ダンテ先生概念   作:3ご

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メインストーリーII:赫灼の咆哮、悪辣の華~パヴァーヌ編~(前)
あなたが私のご主人様?


 夕日に染まりしビル群の遥か上空で、手を取り合う二つの影。

 一人は季節に似合わぬ深紅のコートを靡かせながら必死に手を握り、もう一人は状況など意に介さず、まるで太陽そのもののような笑顔を咲かせていた。その瞳の輝きは、まるで運命と名乗る誰かに心を奪われたかのように、まっすぐだった。

 周囲には、小型飛空艇の残骸が火花を散らしながら降り注ぎ、無数のミサイルが煙を引いて軌道を描く。

 爆音と硝煙が空を割くその画は花火の様に、彼女は世界から祝福の光がもたらされているではないかと錯覚するほど、心の中は知らぬ感情で満たされていた。

 

 ──ねぇ、あなたが私のご主人様なの?

 

 爆発音とミサイルの饗宴の狭間、彼女は彼に尋ねる。

 

 ──さぁな! 

 

 掴んだ手から身体に寄せ、腰に手を回し体勢を整えた彼は周囲の状況に目を配るが、彼女の持つあまりもの発育特化した箇所に意識が削がれ、思わずミサイルが直撃しそうになる。

 が、身体ごとくるりと回転させ遠心力を利用すると、ミサイルの力の流れに沿い両足を着地。まるで一心同体と言わんばかりの要領で乗りこなしながら、四方八方で己を囲んでいる追撃の一手をホルスターから素早く抜き取ったその銃で撃ち落としていく。

 

「しっかり捕まってろ、振り落とされんなよ!!」

 

 無数の小型ミサイルが様々な角度から彼らに襲い掛かるが、彼はものの見事に旋回し、ミサイルの背後を取るや否や正確無比な射撃を数発。

 追従機能を失ったそれは互いが互いをぶつけ合い火花を巻き散らすと、轟音と爆風を響かせた。

 爆風から逃れる為とはいえ、ほぼ垂直の真下に急降下するとは想像の余地が及ばなかった彼女は、あまりの突風に思わず彼の胸に顔を埋める。そんな彼女を彼は守る様に片方の手で頭を支えるが、その行為が彼女の胸の音を更に大きくすることになるとは、本人は知る由もない。

 

 ──急降下。

 

 夕焼けを裂き、轟音を纏った一本のミサイル。その胴体に彼は両足で立ち、深紅のコートを帆のように翻していた。摩天楼の峡谷を抜け、標的の屋上へ落石のごとく迫る。

 

 着弾寸前、彼は腰を捻って重心を後方へずらす。

 ミサイルの推進力と遠心力が交差し、軌道が反転──鉄槌と化した弾頭は天頂へと蹴り返され、紅蓮の尾を曳いて再び空へ舞い上がった。

 

「まだ終点じゃねぇだろ、行ってこい」

 

 彼は踵を離脱点に踏み切り、乗っていた凶器を宙へ送り返す。

 同時に、胸元から抱えていた彼女を半身で抱え、旋回する身体の慣性で高く投げ上げる。空いた両手に二丁の銀が閃き、引き金が風より速く弾けた。

 

 跳弾めく銃声がミサイルを追い、空中で弾丸と弾頭が交差──夕陽を裂く火花が巨花のように咲く。爆風が彼女の細い肢体を撫で上げ、落下軌道を逸らしながら高みへ押し戻した。

 

「悪いな、計算は苦手なんだ」

 

 軽口と共に彼はビル壁へ踏み込み、コンクリートを踏み抜く反動で跳躍。宙で無重力の間合いを掴み取り、ふわりと浮いた彼女を両腕に抱き留めると、そのまま斜向かいの低層ビルへ滑るように着地した。

 ブーツの踵が屋上の舗装を軋ませ、砕けた瓦礫が雨のように散る。世界がふたたび速度を取り戻したとき、彼女の瞳に映った彼の姿が、黄金色の光輪を揺らめかせる。

 

「とまぁ、無事に脱出出来たぜ。怪我は無いか?」

 

 白金の長髪を靡かせた彼女は、地面にぺたりと座り込んだまま微動だにせず、ただじっと彼を見つめ続ける。

 きっと放心しているのだろう。飛空艇が大爆発を起こし、空に投げ出されてからというもの、空中で飛空艇の瓦礫から瓦礫に飛び移りドローンと交戦させられるわ、パラシュートの無いスカイダイビングなぞ流石のキヴォトス人ともいえど堪える筈だ。

 居心地悪そうに頬を掻き、彼女に向かって手を差し出す。

 彼女はその手を取り自身の胸元へと腕ごと沈み込ませた。勢いよく立ち上がり、目線が顎先になるまで距離を詰めると、先程見せた太陽のような咲いた笑顔を見せる。

 

「お、おい……」

 

 唐突な誘いかと思わず狼狽してしまうが、相手は恐らくでなくともティーンエイジャー。折角トリニティで先生としての覚悟を決めた彼にとって、あまりにも魅惑的。過ぎると言っても過言ではない。

 そんな胸中の彼のことなど露知らず、長い睫毛を帯びた彼女の瞼は段々と開花し、彼と似ても似つかない、限りになく青に近い透き通った碧色の色彩をちらつかせた。

 

「やっぱり──! 私には解る。あなたは絶対私のご主人様だ!!」

「あぁ? ご主人様?」

「そうだよ! メイドにはご主人様が必要なの! 今日はなんとなくその人に会えるかなって散歩してたら……こうして巡り合えるなんて」

「おいおい待て待て、本当に今日のはたまたまだろ」

「でも──ご主人様が助けてくれなかったら、今頃どうなっていたことか」

「たらればを考えても仕方ないさ。とりあえず……腕を離してくれるか?」

 

  彼女の豊かな胸元──その谷間深くに埋もれた前腕は、もはや微動だにしなかった。

 いや、正確には本能の暴走を必死に理性が抑え込んでいる最中だ。男としての本懐と、教師としての節度が激しく交錯する。どちらが勝っても後味は悪い。ならば、彼は一歩退くことにした。選択権を、彼女に預けるのだ。卑怯ではない。これは、大人の対応だ。決して卑怯ではない!

 

「ダメ! ご主人様になってくれるまで、絶対に離さないから!」

「まじかよ……だいぶ破廉恥な要求になってないか?」

 

 はっと我に返った彼女は、自分の胸元で繰り広げられているあまりにも濃密な光景に目を落とし、思わず顔を赤らめた。

 だが、彼女の決意はそんな羞恥では揺るがない。そこにあるのは一種の覚悟──羞恥をも超越した意志の力だった。

 

「ったく、お前……恥ずかしいとは思わねぇのか? それ誰の仕込みだ」

「カリンが教えてくれたの! それに……全然恥ずかしくないもん!」

「嘘つけ。頬真っ赤じゃねぇか」

「赤くないもんっ! ダメ、離さないよ!」

「キヴォトスはどんな教育してんだ……」

 

 このまま押し問答を続けたところで、状況が変わるとは思えない。

 深く息をつき、彼は渋々ながらも頷いた。

 

「分かった。俺が今日からお前のご主人様でいいんだな?」

 

 彼の言葉を聞くや否や、彼女は握り込んでいた手を掲げ、喜びの声を上げる。

 

「やったー! 初めてのご主人様だ! ふふふっ」

 

 腕を掲げる狭間、反動で揺れた双山は大変な絶景であったが、先生という立場と僅かな理性のおかげで視界に入れながらも意識を削ぐことに成功する。

 

「じゃあ改めて──」

 

 こほんとわざとらしく喉を鳴らすと、両手をおへそに添え、凛とした姿勢で真っ直ぐに彼の顔を見つめる。

 

「私の名前は一ノ瀬アスナ。アスナだよ、よろしくね!」

「ああ──よろしく。俺の名前はダンテだ」

 

 近くにあったベンチに腰を落ち着かせると、彼女はそのタイミングですかさず彼の足元へと膝を着かせ、見上げるように忠誠を姿勢で示す。

 彼女のメイド服上辺……から溢れんばかりの魅力が絶景として映し出されたが、目のやり場に困った彼はとりあえずはと、メイドになった彼女に早速命令を出した。

 

「アスナ、俺の隣にいろ。最初の命令だ」

「わぁ!! うん! ずっと隣にいるね!!」

 

 くるりと回ると風に揺られ髪が靡き、夕日に反射されたシルエットは絵画のように美しく。思わず瞳を大きく開く。そして肩が触れ合う程の至近距離にも関わらず、思春期特有の羞恥も見せず。

 まるで、飼い主に忠誠を誓う大型犬のような振舞に、思わず口元が緩む。

 

「ところで、ご主人様は何をしている人なの?」

「シャーレの先生」

「シャーレ? シャーレってなんか聞いた事があるような……? あっ! なんか最近新しく出来たのだよね!」

「知ってんのか? ま、ニュースにはなってたからな」

「アスナ知ってるよ! ……うぅ、でも、シャーレの先生はよく生徒に手を出すってネットで見たりしたけど──あんなの嘘っぱちだね!」

「手を出すってのは何を指してるか知らねえが……俺がそんな風に見えるか?」

 

 問いかけるその声音に揺れるものがあったのか、彼女はふと真顔になり、すっと立ち上がると、ゆっくりと彼の正面に立った。その仕草には、たしかな意思があった。まるで、自分の目で確かめようとするように。まるで、ひとつの答えを見つけようとするように──。

 

「うーん……ちょっとやってそう」

「よし分かった、今日を持ってお前はクビだ。次のご主人様の所でもしっかりやれよ」

「わー!! 違う違うそんなことちょっとしか思ってないって!!」

 

 ベンチからゆっくりと立ち上がり、視線を上げた刹那──

 彼女はすでに宙を飛んでいた。

 唇が重なる寸前。咄嗟に顎を上げるも、彼女の全身が突っ込んできた勢いを殺しきれず、ふたりしてそのままベンチへと倒れ込む。

 アスナの顔が、彼の胸元に埋もれる。彼は背もたれに押しつけられ、軽く呻いた。

 

「だめだめだめっ!! クビなんてやだやだ──やだっ!!」

 

 彼女はまるで駄々をこねる子犬のように、腕にしがみついたまま叫ぶ。

 彼は呆気にとられ、口を半開きにしたまま一拍置いてから、ようやく言葉を返す。

 

「おま……っ、冗談だ。冗談だよ」

「そんな冗談、全然面白くないもんっ……! どうして意地悪言うのっ……!」

 

 言葉の端が震えている。

 それは怒りではなく、泣き出しそうな幼い不安のにじむ声。

 胸に顔を埋め微動だにしない彼女をなんとか引きはがそうとするが、こういった場合は力任せに剥がすこと事態が拒否の姿勢を示す事になる。感受性豊かな年齢の彼女は未だ拒否という大人の言葉に慣れていないのだろう。

 先生という身分だ。こういった場合はしっかりと生徒と向き合う事。

 トリニティで散々学んだ経験を今生かす時だと、彼女の両肩に手を添えそっと引き離す。

 

「悪かったよ」

 

 胸元から顔を離した彼女の瞳は若干憂い、眉を曲げいかにも悲しそうといった具合だ。

 どうもキヴォトスの生徒は感情を表に出す者が多いと苦笑する。そんな彼の様子を見た彼女は、少しだけ頬を膨らませながら抗議の声を上げた。

 

「やっぱり、生徒を泣かせる先生なんだ!」

「……地味に否定出来ないのが辛い所だぜ」

「──大当たりだね! でも、私がご奉仕すればそんなご主人様の悪い噂は綺麗さっぱり無くなるよ!」

 

 期待しておく。

 そう言葉にし彼女を再び隣に座らせると、先程の愁いた顔は綺麗さっぱり無くなりそっと胸を撫で下ろす。

 

「で、ご主人様は今日は何をしていたの?」

「今日? ……ミレニアムサイエンススクールに行く予定だったんだがな」

「そうなの!? アスナ、ミレニアムの生徒だよ!」

「お、まじかよ。丁度良かったぜ。実は道に迷っててな。集合は9時で今の時間は……16時か。まぁ来ないとは言ってねーし。今から行っても怒られねえだろ」

 

 能天気にあくびをかまし、今度こそきちんとベンチから立ち上がった彼はアスナの手を引き同じように立ち上がらせる。

 

「よし、んなら、メイドとして二つ目の命令を与える。ミレニアムまで案内してくれ」

「うん分かった! うーんとね……えっと?」

「なんだ? スマートフォン……は任務中に壊れちまったよな。まぁ方角さえ分かれば自然と行けるだろ」

 

 だが、アスナは暫く考え込む。

 

「わ、凄いよご主人様っ!」

「何がだ?」

「道、忘れちゃった!」

 

ーー

ーー

ーー

 

 ──あたしが、手も足も出ない……?

 

 ミレニアム周辺に聳え立つ摩天楼のビル群。深い夜の煌きを演出するその街中、小高いビルの屋上で彼女は膝を着く。

 両手に添えられていたサブマシンガンは既に弾切れを起こし、残す戦法は銃身を振り回す肉弾戦のみ。だが、己の得意な間合いで戦っても尚、技術や力、素早さで圧倒的な実力を誇示され、為す術もなくただただ標的を見据える。

 

 紫紺に染まった長いコート。服の隙間すら見せぬその戦闘服は中世を思わせるエレガントさではあるが、同時に不気味さも醸し出す。機械仕掛けの面を被るその存在。機械音声で翻訳された声は正体を隠すが、間違いなく人間が持つ抑揚のある喋り方。

 両手には黒と白のガバメント。銃身に文字が掘られていたが、暗さも相まって何も読めない。

 

「あたしは……コールサインダブルオー。お前みたいなのに遅れを取る訳には……!」

「やめておけ。動くのもやっとの筈だ」

 

 機械音声が夜空に溶ける。

 

「てめぇ……なにもんだ」

 

 鋭い目つきで精いっぱいの威嚇をするも、表情の読めない機械仕掛けの面からは何も読み取れる訳もなく、C&Cのリーダー……美甘ネルは悔しさを声に滲ませながら、いつかくる再選の為になんとか相手から情報を得ようと躍起になる。

 

「何者……ね」

 

 機械音声でも聞き取れる程のニヒルな声色。

 ビルの屋上でミレニアムの街を背に、両手を広げたその人物は、自身に対して手の掛かる激戦を演じたその生徒に敬意を表し、己の名を夜に羽ばたかせる。

 

 俺の名前は──レッドグレイヴ。

 

 背中からゆらりと重力に身を任せ、まるで風に溶けるように闇へと姿を消す。

 ネルは思わず後を追って駆け出した。

 縁に足を掛け、飛び降りようとしたその瞬間──

 

 轟音。

 

 真下の壁面が砕け散り、その人物は瓦礫を蹴って再び夜空へ跳ね上がった。

 まるで空中を縫うように、街の灯に溶け込むように──姿を晦ます。彼女の瞳の中に、その人物の姿は無い。

 

「レッドグレイヴ……聞いた事ねぇ」

 

 ネルはその場に膝をつき、ふうっと一つ息を吐いた。

 両足を投げ出して座り込み、雲ひとつない夜空を見上げる。

 星々が遠く瞬いていた。まるで、何もなかったかのように。

 

 ──コールサイン「ダブルオー」。約束された勝利の象徴。

 その名を掲げる自分が、ここまで完膚なきまでに叩き潰された。

 

 胸の奥に、ひとつ、ぽっかりと穴が空く。

 けれど、虚無に堕ちるには──まだ早い。

 

「……おもしれぇじゃねぇか」

 

 ただシンプルに、全力の喧嘩で負けた。

 悔しさの火種が、彼女の中で静かに燃え始める。

 

「あいつに勝つには並の訓練や戦術じゃダメだ。地獄の淵を見ねえと話しにならねぇ。……それこそ」

 

 

 

 ──悪魔も泣き出す程の……な。

 

 

 

 

 

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