C&Cの部室にて、泣き喚く少女をなだめる少女が一人。
俯いた顔のまま鼻を啜らせるその容態に流石に心に来るものがあった彼女は、メイド服に相応しい振る舞いでお茶を用意する。彼女を知る者からすれば、その光景は珍しいの一言で収まりがきかないだろう。彼女自身もその事をよく理解はしているが、状況が状況だった。
「んだよー、もう泣くんじゃねーよぉ……」
「んん……ぐす」
「あたしはあの先生がそんな冷たい事言う奴だとは思わねーけどな。冗談で言ったりするかもしれねーけどよ、アリスにそんな冗談を言うとは思えねぇ。聞き間違いじゃねーのか?」
そんなネルの言葉など聞こえていないのか、しょんぼりと口を尖らせるアリス。向かい側に座っていた彼女は腰を上げ彼女の隣に席を移すと、大きく腕を振って肩を抱きながら揺さぶる。
「なぁ、そのロボットってミレニアムのエンブレムがデザインされてたんだろ? 誰が作ったんだ?」
「くすんっ……先生はリオ会長の贈り物だと言ってました」
「はーん、なーるーほーどーなぁ……。よしアリス、少しここで待ってろ。私はちょーっと話を付けて来るからよ」
「話……ですか?」
アリスの問いかけに答えることもなく、ネルは眉をひくつかせたまま、まるで何かに追い立てられるように足早に部屋を出た。その背中はやや前衛気味で、笑顔の裏にある怒りを隠しきれない様子が背筋に滲んでいる。アリスは止める間もなく、ドアの閉まる音だけを聞き取る形となった。
「どうしたのでしょう……」
ソファの上で膝を抱えたまま、ただじっとカップのお茶を見続ける事10分。
ノックも無くドアを開くその向こう側で、何やら満面の笑みを浮かべる先輩の姿に安堵を覚えたアリスは、抱えていた膝をそっと下ろし、視線を彼女に重ねる。
「アリス、何も言わずにこのUSBメモリを受け取れ」
「へ? こ、これは……なんですか?」
「いいからいいから。で、そのUSBメモリをそのにっくきロボットに差し込むとあら不思議。何を命令しても頓珍漢な動きしかしないロボットの完成だ!」
「つまり……これはダンジョンの奥に潜む魔物の封印を解く鍵なのですね!?」
「ぁあ? ダンジョン? まぁよくわからねーけどよ、流石の先生もそのポンコツなロボットを見りゃ、アリスに泣きつくって寸法さ。悪い案じゃねーだろ?」
その甘い囁きに、次第に瞳に光を取り戻していくアリス。
そんなアリスを見て、にやりと、どこかの誰かさんの真似をするネルの顔は、してやったりと自身に満ち溢れる。
「先生が……アリスに泣きつく……のですね!」
「そーだぜ。アリスやC&Cがいないと俺は何も出来ない。これからも足繁く通ってくれるか? ってな。あの高名なヒーロー・レッドグレイブの要請となりゃ、あたしたちだってすぐに飛んでいくさ!」
「レッドグレイブの事はよく分かりませんが、ネル先輩も先生の所に行きたい様子です! つまり、これはアリスにだけ与えられた特殊なクエストと言う訳ですね!」
「おいおい、何もあたしは行きたいだなんてそんなこと……」
「ですが、ネル先輩はおっしゃってました! あの先生の所でエージェントをしたいと!」
「そりゃぁ……そりゃあだってあの先生だったらあたしをもっと強くしてくれそうだし!? それに大人であんなかっこいいのなんて──って何言わせんだ!? いいから早く行ってこい!!」
尻を蹴り飛ばされるようにしてネルの部屋を追い出されたアリスは、憤然とした表情を浮かべながらも、手の中に握りしめたUSBをぎゅっと握り直した。そしてまるで風のようにミレニアムの廊下を駆け抜け、シャーレの地へと舞い戻る。
足取りこそ軽いが、その胸に宿るのは揺るぎない意志と、まばゆいほどの希望だ。
「待っててください先生! アリスが……アリスがきっと助け出してみせます!!」
声高らかにそう宣言するアリスの姿は、小柄な身体とは裏腹に力強さを放ち、瞳にはまるで冒険の主人公そのものの輝きが宿っている。彼女をここまで突き動かすのは、あの憎たらしいお手伝いロボットの封印解除し、先生を幻惑の魔法から救うという絶対的な使命感。
──現実の解釈だろうと客観的な評価だろうと、お構いなしだ。
そう、これはアリスという少女が築きあげる物語。少し騒々しくて、少し大げさで、時に周囲を巻き込んで翻弄する物語だ。しかし、そこに渦巻く決意と熱意だけは本物。周囲の冷たい視線や呆れ顔なんて何のその。彼女の歩みは止まらない。まるで彼女自身が信じる世界こそが真実だとでも言わんばかりに、その足音を強めてまずはトイレの扉を押し開けた。
入り口の陽光を浴び、彼女の握り締めたUSBが反射して一瞬だけきらりと輝く。アリスの鼻先に流れる汗が、その希望の光と混ざり合って凛々しさを添えるようにも見えた。そこには、どんな困難だって乗り越えるための主人公が描く確固たる決意があった。かくして、少女は先生を救うための新たな一歩を踏み出す──その物語の幕は、今まさに上がろうとしている。
「ふふ、ジャックポッド──ですっ!」
両手を交差し、鏡の前で決め台詞の練習をするアリスをよそに、部屋から出たネルは更なるクレームをと、リオの元へと歩き出すのであった。
──ネル、変な言い掛かりはやめて頂戴。私はあの先生が日々過ごすための最良の選択を──え? アリスが泣いているですって? ……そういうこともあるわ。ってちょっと、頭を叩かないで。
ーー
ーー
シャーレ外郭。そこはアリスの脳内イメージによれば魔王の城さながらに禍々しいオーラを放ち、捕らわれのヒーローの助けを叫ぶ声がそこかしこに木霊している(妄想)。もっとも、実際には外壁の整備中で工事の看板が散乱し、工事音がガンガン響いているだけなのだが、今のアリスにはそんな現実などまるで眼中にない。USBメモリをしっかりと胸ポケットに差し込み、彼女は意気込んで大きく息を吸い込んだ。
「ここが魔王のアジトですね。ヒーローである先生を救わなくちゃ、アリスは駄目なんですっ!」
魔王の正体は言うまでもなくあのお手伝いロボットである。思い描けば思い描くほど、アリスの頭の中ではロボットが巨大にうねり、ギラギラと赤い目を光らせ、ダンテを堕落の牢屋に幽閉している映像が勝手に流れていく。実際はどうあれ、この妄想こそが彼女の原動力なので問題はない。
工事中の足場をよじ登る姿は、さながらアクションゲームの主人公。ネコのように器用に鉄骨を伝いながら、アリスはシャーレの裏口……と言っても普通に職員が使う通用口……を目指す。
「ふふ、ここから忍び込むのがデビルハンターのお約束です!」
胸を張って宣言するが、そもそもアリスはシャーレの正規のセキュリティカードを持っているので、普通に正面玄関から入れる。だがそれでは潜入クエストの醍醐味が損なわれると判断したのだろう。
「いざ、突入……ですっ!」
センサーがあるかもしれないと、ドキドキしながら施設の裏ドアをそっと開けるアリス。だがそこには何の警報も鳴らず、ただ淡々と廊下の照明が点灯するだけ。「な、なんだか拍子抜けです……」と呟きつつ、彼女は気を取り直して廊下を駆け抜ける。
目指すは、ダンテのシャーレオフィス。記憶通りならば、例のお手伝いロボットは常時そこで待機しているはずだ。あのにっくきロボットの封印を解く(=USBを差し込んで動作をめちゃくちゃにする)こそが、今回の最大のミッションだ。
「アリス、行きます……!」
折しもシャーレの廊下は静まり返り、軽快な足音だけがカツンカツンと響く。まるでゲームのステルスパートを体感しているようで、アリスのテンションはさらに高まった。彼女の脳裏に流れるBGMは「Kivotos May Cry」サントラの曲そのもの。
──しかし、そんないい感じの緊張感をぶち壊す音が後方から聞こえてきた。
「ピィィィ……ガガガ…… メイド? ハッケン シュリョウ シロ──」
「ヒイィッ!? ま、まさか早くも魔王の手下が!」
振り返れば、そこにはピカピカのメタリックなボディをしたまた別のロボットが。ミレニアム製の警備用らしく、こっちに向かって妙な擬音を発しながら突撃してくる。猫耳っぽいヘッドパーツを付けているところを見ると、どうもテスト機なのかもしれない。
「ちょ、ちょっと待ってください! アリスは怪しい者では……うわあああっ!?」
言うが早いか、ビームではなく、単に備え付けのエアダスターの超強力風圧が彼女を吹き飛ばす。なんのとも高い威力。ゴロゴロっと転がってしまったアリスは、あちこちぶつけて目を回しそうになりながら、それでも必死に腰を上げる。
「くっ……ここは一時撤退です! ダンジョン最奥にボスがいるなら、ザコ敵を相手にする余裕はありません!」
ゲーム脳的発想でロボをスルーし、アリスは逃げるように走り出す。背後で「キョダイメイド ハッケン タイホ タイホ」とロボが騒ぐ声が聞こえるが、幸いそいつのスピードはそれほどでもない。アリスは廊下を曲がり、階段を飛び降りながら、再びダンテの部屋への最短ルートを計算した。
「もう……どこに魔王の手下が潜んでるか分かりません……!」
サバイバルホラーばりの警戒をしつつ、ようやく目的の部屋のドアが視界に入る。ガラス越しに見える室内には、まぎれもなくあのロボットらしき姿。ちょうどピザの空き箱を片付けているらしく、器用に片手で空き箱を折り畳み、もう片方で窓拭きまでしている。なんという手際の良さだ。
「……ここであのロボットが油断してる隙に『封印解除』します!」
勢いで扉を開けるアリス。そしていきなり両手を広げて大声で叫ぶ。
「きゃーーっ! ダ、ダンテ先生ー!! 大変です! ネル先輩が襲ってくるかもしれません!」
もちろん何の脈絡もないが、ロボットの集中力を一瞬でも削ぐための奇策だ。案の定、ロボットは「ネル? ネル? コワイ」と謎の反応で操作を中断。今がチャンスです! アリスは瞬時に近寄って、ロボットの背面にある差し込み口、USBポートらしきものを見つけると、躊躇なくUSBを突き立てる。
USBを差し込んだ瞬間、ロボットのアイセンサーがチカチカと赤い光を瞬かせ始めた。今まで淡々と掃除していた姿が嘘のように、妙なノイズ混じりの電子音を発しながら関節部分をガクガクと震わせている。
アリスは心の中でガッツポーズ。そこまでが計画どおりだったのだが、次の瞬間──。
「……ガガガ……エラー……チョリョ……カイジョ……」
嫌な金属音がギギギと響いたかと思うと、ロボットは一気に挙動を荒くし、まるで映画のアンドロイドが暴走するかのごとくアリスへと向き直る。
「え、ちょ、ちょっと!? うわーん!? 変な動きをしてます⁉」
ばちばちと火花が飛び散る音を背に、ロボットは勢いよくアリスへ突進してきた。部屋の隅にあったピザの空き箱やごみ袋まで蹴散らしながら前進するその姿は、もはや掃除とは真逆の破壊者。
「ひゃあああっ! ラスボスの二回行動です!! こんな展開聞いてませんー!」
真っ白なメイド服を翻し、アリスは思わず跳び退る。だがその速さは予想を超えていて、金属アームがいつの間にかアリスの頭上をかすめるほど近くに。ゴトンと激しい衝撃が床を揺らし、アリスはバランスを崩して背後へと倒れ込みそうになる。
「うぅ、もう逃げ場が……!」
悲鳴を上げながら、アリスは床を転がりつつ必死に後ずさるが、運の悪いことに部屋の壁際にちょうど大きな収納ロッカーが詰まっていて逃げ場がない。視線を上げれば、ダメージを受けたロボットが火花を散らしながら容赦なくアリスを追いつめる。
「うぅ、絶対絶命です! このまま倒されて所持金が半分になって……うわーん!」
目の前には赤く点灯したアイセンサーと、破壊力満点のアームが迫る。まさに絶体絶命だ。アリスはぎゅっと目を瞑り、頭を抱え込むように縮こまる。しかし、そのとき──。
「てめぇっ! このクソロボット! アリスになんてことしやがる!!!!」
「だ、ダンテ先生……!」
ドアの向こう側から、物凄い勢いで走り抜く一つの影。
その両腕には、エンジニア部に修理して貰い、更なる強化をと魔改造した双銃が握られている。
ロボットは新たな敵にターゲットを移そうとしたのか、目線をガクッと横に向ける。が、その刹那。ダンテはお馴染みのハンドガンを一瞬で抜き放ち、ほとんど隙を与えず立て続けに銃声を響かせた。
轟くような二発の弾丸がロボットの金属ボディに命中し、凄まじい火花が散る。衝撃でたまらずロボットの動きが鈍り、その隙にダンテはクルリと軽快にステップを踏み、さらにもう一発。
「ガ……ガガガ……!」
ロボットは盛大なノイズを上げながら後ろへと倒れ込み、ゴトゴトと床を転がる。赤く点灯していたアイセンサーが次第に暗くなり、最後にボソボソと何か機械音声を漏らしたあと、静寂の中で完全に停止した。まさに撃退完了だ。
「ふー……アリス!」
「先生!!」
余裕たっぷりの口調でハンドガンをホルスターへ納めたダンテは、壁際でうずくまるアリスのもとへ歩み寄り、スッと両腕を差し出し彼女を抱きしめた。
「怪我は無いか? どこも痛い所は無いか?」
「せ、先生……助けてくれてありがとうございます……!」
先生の思わない抱擁に動揺するアリス。
そこで彼女は気付く。この先生は自分の事を大切に思ってくれていたという事。
「ったく、リオの奴。変な機能を搭載しやがって」
「あうう、違うのです。私は……その、私が──」
事情を話すと、ダンテの口元に思わず笑みがこぼれた。
「なんだ、そんなことかよ。あー……まぁ、俺が悪かった。もっとアリスの気持ちを考えるべきだったな。許してくれるか?」
「ち、違います! ……先生、アリスはまた悪い事をしてしまいました。許してくれますか? アリスはまた先生にご迷惑をおかけしてしまいました」
「じゃあおあいこだな」
そう言って、彼はいつもの飄々とした笑みを浮かべながらアリスの頭を軽く撫でる。アリスは一瞬きょとんとした顔をしたあと、途端に目を潤ませて顔を伏せた。今度こそ泣きそうになるのを何とか堪えて、言葉にならない思いを胸に抱く。心の中では大好きなBGMが鳴り響き、エンディングめいた空気が流れていた。
部屋の中央ではロボットがピクリとも動かず、そこかしこに散らばる金属破片や火花の痕が今回の事件の痕跡を物語っている。アリスをめちゃくちゃに追いかけ回した魔王は、華麗なるデビルハンターの捌きによって完全に退治されたのだった。
やがて、アリスは両目をぎゅっと擦ってから、嬉しそうに微笑む。
「ふふ……やっぱり先生はアリスのヒーローです……ジャックポッド、です!」
自分の決め台詞を小声でつぶやいて、アリスは大きく息を吐いた。どうやら今回は、いろいろ騒ぎになりそうだが、何はともあれ無事に生きている。それだけで充分だ。憧れ、尊敬して止まない先生の隣に立つメイドの少女として、彼女はまた新しい物語を作っていけるのだと、勝手に希望を感じるのだった。
ーー
ーー
「ってことがあったんだ。可愛いもんだよな、そう思わねぇかユウカ?」
「アリスちゃんを泣かせたという事だけは理解しました。先生、おこづかい減額です」
「……泣けるぜ」