに一分の揺らぎもない。腕を組んだ姿は凛として、夜風に揺られる銀の髪はまるで物語に出てくる主人公そのもの。

 サオリはその背中を見て再び安堵を覚えるも、同時に視界がぐにゃりと歪み、足元がおぼつかなくなる。

 そんなサオリに気付かないダンテではなく、颯爽と彼女の元まで駆け寄り肩を抱き、そっと地面へと下ろした。

 目の下に微かに浮かび上がる隈が、彼女が如何に自身の身体に無理を強いていたかを物語っている。

 

「これくらい……!」

 

 無理に起き上がったサオリだが、ふらついた足元はおぼつかなく、再び地面に倒れそうになるところを彼に支えられた。

 頬に浮かぶ仄かな赤み。彼はサオリのおでこにそっと手を載せると、まるで熱湯に不意に触れたように手を振り、そのままサオリを抱きかかえる。

 

「酷い熱だ。どこかで横になった方がいいな。かといって、こんな石床の上じゃ十分な休息も得られないだろ」

「……だが、この間にもあいつらは」

「ダメだサオリ、少し休憩しろ。この先はスラム街だとか言ってたな? そこに戦闘員は寄り付かないんだろ?」

「ああ。確かに武装した生徒はいないが……私はアリウスの裏切り者になっている。そうそう受け入れてくれるとは思えない。それに、こんな床でも私は大丈夫だ。数分横になって息を整えれ──」

「だからダメだっつってんだろ。両足でまともに立てないんじゃ、使い物にならねぇ。俺にはお前の案内が必要なんだよ。大人しく言う事を聞いてろ」

 

ーー

ーー

 

 夜の帳が降りた路地は、まるで人々の記憶にさえ見放されたように静まり返っていた。建物の外壁はところどころ崩れ、ガラス窓は粉々に割れ、かろうじて灯る街灯さえも鈍い明かりを頼りなく揺らしている。足元にはレンガの欠片やゴミくずが散乱し、水たまりがところどころにできているせいか、湿った空気がひんやりと肌を刺してきた。

 その通りには、かつての店や住居を思わせる扉や窓枠があるものの、今やほとんど廃墟同然。扉が外された入り口からは、暗い室内がのぞき、壁沿いには手製の張り紙や落書きが煤けた痕跡となって残っている。土埃や煤煙に覆われた建物の並びが、かつての活気を連想させようとしながらも、いまでは空っぽの殻にしか見えない。

 

 狭い通路の先には、崩れそうな石のアーチが影を落とし、その奥にはさらに陰鬱な路地が続いているようだ。月の光がほとんど届かないためか、よどんだ闇が居座っており、わずかな物音が聞こえるとすれば、遠くから響く金属のこすれる音か、誰かががゴミをあさる音くらい。どこかの窓から風が吹き込むと、噛みつくような冷気が街全体を撫でていく。

 

 かろうじて点灯している街灯が作り出す陰影が、地面にはゆがんだ輪郭を描き、濡れた石畳はその光を鈍く反射する。あたり一帯には生活感をまるで感じさせない無機質な廃墟の空気が漂い、すれ違う人影もない。建物の外装や張り紙からうかがえるのは、貧困と放置が長い年月続いているであろうことだけ。まるでこの街から誰もが去ってしまったかのような寂寞が、どこまでも続く。

 

「スラム街というより、ただの廃虚だな。本当に誰か住んでんのか?」

 

 ダンテの背中に背負わされる形となったサオリの口から荒い息づかいが漏れるも、なんとか意識を保とうと声を絞り出す。

 

「皆、隠れているんだ。最近のアリウスは明らかに以前よりもおかしくなっている。一部の生徒は妄信的にマダムを崇拝し、反抗的な一面を見せるな否や暴力に打って出るんだ」

「圧政てやつか、くだらねぇことしやがる。そのマダムってのも、大方欲に塗れた糞野郎ってとこだな」

 

 崩れた廃虚の中に身を入れ、周囲を見渡す。

 月光が差し込まない真っ暗な建物の中には、いくつものドア。その内の一つの部屋を開くと、割れた窓の外から微かに差し込む光と、埃被ったソファーが一つと、暖炉。

 衛生面は気になるが、無いよりはましだ。手で適当に埃を振り払い、その上にそっとサオリを寝かせる。

 

「……すまない」

「気にすんな。さて残りは──解熱剤か何かあればいいが、こんな廃虚にそんな物なさそうだ」

「寝てれば治るさ。一時間も睡眠が取れれば私は動ける」

「じゃあ、その間に俺は周囲を散策してくるか。大丈夫だ、遠くまで行ったりしない。何かあれば連絡してくれ」

 

 視線の先にいるダンテの背中を目で追いながらも、サオリは重たくなった瞼に抵抗出来ず、闇の中へと意識を溶かす。

 ダンテは足音を立てずにそっと外に出る。雨上がりの風だが妙に冷たく、静寂に染まり切ったスラム街はまるで一つの生き物のように外界を断絶する。——この街は、音を喰い、光を拒む。そこには確かに「世界」が存在している。しかし、それは足を踏み入れた者を二度と帰さない、禁忌にも似た異界だ。

 だが。彼にとってはそれくらいの闇など午前の散歩コースみたいなものだ。

 軽快な足取りで進む彼の背中に、いくつかの視線が刺さる。

 

 ──大人だ、大人がいる。

 ──怖そうな大人がいる。

 ──また、私達を苦しめに来たのかな。

 

 風に紛れて流れ込んできた、かすかな囁きがダンテの耳をかすめた。反射的に顔を振り向く。石畳の通路、その先の薄闇に、いくつかの影がじっと佇んでいた。

 人影は、幼すぎるほどに小さい。ぼろきれのような布一枚を身にまとい、そして無防備に曝け出した足元には、いくつもの傷跡が見られた。

 目が合った。その瞬間、子どもたちは一斉に肩をすくめ、壁の陰へと身を引いた。まるで、怯えた野良犬のように。

 この街で「大人」とは、希望ではなく、「恐怖」を運ぶ存在だった。だからこそ、ダンテの姿は彼女らにとって「敵」に見える。たとえ、彼の目に一片の敵意もなかったとしても。

 

 散らばった生徒たちの中、ただ一人だけ車椅子に座ったまま、ダンテをじっと見ていたらしい生徒がいた。もっとも、その瞳には恐怖が混じっていたようで、ダンテと視線が合ったかどうかもわからないまま、体をこわばらせるように震わせている。

 慌てふためいた様子で車椅子を操作しようとするが、崩れた石畳の溝に車輪が入り込み、思うように動かせない。次第にバランスを崩し、車椅子から地面へ倒れ込んでしまうと、混乱のまま両手をついて必死に這いずり、離れようとしていた。

 ダンテは小走りで近づき、倒れた車椅子を起こして立て直した。その仕草からして敵意はないと判断してもよさそうなものの、生徒は頑なにダンテへ視線を投げず、ただ必死に地を擦り、逃げるように背を向けようとする。

 

 短く切り揃えられた黒髪。ぼろきれの布一枚をまとい、背にはトリニティの生徒たちのような翼が──だが、その翼は片側しか存在していなかった。

 深い裂け目の残る背中をさらしながら、彼女は車椅子も放置し、ひたすら地面を這って逃げ出そうとする。その姿は、まるで人が生きるための誇りをすべて奪われたかのような痛ましさを漂わせていた。ダンテは一瞬言葉を失い、振り返らないまま這い進む生徒を見つめる。まるで、何をどう声をかければいいのか分からないとばかりに。

 その一瞬の間に違和感を抱いたのか、生徒は身体を捩り、彼の方へと視線を傾けた。怯えた瞳と震えた唇。片方の手で小さな体を守るように庇いながら、必死な思いで抵抗する彼女の身体を優しく持ち上げた彼は、そのまま車椅子の上にそっと乗せる。

 

「驚かせてすまねーな。悪い大人ではないぜ」

 

 少女は言葉に詰まりながら、上目遣いでダンテを見つめ続ける。

 ダンテは片膝を着き視線を合わせると、彼女は少し安堵した表情でゆっくりと口を開いた。

 

「……本当に? 殴ったり……しない?」

「当たり前だろ。それとも、普段からそんな環境なのか? ……だとしたら放っておけねーな」

「私達は……落伍者だから。そう決められました、大人に」

「ダメな大人に決められたもんだ。そんな奴の言う事なんて聞かなくていいんだよ。で、その大人とやらはどこにいるか知ってるか?」

「知りません。マダムの居場所は上の生徒しか知らされてないから。……それに、言う事聞かなくてもいいだなんて、そんなことをすれば本当に殺されます」

「悪かった、無責任な発言だったな。けど、そんな大人なんて居ない方がいいだろう」

「それはそうですけど……ううん、希望を持つなんてダメ。どうせ全部壊されるもの」

 

 少女は車椅子のハンドリムを握り込み、ぐっと前進しようと力を込めた。しかし、思ったよりも進まない。どうしてだろうと疑問を抱きつつ、彼女は自分の車椅子を目で確かめる。そこには、先ほど横転した影響なのか、タイヤにひび割れたような裂け目が走り、空気が抜けているのが見えた。

 

「ああ……もう」

 

 声にならない嘆息が吐き出される。空気が漏れ、転がるはずの車輪がほとんど動かない。もう一度、彼女は手のひらに力をこめてハンドリムを回してみたが、かすかな距離しか進めない。そのたびに前輪から情けないほどの空気音が漏れるだけで、少女の肩からは自然と力が抜けていった。

 

「家はどこだ」

「家? 付いてくる気ですか? ……私の家には何も奪える物はありませんよ。もう、この車椅子くらいしか……でもこれはダメです。これがないと私は、どこにも行けませんから。服だって……寒さを凌げなくなります」

「おいおい、何も取りゃしねーよ。ただ、困ってそうだからな。大人のお節介だと思ってくれ」

 

 少女をひょいと持ち上げ背中に回し、両手を首に絡ませる。

 彼女は驚いていたが、お構い無しに空いた手で車椅子を持ち上げると、その意図に抵抗が出来ないと悟ったのか、もう一度溜息を吐き、静かに方向を指さした。

 

「あのとんがり屋根の所です。……えっと、本当に何も無いですよ?」

「見りゃ分かる。にしてもお前軽すぎだ。もっと飯を食った方がいいと思うぜ」

 

 そう言いながら、ダンテは少女を背に背負って歩く。

 彼女はその肩越しに少し目を伏せつつ、小さく息を吐いた。

 

「……もう、何日も食料の支給がありませんから。三日ほど水だけで過ごしていれば軽くもなります」

「……酷ぇな。それもその大人って奴の仕業か」

「私達は落伍者ですから。きっと……見捨てられたのでしょう」

 

 傍目には他愛ない会話に思えるが、その裏には残酷な現実が漂う。道を進むにつれ、来た時とは違って、窓の奥からひっそりと生徒たちの視線が集まっているのが分かる。頬がこけ、瞳に光が宿らないその姿は、一見して絶望に染まっているのだと分かるほどだった。

 どこからともなく、湿った風が吹き付け、ダンテの心を冷やりと締め付ける。少女の背中越しに感じる体温が、あまりに軽く、か細い。餓えと孤独に苛まれた彼女らの暮らしが、この場の空気を否応なく覆っていた。

 

「……おい、しっかり掴まってろよ」

 

 弱り切った彼女の腕は、まるで糸が絡まっただけのように頼りなく、ダンテの肩をかすかに撫でるだけだった。掴まるというよりも、ただそこに在るだけ。命の重みすら感じないほどに軽い。

 

 着いた先のとんがり屋根の家も、天井があるだけで家と呼べる物ではない。

 だが、その家を見た時、背中に背負う少女の口から安堵の吐息が漏れるのを聞いた彼は、いつもの皮肉じみた軽口を出す事など到底出来なかった。

 扉を開け中に入ると、ライトスタンドの仄かな明かりが部屋全体を包み込む。

 寝床が二つあることから、どうやら誰かと二人で暮らしている様子だ。

 

「ここでいいか?」

「はい、ありがとうございます」

 

 ダンテは少女をそっとソファに座らせると、振り返ることなく部屋の出口へと向かった。無言でドアノブに手をかけた、その瞬間。

 

「あの……!」

 

 そんな彼が気になった彼女は、思わず呼び止めてる。

 

「どうしてここに来たのですか? 恐らくアリウスの方ではないと思いますが……」

「そうだな、俺は──悪い大人をぶちのめしに来ただけだ。今日が終わればきっと希望が来る。食料だって持ってきてやるさ」

「……マダムを。いえ、期待しないでおきます。全ては虚しいもの……希望は、私達の事など眼中にない筈ですから」

 

 ダンテは返事をせず、ただその言葉を背に受けてドアを開けた。外に出ると、濡れた石畳の上を踏みしめ、サオリのもとへと歩き出す。胸の奥で、何かが音を立てて燃え始めていた。少女の言葉一つひとつが、己の中に確かに火を灯したのだ。沈黙のうちに煮えたぎる怒りを、ダンテは自分でもはっきりと感じていた。

 

ーー

ーー

 

 怒りに共鳴する石板が、微かに光を帯び始める。

 この世界に差し込まれた異分子。一人の悪魔。その本来の力を解き放つ鍵が、静かに脈動を始めた。

 彼という概念をこの現実に完全に顕現させるため、石板はなおも輝きを増していく。

 さらなる共鳴が臨界へと達した時。覚悟が臨むべき形を得たその瞬間──。

 

 ──生きた伝説である魔剣士は、自らに課された真の役割を知るだろう。

 

 

 

 

 




もうすぐネトフリのアニメが始まりますね!!!!!
やー楽しみだなああああああああ!!!
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