ダンテ先生概念   作:3ご

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運命って知ってる?

 ギアを蹴り込み、回転数の唸りをさらに一段引き上げた。その振動の海の中で、ハンドルに固定した簡易インカムから甲高い声が弾む。

 

「アロナ、あとどれくらいで追いつけそうか」

「はい先生! んー……残り三十分くらいですね!」

「十分前にも同じこと聞いたぜ」

「十分前は十分前です! スーパーアロナちゃんの超正確な計算によると──むむむ! 残り四十分です!」

「増えてんじゃねぇか」

 

 罵りを吐き終える前に、視界の先で赤色灯が弧を描いた。路面は彼が通過した爪痕で無残に荒れ、転覆した車がガードレールに肩を並べている。破砕ガラスが夕陽を斑に跳ね返し、惨状を鏡の万華鏡に変えていた。

 背後──サイレンが波打つ。ヴァルキューレ警察のパトライトが血脈のように連なり、車列の先頭で一台が射撃ランプを点滅させた。

 

「そこの大人止まれェェェェ!!!! ヴァルキューレ警察から逃れられると思うなよ!!!」

 

 目隠れの少女──ギザ歯が夕陽に照らされ、メガホン越しに獣の吠え声を上げる。確かに見覚えのある顔だった。だからこそ彼は、これ以上偽りの罪を増やすわけにはいかない。

 右手をさらに捻る。排気が裂帛の爆ぜ音を放ち、前輪が軽く浮く。速度計は数値を示すことを諦め、指針はダイヤルの端で震えるだけ。

 

 銃声。

 フロントフェンダーをかすめた弾丸が火花を噛み、タイヤの風切り音に混ざって消えた。彼は上体をタンクへ伏せ、肩越しにチラと振り返る。一斉射撃──赤と青のパルスライトの下、銃口の閃光が連鎖する。

 

「弾幕厚いな。悪くねぇが、ここでバイクを失う訳にはいかないな。アロナ、最短ルートを出せ」

「了解! でも先生!」

「なんだ」

「最短ルートは逆走中の高架を九十度ドリフトで降りて、横転トラックの屋根を踏み台にしつつ、ビルの中に突っ込むプランしか──」

「急な無茶ぶりしやがる!!」

 

 前方。倒れた街路灯がアスファルトを塞ぎ、電線が鞭のように垂れている。彼はブレーキではなくスロットルを選び、車体を右に傾けて滑らせた。後輪が火花を撒き、バイクは横滑りで街路灯をかわす。次の瞬間、左へ切り返し、横倒しになったトラックの荷台をランプ代わりに蹴り上げた。

 

 ──ジャンプ。

 風鳴りが高く跳ね、夕焼けと夜の境目が背後へ転がる。空中で僅かに姿勢を修正し、彼は振り返らずに右手を撃鉄へ。白銀の曲線が閃き、背後のパトライトに向けて二発。追跡車のフロントガラスが蜘蛛の巣を描き、サイレンの音程がひとつ下がった。

 

 ガラスの割れる音が、耳を劈く。サスペンションが底を打つより速く、タイヤは仕事中のオフィス社員を横切ると、そのまま向かいの窓ガラスも割、すぐさま別の道路へと降り立った。

 

「先生! 警察車両の半分が脱落しました! あっ、でも残りの半分が増援要請を──」

「あいつら暇人かよ」

「いえ、先生。今の先生が一番問題を起こしている状態です!」

「んなことは分かってんだよ!!」

 

 タブレットの簡易ホログラムにルートが浮かび、次のコーナー、その先にある高架橋脚、そして市街地中心部に向かう逃げ道が線で結ばれる。

 

 「残り……三十五分!」

 「さっきより縮んだな」

 「誤差の範囲です!」

 「前向きに考えてみないか?」

 

 彼は口を曲げ、次のカーブに備えて体をイン側へ落とす。擬似夕景の炎がアスファルトを赤銅に染め、遠ざかるサイレンはまだ喉元に食らいついていた。だが、照準の空には、逃げ水のような小型飛空艇の尾灯が確かに大きくなりはじめている──。

 視線の先には荷台を下ろしたばかりのキャリアカー。そしてその先には小さなビルの屋上。出入口の屋根のデザインは大きな傾斜。そしてその先にはまたもや大きなビル。

 小型飛空艇は迂回をしながら降下しており、時間が経てばそのビルと直線状に重なるのは明白だ。

 

「アロナ、あそこの傾斜で──」

「はい先生! ルートが出ました! 一分もかからずに飛空艇まで飛び移る事が出来ます!!」

 

 モーターコイルが悲鳴を上げるほど回転を引き上げ、一気にキャリアカーの荷台へ突入。アルミの傾斜を滑り上がると同時に前輪が浮き、車体は夕焼けの風を裂いて屋上へ跳び込んだ。着地の衝撃など待たず、右手はさらにスロットルを捻り切る。排気熱が背中へ熱波を叩きつけ、フレームが燃える獣のようにうなった。

 

 屋上を横切り、出入口に被さる鋭角の庇をカタパルト代わりに蹴る。次の瞬間、バイクは炎の尾を引きながら宙へ舞い、ビルのガラス壁に突入――砕け散る破片が夕陽を浴びて白金の火花となり、飛び散ったパーツが空気を切り裂く。だが狙いは外さない。向かいのビルに映った小型飛空艇の影が、鏡の奥で影を作る。

 

 彼はシートを蹴って身を離し、バイクを置き土産に疾走。粉塵の中で銀色の撃鉄を二発、ガラス面へ叩き込みながら助走を稼ぐ。膝が屈伸の極限でバネに変わり、全身を弓のごとくしならせ──解放。空中で両腕を伸ばした指先が、飛空艇のハッチの取っ手を確かに掴み取った。

 飛び上がる最中であった飛空艇との距離は絶望的であったが、なんとか間に合い、ほっと胸を撫で下ろす。

 

「凄いです先生!!」

「だろ?」

 

 機体外板の振動が掌へ直に伝わる。彼は一度息を殺し、夕暮れの風圧を背に、力任せにハッチを解放。

 内部にいるであろう傭兵に警戒したが、中に敵は誰もおらず。

 その代わりに、如何にもな場違いな格好をした生徒が一人、口と足、そして腕を縛り上げられ床に放置されていた。

 

「こいつか?」

「はい、この服装はC&Cの生徒さんですね。鎖を解きましょう」

 

 窮屈そうに縛り上げられているその鎖を両手で粉砕する。身動きが取れるようになった彼女は真っ先に彼の胸に飛びつき、顔を埋めた。

 

「うぅ、流石に怖かったかも……」

 

 弱弱しそうな顔色は、こんな状況で……しかも心の状態が整ってない彼女に向けるべき言葉ではないが──はたまた美女に遭遇したと、内心言葉に詰まる彼。

 キヴォトスに来てからというもの、男の好きを詰め込んだ容姿の生徒ばかりで逆に困惑していた彼に、更なる追撃が舞い降りた。

 

「俺が来たからには大丈夫だ」

「えっと……? うん! ちょっと怖そうな人だけど、なんか安心しちゃった! でも……今日はそんな人に会える気がしたの!」

「そうかい、そりゃよかったな」

「朝起きたらね、今日こそ運命の人に会えるって思ったの! そして外をほっつき歩いてたら……いつの間にかこうなっちゃって!」

 

 口角を傾け、長い睫毛が弧を描いたその顔は、まさに純真な太陽の煌き。

 思わず顔を背け頬を掻く。

 

「さて、ここからどう降りるかな。俺は飛び降りても着地出来るが」

「パラシュートも無いし、どうするの?」

「あ、先生。この飛空艇にあと5秒でミサイルが着弾するそうです!」

「パラシュート無いのかよ。……不自然だぜ」

「私もここから飛び降りたら流石に無事じゃ済まないかも」

「操縦席に誰もいないのか。とすれば、罠だったってオチか」

 

 先生、ミサイルが目の前です──!

 

 寸での所で身体を傾けながら、もう一つのハッチを開く。

 小型のミサイルが機体の中を通り過ぎると一気に傾き、またもや飛空艇へと向かい合う。

 

「しつけぇな!! おい、俺の後ろに隠れてろ!!」

 

 彼女の前へと身体を寄せ、ホルスターにある二丁の拳銃を素早く取り出し渾身の弾丸を叩き込んだ瞬間──けたたましい爆音が轟くと同時に機体は傾き、ミサイルの破片が飛空艇に突き刺さる。

 

「わわっ──!!」

「慌てんな。手を握れ」

 

 別の軌道からのミサイルが飛空艇に着弾したその瞬間──彼は彼女の手を握りながら遥か上空へと躍り出た。

 周囲にはいくつものミサイルの影。それらに狙われながらも。

 

 どうしてか──彼女の笑みは絶えず、その瞳は真っ直ぐに彼を捉えて離さない。

 

 ──ドキドキする。どうしてだろう。私はこの感情を知らない。

 本で読んだのと違うし、この胸の高鳴りを文字で言い表せるなんて、嘘だよ。

 急に胸が痛くなるなんてどうかしてる。あの生徒達に変な薬でも飲まされた?

 

 一目惚れ──。

 

 その甘い響きなど知らぬ彼女は、あまりに突然の邂逅に胸を波立たせながらも、理由さえ掴めずにいる。

 鎖ではない、名もない糸が心臓をやわらかく締め上げ、息をするたびにきゅっと鼓動を絞る。けれど自覚のない彼女には、ただ胸の痛みと熱だけが置き土産だ。

 爆風で舞い上がる火花を背に、彼の瞳だけが夕焼けの中心に残った。焼ける風と砕けた光の砂を浴びながらも、彼女は気付かぬまま、その瞳は深い色を追い続ける。

 

 もしかして──ねぇ、あなたが私のご主人様なの?

 

ーー

ーー

 

「ふぅ、やっと着いたぜ」

 

 夕暮れが隠れ切る。

 ミレニアムサイエンススクールは茜色に染まる。

 時刻は18時。生徒達は部活動に精を出し、そうでない者は友達とにこやかにおしゃべりしながら、校門をくぐり抜ける。

 彼の横にいたアスナに手を振る者もおり、それだけで彼女がこの学園でどれだけ認知されてるかを物語っていた。

 

「じゃ、ひとまずはここでお別れだな」

 

 未だ彼の横にぴったりと張り付く彼女を剥がし、約束の場所、セミナーへと歩き出す彼。

 道中モバイルバッテリーを買った彼は早速連絡を取るも、電話の向こうではワントーン上げてしきりに心配そうな声を上げるユウカ。

 

「先生っ!? 無事なんですか!? ヴァルキューレの緊急連絡で、市街地破壊級の暴走車輌って──」

「そこまで派手にやった覚えはないが、否定もし切れねぇな」

「え゛っ! まさか先生が犯人ということですか!?」

「あ。……まぁ、事情があんだよ」

「せーんーせーいー? はぁ、とにかくセミナーまで来てください。先生の事ですから無暗におかしなことはしないとは思いますが、念のため事情聴取しますからねっ!」

「の前に、腹減ってんだ。食える物は置いてあるか?」

「むー……ピザ、温め直しておきますから、早く来てください!」

 

 悪い事をしてしちまったと、ぼやく彼の声を名残惜しそうにするアスナは、思わず彼の肩に手を乗せる。

 

「ここでお別れは寂しいけど──時間が空いたらC&Cの部室に遊びにおいでよ! 皆で盛大にご奉仕してあげるね!」

「その言葉、ありがたく受け取っておくさ。ま、時間が空いたら見学がてら会いに行く。何せ俺は先生だからな」

「うん! 楽しみにしてるね!」

 

 彼の背中を見えなくなるまで見送った彼女は、その足で部室まで歩き続けた。

 未だ胸の高鳴りは止まらない。どうしても目の前にあの先生の姿が写り込む。

 日を帯びた銀の髪はとても綺麗で。怖そうな面持ちはよく見ると整い、その奥にある鋭利な眼差しから、碧色の優しさが漏れる。

 

「うーん……頭がぼーっとする。風邪引いちゃったのかな」

 

 高度何千メートルからの落下だ。冷えてもおかしくはない。

 そう勝手に解釈した彼女は、瞳を落としながら、こつりこつりと歩を進め、扉を開いた。

 

「部室にお薬置いてるかなあ」

 

 校舎に入り、廊下を真っ直ぐに歩いて行く。

 珍しくも閑散とした廊下に疑問を抱きつつも、いつも通りに部室に入った彼女を待っていたのは、眉をひたすらに顰めた部員の姿であった。

 

「おいアスナ!!! てめぇ今までどこをほっつき歩いてやがった!!!」

 

 赤髪が逆上がるような怒声が部室に響いた。

 鋭利な眼差しは、怒りを灯しながら彼女の前までズカズカと出向き、下から思いっきり睨みつけ舌打ちをかます。

 一見すると、恐い先輩の風を吹かせるその態度は、並の生徒ならば萎縮してしまうだろう。リーダーである彼女の締めは、それは恐ろしい物だ。

 

「あ、ごめんねリーダー、連絡も取らずに。変なのにやられちゃってスマートフォンも壊れちゃってさ」

「ぁあ? てめぇがんなへまを起こすなんざ珍し──おい、服ボロボロじゃねえか。まさか──まじでやられたってか!?」

「うん! もうコテンパンにされちゃってたの! でもね──」

 

 アスナはするりと──美甘ネルの脇を抜け、部屋の中心に躍り出ると、他の生徒の視線などお構いなしに、天に向かって祈りを捧げるように両手を絡ませる。

 

「私──ご主人様を見つけたの!」

 

 絡ませた手を腕ごとめいいっぱいに広げながら放つ突拍子もない彼女の言葉に、唖然とする部員達。

 その中で、いつも彼女とバディを組んでいる後輩──角楯カリンは、そんなアスナの言葉がいつもと違う事にいち早く気付く。

 

「先輩が以前から言っていたご主人様の事か?」

「うん! 今日はね、なんとなく会える気がしたの!」

「会える気がじゃねーだろ!? まずはなんで連絡してこなかったんだよ!!」

 

 そんな暴れ回ろうとする部長の両肩に肩を乗せ、宥める姿は母性の塊。──室笠アカネは、カリンと同じく普段見せそうで見せないアスナの恍惚とした顔に疑問を持ち始めていた。

 

「珍しいですね。アスナ先輩がそこまで言う人がこの世にいらっしゃるだなんて」

「そうかな!? でも本当に凄いんだよ! 飛空艇から落ちたと思ったらミサイルを乗りこなしてさ! ビルからビルに飛び移ったりさ!」

「ぁあ? どーせ映画とか見てきただけだろーが」

「ぶーっ! 違うよ、ご主人様は本当にいるもん!」

「あ、あのアスナ先輩が頬を膨らませて眉間に皺を寄せるなんて……!」

「あらまぁ、これは本当っぽいですね」

 

 胸の高鳴りが再発したアスナは、急に緊張のある面持ちに戻ると、近くのソファに座り込み、大きく息を吐いた。

 

「うぅ、でも、ご主人様のこと思い出すと息が苦しくなるんだ。何かの病気かも。ねぇカリン、お薬とか持ってない?」

 

 そんな彼女の一言に、一同は驚愕を隠せずにいた。

 ここで気付いていないのは──本人であるアスナだけ。

 またもや突拍子もない台詞にネルは頭を抱え、カリンは目を見開いたまま静止し、アカネは片手で口を隠しながら頬を染め上げることしかできずにいた。

 

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