ダンテ先生概念   作:3ご

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邂逅

 不味いサンドイッチだな、婆さん。舌が狂ってるとしか思えないぜ。

 

 ウチは食堂でも酒場でもないんだよ、まったく。人の夜食を横取りしといて大口叩くんじゃないよ。出入り禁止にされたいのかい?

 

 あぁ、最っ低な夜だぜ。財布は果てしなく軽いし、メシの相手が死にかけの婆さんときたもんだ。

 

 とある光景が、彼の脳内で映し出される。

 なけなしの金を全て大切な友人の娘へと贈り、ほぼ無一文になった日の出来事だ。

 便利屋の仕事は断られ、街を彷徨いながら空腹と疲労に沈む彼には、頼れる者などいなかった。

 むしろあの時、あの薄暗い穴蔵のような部屋こそが、唯一の帰る場所だった。だが、縁起を担ぐことを良しとする文化の特性上、陰気な噂が風となって浸透したその場所に、彼の居場所などなかった。

 

 そんな彼をただ一人、甘やかしてくれた人がいた。

 ぶっきらぼうで、不愛想で、けれど時折、素直に優しさを見せる女。

 ハムをパンで挟んだだけの、サンドイッチと呼ぶにはあまりに乱暴な食い物──それでも、腹を満たし、心を落ち着かせるには十分だった。

 

 彼にとって、その瞬間だけは、世界がほんの少しだけ優しかった。

 子どもの頃のように、何も考えず、誰かに甘えることが許された、数少ない時間。

 

「腹が減ってるのは……許せねぇな」

 

 きっと、ここにいる連中は、そんな大人に出会わなかった者の末路。

 力が弱い事を言い事に、搾取し、用が済めば放置ときたもんだ。

 彼にとって、それはあまりにも許し難い事であった。

 

ーー

ーー

 

「サオリ、起きてるか?」

 

 部屋に戻ったダンテは、ソファに横たわる彼女のもとへ駆け寄り、そっと肩に手を添えて揺らす。

 サオリは数度まばたきを繰り返した後、何かに引き寄せられるように鋭く上体を起こし、左右に顔を振って周囲の状況を即座に把握する。

 その一連の動きは、まるで訓練を受けた兵士のそれだった。

 少女の内にある「何か」を垣間見たダンテは、ほんのわずかに視線を伏せる。

 

「ああ、だいぶ頭もすっきりした。これで暫くは動けるだろう」

 

 両足を床に並べ、腰を重たく持ち上げる。

 いくら訓練されているとはいえ、数日ずっと追われる身であったサオリの身体は疲労を隠し切れないでいる。いつ倒れてもおかしくない程の目の隈。瞼は若干窪み、息も少し荒い。

 銃を持ち残弾数を確認する最中、彼女のお腹からくぅっと鳴く音が響く。

 

「なんだ、お前も腹減ってんのか」

「……仕方ないだろう。何日も食わずに動いていたんだ」

「成程、じゃあ事が終われば美味いピザでも食わしてやるよ。この自治区の奴ら全員と一緒にな」

「なに? 誰かと喋ったのか?」

「ああ。俺の姿を見ただけで蜘蛛の子散らしたように逃げてったが、車椅子に乗った奴がいてな」

「……ああ、彼女か」

「知ってんのか?」

 

 銃の手入れをしながら、サオリは口を動かす。

 

「……彼女、片翼だっただろう」

 

  だが、サオリはそれ以上、何一つ口にする気配を見せなかった。

 彼女は手際よくパーツを確認し、慎重にマガジンを装着すると、片手に握りしめながら、無言で扉の方へと歩み出す。

 きっと言えない事なのだろうと、ダンテはそれ以上その会話を続けることもなく、静かにサオリの背中を追う。

 

 再び、二人は石畳の通路へと足を踏み入れ、寂寥をまとった道を、誰もいないような静けさの中、真っ直ぐに進んでいく。

 ダンテは時折、後ろを振り返り、とんがり屋根の家を見やりながら、苛立ち混じりに舌打ちを響かせる。だが、サオリはそんな彼に一切気を留めることなく、ただ前方へと身を投じるように歩を進めた。

 

「……おかしい」

 

 突然の留まりに、首を後方に向けたダンテは、勢い余ってサオリに体をぶつけ、「どこ見て歩いてんだよ」と理不尽な要求をするも、彼女の視線は前を向いたまま微動だにせず。

 彼女の視線は一点も揺らぐことなく前方を見据え、まるで、肌にまとわりつく不思議な違和感だけが、周囲の全てを語っているかのようだった。

 

 すると、突然周囲に青白い霧が立ちこみ始めた。

 甲高い人の呻き声が辺りを汚染し、不可解な金属の重なる音が耳を穿つ。足音も無く静かに近づくそれにいち早く気付いたダンテは、サオリと背中を合わせホルスターにある二丁の拳銃を引き抜き、段々と輪郭を表す亡霊に向かって銃口を向けた。

 

「ハッ、こんな所にもいやがるのか!」

 

 サオリも同じように銃を構えるも、その顔はどこか引き攣る。

 亡霊達はダンテにとっては雑魚同然だが、彼女にとってはそれなりに手こずる相手。しかも今は万全な状態とは言い難く、一体を相手にするのにもそれなりに体力を消耗する。

 いくら彼が強者だからといって、自分が足手纏いになる訳にはいかない。

 

 ──来ましたか。

 

 その一言が、サオリの身体を這いずり、心をきつく絡めとるようだった。

 霧の奥から、一体の亡霊がゆらりと歩み出て、床に一枚の円盤をそっと置く。

 それは、キヴォトスでは馴染みのある通信機。互いに顔を合わせ、直接言葉を交わすことができる、ごく一般的な代物――本来なら、そうであるはずだった。

 

 だが、その円盤からホログラムで投影されたのは、妖しい気配を纏うひとりの女性。

 

「……マダム」

 

 深紅の素肌に、純白のドレスが映える。

 頭部に折り重なる何枚もの羽の奥から覗く瞳は、まるで煉獄の監察官さながらに、不気味な輝きを放っていた。

 さらに妖艶な微笑が、その口角を吊り上げる。その理由は至って単純だ。

 ──最後の生贄たるサオリが、トリニティの援軍を呼ぶでもなく、ただ見知らぬ男をひとり連れてきただけだというのだから。

 

「何故そんな所で油を売っているのですか? 早く家族を助けに来ないと、本当に死んでしまいますよ?」

「くっ……! 皆は……皆に何をした!?」

「何を? ふふ、ただ反抗してきた子供達にお灸を据えただけですが。本当、反抗的な子供達にはうんざりします。でも、あなたはとても素直で良い子ですねサオリ」

「何を……!」

 

 ホログラムの向こう側で、ベアトリーチェはゆっくりと一枚の服を取り出した。

 それはアツコのスクワッドの制服。フード付きの純白であるはずが、いまや漆黒に染まりきっている。

 サオリはその意味を悟ると同時に、拳をきつく握りしめた。

 

「ええ、サオリ。あなたの家族はとてもとても……美味しゅうございました」

「……どういう意味だ」

「流石はロイヤルブラッド、とても濃い血の味がしましたよ? ヒヨリの腕も非常に肉付きが良く、歯ごたえもあり悪くはありませんでした。ミサキは自傷癖がありましたので、その意味を身体に刻みこませたのですが……まぁ、良い悲鳴でした」

 

 ──貴様ァ!!!

 

 サオリの銃が火を噴いた。だが、その弾丸はホログラムの像を虚しく突き抜け、背後に控えていたユスティナ聖徒会の一体を吹き飛ばすに留まる。

 それでもサオリは指を引く手を止められず、幾度も弾丸を叩き込んだ。込み上げる怒りと、悔しさのあまり瞳に涙が滲む。

 ベアトリーチェはそんなサオリの姿を見下ろすかのように、高らかに笑い声を上げた。

 

「本当に愚かな子ですねサオリ。で、横にいる人はどなたでしょうか? それがあなたの助っ人だと? ふっ──どこの誰かは存じませんが、この自治区に入ったが最後、生きて出られるとは思わないでください」

 

 そのとき、横合いからダンテがサオリの肩を乱暴に掴み、ぐいっと引き寄せる。

 彼女が撃ち尽くした銃を下ろさせると同時に、自らは二丁の拳銃を逆手にひねって抜き放ち、くるりと回転すると一瞬のうちに周囲の亡霊たちを撃ち散らした。

 その身の動きは流れるようで、そして容赦がない、容赦するはずがない。自治区の惨状の原因が目の前の彼女なら、情けなど無用だ。

 ダンテはホログラムの前まで歩み出ると、虚空にあるベアトリーチェの像へ無遠慮に銃口を向ける。

 

「へぇ、最近のハエは人間の言葉が理解出来るのか。もしかして──キヴォトス七不思議にでも直面してるのか?」

 

 その軽口に、ベアトリーチェは眉をひそめる。亡霊たちをほとんど瞬時に消し去った今の男の腕前に、どこか不吉な予感を抱いたのか。

 しかし、彼女はあくまで不敵な笑みを崩さない。

 

「少しはやるようですね。でも、この私に歯向かうなど、愚かというほかありません。……そう、たとえばカイザーあたりのPMCなら、あなたほどの火力を持っていても不思議はないけれど、所詮は──」

「カイザー? 俺には関係ねえな」

「関係ない?」

「お前がやったこと、全部まとめて精算してやる。俺は、お前をぶち殺す者だ。それだけ覚えてりゃ十分だ」

 

 ベアトリーチェの口元に、再び笑みが刻まれる。その笑みは高慢にも見えるが、どこか冷ややかな侮蔑と、ほんの僅かな苛立ちを含んでいた。

 

「……随分と大きく出ましたね。名乗りも出来ない無礼者の屑が、私を殺すと?」

「名乗る価値も感じねぇからな。目障りな奴は消す。それだけだ」

 

 ダンテはそう吐き捨て、もう一度銃口を突きつけた。サオリの悔し涙が頬を伝う横で、彼の怒りは沸々と噴き上がろうとしている。

 一方のベアトリーチェは、まるで遊び道具でも見つけた子供のように目を輝かせた。ホログラム越しに伝わる冷酷な狂気が、その場の空気を一層重苦しく染め上げていく。

 

「よろしい。あなたを愉しませる舞台は、この私が存分に用意してあげましょう。逃げ場なんてあるとは思わないでくださいね」

「俺を愉しませる? ……そうかい。せいぜい、最後までそうやって強がってな」

 

 ダンテの声は低く響き、空気を震わせる。ほんの一瞬だけ、ベアトリーチェの目が嫌な予感に揺らいだが、すぐにまた勝ち誇った笑みに戻った。

 

「いいでしょう。バシリカでお待ちしております。もし到達出来るなら、ですが。それとサオリ、御方の寵愛を受けた者はそう易々と死にはしませんよ? 身体の一部くらい失ってもすぐに再生しますから。だから──早くこちらにいらっしゃい」

 

 そして、ホログラムの像は消え失せる。

 静寂の降りた石畳に、サオリの荒い息だけがこだまする。

 その肩を支えながら、ダンテは懐で冷たく息づく拳銃をもう一度握りしめた。

 

「大丈夫かサオリ」

「あ……ぁぁ……アツコ……ミサキ……ヒヨリ……」

「死んではいないみたいだ。大丈夫だ、俺が必ず何とかする」

「せん……せい。私が、私だけが苦痛を受けずに……」

「泣き言は後だぜ。今は苦しんでいる仲間を助けに行くんだろ? 罪なら後からでも十分償えるさ」

 

 そう言い聞かせても、サオリの頬を伝う雫は止まりそうになく、震える背中をさするだけが彼が出来る精一杯の慰めだった。

 いくら理不尽な事でさえ、皆を引っ張っていたのは間違いなく自分だと、彼女は己を愚かな人間だと責め立てる。

 いつか、どこかにある希望の光を見つけその景色を見せたい。そんな世界なんて無いと心の中で断言しながらも、全てが終われば、憎しみから解放されれば……いつか。

 その隅にあった僅かな光。皆で見たかった月の景色の続き。

 もしかしたら……もう手遅れなのかもしれないという恐怖が、彼女の中にうずくまる。

 

 ──どうして……あなたが泣いてるの。

 

 通路の端から一つの影が浮き出ていた。

 大きな翼を携え、銃を片手に持ち、憂いた瞳を帯びたその先にはサオリの姿。

 

「ミカ、着いてきたのか」

 

 ダンテは立ち上がり、項垂れてるサオリに視線を送りながら、ミカの元へと駆け寄る。

 

「おいミカ、今は緊急事態だと言っただろ」

「……分かんない」

「分からねぇ訳あるかよ。お前の事情も察するが、こっちはこっちで──」

 

 そう、言いかけた時、彼女は視線を伏せ、ぽたりと床を濡らした。

 

「だってだって、私の中ではサオリは悪者で、私の全てを奪った奴で……でも、でもそんな悪者にも複雑な事情があって、私が守りたかったのと同じように守る者がいるなんて……聞いてないよ。私は、学園から追い出されたらもうナギちゃんやセイヤちゃんに会えなくなる。私は魔女なのに、もしサオリに同情して許してしまったら……」

 

 ──私は……何者でもなくなってしまう。

 

 彼女の声には混乱と諦めが入り混じった色がにじんでいた。ダンテは膝をついて、その瞳を見上げる。ミカは唇を噛み、震える声で言葉を紡ぎ続ける。

 

「私にはこれ以上幸せな未来なんて訪れないの。どうせ何も残らないもの」

 

 そう吐き出すように言い残すと、ミカは身を翻して暗闇の街へと駆け出していった。彼女を呼び止めようとするダンテの声も、追いつく間もなく夜の静寂へ溶けていく。遠ざかる足音に、サオリは顔を上げられないまま、ただその背中を見送るしかなかった。

 

「……くそ、どうすればいいか分からねぇ。サオリ、大丈夫か?」

「ああ……。先生、彼女は私が何とかする。先を急ごう」

 

 




ネトフリ版、デビルメイクライ配信おめでとう~~!!!
キリン並みに首をながーーくして待ってた!!
へへ、とりあえず一話は三週しよ。
しかもなんかシーズン1とかあったから数シーズンで長くやるのかな……?
だとしたら最高だな~!

というか、文字数がいつの間にか30万超えててビビった。
見切り発車とはいえ、描きたい場面があっての見切り発車でした。まさかその1場面を描くために30万以上文字を書くことになろうとは思わなんだ。
でもあと少しですね! 精一杯書きまくります!
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