赤黒く唸る奔流が、まるで血の底から湧き上がるように空間を歪ませる。ベアトリーチェの頭部に咲いた奇怪な花弁から放たれるその力は、一般の生徒では一瞬たりとも耐え得ないほどの威圧感を纏っていた。本来の次元の彼女ならば、まだ対抗の余地もあったかもしれない。けれど、そこへ悪魔の力が加わった今や、そのエネルギーは歪に肥大し、禍々しい輝きを放っている。
「──これで死ねっ!!!!」
ベアトリーチェは迷いなく一撃を繰り出す。もし地面に触れれば、凝縮された悪魔の力が拡散し、爆発的な衝撃を轟音とともに撒き散らすだろう。しかし、それはあくまで彼女の想定に過ぎなかった。
「甘ちゃんだな」
鋭い一声。
ダンテの腕を走る深紅の稲妻が、まるで流星のようにきらめきながら銃口へと収束する。トリガーを引く動作と同時に、凝縮された力が銃弾とともに射出された。
ベアトリーチェの渾身の一撃は、まるで火の灯った蝋燭に滝が直撃するように一瞬でかき消される。勢いを失った闇の奔流は、貫通力を増した弾丸の前に呆気なく砕け散る。続いて、彼女の腹部に風穴が穿たれた。
血と空気が入り混じる淡い赤黒い残滓が、彼女の身体をかすめて宙に舞う。時間が一瞬止まったかのような錯覚のあと、ベアトリーチェの顔には苦悶の色が刻まれ、うめき声だけが漏れ出す。圧倒的な破壊力を誇ったはずの魔力は、ダンテの前ではあまりに脆く打ち砕かれたのだ。
「さっさと終わらせるか!!!」
刹那、鋭い金属音が空気を裂いた。ダンテの剣が鮮烈な閃光を描き、正面から迫るベアトリーチェを切り上げる。その衝撃はすさまじく、彼女の身体がまるで弾丸のように天井まで叩きつけられた。石材の粉塵が舞い上がり、亀裂を走らせた天井が苦鳴じみた軋みを上げる。
天井近くで必死に体勢を取り戻そうとする彼女の姿は、むしろ宙吊りのように無防備に見えた。
──そこへ、容赦なく二丁の銃を構え、ニヒルに口元を曲げる。
次の瞬間、凄まじい速射の轟音が廃墟の大広間を震わせた。まるでマシンガンのように放たれる銃弾が一瞬のうちに彼女を天井へ固定するように追い詰めていく。
激しい火花と硝煙、乱れ飛ぶガラスや石の破片。その中でベアトリーチェは哀れにも磔され、生と死の境で微かな呼吸を繰り返すだけだ。
「がっ……ぐっ……ごぉっ! や、やめっ」
「ぁあ? ったくしゃぁねえな」
火薬の匂いが漂い始めた頃、ダンテは一度トリガーから指を離した。弾丸の雨が止むと同時に、魔女の体が重力に負けて天井から剥がれ、がくりと落下を始める。
だが、その一瞬の隙すらも許す訳がない。
ダンテは足元の床を踏みしめると瞬く間に跳躍。宙で待ち構えた彼の剣が一閃、ベアトリーチェの身体を細やかな斬撃で切り刻む。どこを狙ったか分からぬほどの速さに、空間には鮮血が舞い飛び、悲鳴を上げる暇もないまま、彼女の体は何度も切り裂かれながら落下を続ける。
片目を切り裂き、頭部にある羽の奥にある瞳を全て切り刻んだ彼は、まるで足場のように彼女を踏みつけて、再度空中で反転。天井近くまで大きく飛び上がってから、自身と共に勢いを乗せた剣を振り下ろした。
石が砕け、床に大穴が開くほどの衝撃。ベアトリーチェは地面へ叩きつけられ、口中から血を噴き出しながら転げまわる。その目からはもはや怒りとも恐怖ともつかない混濁した色が浮かび上がっていた。
「く゛……く゛そ゛お゛お゛お゛お゛!!!」
それでも生き延びようと、彼女は渾身の力で腕を振るい、最後の抵抗を試みる。鋭利な爪が狂気じみた音を立てながら、ダンテの胸元を狙って迫る。しかし、わずかに体をひねったダンテの剣が水平に走ると、彼女の腕は空気を裂く一閃によって無残に切り払われた。断面から噴き出す血と怨嗟の声が、廃墟の厳かな空気をさらに汚していく。
「い、い゛だあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛い──!!! 」
腕を失って倒れ込むベアトリーチェを、ダンテは無造作に蹴りつけた。衝撃で彼女の身体は背後のステンドグラスへ猛スピードで吹き飛ばされる。壮麗な彩色を残していたガラスが砕け散り、薄暗い室内に細かな破片をばら撒いた。血飛沫の混じる破片がさながら鮮やかな雨となって降り注ぐ。
最後のとどめを刺すかのように、ダンテは二丁の拳銃へ赤黒い稲妻のような力を集中させる。禍々しい光と殺気が銃口に凝縮され、まるで生きているかのように電流が走る。そこで彼の唇がわずかな動きと共に、空気を切り裂く合言葉が、その場に火花を散らす。
「Jackpot!!!」
一気に引かれたトリガーが、膨大な破壊力を解き放った。まばゆい閃光と轟音が重なり、ステンドグラスに叩きつけられていたベアトリーチェは、その衝撃に吹き飛ばされる。もはや身体が受け止められるはずもなく、ガラスの破片が砕ける音とともに、彼女自身も外の闇へと放り出される。
「ああ!!! この私が!!! ぎゃああああああ!!!」
宙を舞う彼女の身体は、まるで脆い人形のようにひび割れ、破片になって崩れ落ちる。最後には血の気さえ見当たらないほどの粉々な瓦礫のように、空中で消滅していく。
壮絶な一瞬が過ぎ去ると、吹き荒れていた暴風と殺気が嘘のように鎮まった。床にはダンテの足跡が深く残り、割れたタイルや破片、硝煙の漂う埃だけがその猛撃を物語っている。息も乱さず動じる気配なく、銃をゆっくり下ろした。血と硝煙、それに赤黒い残滓の漂う空気が、まだ怒りの余韻を滲ませているのを証明している。
破壊されたステンドグラス奥──赤い三つの光が、彼の視界を覆う。
まだ完全に降臨しきれていないその存在は、今は退くと、姿を宙に晦ませた。
「やっぱりてめぇか。いいぜ、いつでも相手になってやるよ。俺が居る限り、お前の居場所などどこにもありはしねえ」
背中に背負った魔剣リベリオンを抜き、その懐かしき模様を脳に刻む。
魔剣スパーダと融合し、魔剣ダンテになってからというもの、その姿を一生拝む事など無いと思っていた彼は、思わぬ郷愁に想いを馳せた。
「また会うとは思ってなかったぜ。中身は空っぽだが、強度は真に迫る。よろしくな」
彼は短く息を吐き出すと、余韻を拭うように拳を緩めた。そんな彼の前へと、ふらつきながらもサオリが歩み寄る。
「大丈夫か?」
彼女は瞳を伏せて一度こくりと頷き、荒い呼吸を整えながら言葉をつむいだ。
「ああ、皆無事だ。それに、あの時の輝きのおかげかは知らないが……内なる悪魔の衝動も、無くなった。先生がしてくれたのか?」
サオリの中で苦しみ続けていた衝動が、まるで水底に沈む泥が晴れるように消えていた。それがどれほど救いであるか、ダンテも察していたのだろう。ふと、その表情がわずかにやわらぎ、低く答える。
「……俺ではない、どこかの先生がやってくれたって訳か。ま、取り除けたのなら色々解決したようなもんさ」
床に転がる破片を踏み越えて、ダンテはサオリの肩に手を置く。すぐには声が出せないサオリは、その手の温もりにほんの少しだけ目を細めた。どんなに激しい戦いを制したあとでも、彼のさりげない仕草に救われる気がした。
「後は頑張れよ」
それだけ言い残すと、彼は踵を返して歩み始める。背筋を伸ばし、先ほどまでの鋭い気配を隠すようにしているのが、かえって余韻を濃くした。
「待ってくれ、私も──」
思わず手を伸ばすサオリ。彼女自身、まだやるべき事があると思っているのだろう。けれど、ダンテは立ち止まらずに、視線だけを横に流す。
「お前は三人の心配でもしてな。俺は──先生として、最初の仕事をしてくるだけだ」
その声には、先ほどまでの殺気立った響きはもうない。かわりに、どこか不器用な優しさが混じっている。そうと気づいてサオリの唇が少し震えるが、彼女はあえて何も言わない。ダンテは残された破片の上を音も立てずに歩み、半壊の扉へ向けて消えていった。
砂埃がまだ宙を舞っている廃墟の空間に、一瞬の静寂が戻る。サオリは微かに目を伏せ、かすれた呼吸の合間に、胸の奥で何かをかみしめるように唇を結ぶ。誰にも見えないところで、ささやかな微笑が浮かんだ。
──仲間の元へ戻り、頬を撫でる。
「彼の……先生としての仕事を信じる」
サオリはそっと、一人ずつ、大事な仲間を抱きかかえた。
次回で、トリニティ編は最終話になります。