ダンテ先生概念   作:3ご

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チェイス

「先生、こんな所で油を売ってはいけませんよ!」

 

 丁寧に刈り取られた河川敷の草。土の香りが漂い夕日がビル群の影に隠れる時間帯。

 傾斜が程よく寝転んだ体を傾けると、歩き続けた足腰が緩やかな吐息を出すように全身の力が緩み、思わず瞼が重くなる。

 周囲で喧騒を醸し出していた生徒達の声はいつの間にか消え、そこのあるのは仄かに漂う風の音。遠くから聞こえる電車の音や鳥の鳴き声は街の息吹を連想させ、自身がまだ別の世界へと迷い込んだ訳ではないと、心の片隅で湧き出た安堵が口から漏れた。

 

「生徒さんとの約束の時間は過ぎていますよね? 大丈夫ですか? 約束の時間から既に6時間は経過してますが……」

 

 タブレットから聞こえる可憐な少女の声は、うつらうつらと夢心地に浸っていた彼の意識を嫌でも覚醒させる。

 思わず眉を下げバツが悪そうに口を曲げるも、そうへそを曲げた所で状況は変わらない。

 ポケットから自前のスマートフォンを取り出し再び時間を確認しようとするも、先日から充電を忘れていたからか、真っ暗な画面のままから微動だにせず。連絡を取りたいが、バッテリーが0なので途方に暮れる。

 それならばと、コートの脇からタブレットを取り出して画面をタップし、Sの文字がデカデカと書かれた画面に向かい合うも、それ以上この機械の使い方なぞわからず再び瞳を閉じた。

 

「まぁ、先生がそうなるのでしたら私は影から見守るだけですが……。ですが、生徒さんはとても心配しているとアロナちゃんは思いますよ!」

 

 少女は俯きがちな声の説得が効いたのか、彼は再びタブレットを手に取り、画面と顔を見合わせた。

 

「なぁアロナ。お前って……あれだ、なんて言ったか? ウルトラ? 覚えてるか?」

「もしかして、スーパーアロナちゃんのことでしょうか!?」

「ああ、そんな名前だったな。でだ、スーパーアロナちゃんよ、俺はどうして迷子になったんだ? お前の案内に従ってひたすら歩き続けた結果、都会からかなり離れた位置までやってきたんだぜ。しかもだ、さっきミレニアムサイエンススクール行の道路標識があってよ、なんと20キロ先とか書いてやがったんだ。不思議に思わねえか」

 

 彼の問いに沈黙で答えるタブレット。

 振っても答えなど返って来ず、溜息が出るばかりだ。

 

「苺ミルクはぁ……うへへ」

「おい寝るな、起きろアロナ。お前のスーパーな所をもう一度見せてくれよ」

「うぅ……だって先程からデータがおかしいです。ナビでは道通りに進んでいる筈なのに。こんな不思議なことあるんですね」

「スマホのナビだってもっと正確に道を刻むと思うが」

「わ、私はそんじょそこらのスマートフォンなんかよりもとても高性能なんですよ!? GPSが狂ったのでしょうか」

「なんでもいいさ。で? スーパーアロナ。次の行先はどこになってる?」

「そ、そこにある廃虚になってます……しかも終着点指定です」

 

 けだるい重たい腰を上げ、辺りを見回す。

 河川敷の道の奥にある朽ちた建物。他のビルよりも大きく、ミレニアムの光景の一部であるビル群にも引けを取らない高さだ。

 ビルに垂れてある大きな暖簾には、でかでかと「ショッピングモール」とだけ書かれてあった。競争社会の慣れの果て。こんな都心部から離れた場所で上手く集客出来なかったのだろう。哀愁漂う見た目である。

 

「はぁ、ここにユウカがいるとは思えねーが……まぁ、何をしてもここに案内されてるのなら、軽く入ってみるか」

「え!? 先生、そこはミレニアムサイエンススクールではありませんよ!」

「ボケてる訳じゃねえよ」

 

 数分歩き、そのビルの正面へと立ち尽くす。

 危険区域と書かれたテープは真新しい光沢を放ち、扉にはいくつもの木材が張り付けられていた。そしてその横には、コンビニでも売ってそうなライフルが数丁と、無造作に置かれた手榴弾。

 キヴォトスでは日常風景に位置するその光景。だが、彼の鼻は何かがあると察知したのか、思わずホルスターにある双銃に手を伸ばす。

 

「本当に入っちゃうんですか!? うぅ、お化けとか出て来そうな……。怖いですよー! お化けは怖いんですよー!」

「幽霊なんかに今さらビビるかよ。ちなみに、お化けはどんな風に怖いんだ?」

「アロナ、知ってます! 勝手に起動して別のロボットのモーターを抜いたり、アイセンサーが勝手に赤くなって銃を乱射するんです!」

「んなの撃ちゃ収まるだろ。もっと、超常現象じみたのを期待したんだがな。木偶人形が刃を投げて来たり、絵画からでけえ鋏を持った瘴気に塗れた仮面が出てきたりさ」

「先生? 何をおっしゃっているのですか?」

 

 ムスっとした顔でタブレットを懐に収めながら、辺りを見回した。

 遥か遠くの上階にはいくつも窓がある。割れた窓が数か所あったが、どれも飛び込めば破片が飛び散りそうな形状だ。自身は問題ないのだが、破片がコートに飛び散るのは避けたい。懐にあるタブレットが傷つけでもしたら大惨事だ。きっと彼女は頬を膨らませ、流し目でぶつぶつと文句を言うに違いない。

 

「お、ガラスが無いのがあるな。あそこでいいか」

 

 片足を前滑らせ、膝を上体ごと斜めに捻る。

 頭を深く下げ、バネになった膝を使い思いっきり地面を蹴り上げると、身体は浮遊感に包まれながら、耳が遠くなるほどの飛翔をかました。

 そのまま窓縁に添えるように着地した彼は、仄かに聞こえる誰かの声を敏感に察知し、オフィス机の下に身を屈ませる。

 

「こんな所に生徒さんが?」

「みたいだな。へ、偶然とは思えねえな。アロナ、もしかして誰かに頼まれでもしたか?」

「ち、違います! それに私は先生以外の方には声は聞こえませんし、存在を認知してるのも先生だけです! ……ですが、その……超常現象かもしれませんが、どこか力場を感じていたのも事実です。まるで、糸で引っ張られているような」

「お前確か超高性能OSとか抜かしてなかったか」

「むむむ……!」

 

 不貞腐れた返答が来たその時、一発の銃声と微かな悲鳴が部屋を響かせる。

 屈んだ身体を更に屈ませ、机から顔を出す。

 微かな悲鳴はいくつもの銃声で消え、残るは複数の交わる声。

 そして同じ階にいるであろう誰かの話し声だった。

 

──お? 捕まえたか。け、手こずらせやがって。

──やったじゃん! C&Cのメンバーを捕まえるなんてよ。私達「レッドアイ珍走団」もこれで名前が上がるってもんだ!

──報酬がっぽりだな。久しぶりに休暇も取りたい!

──いいねぇ。バイクを整備する時間も無かったし、パーツ漁りの旅にでもいくかー。

「がっつりとマフラー積んでるのが好みだな。果てしない速度を求めるってのはどうだ?」

──大人の癖に、良い趣味してるねぇ。だが、最近マフラーが高くてさ。

──つっても、今回の報酬を考えれば結構買い揃えれるんじゃないかな!?

──C&Cのナンバー2を捕まえる……困難を極めたけど、シンプルに作戦成功だな。ふらっと無防備に散歩はしてるわ、階段の前でずっと立ち止まってる時は笑いを堪えるのに必死だったな!

「よく知らねえが、目的はなんだ」

──んなのうちら下っ端が知る訳ねーだろ。そもそも依頼主はカイザーだ。どうせくだらね──。

 

 いつの間にか自然と会話に溶け込んでいる大人の姿に気付くも時既に遅し。

 ある者は宙を舞い、ある者は組み伏せられ、ある者はヘルメットを貫通する程の銃弾を受けて気絶。

 彼女達が最後に見た光景。それは室内だろうがお構いなしに煌く銀色の髪と、不吉を思わせる深紅のコート。彩る火花は黒と白の双銃の舞い。

 

「アロナ、早速カイザーってのが出てきたな。確か……企業だったか」

「はい先生! カイザーコーポレーションはとっっっても悪い会社です!!」

「そうか、んなら、やる事は一つ。俺は先生だからな、生徒を助けるのが仕事──そうだろう?」

「流石です先生!! おっと、スーパーアロナちゃんの分析結果ですが、救うべき生徒さんは既に小型飛空艇に連れ込まれてしまっています!!」

「流石だなスーパーアロナ。だったら階段なんか呑気に登ってる暇なんて皆無だ」

 

 右拳を骨ごと締め上げ、全身のバネを極限まで圧縮する。

 ──解放。

 鋼線のように伸びた背筋が跳ね、拳は昇竜の刃となって天井を貫く。石膏板が「パアンッ!」と弾け、次いで配線、鉄骨、防水シート──層を重ねた天井板が一拍ごとに薄皮のように裂け飛び、粉塵が火花めいて逆光に散った。

 衝撃波が室内を押し広げる。耳の奥で鼓膜が軋むより早く、靴底が宙を離れ、視界が縦に流れる。拳が外気に触れた瞬間、乾いた高層の風が腋を裂き、残響が屋上に反響して空洞を示す。

 夕焼けは沈みかけの刃。オレンジの輪郭線が彼の形を切り抜き、舞い上がる破片の影を長く引き伸ばした。

 

 ──なッ⁉

 

 真下で叫びが連鎖した。粉塵の幕を透かし、制服の袖から伸びる銃身がいくつも跳ね上がる。安全装置を外す金属音が、不揃いの心拍を刻むドラムに重なった。

 だが彼はもう屋上の風圧を背で受けていた。足裏がコンクリートに着地する刹那、ビルの端から端へ視界を掃き、そのまま次の一歩へと体重を載せる。

 あまりの異音に、屋上に居た生徒達は銃口を向けるという動作も取れず、唖然とする。そんな彼女達の事などお構いなしに銃弾の乱舞をお見舞いした彼は、遠くに離れていく飛空艇を手中に枠に入れながら「思ったよりも的が小せえな」と愚痴をこぼした。

 

「先生! そこにバイクがありますよ!!」

 

 彼女の言葉を帯び周囲を見渡すと、そこには赤く染められ上げたレーシングバイクが一台。

 鋭利なデザインは空気抵抗を最小限にし、ハンドルカバーに至るまで防風を意識されたデザイン。マニュアルではなく、オートマチックなシステムに頭を抱えたが、そこはスーパーアロナの力で解放。速度制限も完全に解除し、熱がエンジンを焼き付けるまでかっ飛ばす事が出来る仕様だ。

 

「──じゃあ行くか!! アロナ、今度こそナビを頼むぜ!!!」

「お任せください!!!!」

 

 夕映えが薄紫へ沈みかけた屋上。

 スターターボタンと同時に二百頭分の馬力が目覚め、ハンドルに震動が噛みつく。腰を深く落とし、右手でスロットルを一気に解放。前輪が宙を掻き、車体が朱に染まる空気を蹴ってビルの縁を越えた。壁面へ貼り付いたタイヤがガラス窓を火花の万華鏡に変えつつ、重力を断ち切る勢いで垂直に駆け落ちる。骨まで響く着弾──前後サスペンションがひとつ呻くが、オートマの駆動系は寸断なく力を吐き出し、後輪を路面へ刻みつけた。

 遥かな頭上、群青に溶け残る茜を背に、小型飛空艇の鋭いシルエットが赤い尾灯を瞬かせている。

 

「街中を走り回るしかねえな」

 

 スターターボタンを二度三度と入れながらスロットルを全開まで回すと、風の音は一本の線のように金切り声を上げる。

 河川敷へ抜ける道は、夕陽を映す金の一本線。遮るもののない風がまだ熱を含み、頬を鋭く切り裂く。後輪が吐く砂塵は赤金に煌めき、路面の継ぎ目が乾いた銃声のリズムでフレームを叩く。潤んだ視界の端で芝が捩れ、遠近がひしゃげるほどの加速。

 高架下に直進するその瞬間──車体を目いっぱい沈ませた反発が弾け、後輪が地面を蹴り割った。視界がぐらりと傾き、夕焼け空が目前に躍り出る。次の瞬間、バイクと身体は路面を離れていた。

 風鳴りが一段上の波形に跳ね上がり、斜陽が背後からフレームを金色に焼く。足下で回るホイールの残光が円環を描き、その中心に広がるのは高架上の幹線道路。

 

 ──着弾。

 

 サスペンションが限界まで潰れ、衝撃が胸骨を震わせる。だがオートマチックの駆動は寸断なく続き、後輪は即座に路面を噛んだ。

 上手に道路に出たが、致命的なミスを一つ犯している事に気付いた。

 対向のヘッドライトが連突く閃光となり、エンジンの咆哮とクラクションが混線する。それでも彼は一片の躊躇もなくスロットルを保持した。肩を倒し、車体を刃物のように寝かせて大型トラックの鼻先を擦り抜け、続いて右へ、左へ。

 自動車が怒涛に迫る──つまりは、逆走だ。

 

「アロナぁっ!! この道で合ってるんだよなぁ!?」

「はい先生ぃ!! 理論上は最短の道です!!! 全部避けてください!!!」

 

 すれ違いざま、ワゴンのサイドミラーが指の幅で掠め、火花が朱を散らして後方へ吸い込まれた。テールライトの光跡が左右に割れ、間合いを見切った身ごなしが次の車間を断ち切る。路面の継ぎ目が乾いた鼓動で跳ね、速度計の針はなお振り切れたまま。耳の奥で血液の轟きがエンジン音と溶け合い、脈拍とともに世界を狭める。

 

「やってやろうじゃねえかよ!!!」

 

 ──車列が迫る。

 

 右へ跳ぶ。大型トラックのヘッドライトが頬を舐める。風圧が背を叩く前に、車体を倒し込みタンクローリーの腹下をくぐると排熱が脚を焼いた。息を吐く間もなく左。タクシーの脇を紙一枚で抜け、窓から飛び出した悲鳴が後方に千切れる。

 メーターは振り切れたまま。視界の端が流線になる。前に──低いシルエット。スーパーカーが車線を横切った。フロントを軽く浮かせ、跳び箱のようにボンネットを滑り越える。空中で角度を微調整、着地と同時にスロットル全開。タイヤがひと鳴きして再び路面を噛んだ。

 

 

 

 

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